7 狩場の中心でコボルトが叫び俺は楽天的思考になる
猟師は自分の狩場についてあらゆる事を知っている。
俺の母方のおじさんは鴨射ちの名人だったが、自分が足しげく通う猟場の地形と、そこで仕留められる鳥たちについては隅から隅まで熟知していた。
連れている犬についても同じだ。彼らはとてもよく訓練されていて、猟場の複雑な地形を、彼らだけが知っているけもの道を伝って獲物を追い立てていくのだ。
けれど、知り合いとともにおじさんが知らない猟場に出かけた時は、基本的に地元の猟師さんを水先案内人にして、そういう時はいつもゲスト感覚で楽しんでいたものだ。
つまり、猟師とは自分のフィールドで狩りをしている限り頂点捕食者なのである。
ちなみに俺のフィールドは、モンスターをハントするゲームの中だった。なので俺は猟場という言葉よりも狩場という言葉の方がどことなく自分の中でしっくりくるのである。
ワイがバーンを仕留めるんや! ただしゲームの中でならな!!
さて早朝、村を出発した俺とッワクワクゴロさんは、村の東側にある林を抜けて、闇深い森に分け入った。
「地元の人間はここら一帯をサルワタの森と呼んでいるだ」
「サルワタ?」
「そうさ。ここで巨大な猿人間のハラワタが見つかったから、そう呼んでいる」
巨大な猿人間というのはゴリラかイエティ、はたまた大型猿人か何かの親戚だろうか。
「ハラワタが見つかったという事はですよ。そいつは死んでいて、何者かがハラワタを喰い散らかしたという事なんですかね?」
「まあそうなるな……」
ッワクワクゴロさんは自分の鷲鼻をさすって、ため息交じりに返事をした。
「この森のずっと奥まで行くと、ワイバーンの営巣地があるんだよ」
「……ワイバーン、確か妻の親父さんが相打ちになったという?」
「そういうこった。おいシューター」
「はい?」
「まさか妙な義侠心なんて持ち出してくれるなよ? お前がいくら戦士だとしても、昨日今日この猟場に来た猟師がワイバーンを相手に狩りを挑むなんて、できやしないんだ」
背の低いッワクワクゴロさんは、俺を見上げながら真剣な眼差しで忠告をしてきた。
「当然です。俺はただのバイト戦士、そして俺はここでは新参者だ。猟場を熟知するまではッワクワクゴロさんの言いつけはしっかり守りますよ」
当たり前だ。俺はワイバーンがどんな姿をしているのかもわかっちゃいないのだ。
相手がどんなヤツかなんて、正直なところ興味が無い。できる事ならこの異世界ライフで一生涯出くわしたくない相手である。
そもそも、俺のいた世界にあてはめれば、ワイバーンといえば天翔ける飛龍の事だ。そんなヤツに猟銃のひとつも無しに挑むのは馬鹿のする事だ。
「それでいい。俺たちの獲物は別にいる」
「ですね。ッワクワクゴロさんは普段、何を専門に狩りをしているのですか?」
先ほど俺はおじさんの話をした。
おじさんの場合は普段、専門にしているのは鴨や山鳩、雉といった野鳥である。
単純に猟師といっても、野鳥を専門にする者、鹿やカモシカなどの野獣を専門にする者、狐や野兎を専門とする者と、それぞれ得意分野はわかれている。
特に難易度が高いと言われているのが猪や熊といった、暴れると手におえない連中だ。
これらは待ち伏せして、組織的に包囲をかけて仕留めるのがもっとも安全だった。
猟師たちの連れている猟犬らも、場合によっては命を落とす事もあるのだ。
「俺か? 俺の獲物はコレよ」
冗談めかしたッワクワクゴロさんは、小指を立てて下品に笑った。
「お、女ですか」
「特に若いメスがいいな。といっても人間の女じゃないぞ?」
「ゴブリンですか」
ッワクワクゴロさんはゴブリンなのだから、若いロリータのゴブリン専門であっても別におかしくはない。
「そんなわけが無いだろう。女のゴブリンを捕まえてどうするんだ、村長に処刑されてしまうだろ」
では何かというと、ッワクワクゴロさんは説明を続けた。
「コボルトよ。メスのコボルトは普通、子供たちを連れて行動している。コボルトの群れを襲えば高確率で子連れのメスが脱落するわけよ。そこを仕留める」
嗚呼、ここはファンタジー世界でしたね。
ッワクワクゴロさんはゴブ専ではなかったわけだ。
「その、コボルトというのはどういう獲物なんですかね?」
「何だお前、コボルトを知らないのか。ちっちゃい小人みたいな姿をしたジャッカル面の猿人間よ」
なるほど、たぶん俺の知っているファンタジー知識のコボルトとさほど外観は変わらないらしい。
「それを捕まえるわけで?」
「何分、あいつらはポコポコ繁殖しやがるからな。畑を荒らすので迷惑するんだ」
「なるほど……。コボルトは害獣、と」
それで捕まえられたコボルトは、その場で潰されて罠のえさになる。
潰されるのか……と少し可哀想になったが、相手は害獣なので容赦している場合ではないのだろう。
おじさんもよく家で飼っているニワトリに手出しするイタチを捕まえていたし、わからんでもない。
「その上、家畜も襲う。あいつらは百害あって一利なしなうえに小知恵が働く」
「猿人間ですもんね。で、潰したコボルトはどうなるんでしたっけ?」
「潰したコボルトを餌に、本命のリンクスを誘い出す。こいつは毛皮が上等で、行商人に売れば外貨が得られる」
