86 俺、大家族になります
寝たきり生活をしている時に感じた、誰かが夜中に足踏みする感覚。
あの正体は意外にもあっさりと発覚する事になった。
「駄目ですよバジルちゃん。旦那さまの寝ているところを邪魔しては!」
寝台に横になっていた俺の上を足踏みしていたのは、バジリスクのあかちゃんである。
肥えたエリマキトカゲの様な姿をしている彼(もしくは彼女)だが、ちゃんと理解をしているのか、傷口のある左胸のあたりを器用に避ける様にして、腹の上で踊り狂う様に今日も元気だ。
「キュッキュッキュ!」
「バジルちゃん!!」
カサンドラの注意を無視してしばらく俺の腹でじゃれていたあかちゃんだが、とうとう堪忍袋の緒が切れたカサンドラが爆発して、肥えたエリマキトカゲは捕縛されてしまいました。
「お父さんはお怪我をなさっているのです。あんまり言う事を聞かないと、お母さん怒りますからね? 今夜は川魚抜きでお野菜だけですよ」
「キュウ……」
哀れなあかちゃんは、カサンドラに抱かれて寝室用の編み籠に拉致監禁されてしまいました。
寝室脇の小さな執務机の上に置かれた編み籠の中から、寂しそうな視線を俺に送って来るあかちゃんだ。
俺をそんな目で見るな。
近頃は俺の新居で寝起きしている人間が増えたので、カサンドラも大変そうだった。
俺にカサンドラにタンヌダルクちゃん、それからエルパコ、ッヨイさま、雁木マリである。
一気に六人もこの家で寝起きしているのだから、奥さんたちの苦労も今まで以上なのだろう。
それにしても、大変そうにしているカサンドラにひと声かけてみると、
「わたしはシューターさんの正妻ですからね。家の事はしっかりと差配しませんと」
「差配ですか」
「そうです、差配ですよ」
ちょっと小難しい言葉を使って俺を驚かせた。
それにしてもカサンドラは「正妻」という言葉を繰り返すので、もしかすると俺がけがで寝込んでいる間にやっていたというお勉強会で何か吹き込まれたのかもしれない。
「いち度、村長さまがお見舞いに来られたんですよ。シューターさんの怪我の具合がどうなのか、とても心配しておいでだったので」
「村長さま……」
あ、すっかり忘れていたが、俺は今回の美中年カムラ討伐については、何ひとつアレクサンドロシアちゃんに相談せずにやってしまったのだった。
もしかしたら俺の怪我もさる事ながら、相当のおかんむりだったのかもしれない。
恐る恐る、俺はカサンドラの手を取って質問する。
「奥さんや」
「はい? どうしましたシューターさん」
「あの、アレクサンドロシアちゃんは、何と言っていましたかね?」
「村長さまですか? 見事に犯人を突き止めて仕留めた事をたいそうお褒めになっておられましたよ」
嘘やん。絶対嘘やん。
俺の脳裏に、ニッコリ笑っているけれど眼が笑っていない女村長の姿が思い浮かんだ。
「嵐の間はお城の建設作業も中断していましたし、その日は朝に夜にと顔を出しておられたのです。何しろシューターさんがお怪我をして運び込まれた場所が、村長さまのお屋敷でしたからねえ」
「マジかよ。めっちゃ迷惑かけたやん」
「そうですよ。みなさんとてもご心配なさっているのですから。早く良くならないとですね。どうですかシューターさん、顔色はだいぶよろしい様ですけれども」
「ああ、おかげで傷口も塞がったみたいだし、ぶっちゃけ暇です」
実のところ、俺は傷口も塞がってぴんしゃんしていたのだけれど、雁木マリの見立てではしばらくじっとしていろという事らしい。
体に造血ポーションの効果が馴染んでいないと言うので、大人しくしているのである。
それにしても、俺は女村長の屋敷に担ぎ込まれた後、改めて止血処理が終わった翌日には新居に運び込まれたらしい。
俺の乗った戸板を担いだのが雁木マリとニシカさんだという話を聞いて、これはいよいよ方々に頭を下げなければならないという気分になってしまった。
新居はすでに外装だけは完成している状態だったと見えて、嵐の収まった翌々日にはあちこちから家財が運び込まれたらしい。
家財を調達したのがタンヌダルクちゃんの兄、野牛の族長であるタンクロードバンダムという事を聞いて、ますます申し訳ない気分になった。
これはいちど、タンヌダルクちゃんの実家にご挨拶に行かないといけないね。
◆
「シューターさん。もう、動いてもいいの?」
新居の寝室を出てみると、ばったりと廊下でエルパコに遭遇した。
