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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第3章 奴はカムラ
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66 猪肉のソテーと、蒸かし芋の若葉蒸しを食べます


「まずは暖かい食事を食べるとするかの」


 湯気のたつ猪肉をじっと見つめているエルパコに苦笑して、女村長がそう言った。

 正直な事を言えば、俺は「焦らしプレイ」があまり好きではない。

 夕飯を焦らされてつばを口の中に溜め込むのもあまり好きではないけれど、それよりも女村長が先ほど言いかけていた内容と言うのが気になってしょうがないのだ。

 サプライズそのものは嫌いじゃないが、決していい話ではない内容を焦らされているというのは、精神衛生上よろしくない。

 同じ様に思っていたのだろうか、カサンドラもタンヌダルクも、屋敷の使用人であるゴブリンが香草で蒸した猪肉を切り分けてれて皿に盛られてもなかなかフォークを手にしようとはしなかった。

 この世界独特の二本串のフォークに手を付けたのは、豪放磊落な性格のニシカさんと、それからエルパコだけだった。

 ところが、


「エルパコちゃんいけませんよ。旦那さまも村長さまもまだ料理に手を付けていないのだから、我慢しないと」

「う、うん……」

「いやいいよ。お腹がすいては頭が回らないだろうし、今日も一日よく頑張ったんだからな」


 ぴしゃりとけもみみを躾けようとしたカサンドラに俺は笑って制止した。

 そんなやり取りを見ていた女村長は「ふむ」と言って、自らもフォークを手に持つ。


「上の者がまず行動で示すというのは大事だの、わらわも冷めてしまわぬうちに口をつけるとしよう。シューターもそうせよ」

「なるほど、そうですね」


 俺は本来なら腹ペコだったはずだけど、今は会話の先が気になって仕方がない。

 ただ家族が待ちぼうけを食らうのも申し訳が無いので、女村長を見習ってテーブルに並べられた皿のひとつから蒸かし芋を手にした。

 昼夜と欠かさず食卓に並ぶ蒸かし芋だが、これはうちの畑でもとれる芋と同じものだ。

 味は元いた日本でも栽培されていたサトイモの仲間らしく、俗に太平洋諸州で食べられているタロイモの仲間という事だろう。

 蒸かし芋はこのイモの若葉で包んで蒸し鍋にかける。

 柔らかい若葉は蒸されるとほどよく苦味と青味を帯びて、猪の肉汁で作ったソースに浸けて食べるとなかなかの美味だった。

 ほんのりと苦みと辛みを感じるのは酒にもちょうどいい。


「さて食べながらでよいので聞いてほしい。近頃この村の周辺で何者かの視線を感じているという事だったが、」


 ぶどう酒の入った酒杯を口元に運んだ女村長が、俺の顔を見て言葉を続けた。


「周辺をマッピングしている冒険者からも報告が上がっているので、少し気になって調べさせておった」

「その話は、ギルド運営のカムラさんから聞いたのですか?」

「いいやギルドの方からではなく、エレクトラから直接聞いたものだ」


 エレクトラというのは、俺とニシカさんがギムルとともにブルカの冒険者ギルドで直接面接した上でスカウトした冒険者のひとりだった。

 たいへん失礼な物言いをすればメスゴリラみたいな筋骨隆々の女冒険者である。

 武器はこの世界では珍しい細剣を使用していたので印象深いけれど、対人戦闘に関しては俺も舌を巻くほど腕が確かだったのを覚えている。

 ただし得意にしている武器が武器だけに、モンスターとの戦いについては未知数である。


「それはまたどうして」

「もちろん信用できる人間だからだ」


 疑問に思った俺の質問に、女村長が口角を上げてそう答えた。

 エレクトラはアレクサンドロシアちゃんと同性という事もあって、最近よく一緒に行動をしている姿を村や作業現場で目撃している。

 恐らく護衛として同じ女性なので安心できるのだろう。

 対人戦が得意というのも護衛役としてはうってつけである。


「冒険者ギルドの出張所は、表面上滞りなく運営活動を行っている」

「ではなぜカムラから話が来ないのですかねえ」

「エレクトラやダイソンは、領内に先にやって来たのもあって仲が良い。村の猟師と連れ立ってマッピングにも出かけているのだが、そこで感じた違和感と言うか視線については必ず冒険者ギルドで報告を上げていると言っておったぞ」

