60 ラフストック・シューター(※ キャラ絵あり)
ラフストックとは、カウボーイたちが野性の牛馬を乗りこなす競技だそうです。
武道の基本には残身という動作がある。
相手を倒した後も、完全に制圧しきれない場合を考慮して次の手を備えておく心構えである。
俺の一撃パンチを食らって崩れたタンクロードバンダムだが、タフで格闘センスに溢れる野牛族長がこんなに簡単に戦闘不能になるとは、俺の中では確信が持てなかった。
武道や格闘技を長くやっていると、攻撃を食らった瞬間にわずかに身を引いて、相手の打撃を逸らしたりダメージを軽減させる様なテクニックは確かにあった。
このファンタジー世界式闘牛の発達したミノタウロスたちが、この手法を体得していないとは思えなかった。
実際に俺も奴隷商人たちの雇っていたチンピラ冒険者どもを相手にした時などは、ダメージ軽減のために食らいながらも体を逸らしたりしてやり過ごす方法は使っていたのだ。
自分に使えるものが、相手に使えると思って挑むのは、空手家の心得として同然だ。
したがって俺は、タンクロードバンダムが膝を折って崩れるように倒れた時、考えるよりも早くタックル気味に飛びついていた。
マウントポジションを取って、ここぞとばかり打撃を入れるチャンスだった。
飛びついた時にほとんどタンクロードの抵抗は無かったので、かなり理想的なマウントポジションに飛びつけたはずだった。
相手が脚などを使って反攻できず、腕もうまい具合に膝で押さえられれば最良だったが、片腕は咄嗟の飛びつきでうまく押さえつける事が出来なかった。
それはしょうがない。
代わりにさっそく拳を握りしめて、その底面で駄々っ子パンチよろしく殴りつけてやる。
四度、五度と相手の顔面の中心をとにかく叩いた。
人間の顔とは違ってタンクロードは野牛の一族である。
したがって鼻頭がとても高いところに飛びだしているので、これが思った様に殴れない。
「いいぞ、トドメをさせシューター!」
「違う違う正面じゃない、横から殴りつけるんだ!」
今の言葉はッワクワクゴロさんだろうか。
正面ではなく横から殴りつける、なるほどな!
俺は我武者羅になって言われるままに殴りつけたのだが、今度は問題が発生した。
禍々しいまでに隆起した水牛の様なミノタウロスの角が邪魔で、冷静に一打一打を放たなければ、手を怪我してしまいかねないのだ。
「兄さん! 兄さんまだ負けていませんよ、まだ頑張れます!」
「シューターさん、頑張って!」
村人たちの応援は加熱して、いよいよ殺せとばかり怒声が周辺に響きわたった。
殺すなんてとんでもない事だが、少なくともこのチャンス決定打だけは入れておきたい。
そう思って腰を振って一撃に渾身の力を入れようとした瞬間、
「フンス!」
膝で押さえ損ねて自由になっていたタンクロードの右腕が不意に伸びたかと思うと、俺の首に回して来やがった。
次の瞬間、抵抗する俺の努力もむなしく、たった片腕で俺は野牛族長の顔面とごっちんこさせられた。
ほげぇ!
俺は一撃で昏倒した。
たった一撃で昏倒したにもかかわらず、片腕で野牛族長が俺を支えていて、あまつさえそのまま何度も俺の額にそれを叩きつけてくるので、俺のダメージは凄まじい勢いで削られていく。
駄目だ、やめてくれ、死ぬ。さすがに死ぬ!