普段は猟師らしく軽装スタイルのけもみみだが、今日はどういうわけか鎖帷子を着こんでいる。
「ああ、おかげさまで造血ポーションが効いてきたのか、血の巡りが安定してきた気がする」
「そっか。それは、よかった」
ぼんやりした顔で俺の前に立ったエルパコが見上げて来る。
「ぼく、シューターさんの事守れなかったから。その」
「何だエルパコ、気にしているのか」
「うん。だって、家族の事は守らないといけないからね」
エルパコがそんな殊勝な心がけを口にするものだから、ちょっと嬉しくなった俺は銀色の髪をわしわしと撫でてやった。
「それで鎖帷子なんか着こんでるのか?」
「うん。いつでも戦えるように」
「じゃあ、前に約束した格闘技をちゃんと教えてやらないとな」
「ほんと?!」
嬉しそうに顔をほころばせたかと思うと、けもみみとしっぽがくねくねしはじめる。
しかしあれだな。てっきり男の娘だと思っていたやつが実は竿付き女の子でした、というのを聞かされて複雑な気分だ。
相手が女の子となれば、ますます気を使ってあげないといけない。
急に気恥ずかしくなって頭に置いた手を除けたところで、
「そういう事は、もうちょっと体が馴染んでからしなさいよ? これは騎士修道会の医療従事者としての命令だからね」
「どれぇ!」
背後からふたりの声がしたのである。
俺の怪我を縫合した執刀医の雁木マリ先生と、ようじょッヨイさまである。
「おおお、ッヨイさま。ご無沙汰しております。大きくなりましたね!」
「ききいっぱつでしたが、元気になってよかったですどれぇ!」
飛びついて来るッヨイさまを受け止めて抱き上げてみる。
本当のことを言うとようじょはようじょのままで特に大きくなったように感じなかったが、そういう事を口にしたところ、ッヨイさまはとてもお喜びになられた。
「ッヨイはツメひとつぶん成長したのです。育ちざかりだから、成長がはやいのです」
「そうですかそうですか、俺が寝ている間にオネショはしませんでしたか?」
「ドロシアねえさまのお布団で一回だけ……でもそれだけです!」
はい。元気があってよろしい!
それにしても女村長のベッドでジョビジョバしたとか、大変勇気の有る挑戦だな。
「ッヨイ、そろそろ降ろしてもらいなさい。それとシューター、これからドロシア卿のところに挨拶に行くわよ。動けるんなら今後の事とか、しっかり話し合っておかないとね。聖堂会にひとを送ろうと思っているから」
「おう、寝たきり生活にも飽きたところだからな。ッヨイさま、それじゃあ降ろしますよ」
俺がようじょを床に降ろしたところで、隣でぼけーおっと俺を見上げていたエルパコが物欲しそうな顔をしていた。
「どうしたエルパコ」
「な、なんでもないよ……」
◆
さて、妻たちに手伝ってもらいながら、出仕の準備である。
せっかく街で買って来た上等のおべべも布も、カムラとの戦闘で台無しになってしまったが今回は安心だ。
何しろこういう事もあろうかと布や衣服は大目に買い込んでいたし、予備はバッチリというわけだね。
「それにしても旦那さま。すごい切り傷ですねえ」
「本当です。胸にひとつ斜めに、それから脇にざっくり」
まじまじと上半身を観察されるので、俺はとても気恥ずかしい気分になった。
むかし俺は全裸で村や街の中をうろついていたというのに、いち度服に袖を通してしまうと急に文化人の心が目覚めてしまう。
「傷口はしっかり塞がっていますけど、体の中は大丈夫なのでしょうか」
「聖少女さまのお言葉だと、数日はまだ疼きがあるのだそうですよ、ダルクちゃん」
「この傷、ちゃんと後日にしっかり消えるんでしょうね? 傷モノになった旦那さまとか、わたし嫌なんですけど?」
ぴとぴとと胸のあたりを指で押すのがいたたまれなくなったので、俺はさっさと背を向けて服に袖を通した。
「あん旦那さま」
「シューターさんボタンが掛け違ってます」
「お、おう」
そそくさとズボンを履いてブーツを編上げると、俺は寝室から逃げ出した。
寝室の外に出ると、待機していたエルパコが俺に剣を差し出してくれる。
「これ。もう使い物になりそうもないけど、いちおう」
「サンキューな」
お礼をして短剣を抜いてみると、いよいよ刃こぼれがひどくて、これは研ぎに出しても剣が痩せすぎてすぐに折れそうである。
カムラとの戦闘でかなり切り結んだのでガタがきたのだろう。
「まあこういうのは格好だけでも吊るしておかないといけないからな。そのうち鍛冶職人の親方に新しい武器を用意してもらうとするか……」
