81 冒険者カムラを追跡します
頬を叩く風雨の中、俺はじっと去りゆくランタンを見つめていた。
このまま美中年カムラを追うか、いったん教会堂に戻るのか。
カサンドラと別れてから時間経過は、元いた世界の感覚で言えば十五分というところだろう。
とにかく、途中まで道は同じなのだから、カムラがおかしな動きをしない限りは途中まで追いかける事にする。
嵐はますます激しさを増している様で、俺は持ってきた手槍を杖代わりにしてポンチョを頭から被る様にしなおした。
すでに全身濡れ鼠ではあるけれど、何もしないよりはましだ。
特に額をつたって眼の中に雨雫が入って来るのがかなりうっとおしかった。
足元もおぼつかないとくれば、わざわざ嵐の夜に俺は一体何をやっているんだと言う気分にもなる。
いや逆だ。
わざわざ嵐の夜にまでこんな事をしなくてはいけなかったのはカムラなのだ。
明日の黎明頃にはようじょと雁木マリがこの村に到着する運びとなっているからだ。
嵐の影響で多少遅れる事は考えられるけれど、ブルカの街からこの村にいたる街道は一本道だし、道中は盗賊やコボルトが頻繁に出ると言う話しも聞いた事がない。
つまりカムラは焦っているんだと言う風に俺は理解した。
揺れるランタンは元来た道を引き返しているらしい。
教会堂の側近くまでやってくると、俺はそちらの方向を確認した。
ぼんやりと明かりの灯っている診療所の窓にカサンドラの姿は見られない。
きっと警戒して短剣を抱いたままカサンドラは寝台へ横になっているのだろう。
妻の事は当然気になって、ランタンがこの先さらにどこへ向かうかだけは確認した。
もしも石塔に向かうというのであれば、あそこの地下牢に捕まっているマイサンドラを逃がされる可能性も考えた。
なるほど、カムラは俺が想像したとおりに石塔に向かうつもりらしい。
冒険者ギルドとは方向が逆だ。
一瞬だけ時間の余裕が出来たと判断した俺は診療所の窓の側まで駆けた。
してみると、俺が予想したとおりにカサンドラが短剣を抱いて寝台の横になっていた。
コツコツと数度、窓ガラスを叩く。
この風雨で小刻みに窓は揺れていたけれど、警戒しながら横になっていたカサンドラは直ぐにも気が付いたらしい。
「シューターさん」
「やはりカムラは黒だった」
「黒?」
「あいつの尻尾を掴んだって事だよ。この先の休憩小屋で村長のところの下働きの女とご休憩をしていた」
「それは、メリアさんですかルクシちゃんですか?」
「メリアの方だ。休憩所で大人の関係というやつだな」
「まあ」
カサンドラは口に手を当てて驚いた。
「俺はこのままカムラの動きを監視する。カサンドラは悪いが司祭さまのところにいって状況を説明するんだ、それでタンヌダルクちゃんとエルパコを引っ張ってきてもらえ。それからッワクワクゴロさんだ」
「村長さまとニシカさんはどうしますか?」
そろそろ視界から消えそうになるランタンを見やりながら俺が考える。
「村長さまはどちらかというと激情家だから、まだカムラを包囲しきってしまうまで言わない方がいい」
「はい」
「ニシカさんは集落に住んでるひとだからな、距離があるから今回はパスだ。この後の事はッワクワクゴロさんに相談してから決めよう。あのひとがうちのご近所さんでよかった」
「そうですね」
「後、そこで寝ている肥えたエリマキトカゲをちょうだい」
「バジルちゃんですか?」
寝台の脇でまるまっていたあかちゃんを抱き上げて、カサンドラが小首をかしげた。
産まれた時よりも少しだけ大きくなって、今は太った猫ぐらいのサイズになっている。
俺は寝ぼけまなこのあかちゃんを懐に入れながら、
「キュイ?」
「何かあればこいつが村中に夜泣きで警報を鳴らしてくれるだろう。おじさんがいいと言うまで、大人しくしていなさい。じゃあカサンドラ」
「ギィギィ!」
「わかりました。すぐに司祭さまのもとに行きます」
雨に髪を濡らしてしまうのも構わず、窓から身を乗り出したカサンドラが俺の肩に一瞬だけ首を回して抱き着いた。
「短剣、しっかり持ってな」
「はい、シューターさんもお気をつけて。バジルちゃんもね」
「キュブー」
今生の別れじゃないので、軽く唇を交わしただけで俺たちはすぐに離れる。
やったね! と今はぬか喜びしている場合ではないのでひとつ頷くと、踵を返した俺はまた駆け出した。
◆
行く先の見当が付いていた事はありがたかった。
少し距離を離されてしまっていたけれど、石塔に向かって駆けていると直ぐにも目印のランタンを発見する。
村の住人たちはこの嵐でさっさと戸締りをしたのか、どこの家からも明かりが漏れている事は無かった。
なるほど。これだけ村人が外を警戒して中にこもっていると、悪事をやるにはかえって都合がいいというものだな。
カムラは「地図」という言葉を口にした。
それも最後の地図と言ったはずだ。
つまりカムラは、村の冒険者ギルド長という立場を利用して、女村長の命じた村周辺のマッピング作業の情報をブルカ辺境伯に横流ししたのである。
ちょっと待て、そもそも村周辺のマッピング作業をする様に進言したのはいったい誰だったか。
考えてみれば俺はその経緯を覚えていない。
