83 続・奴はカムラ 前
石塔の扉を開く。
中に入る事になったのは俺とエルパコ主従、ッワクワクゴロさん、ニシカさん、それから司祭さまだった。
後の人間はぐるりと石塔のまわりを固めたり、眼のいい猟師のひとりが見張り台に登って監視する事になる。
この後捕縛しなければならない冒険者カムラのところにも、今ッワクワクゴロさんの弟のひとりが監視についているらしい。
猟師見習いの駆け出しゴブリンが、俺よりも恐らく腕が立つと思われるカムラの相手になるかという問題はある。
けれども監視任務なら出来るし、何かあれば石塔の見張り台から下まですぐに連絡が来るだろう。
「マイサンドラと面識があるものは?」
「ああ、オレも顔は知っている。あいつも元は猟師だからな、しかも女だ」
「俺もあるぞ。何しろむかしは近所づきあいがあったからな」
そういえば元猟師の女だったからみんな面識があるのか。
司祭だけが申し訳なさそうな顔をしていたが、気にする事ではない。教会堂に来たことが無いのでは顔も覚えられないだろう。
石塔の中を足音響かせながら螺旋階段を下り行くと、果たしてそこには石壁に背中を預けた女が、地下牢の中でくつろいでいた。
「聞き覚えのある声がするし誰かと思えば鼻たれニシカに、弱虫ッワクワクじゃない。相変わらず景気の悪い顔をお揃えで、わたしに何かご用かしら?」
たいへん不遜な態度で俺たちを見上げていたマイサンドラさんだ。
俺の顔を見つけておやっという表情をする。
「知らない顔ね。その身なりからすると高貴なお方の様だけど、わたしを尋問しに来たのかしら? わたしは何もしゃべらない。わたしは尋問には屈しない。女神様はわたしをお守りくださるわ」
彼女は熱心な女神崇拝者というからな。
言い方は悪いが信じるものに疑いのない人間は、こういうところで心が強いんだろう。
ポーションで自白を迫られるとは知らないマイサンドラは覚悟の顔をして俺を見上げていた。
「領主アレクサンドロシアに仕える騎士シューターです。いや、カサンドラの夫と言った方が伝わりますか?」
あえて俺はそういう風に自己紹介をした。
すると予想通り、急に睨み付けるような表情をしてマイサンドラが身を乗り出してくる。
「お、お前がわたしの弟からカサンドラを奪ったのね。それにカムラからも……」
「そのあたり、詳しく聞かせてもらいましょうか。なに、必ず自白する様に司祭さまもご協力してくださるんですよ」
「な、んで……」
俺がそう口にしたところで、暗がりからぬっと司祭さまが顔を出す。
白髪の禿げ頭を見た瞬間、信じられないという表情をしてマイサンドラが俺たちを睨み付けていた。
まさか自分の信奉する宗教の司祭が、自分に味方せず俺に協力するなんて思ってもみなかったんだろうな。
「ッワクワク、ニシカ、あんたたちも、この男に協力するの? この得体の知れないよそ者に、弟からカサンドラを奪った男に!」
「マイサンドラさん、あんたはもうこの村の人間じゃないんだから、そういう口の利き方はないんじゃないですかねえ。しかもおっさんは俺の嫁に手を出したような重罪人ですよ。あんたはこれから真実をしゃべるんだ」
「この裏切り者、この不信心者! 司祭さままでが味方するなんて、ああっ女神様!」
暗がりの中でマイサンドラが檻を掴んで咆えた。
狂った人間という印象はマイサンドラから感じなかったが、司祭まで味方をしているのが信じられず、受け入れられないらしい。
古い知り合いとして見かねたのだろうか、ニシカさんが俺を急かす。
「お、おい、ポーションで自白させるんだろ、鍵は誰が持ってるんだ」
「あっ俺です。これでも村の警備責任者なんですよ」
ニシカさんの質問にズボンのポケットを探って数珠つなぎの鍵を引っ張り出した。
するとそれを奪う様にして取り、ガチャガチャと鍵を開ける。
「マイサンドラ、悪く思わないでくれよ。おいッワクワクゴロ、見てないで手伝え」
「お、おう」
「離せ、お前たち裏切り者がいなければ弟は、弟は幸せに」
暴れるマイサンドラをふたりが取り押さえて、そこに注入器具へカプセルポーションをセットし終えた司祭さまが腕に注入する。
「おやめください司祭さま。わたしは常に女神様への信仰を忘れたことはありません、決して女神様への教えに逆らった事はありません、どうかご慈悲をたまわりますよう。ああ女神様わたしをお救いに下さい。信仰を捨てなければお救い下さるという言葉を信じています。わたしの不幸なこの身の上をお救い下さい。やめて、それをわたしに近づけないで! あっ……へぁ……」
プシュウという音をたてた注入器具のポーション挿入が終わると、一瞬にしてマイサンドラの激しい表情が奪われていく。
「これ、ポーションをキめるとどうなるんですかね?」
「抵抗はしなくなり大人しくなりますよ。その後、心の中で苦しみ葛藤と戦う様になります」
「すると夢の中でうなされる感じなのか……」
「その夢の中で、もっとも信頼する存在に導かれてる幻を見て、何でも自白するようになるでしょう」
「えげつないなあ。教会堂にはそんなものが常備されているのですか」
「異端審問はわれわれの独占するところですから」
