月明かりの少女
高校2年生を迎え、そろそろ今後の進路を決めようかという矢先、俺の両親はポックリ逝った。
交通事故だそうだ。
授業中、両親が死んだと担任の先生から聞いた時に最初に思った事は、悲しいとか、どうして等という事柄ではなく、これからの生活をどうするかという事だった。
別に両親が死んだ事が、悲しく無いわけでは無かったが、そこら辺、俺は普通と違うらしい。
どこか人生と言う物を、達観しているフシがあるのかもしれない。
俺には両親意外に身寄りが無い。
幸い両親の保険金のお蔭で、この先数年は生きていくのに不自由はしない金が手に入った。
「進路をどうするか?」
まさか両親が死ぬ等と考えていなかったので、大学で四年間遊んでから就職するつもりであったが、保険金が有るとはいえ、あまりそういってられる状況では無くなった。
なので、俺は高校を出てすぐに就職する事にした。
両親が死んでから月日が流れるのは早かった。
高校を出てから地元の企業に入社し、五年が経ったが、この間は流されるだけであった。
就職してから色々な経験をした。
まず、俺はバイトすらもした事が無かった為、働くという事の大変さを思い知らされることとなる。職場が職場な事も関係しているかもしれないが。
イメージと違う_。そんな事を何度思っただろう。
求人票に書いてあった事を鵜呑みにし、一番給料の高い所を選んだのが間違いだったのだろう。
就業規則なんてものは有って無い様なもので、休日出勤、サービス残業は当たり前。
会社のデスクで朝を迎えるなんて日常茶飯事であった。
しっかりとした研修制度なんてものも無く、入社式の業務説明を終えると即現場に投入。
説明された記憶の無い仕事で右往左往していると怒鳴られ、積極的に質問しても、
「何度言えば分かるんだ。」と、一蹴される。
笑顔の絶えない職場なんて大嘘にも程がある。なぜか笑えて来る事はあったが。
それでも、この五年間どうにかこうにか地べたを這いずりながらやってきた。
20人以上居た同期で残っているのは俺だけだ。
そんなある日、帰宅し、コンビニ弁当を掻っ食らいながら見ていたテレビで宝くじのCMが流れた。
この五年の間で、俺の精神は疲弊し、欲というモノは睡眠欲とほんの少しの食欲以外ほぼ枯れ果てていた。
特別何かが欲しい訳でも無い、仕事を続けてさえいれば食いっぱぐれる事も無い。まぁ、睡眠時間はゴリゴリ削られてゆくのだが。
それに、俺には両親の保険金も残っている。
仕事を辞めようと思えば次の職が見つかるまで生活するだけの金は十分有るので、その時は宝くじにさして興味は、湧かなかった。
五年も居ればあんな会社でも慣れてしまい辞めたいとかは、不思議と思わないようにもなったのも、理由の一つだろう。
感覚がマヒしたと言った方がしっくりくるが。
次の日の仕事帰り、いつものコンビニで昨日見た宝くじが売られているのが目についた。
昨日とは違い、ふと、
「買ってみようかな?」
と呟いたのは今でも不思議だ。
何せ買う理由が見当たらないのだから。
そんなこんなで、弁当と酒とタバコ、宝くじを何気なしに一口買って帰った。
宝くじを買った事など忘れ、一週間が経ったある日の晩。
いつものコンビニで適当な弁当と酒とを買い、財布の中身が心もとなくなっている事に気づいた、財布の中には1,000円札1枚と宝くじが1枚。
「そういや、宝くじ買ってたな、帰ったら確かめるか」
ATMでお金を下し、帰宅。
食事をしながら、スマホで宝くじの当選番号を確認した。
当選していた。
「一、十、百、千・・・十億。」
当選金額の桁を一つ一つ指でなぞりながら確かめた。
その日から二か月後に俺は会社を辞めた。バックレてもよかったのだが、一応の筋を通す為に引き継ぎ等を行っていたからだ。
どうしても、バックレた後の人達の事を考えると最低限の事はしておきたかったのだ。
こうした変に真面目な所が、ブラック企業を抜け出せない理由でもあったのかもしれない。
よってブラック企業という呪縛から解放された俺は、これから自由という名の大空に飛び出そうとした。
しかし、物欲も人並みより少なく、両親が死んでから仕事しかやってこなっかった俺に当然趣味など無く、会社を辞めても何もする事が無い日々が続いた。
ふと、魔が差したのだろうか?
「もう、ゴールしてもいいよね?」と、死にたくなった。
いや、死にたくなったとは少し違うかもしれない。
全てが面倒になったという方が正しいかもしれない。
どうやら、人生において欲求が満たされないと言う乾きは必要なようで、満たされ過ぎてもいけないらしい。
一般人が望む様な物なら即座に手に入れる事の出来る金が手に入り、自分の思うがままに時間を使える状態にいる俺は、正に満たされ過ぎていたのだろう。
過ぎたるは及ばざるが如しとは、よく言ったものだ。
満たされ過ぎても精神衛生上良くないようだ。急がし過ぎた時と同じで何もやる気がおきない。
何もする事が無いのに面倒とは誠に贅沢であるが、それが俺の性分なのである。面倒くさがりやなのだから仕方ない。
それに、案外自殺する人間の考える事などそんなものかもしれない。
簡単な例を挙げると、例えば、仕事が大変ならば仕事を辞めれば、とりあえずは仕事の大変さからは解放されるが、その後の事を色々考えると、次の仕事を探したり等の面倒事が増える様な気がする。
疲れきっているから仕事を辞めるのに、面倒事が増えるのなら意味が無い。
ならばいっそ、全てを終わりにしようと言う結論に辿り着くのだと推測する。
よって俺は、全てに終わりを告げるべく、町で一番高く景気も良いこの高台に来た。
そして何より、自殺の名所。
そんな相反する顔を持つその場所に足を向けていた。
俗にいう引っ張られるとはこういう事を指すのだろうか?
この世で最後に見る景色がこんなに綺麗な夜景で良かったなんて呟きながら、タバコをフカシて気取り、鼻歌を唄いながらスキップ交じりの足取りで小高い丘を登って行く。
何とも陽気な自殺者もいたものだと、俺は自嘲的な笑みを浮かべる。
この時点で、俺は相当気がふれていたのだろう。自分ではそんな気は一つもしなかったが、そのおかげで面倒くさがり屋の俺が、ある種の一大決心ができたのだ。
「もうすぐで頂上か。」
久しぶりの達成感のようなものについ言葉をこぼす。
では、皆さんさようならと誰に言うでもなく、飛び降りようと展望台の柵に近づいて行くと先客がいた。
「まいったな、自殺のマナーなんて知らないぞ。」
「先に飛び降りるのは失礼になるのかな?」
「待った方が良いかな?」
と、訳の分からない事をブツブツ言っていると、どうやら件の先客はこちらに気づいたらしく振り返った。
そこには、思わず見惚れてしまう様な美少女が雲の合間から覗いた月明かりに照らされ、静かに佇んでいた____。