「するとカムラさんがその情報を握りつぶしていると?」


 ちょっとありえない展開に、ぶどう酒を口にした俺は微妙な顔をした。

 ぶどう酒が渋いからというだけではない。


「ふむ。シューターはどう考える?」

「うーん、考えられることはいくつかあります。不確かな情報のうちは上に報告するべきではないと考えているか、そもそもそういう事はあり得ないとカムラさんの基準で否定的に考えているのか、もしくは理由があって黙殺しているのか」

「なるほどのう」


 むかし俺は、とあるWEB制作会社のバイトをやっていた事がある。

 その会社は営業さんがWEB制作に関連する仕事ならどんなものでも受注して来ると言う貪欲なひとだったので、通販会社のショッピングページから、それこそソーシャルゲームの下請けまで取って来るという有様だった。

 運用チームや制作チームの社員の人たちは、その営業さんの事をダボハゼだと言っていた。

 どんなものでも喰らいつくという意味だけれど、その際に俺が担当を割り当てられたのが、とあるスマホゲームの背景画を管理するというものだった。

 背景を担当するイラストレーターさんと連絡をとり、これを元請会社にしっかりスケジュール管理にのっとって提出するわけである。

 しかし、作業進捗というのは様々な理由で遅延する。

 イラストレーターさんの技術が追い付いていないという事もあるかもしれないし、単純に追加発注が入っててんてこ舞いになるという事もある。

 あるいは何度イラストを提出しても再提出を指示される事だってある。

 結果、イラストレーターさんは「今、ほぼほぼ完成しています!」という報告をして、何とか時間を捻出しようとしたり誤魔化そうとしたりするようになった。

 世に言う「報告、連絡、相談」が欠落していたんだな。

 それはイラストレーターさんにとっては嘘でもなんでもない事だったけれど、最後の最後でどう直していいのか行き詰ってしまう。

 まず俺のところに遅れてくる。俺は今度は言い訳を色々ならべながら元受にそれを報告する。

 元受も、版元に言い訳をする。

 言い訳の連鎖で、結局何が何だか分からなくなってしまったのである。


「どういう理由であれ、カムラさんが村長さまに報告しなかった事は問題ですね」

「シューターはそう思うか?」

「ええ」


 女村長に、俺は思った通りの事を伝えた。

 俺はこの村にやって来てからこっち、全ての人間にいい顔をするのだけは絶対にやめろと決めていた。

 もしも顔色を窺う相手がいるのなら、それはアレクサンドロシアちゃんだけにしようと自分の中でルールを決めたのだ。

 ああ、もちろんカサンドラとタンヌダルクちゃんは別だ。

 彼女たちは俺の奥さんであり、家族はもっとも優先すべきものである。

 俺みたいな万年バイト戦士だった人間が家族を持てるなんていうのは、元いた世界では想像もできなかったことだからね。


「鱗裂きはどう思うか」

「ああ、そういうのはシューターに任せておけば間違いないぜ。オレ様はカムラの事はよくわかっちゃいねぇが、シューターの事は信用できるからな」


 嬉しい事を言ってくれるじゃないの。

 俺の方を向いて片眼をつむってアイコンタクトをとってくるニシカさんに感謝した。

 ただしファッション眼帯をしたニシカさんがウィンクをしても、それはただの眼をつむっただけじゃないかという風に内心で思った。


「という事は、やはりカムラさんが怪しいという事になりますね」

「そういう事になるだろうな」

「それじゃあ、そのカムラさまという蛮族は、何が目的でそんな事をしているんでしょうね?」


 俺たちのやり取りに、器用に骨にへばりついた残り肉をフォークとナイフで切り落としてたタンヌダルクちゃんが質問して来た。


「そんなものは簡単な事だぜ。まあ、都合が悪いから握りつぶしてるんだろうぜ。誰かと繋がってんだろう。この肉うめぇな!」

「誰かって誰ですかね。蛮族の領主さまが上手くいくのが気に食わないなんて。そのカムラって蛮族はいやなひとですね、旦那さま」


 ニシカさんがさも当然という風に言うと、残り肉をフォークとナイフですくいながらタンヌダルクちゃんがそう言った。

 なかなか鋭い切り口で物事を見ているな野牛族長の妹は。


「シューターのふたり目の嫁はなかなか頭がキレると見える。わらわにとってライバル関係にあると言えば、周辺の領主かブルカ辺境伯だろう。わらわがこの領地で成功してもっとも都合が悪いのはブルカ辺境伯だろうな」