「リンクス」
また知らない単語だ。
いや待て。モノの本によれば、確かオオヤマネコの仲間の事をリンクスと言ったはずだ。
なるほど、オオヤマネコの毛皮か。
「すると、食べるための肉は取らないと?」
「少なくともそれは俺の本命じゃねえ。ただし普段は兎や鹿は仕留めるぜ、そいつらはこのサルワタの森のあちこちにいるからな。こっちは自分で食っていくための獲物だ」
「兎に鹿ですか」
「そうさ。この辺りの鹿はそれほど大きくもねえし、単独で活動しているヤツを狙えば無理はねえ」
ついて来な。ッワクワクゴロさんはそう言うと、俺の背中を軽く叩いて、ナタを器用に使いながら森のさらなる奥へと進んでいった。
◆
俺は今、とあるブッシュの中に身を潜めている。
ッワクワクゴロさんによれば、この辺りは草食動物たちがよく利用するけもの道のすぐ側にあたるらしい。
当然、鹿や猪といった連中やコボルトもここを通るのだ。
「お前、弓の腕の方はどの程度なんだ?」
背中に担いでいた短弓を下ろした俺たちは、いつでも姿を現した獲物を仕留めるために準備だけはしていた。
俺は以前、とある演歌歌手の舞台公演に参加して、時代劇をやった事があった。
その時に少しだけ狩人の役をしたので、カーボン製の弓であれば触った事があるが、さすがに実射した事は無いので、弓をその場でというわけにはいかない。
そこで俺は言い訳をした。
「俺が使っていた弓は長弓だったので、ちょっと使い勝手が違うんだよなぁ」
「なるほどお前は戦士だからな。だが短弓はいいぞ、腕がそれほどなくても、慣れればすぐに使いこなせる様になる」
マタギたちの狩りでもそうであったように、弓は相手に出血を強いるための武器だ。
相手のとどめを刺すために使うのは、杖代わりに使ってきた手槍である。
俺は棒の類は得意にしている獲物なので、たぶん少し使えばこっちの方は問題無く扱えるだろう。
問題は短弓だ。
「ちょっと試してみたいですね」
「そうだな。今日のノルマをしっかりとこなした後であれば、お前にやらせてもいいだろう」
さて、コボルトが来るか、はたまた兎が顔を出すか。
俺は露出しすぎた肌を見事に虫刺されにやられながら、ひたすら待ち続けるのだった。
どれぐらい時間が経過しただろう。
早朝に村を発って現地に足を運んだのが、おそらく正午まで少しは時間を残していた。
おしゃべりで世話好きなッワクワクゴロさんだったが、けもの道を見渡せて体を隠せられるブッシュの中に身を潜めてから、口数は少なくなってしまった。
その間に早めの昼食と、お互いに持ち寄ったお弁当を食べる。硬い黒パンを食べるとひどく喉が渇いた。
しかしあれだな。
草むらの中にいると、痒い。
羽虫に刺されるのもあるのだが、どうも全裸に限りなく近いスタイルだと、ケツに小石は食い込むし草が肌に擦れて切れるので、やってられないね。
次からはそのあたりの対処法をッワクワクゴロさんか、かわいいい新妻のカサンドラに聞いておかなければならないだろう。
しょうがないので俺は、ありあわせの手段として、泥を皮膚にこすりつけて塗り込んだ。
「お前、なかなか知恵がまわるじゃないか」
お肌を泥パックしていた俺を見て、ッワクワクゴロさんは小声で感心している様だった、
「むかし、消火ポンプをかついでキャンプに出かけた事があるんですよね」
「消火ポンプ? 何だそれは」
俺はアパレルショップでバイトをしていた頃、完全武装に消火ポンプ、それから二リットルのペットボトルを担いで山を行軍した経験があった。
店長が率いるサバゲーチームが、とある山のフィールドでキャンプしている敵対チームを襲撃する作戦に参加したのだ。
あの時、俺たちは虫に悩まされていた。虫ジュースと呼ばれている、まったく役にたたない除虫液を俺たちは持っていたが、それの効き目があまりにも無いので、かわりに泥を皮膚の見えるところに塗りたくって対策したのである。
さすがにヒルまでは防げなかったか、少々の虫ならばそれで防げた。
「消火ポンプというのは、火事を消すために使う魔法の道具ですよ」
「お前、戦士だけじゃなくて魔法まで使えるのか?」
「ごめんなさい使えません。でも魔法の道具なら誰でも使える便利なものなんですよ」
そんな事を言っていると、俺たちはいつの間にか周辺をコボルトの群れに囲まれていたのだった。
「コボッ!」
コボルトがいっぱいいる!
俺は咄嗟に変な声をあげそうになったが、そこはッワクワクゴロさんに止められて我慢する。
連中はまるで俺たちの存在に気が付いていない。
どうやら群れになって、餌場だか水場だかに移動する際中だったのだろう。
コボルトの数は全部で十数頭、親子連れもいる。
肘でつついたッワクワクゴロさんは、俺に手槍を構える様に指示をした。不得手な弓を使わせるより、仕留める側にまわってもらおうという事だろう。
指示を出しながらッワクワクゴロさんは素早く弓をつがえ、狙いを定めたのである。
惚れ惚れするような手慣れた動作である。無駄が無い。
そしてひときわ大きな群れのボスが、仲間たちを集める様に咆えた。
「コボーッ!」
楽天的に考えてもいいのかもしれない、俺の初狩りは成功するのだと。
キンドルかコボかでいうと、わたしはイルカブックス愛用者です。