「それまでは、ぼくが守るから」
「そうか、ありがとう」
しかしずいぶんと大きな家の様だ。
俺は白く塗られた土壁を触りながら部屋を見渡すと、ちゃんと家に廊下があるので感動した。
廊下があるという事は、大きいという事だ。
元いた世界でも、俺は自分の金で長い廊下のある家に住んだことは無い。
「立派な家だな」
「ちょっとだけ、案内しようか」
「いいね、エルパコの部屋はどこかな?」
お言葉に甘えて「こっちだよ」というエルパコに付いていく。
新居のまどりは少し大きな寝室と小さな寝室がひとつ、居間がひとつと、客間がひとつである。
居間はまだ見ていないが、居間というからには広いんだろうな。
それに女村長の家にあったよりも小さめな食堂があるわけだが、以前が猟師小屋だった事を考えるととても大きな家になった気がする。
ただし客間と小さい方の寝室は、四畳半ほどの狭いもので使用人の居室という具合だ。
女村長のところに出かけるついでに、物珍し気にひとつひとつ部屋を覗き込んでいると、客間は雁木マリとッヨイさまが使用しているらしい。
そして、どういうわけか小さな寝室にはくつろいだ格好のニシカさんが、いつもの黄ばんだシャツにホットパンツ姿でソファに腰かけている。
ソファといっても使い込まれていそうな、古びた木製ベンチに獣皮のシーツを敷いただけなのだが、いかにもニシカさんが喜びそうなインテリアデザインである。
「おう、準備出来たみたいだな。死にぞこないの癖に元気そうでなによりだぜ」
「あんたここで何をしているんだ」
「何をッて、自分の家だからくつろいでたんだよ」
「あんたの家は村はずれの集落だろう」
「それなんだがなぁ……」
ニシカさんはボリボリと頭を掻きながら、気まずそうに俺の顔を見上げていた。
「嵐のせいで、家の屋根が吹き飛んじまったんだ。しばらく厄介になるから部屋を借りるぜ」
「ここはぼくの部屋になるはずだったのに、ニシカさんがいるんだ」
何だ、エルパコの部屋を勝手に占拠していたのか。
「困るんですよねえ、いくら鱗裂きのニシカさんでも。勝手な事をされては」
「そうだよ、ぼくの部屋だよ」
「お前はシューターの愛人なんだから、嫁たちと一緒に隣の部屋で寝てればいいだろうが」
「そんな、ぼくはシューターの奥さんじゃないし……」
ソファから立ち上がったニシカさんがニヤニヤしながら近づいてくると、けもみみはしゅんとして俯いてしまった。
「お前ぇは実は女だったんだろ? じゃあ何の問題もないじゃないか」
「も、問題あるよ。だって心の準備が……」
「シューターも騎士さまに出世したから税金ぐらいいくらでも払えるだろ。嫁がひとりやふたり増えたって問題ねぇ」
「じゃあニシカさんが奥さんになりなよ」
「ばば、バッカ。こういう事は若いおふたりでだな!」
いやいや、俺はもう三二歳のおじさんだから、あんたの方が若いだろニシカさん。
放っておくと問題がさらにややこしくなるのですぐ止める。
「ふたりでこの部屋を使ってください。ベッドはどうなってるんですかね?」
「そんなものはねえ。オレはいつもこの木の長椅子で寝ていたからな。ここにふたりはちょっと狭いぜ」
「エルパコが使うはずだったベッドはどこにいったんですか?」
「それならもう部屋から撤去されたぜ」
「…………」
勝手な事をしているニシカさんに閉口していると、ニシカさんが言葉を続けた。
「居間にいっぱい寝台が持ち込まれてるぜ。あそこでッワクワクゴロが使うと言っていたな」
「え、ッワクワクゴロさんが?」
「そうよ。嵐でボロい家はみんなやられてしまったからな。ここは新築で立派な家だから、みんなが避難してきて生活しているぞ」
なんという事でしょう。
俺は家族水入らずで真新しいお屋敷で家族団らん幸せな暮らしが出来ると思っていたら、そうではありませんでした。
茫然と俺が事態を飲み込めずにいると、ぞろぞろと居間だという場所からッワクワクゴロさんやその兄弟たちが顔を出す。
ついでに猟犬まで廊下を走り回って、バジルとじゃれあいはじめた。
「おうシューター、傷はふさがったか? しかしここはデカい家だな。嵐の後で家に戻ってみたらえらい事になったと思ったが、この家のおかげで雨風がしのげる。ん、シューターどうした。顔色が悪いぞ?」
俺のふたりの妻と両手に花の夫婦水入らずはしばらくお預けになったのである。




