76 奴はカムラ 10
76話執筆にあたり、描写内容の薄かった75話についても大幅に加筆修正しました。
もし76話掲載前に既読の方がおられましたら、そちらもあわせてお読みいただければ幸甚です。
俺は今、司祭さまと教会堂の執務室で向き合っている。
この木組みのソファに腰を落ち着けたのは何日ぶりだっただろうか。
あの時にいた家族の代わりに、隣に座っているのは女村長とニシカさん、そしてッワクワクゴロさんである。
口上を切り出したのは、女村長であった。
「ニシカとッワクワクゴロの兄弟がオッサンドラの家を家宅捜索したところ、この様なものが見つかった。これが何なのかお前に見覚えはあるかの」
「どれでしょう、まずは拝見」
例の包みに蔽われたそれを女村長が応接テーブルに置く。
司祭さまは興味深そうに包みの中身を確認したのだが、
「こ、これは。これをどこで?」
「オッサンドラの寝台の下に隠してあった。少し前に街に出かけていたニシカが言うには、これはポーションの注入器具だそうだな」
「…………」
「聞けばこれは、騎士修道会の修道騎士たちが使っているものに、よく似ているらしい」
絶句した司祭さまが、困惑して俺たちの顔を見比べている。
「ニシカ、間違いないな?」
「ああ間違いないぜ。騎士修道会のガンギマリーという聖女さまが、これを使っていたのを見た事があるから。なあシューター?」
「確かに見覚えがある」
驚いた顔の司祭さまがポーションの注入器具を取り上げて、ひっくり返しながら確認している。
雁木マリが使っていた注入器具と同じものだが、ただし彼女が使っていたものよりも、少し大きい。
「これは確かに注入器具です。ポーションや常装薬を体内に注入する際に使う医療器具ですね……」
「それと同じものがここの診療所にもあるのか?」
「あるにはあります。ありますが、これを使うのは聖なる癒しの魔法が使えない司祭や助祭だけです。誰でも使用できるという点でこれは使いでの良い医療器具ですが……」
「それで?」
「戦場や冒険に出ていて、手間のかかる癒しの魔法を使っている場合じゃない修道騎士ならいざしらず、医療に従事するわれわれが装薬にこれを使うというのは一種の腕の無さを露呈するものですから、これは使いません」
かなり焦りの表情を浮かべている司祭さまである。
この焦り顔がもし演技であるなら、この壮年の男は相当の役者という事になる。
「ポーションの効果について詳しく教えてくれ。この注入器具を使って、オッサンドラが発狂していたという事はあり得るか」
「発狂、ですか」
注入器具にはポーションの入ったカプセルガラスが装填されたままの状態だった。
液体の残留物を調べればそのポーションの効能がわかるかもしれない、という事を女村長は知りたいのだろう。
「……これは、興奮促進に使われるポーションですね」
「効果は何だ?」
「ことば通り、これをキめる事で思考が興奮状態に陥ります。少なくとも普段では出来ない様な事でも、今の自分には出来ると決心が硬くなるというか、覚悟が強くなるというか」
「つまりこのポーションを使用したオッサンドラが、凶行に及んだと。そういう事になるのだな?」
「はあ、強姦に及んだという理由にはなるかと……いや、待ってください」
何だ。
おっさんがポーション中毒でおかしくなって凶行したのではないのか。
「これは興奮促進のカプセルに別の薬効を加えているものの様ですね……」
司祭が包みを広げた場所にカプセルポーションを置いて、改めて包みなおす。
そしてバチあたりな事に聖典か何かの書物の角で、包んだカプセルポーションを潰した。
広げ直す。
「これは、聖堂会では禁制の複合ポーションです」
「司祭さま、何が違うのですかね。俺が知っている教会の修道騎士さまは、ポーションをいくつか同時にキめている姿を見ていたんですがね」
「違うのです」
そこまで静観していた俺も気になる事を口にすると、冷や汗を浮かべた司祭さまが説明しはじめた。
「ひとつの効能を持つポーションを、ひとつずつ体内に摂取させるのは問題ないのです。ところが、ひとつのカプセルの中に複数の薬効を混ぜ合わせてしまうと、ポーションは効果が強くなる代わりに副作用が強く出るのです……」
だから聖堂会ではこの種のポーションを作成する事は禁止されているはずなのに。
絞り出すようにそう言った司祭さまは、冷や汗を法衣の袖でぬぐった。
あわてふためいているその司祭さまに、女村長が言葉をさらにぶつける。
「それともうひとつ」
「ま、まだ何かあるのでしょうか」
「オッサンドラの家に、隣の村に嫁いでいたはずの奴の姉がどういうわけか舞い戻っていた。聞けば信仰心のあつい女であったそうだの」
「犯人の姉、ですか?」
「そうだ、名前はマイサンドラ。聞いた事は無いか? 三年前まではこの村の人間だったので覚えているのではないか」
マイサンドラという名前を聞いて首をひねって必死で考えていた司祭さまは、何か思い当たることがあったのだろう。