もしかすると地図作製そのものが「ギルドの出張所を村で運営するにあたって必要だ」と、カムラ本人が女村長に進言した可能性がある。
裏を取る必要があるな……
マイサンドラは女神崇拝者という共通項から、恐らく以前から助祭と繋がりがあったはずだ。
教会堂に通うものと導くもの。もしかすると相応に年齢も近いし、仲が良かったのかもしれない。
そして恐らく助祭と、女村長の屋敷で働く若い女も繋がっていたのではないか。
女神崇拝者という意味で助祭とメリアは共通項があるが、カムラと助祭は関連性がまだない。
おっさんはマイサンドラの弟で、助祭とも何らかの関係があったと見るべきだな。
何しろポーションの注入器具は助祭が持ち出しておっさんに渡ったと考えるのが状況的に妥当だ。
これはおっさんが助祭から直接、助祭から受け取ったのか。あるいはマイサンドラ経由だったのか。
隣の村に嫁いでいったはずのマイサンドラがいつの間にか出戻りになっていた原因が知りたいな。隣村の男に離縁されたのか、里帰りだったのかもわからない。
しかし一時期、村の外に出ていたというのを考えると、カムラがこの村にやって来た時期との接点が怪しい。
どこかでカムラとマイサンドラに接点があったと考えた方がいいかもしれない。
何しろ、少なくとも今カムラは石塔に向かっている。
それは何かしらお互いに面識があるからこその行動なんじゃないだろうか。
そして建設現場の放火と殺人、有力な容疑者のひとりは助祭で間違いないだろう。
マイサンドラはどうか。彼女は元猟師だ。
会った事が無いので今の段階で確証は出来ないが、弟に硫黄の粉末を融通させた上で放火に及んだ、あるいは見張りのゴブリンを殺害した可能性がある。
マッピング作業中の冒険者たちや、湖畔の作業現場に向かう途中で俺たちを監視していた人間というのも、ニシカさんやッワクワクゴロさんみたいな動きが出来る人間が誰かと考えれば、元猟師のマイサンドラなら可能なんじゃないだろうか。
なるほど、カムラを中心にそれぞれが放物線上を描いて繋がっている事がうっすらと全体像が浮き彫りになって来たのではないか。
カムラはブルカ辺境伯と確実に繋がりがある。
あの休憩小屋ではっきりと「この仕事が終わればブルカ辺境伯の騎士」になると口にしたのを俺は覚えている。
なるほど、なるほどなあ。
石塔へとやって来たカムラは、相変わらず用心深そうに周囲を見回していた。
低い姿勢で干し藁の積んであった陰にしゃがんでいる俺の姿には気づいていない様で、満足したのか石塔の扉に手をかけている姿が見える。
こうして見ると、やはり以前に建設現場に向かう途中で監視していた人間というのはカムラではない。
冒険者としての腕は確かなのがその身構えやオーラからもわかるが、追跡術という点や周辺警戒という点では猟師たちの様には出来ないらしいからな。
カムラが中に吸い込まれたのをしっかりと確認してから、俺は石塔まで駆けだした。
と、思ったらふたたび扉が直ぐに開く。
やっべぇ!
と、あわてて姿勢を低くしながら何か遮蔽物は無いかと周囲を見渡すが、なにも見つからないのでとにかくその場に伏せるしかない!
べちゃりと泥まみれの牧草地に俺はうつ伏せになった。
「プギュウ」
たまらずバジルが懐で小さな悲鳴を上げた。
ごめんな。出来るだけ体重をかけないようにするから我慢しなさい。
大丈夫みたいだ。
美中年は石塔の扉側に立てかけたままだった手槍を回収すると中に引っ込んだ。
すでに泥だらけの格好なので、この際気にせずに四つん這いになって石塔まで急接近、扉の少し離れた場所まで移動した。
困ったな。
中に入るべきかやめておくべきか悩む。
石塔の構造はちょっと厄介で、扉を開ければ塔の中でたぶんかなり響く事になる。
むかし俺がギムルを制圧して石塔にぶち込まれた時、歩いてもコツコツという足跡が響いたのは記憶に残っていた。
うまく入り込めたとしても地下牢までは一本道なので、たぶん侵入はバレるだろう。
ギィバタン。そんな心配をして躊躇しているうちに、また石塔の扉が開いた。
ほとんど数分のうちに要件が済んだという事だろうか。
美中年はひとりだ。
脱走を手伝うわけではないらしい。
脱走用の鍵でも渡したのか、業務連絡でもしたのか。
そしてようやくカムラは夜の密行を終えて冒険者ギルドへと戻っていった。
俺はしばらく石塔の側にいて中からマイサンドラが出てこないか確認したけれど、いつまでたってもその気配は無かった。
だから慌てて美中年を追いかけた。
そして美中年がちゃんと冒険者ギルドの居住施設に入るところまでを確認して、ようやく教会堂に引き返したのである。
「バジル、今日はお前の出番が無かったな」
「ムギィー!」
懐の中で不満そうに暴れるあかちゃん。
寝ているところを叩き起こされ、俺に押しつぶされて、そりゃ不満だろうさ。
すまんなあ、でも出番がないという事はいい事なんだぜ。
事件はもうすぐ解決する。
解決したら、いっちょおじさんが兎肉でもご馳走してやろう。
明日、主だった人間で包囲網をかけてカムラを落とす。
ずぶ濡れになった俺は明りの灯った診療所の窓を見ながらそう思った。
奴はカムラ編もそろそろおしまいなんじゃ。