 眼を丸くしながらも面白がった様に女村長がそう言った。


「恐らく、開拓移民の中にそういう人間に含まされた者たちが潜り込んでいると見るのが良いだろう。移民、労働ゴブリン、犯罪奴隷、冒険者、これらの中に怪しい行動をする者がいる可能性があるのだ」

「なるほど、カムラさんはブルカ辺境伯か、周辺領主の差し金という可能性があると」

「もちろんカムラ本人が、わらわのライバルと直接つながっているとは言いきれぬ。場合によっては他に別の人間を通して間接的に繋がっている可能性もあるのだ」


 俺はそれを聞いてふとエルパコの方に視線を向けた。

 疑っているという意味ではない。

 エルパコは街からやって来た猟師なので、ここにやって来るまでに移民や犯罪奴隷たちと長い時間行動を共にしてきたからである。

 何か知っているだろうかとふと思ったのだが、


「ぼ、ぼくを疑ってるの?」

「違う違う、そういう事じゃないからなエルパコ。何か外から来た連中の中に不審な動きが無いか、過去に無かったか、気になった事を教えてくれればと思ったんだ」


 煮込み野菜のスープを木のスプーンで口に運ぼうとしていたエルパコが、とても悲しそうな顔をして俺の方を見返してきたので、慌ててそれを否定した。


「不審な動き?」

「そうだ。エルパコは狐獣人だろ? その耳は遠くの気配も察知するほど頼りになるし、猟師だからなのか獣人だからなのか、相手の動きもよく察知しているだろう」


 俺が取り繕いながらそんな事を言っていると、不思議そうな顔をしたエルパコがちょっと照れた表情を浮かべた。

 俺が言葉を続けようとした瞬間に、エルパコも何かを口にしようとした。

 ちょっと口を開くのを抑えて様子見を仕様とした瞬間、さらに言葉をかぶせてきた人間がいる。

 アレクサンドロシアちゃんだ。


「狐獣人だと? シューター、それはエルパコから聞いたのか」

「あっはい、そうですけどねえ」

「この娘は狐獣人ではないぞ。何を言っているんだ」

「え?」

「ぼ、ぼくは男の子だから」

「そうではない。エルパコは、お前は自分が狐獣人だと誰に聞かされたんだ。両親は狐獣人ではないだろう?」


 少し語調を強めた女村長が詰問口調でけもみみに迫った。

 この際は男か女かはどうでもいいと言わんばかりに、少し身を乗り出して女村長がエルパコを睨み付けている。

 するとけもみみはシュンとして身を縮めると、上目遣いで俺に助けを求めるような視線を送って来た。


「ぼ、ぼくは孤児だったから、普通にゴブリンの里親の家で育ったよ。義父さんが、ぼくは狐の獣人だろうって」


 そんな事を申し訳なさそうに訴えて来た。

 マジかよ。

 エルパコは孤児だったのかよ。

 しかも両親はゴブリンの里親。つまりお前は何獣人なんだ?!

 そう思った次の瞬間だった。

 どこかでドンドンと扉を叩く様な音がしたかと思うと、荒い息遣いが聞こえた。

 ドカドカと乱暴に床を踏み鳴らす音と共に、食堂にふたりの冒険者が姿を現したのだ。


「どうしたふたりとも。わらわたちはいま食事中だぞ」


 冒険者エレクトラとダイソンだった。


「村長、大変だ。湖畔の方の空が赤く染まっている!」

「付け火だ。作業現場から出火したんだ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺たちは騒然となった。


     ◆


 ひとつひとつ積み上げてきた積み木を崩される感覚というのだろうか。

 子供の頃、親の留守中にそんな遊びをしていたところ、ふたりの妹たちが俺にかまってもらいたくて、ひとり遊びをしていた俺の積木のお城を壊された事があった。

 俺の目の前には、一夜にして消し炭になってしまった建設途上の集落の残骸。それから丘の上には黒く煤けた作りかけの城が見えていた。

 ところどころ、くみ上げた石が崩れている。


 アレクサンドロシアちゃんの積み木の城が崩されていたのだ。




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