ああッと思考の片隅から記憶を引き出して俺たちに向き直った。
「確かに、そういう方がいた様な記憶はあります。わたしはあまり話したことは無いのですが、助祭ならあるいは……」
「なるほどな」
言葉を一区切りした女村長が、居住まいを改めた。
そしてニシカさんの顔を見た後に、ッワクワクゴロさんの顔を確認し、最後に俺を見た。
いや、女村長は教会堂の関係者を疑っているのだな。
してみると、この目配せはいざという時にすぐに動けるようにという指示なのだろう。
「さて司祭よ、貴様は現状から何か思うところは無いだろうかの」
「……思うところ、と申されましても」
「わらわとしてはだ。これら一連の事件が、教会堂関係者の協力による犯行という風に見ているわけだがの。貴様にはその様には思えないかの?」
しごくまじめな表情を浮かべた女村長が、司祭さまを見やりながら睨み付けていた。
司祭さまは勢い立ち上がった。
「ちょ、ま。待ってください村長さま。今回のオッサンドラによる強姦事件が、われわれ聖堂会の協力で発生したとおっしゃるのですか?」
「少なくともポーションとやらの注入器具は、騎士修道会で使われているものであろう。そしてマイサンドラという教会堂で熱心に祈りを捧げていた出戻り女が、何故かこの村に舞い戻っていたのだ。この事件のタイミングでこういう事があれば、繋がりを疑うのは当然であろう? ん?」
「…………」
「聖堂会としては、それをどう言い逃れするのだ!」
女村長の恫喝によって、司祭さまは委縮してしまった。
四人並んで座ったソファの両サイドが俺とニシカさんだ。
いちおうはかつて軍事訓練を受けていた経験のある司祭さまが抵抗でもしようものなら、即座に剣を抜ける様にだけは気を付けている。
だが、その必要は無かったらしい。
力なくうなだれた司祭さまは、ふたたびソファに腰を落とす。
「わ、わたしもお疑いなのですか?」
「そうは言っていないが、可能性はあるな」
「わたしはそんな大それたことの出来る人間ではありません! 殺人と放火事件の捜査にも、わたしは騎士シューターさまに協力してきました。騎士シューターさま、わたしをお助け下さいッ」
本来救いの道を示す司祭さまが、救いを求める顔で俺を見やったのだ。
そんな眼で見られても、俺は妻をあんな目にあわせた人間を捕まえたいだけなんでね。
困るんだよ……
「俺としてはですね。司祭さまが無実だとおっしゃるのなら、堂々としていればいいんですよ。更なる捜査協力をお願いいたしますね」
「…………」
「何もお前をひとり疑っている訳ではない。お前にアリバイがあるというのならば、わらわたちが疑うべきはこの村のもうひとりの聖堂会関係者の助祭という事になるかの」
「ま、まさか彼女が」
言葉の続きを受け取った女村長の言葉に、司祭さまはハっとした。
そこで俺はこれまでに気になっていた点を、頭で整理しながらひとつずつ質問する。
「あの助祭さまは、街でポーションだか魔法の薬だかを学んでいたそうですねえ」
「確かに、彼女の聖なる癒しの魔法は、わたしよりも優れた力量です。ポーションや薬学に関係しても、ブルカの修道会で熱心に研究していたはずです」
「それから、騎士修道会の関係者ってのは若い時にみんな軍事訓練を受けるんでしょう? 建設現場の殺人事件、あれは素人の犯行じゃなかったんですよね。剣の心得があった人間が犯人だ」
それとあんたが言った事だと思うがね、
「助祭さまというのも当然軍事訓練を受けていて、若いぶん司祭さまよりもよほど腕がなまっていないそうですねえ? とすれば、アリバイの無い助祭さまが教会堂の関係者で疑われるのは当然です」
「そ、それはそうですが。まさかそんな我が修道会から……」
「助祭さまは、いまどちらにおいでなのでしょうか?」
俺が畳みかけて質問をする。
「……彼女はこの時間なら、講堂の中を掃き清めているはずだと思います」
司祭さまがその言葉を口にした瞬間、女村長は目くばせをしてッワクワクゴロさんとニシカさんを動かした。
すぐに立ち上がったふたりはそれぞれの護身武器を改めて、そして講堂に向かった。
女村長もドレスの袖をつまんで続く。
俺も急いで立ち上がって講堂に飛びだしたそのタイミングで、ニシカさんが叫んだ。
「おい、司祭さんよ。助祭はどこにもいねえじゃねえか?!」
「そんなはずは? はなれの自分の部屋にいるかもしれませんが」
あわてる司祭さまも考えられる別の場所を口にした。
「よし、ッワクワクゴロ、オレは裏からまわるから、表にいるあんたの弟たちと離れに繋がる通路から行ってくれ」
「わかった! おい、馬鹿弟ども。こっちに来いッ」
「逃げたとなればますます怪しいの。捕まえて必ず吐かせる必要がある。司祭どのもシューターと一緒についてまいれ」
「わ、わかりました」
これはもしかして、もう俺たちが司祭さまと面会をしている間に感づいて逃げたんじゃねえか?
