80 俺とカムラと暗闇の情熱
嵐の夜。
どす黒く塗りつぶされた夜の世界を、ランタン片手に小走りにかける男の姿があった。
奴の名はカムラ。
ブルカの冒険者冒険者ギルドから派遣されて来た、この村のギルド長を務める美中年である。
俺と正妻カサンドラは、雨を打ち叩く窓にへばりつく様にして美中年の行く先を視線で追いかけた。
「あいつ、こんな嵐の夜にどこへ行くつもりなんだ……」
「わかりません。この先は村長さまのお屋敷でもないので」
「ギルドの宿舎とも反対方向だぞ……」
カムラの姿はただならぬものだった。
街からやって来た冒険者たちの格好は鎖帷子を着こんでいるのが定番だったけれど、嵐の夜にわざわざそんな格好をする人間はいない。
ついでに言うと、鎖帷子大好きの彼らも警備の配置にでも付かない限りは普段着に剣を吊るすラフな格好をしている。
けれども彼は腰に二振りの剣を吊るしているという重装備で、ランタンを持つ反対の手には手槍という姿であるから、異様だ。
夜回りという事もあり得るが、ひとりきりというのはいかにも怪しい。
表情をうかがい知ることは出来なかったけれど、鬼気迫るという風貌であるのは間違いなかった。
「くそ、このままじゃ見失ってしまう!」
「窓を開けて声をかけてみますか?」
「いや、うん。どうするかな……」
俺は途端に考え込んだ。
わざわざ女村長が戒厳令を敷いた中だ。
冒険者ギルド長として村の幹部格という立場を手に入れつつある美中年が、わざわざ率先してその命令を無視していい状況ではないだろう。
これはもしかすると、いや、もしかしなくても殺人や放火事件と何か関係あのではないかと俺は疑った。
疑い出すと、やはり怪しいのだ。
そもそも事件が起きた最初の段階から、彼は有力な容疑者のひとりだったじゃないか。
しかし、カサンドラをひとりここに残すのは、不安でならない。
「ああ畜生。どうする」
「シューターさん」
俺の気持ちを見透かしたように動いた妻は、咄嗟に寝台の脇にある衣文掛けに手を伸ばして俺のポンチョを持った。
「行ってください、わたしは大丈夫です」
「しかしでも。君をひとりにさせるのは……ああ畜生!」
「わたしはシューターさんの正妻です。旦那さまを支えるのが妻の仕事ですから、立派にお役目を果たしてください」
カサンドラはキッパリと俺にポンチョを突き出しながらそう言った。
迷っている暇がないので俺は咄嗟にうなずくと、ポンチョをかぶせてもらった。
「出来るだけ直ぐに戻る。それとこれを渡しておくから」
俺は腰に吊るした短剣を取って、カサンドラに渡す。
この護身の剣がおっさんからのご祝儀というのが気に入らないが、何もないよりはいい。
「じゃあ行ってくる」
「はい!」
診療所を飛び出すと、横殴りの雨風を顔に受けながら視界を宙にさまよわせる。
奴は、カムラはどこに行った。
「シューターさん、あっちです!」
強い風で声も途絶え途絶えに聞こえるのだけれど、診療所の方を見ると窓を開けた妻がカムラが消えていったと思われる方向を指さして叫んでいた。
あわてて手だけを振って合図する。早く部屋の中に入りなさい!
カサンドラが指さした方向に駆け出した俺である。
いつも使っている護身の武器は俺が渡してしまったので、武器は外出する時に近頃必ず持ち歩いていた手槍だけだった。
やっててよかった天秤棒。
棒術の応用があれば、手槍ほど安心できる武器は無かった。
短いが、何の問題も無く扱える。
先ほど降り出したばかりだと言うのに、強い雨はすでに地面を泥んこに耕していた。
つま先から靴をおろさなければ足元をすくわれてしまう。
しばらく無言でひたすら暗闇を駆け抜けていると、ようやく暗闇の向こうにランタンの灯を発見する事が出来た。
カムラだ。
あれだけの重武装だからこの風で足取りがおぼつかないのかもしれない。
いったいあいつは、どこに向かっているんだ……
俺は激しく揺れている広葉樹の幹に近づきながらそれを観察した。
ここはもう村はずれと言っていい場所だ。
何度か村の周りを散策した時に来たことがあるが、木こりのッンナニワさんが使っている休憩小屋があるぐらいのもので、他には大したものは無い。
休憩小屋。
まさかそこで密会でもするという事だろうか……
恐る恐る、姿勢を低くしながら美中年に接近する。
暴れ狂う風のせいでブロンドの髪を台無しにかき乱したカムラが、やはり俺の想像をした通りに木こりの休憩小屋の側にまでやって来たのである。
風向きがぐるぐると変わり続けているので、上手く風下に位置して観察するというわけにはいかない。
けれども、これだけ暴風でうるさければ、こちらの立てる音も聞こえないはずだ。
じりじりとさらに俺は接近した。
休憩小屋の立てつけの悪い扉を必死にこじ開けようと悪戦苦闘した後に、ようやくドアが開いたらしい。
美中年は周囲を警戒する様に見回した後、休憩小屋の中に消えていった。
よし、これならギリギリまで接近する事が出来る。
俺は少しだけ大胆になって駆け足に休憩小屋に近づく。
ありがたい事に、休憩小屋ごときにはガラスの窓は使われていないので気付かれる可能性が低い。
いや、相手がッワクワクゴロさんやニシカさん、エルパコなら可能か。
小屋で何をするつもりかはわからない。
だが密会でもしていたのなら、あるいは密会の相手がそいつらだったらバレるだろうか。
小屋の扉の前を避ける様にして近づいた俺は、ボロボロになった小屋の土壁に張り付きつつ板窓の側まで移動した。
この嵐だ。まるで何も聞こえやしねえ!