辺境の女神信仰布教を担っている者らしく、司祭さまはきっぱりとそう言ったのである。
◆
「あなたの名前は何ですかね」
「……マイサンドラ、エルドラの嫡娘マイサンドラ」
「マイサンドラさんは隣の村に嫁いでいったと言いましたね。夫の名前は何ですか? どうして村に戻って着たのですかね?」
「……夫の名前はアゼル。今はクワズの村を出てわたしたち夫婦はブルカで生活している。……復讐を果たすために村に戻った」
俺と司祭さまは顔を見合わせた。
さらりと衝撃的な事を言ったが、ひとまず自白ポーションの投与は成功らしい。
時折、表情を失った顔を引きつらせてビクビクと身を揺すっているが、きっと心の中で悪夢にでもうなされているのだろう。
最も信頼するものに導かれると言うから、女神様に幻の中で拷問でもされているのだろうか。
「偽装結婚をしていたという事か。マイサンドラさん、そのあたりはどうなんですかね? あなたはどうして偽装結婚をしたのかな」
「アゼルは辺境伯のスパイだった。わたしは村に復讐を果たすためにこの身を捧げた」
じわじわと自白をしはじめたマイサンドラの言葉をまとめると、次のとおりである。
「わたしは村が憎らしかった、嫌いだった。子供の頃から猟師を蔑みいじめを受け、あまつさえ両親が死んでからは食べるのも困った。女神様に祈りを捧げる事だけが唯一の心の救いだった」
ある時、隣の村近くまで獲物である熊を追って猟に出た際、後に偽装結婚をする事になるアゼルという夫に出会ったのだと言う。
アゼルは村での役割を終えるところで、クワズの村を引き払ってブルカの街に引きあげる際、夫婦となって付いて行ったのだそうだ。
それが三年前の事。
ブルカ辺境伯は、こういう形で辺境周辺の村に息のかかった情報提供者を潜ませているらしい。
「この村でその役割を担っているのは、誰ですか?」
「……教会堂の助祭さま、それに」
「それに誰ですか?」
「冒険者カムラ」
よし、点と点がつながった。
俺たち全員が顔を見合わせてうなずきあった。
質問を続ける。
「あなたは復讐と言いましたね、あなたの復讐の内容は何でしょう。カムラの目的は何でしょうね」
「……わたしは両親を見殺しにしたこの村の人間を許さない。両親が流行病に倒れた時、誰も助けてくれなかった。教会堂に助けを求めた時も、村人たちはわたしに暴行を加えて追い払った」
「…………」
そんな事があったのかと俺と司祭さまが驚いていると、ッワクワクゴロさんは身に覚えがあったらしい。
あの女村長ならばこういう時はまずもって救済処置をしそうなものだが、何も無かったのか。
「俺の両親もその時にポックリいった。前の村長さまもだ。あの時はみんな流行病で死んだし、たぶん村の連中もそれどころじゃなかったんだろう」
「わたしが村にやって来たのは、その流行病の時ですね。ずいぶんとひとがお亡くなりになった後で、最初の仕事は合同葬儀でしたから……」
ッワクワクゴロさんと司祭さまがそう言った。
わりと凄惨な過去がその頃にあったらしい。
確かに自分の夫が死ぬような事態になって、全ての村人を救済する様な余裕はその頃の村にはなかったのかもしれない。
きっと村の開拓も当時はそこまで進んでいなかったはずだ。
「この村にはさんざんな目にあわされた。だからこの村をブルカの辺境伯さまのものにする計画に協力をする」
「つまりカムラはこの村の情報をかき集めて、それをブルカ辺境伯に送り届けるのが仕事。という事で?」
「……村の人間として生活を続け、やがて女神様のご指示ある時は村を内側から崩壊させるのさ」
フっと笑って見せたマイサンドラが、俺の顔を見上げた。
ポーションが効いているのではないのか。
「せめてわたしは、弟に幸せになってもらいたかっただけよ。いずれこの村が辺境伯さまの領地となった暁には、オッサンドラは晴れて騎士さまになるはずだったんだ。そうすればもう、わたしも弟もお貴族さまよ、誰もわたしたちには逆らえない」
フフフフッ、アハハハハ!
突然笑い出したマイサンドラは、ぶるんと強く身震いして取り押さえているッワクワクゴロさんとニシカさんに抵抗をはじめた。
おかしい。どうして自白ポーションが効いているはずなにこれほど笑っていられるのだ。
俺が効果を疑って暴れるマイサンドラを押さえつけながら司祭さまを見る。
司祭さまは追加の自白ポーションを注入器具にセットしながら、それをマイサンドラの首に押し付けた。
「これは、事前に抗ポーション処置がされていますね。すでに何かのポーションをキめていた様です」
「マジかよ。するとカムラだな……」
「女神様、お救い下さい!」
最後の抵抗のつもりか叫んだマイサンドラの声が、石塔の中を激しく駆け抜けた。
だがこれで、カムラの目的とマイサンドラの目的が分かった。
ついでに助祭さまが、ブルカ辺境伯がこの村に送り込んだスリーパーであったことがすべてわかった。
「カムラを、捕縛しましょう」
大人しくなったマイサンドラを干し草のベッドに寝かせて、俺は皆にそう言った。
第82話投稿時に、誤って今回の第83話の一部が混入してしまいました。
改めてこちらに転載いたしました。