ぶつぶつと言いながらッワクワクゴロさんを追いかける女村長の跡を追いかけながら、俺は思案した。
「騎士さま。騎士修道会の身内からこんな人間が出てしまい……」
「まだ真犯人だか協力者だか、決まったわけじゃないんだから頭を上げてくださいよ」
しおれてしまった壮年の司祭が道中立ち止まって深々と頭を下げる姿を俺は見やる。
「しかし、あなたの奥様があのような事になって」
まあ裏でこそこそ動き回っている犯人を、許すつもりなんて俺はこれっぽっちもない。
女村長からも殺人と放火の犯人は殺せと厳命されている。
ひとを殺すなんて事は、少し前までの俺なら出来るはずもないと思っていた事だが、今ならその怒りにかけて簡単にできてしまうのではないかと思えるぐらいだ。
事実、俺はおっさんに対して明らかな殺意を持って貫手を放った。
結果的におっさんは死ななかったが、少なくともあの時俺の殺意は本物だった。
「おっさんにそのご禁制のポーションを渡した犯人の事は許すつもりはありませんよ」
「もちろん女神様がお許しになる事ではありません」
「けどま、また決めつけで動いて肝心なところを見落していたら犯人の思うツボだ」
そもそもポーションをおっさんに渡したのが助祭さまだとして、他にも共犯者が複数いるなんて事も考えられるからな。
決めつけと言えば、
「そう言えば司祭さま」
「……はい?」
トボトボ歩く壮年の司祭さまの手を俺は見やった。
「あんたはその右の掌に、剣か何かを握ったまめのあとがありましたねえ」
「まめ、ですか? ああ確かに」
それは剣の稽古をしたりしたときに出来るまめの跡だ。そのまましばらく続けていれば硬くなって剣ダコになる。
当初そのまめを俺は、久方ぶりに引っ張り出して剣を振るった跡なんじゃないかと思ったんだがね。
「これは金づちを振り回した時に出来たまめですね」
「金づち?」
「村の大工がみんな湖畔の建設現場や村の中で新しい住居を作るのに駆り出されていたものだから、自分で屋根の修繕をしていたのですよ。教会堂の」
講堂の中を歩きながら天井を見上げて司祭さまが言った。
なんだ剣のまめかと思ったら金づちかよ。
やはり決めつけと思い込みは、真犯人を見失う事になりかねないな。
教会堂と離れの住居を繋ぐ渡り廊下を歩いていたところ、ニシカさんの咆える声が聞こえた。
「畜生! こっちにもいやしねえぜ、この辺りに気配も感じられないから近くに隠れているという感じではない」
「だが屋内に紙を見つけたぞ」
「紙? オレは字が読めない。誰か読んでくれ!」
渡り廊下を抜けるとニシカさん、ッワクワクゴロさんとその兄弟、そこに到着した女村長が顔を寄せ合っていた。
紙というのは、どうやら手紙らしい。
「どれ、わらわに見せろ。これは書き置きだな」
「お、おう。こんな事ならオレも字の練習をした方がいいな」
俺たちは急ぎ足で女村長のところに走った。
置手紙には次の様によくわからない文字で書かれていた。
「ふむ。『しばらく姿を隠します、わたしは女神様のご意思に従ったまでで、無実です』逃げたな……」