俺の立てる音も消してくれるついでに、小屋の中で何が起きているのかもさっぱりわからかった。
そう思ってしばらくもしないうちに。
中でドカドカと何かが崩れるような音がした。
何事だ。
やはり中に誰かが待っていて、カムラはここで密会をやっていたという事か。
ボロい板窓の隙間を見つけた俺は、そこから必死に眼を凝らしなから中を覗き込んだ。
室内を煌々と照らすランタンの明かりを確認した。
立てつけの悪い板窓だったが、隙間が狭すぎて揺れる光の有無しか判別できなかった。
今度は代わりに、その隙間に俺は耳を押し当てる。
「んッ、はっ……カムラさま、もうこういう事はこれっきりにしてください」
「?!」
何事ですかねえ、女の声ですよ。
それも若い!
休憩小屋の中でご休憩しているとはけしからん。
鬼気迫ると表現するのがふさわしい風貌で、嵐の夜中に密会なんぞして何をしているかと思えばいかがわしい事でした。
これほど馬鹿らしい事は無いね。
俺の中でみるみる緊張感が失われていくのを実感しながら、壁にもたりかかりそうになった。
「大丈夫、後少しだ。最後に君が、これを街に飛ばしてくれさえすれば俺の任務は完了だ。そうしたら、」
耳を外そうとした瞬間に聞こえたその言葉の続きは、聞き捨てならないものだった。
「そうしたら、ふたりで街に出ようじゃないか。俺は晴れてブルカ辺境伯の騎士となり、君は騎士夫人となる。こんな片田舎で騎士婦人になどなっても、将来は何も楽しい事は無いだろう?」
「ああ、素敵ですわカムラさま。ン、いけません。これ以上の続きは嵐が収まってから改めてにしないと」
「嵐が止むまで、我慢できるのかい?」
「そんな事、カムラさまのいじわる」
カムラがブルカ辺境伯の、騎士だと?
女は、相手の女は誰だ。
ついつい俺は焦ってしまったらしい。
壁に立てかけていた手槍を転がしそうになってしまい、あわててそれを拾おうとする。
よくよく考えてみれば、これだけの嵐の中だから手槍がこけた程度で雑音なんて気にする必要は無かったのに。
そのせいで俺は板窓から身を離す時に、別の音を立ててしまった。
押さえつけていた板窓から離れるとギギイという不気味な音響が発生してしまったのだ。
「……」
「…………」
やばい。まずい。
俺はすぐにも体を硬直させてしまった。
休憩小屋の中も静まり返ってしまったが、俺がしばらく静かにやり過ごしていると、また小声で会話を始めだした。
「……だ、だいぶ外の嵐がひどくなってきたみたいです」
「あ、ああそうだね」
「これ以上酷くなってからわたしが屋敷を抜け出したことが分かってしまいますと」
「そうか、残念だな……」
どうやら逢引していたふたりは、続きをあきらめたらしい。
くそう。いいところだったのに。
いや、せっかくもう少し何かの情報を聞きだせたと思うのに。
「これが最後の地図ですね?」
「そうだね。もういち度確認をしておくけど、メリアくん。伝書鳩の数までは村長さんも把握していないんだね?」
「はい。もともと鳩を管理しておられたのはギムルさまでしたが、今はいませんのでわたしとルクシがお世話をしています」
「わかった。じゃあこれをギルドまで送る鳩に括り付けてくれれば、君の仕事は終了だ」
カムラたちはそうして会話を終了させると、そそくさと身だしなみを改めて休憩小屋を出て行った。
怪しまれない様にだろうか。
先に女を送り出した後にしばらく時間を潰して、それから美中年が続く。
俺はこの目でしっかりと目撃した。
女の姿は間違いなく女村長の屋敷で下働きしていたいつもの若い女だ。
メリアといったかな。名前もしっかり聞いたから間違いない。
仕事は終了。
確かにふたりの会話の中で飛び出した言葉だ。それに地図という言葉も。
地図をブルカ辺境伯のところに届けるという意味は、ひとつしかない。
奴は、冒険者カムラはブルカ辺境伯のスパイだ。
サブタイトルは小説「八つ墓村」の中で使われている小題からヒントをいただきました。