しかし俺は気絶と覚醒を、頭突きを食らうたびに繰り返して、最後の頭突きを食らった瞬間についに眼を覚ました。
たぶん、これが殺意というやつなのだろう。
殺さないと殺されるとでも思ったというか、痛みの限界を超えて体が動いたのだ。
具体的にはこうだ。
いつのまにか俺の膝押さえつけを解除して両腕で俺を持ち上げようとしていたタンクロードバンダムに、顔面まるごと削り飛ばしてやるつもりで、膝をぶつけたのだ。
たぶん普通にスパーリングじゃやらない。
格闘技の試合でもありえない。
総合格闘技でも、やればレフリーに止められてしまうのではないか。
そういうえげつない角度から、体重をのっけて頭突きのお返しをしていたのだ。
一度、二度、たぶん三度か四度、顎を砕く勢いで膝を立てたのは覚えている。
失敗した一回で、角にしたたかに膝が刺さったののも覚えているが、痛みやおれる気持ちより先に膝蹴りの継続を俺は選んだ。
「もういい、やめろシューター」
「うるせぇ野牛ぶっ殺してやる!」
「野牛はもう意識を失ってるぜ、落ち着けよ!!」
気が付けば俺はギャラリーから飛び出してきた無数の人間によって羽交い絞めにされて、タンクロードから引き離されたらしい。
何度か抵抗したらしく、とても恐ろしい事にッワクワクゴロさんを一撃で昏倒させ、あまつさえ鱗裂きのニシカさんの顔に振り回した腕があたったり、美中年の腹にまで喧嘩キックを蹴り込んだというではないか。
ギムルは最後まで俺を必死に後ろから拘束していたが、これも俺が背負い投げて、立ち上がったところをハイキックで倒してしまったらしい。
とんでもない無双状態だが、その事を統べて俺は知らない。
最後にそんな状況にも恐れ知らずに飛び出してきたカサンドラと、やや遅れてそれに従ったタンヌダルクが、俺を説得したのだとか。
本来は余興として盛り上がるはずだった闘牛の試合は、それどころではなくなって、お開きとなった。
◆
眼が覚めると、そこは見知らぬテントの中であった。
前にもこういうことがあった気がして、もしかするとこれはオーガに遭遇して冒険者の討伐隊のキャンプに救出された直後じゃないだろうかと俺は錯覚した。
けれどもそれは違ったらしい。
「シューターさん、眼が覚めましたか?」
「おう、お前ぇ。いいパンチくれたじゃないかええ?」
新妻の顔がまず視界に飛び込んできて、次に隣で白い歯を見せてはいるが片眼が確実に怒っているニシカさんの顔があった。
「おはようございます。俺の名は吉田修太、野牛の族長と闘牛をして意識を失った三二歳の村人です。あってますか?」
「何を訳の分からない事を言ってるのだお前は。安心しろ、お前は勝利したぞ」
第三の顔が飛び込んで来たかと思うと、それは女村長のものだった。
女に囲まれて、まるでハーレムみたいな気分だ。
しかしハーレムといっても俺の新しい奥さんになる予定のタンクロードの妹がいない。
「あの、タンクロードさんはどうなりました?」
「闘牛の直後は意識不明という有様だった」
「そんなに悪いんですか」
「まあ、心配はするものではない。決闘を申し出てきたのは野牛の一族の方だし、わらわたちの面目が立った。何より今は教会堂の助祭が癒しの魔法で手当てをしておるので、すでに全快してるだろうからな」
それはよかったぜ。
にしても、ニシカさんがずっと俺を睨み続けている。
「そういえばニシカさん、目の周りが青いですがどうしたんですか、その青たん」
「手前ぇがオレ様を殴りやがったんだよ!」
「え、そんな。俺は女性に手を上げるようなことはしませんよ」
「ばっか、お前を取り押さえようとした時にお前が腕を振り回したからやられたんだ……」
「あの、それはすいません……」
「わざとじゃないのがわかっているぶん、怒りのぶつけ先がなくてイライラしてんだよ。チッ」
プイと視線を反らしたニシカさんに俺は心底申し訳ない気持ちになった。
あの、この後で助祭さまに手当てしてもらう様に手配してあげてくださいよアレクサンドロシアちゃん……
「しばらく我慢するとよいだろう。今は気絶したッワクワクゴロが手当て中だし、そのあとはわらわの義息子の番だ」
「え、そんなに暴れたんですか俺」
「ああそうだ、全裸で暴れていたお前は誰にも止められないほど敵なしだったと、今後わらわたちの領内の語り草となるだろう」
あっはっはと笑った女村長は立ち上がって、居住まいを正した。
「ただし、以後女に手を上げる様な事があってはならん。お前にはご褒美として騎士叙勲をせねばならんのでな、女子供に暴力を振るう男が集落の代官と言うのでは聞こえが悪い」
そう言って天幕を出て行ったアレクサンドロシアちゃんを、俺たちはぽかんと口を開けたまま見送った。
「どういう事ですかね奥さん?」
「あ、あのですね。村長さまが野牛族長の妹御を嫁にもらうのだから」
「うん」
「村長さまが相互の釣り合いをとらせるために、シューターさんを騎士に叙勲するとおっしゃっていました」
「ふん、オレを殴って騎士さまになれるとは、偉い身分だな! せいぜい全裸の奴隷騎士さまは俺たち配下をしっかりと養ってもらいたいものだぜ」
何を言われているのかさっぱりわからないが、俺は奴隷で騎士になるらしい。
「なるほど、今は疲れているので状況がわからない。そもそも俺はパンツレスリングしてたんだから全裸じゃないぜ」
俺がそんな事を真面目な顔で行ったところ、カサンドラとニシカさんがお互いに顔を見合わせていた。
何だよ、何がおかしいんだよ。
ふたりの残念そうな表情を見て俺は不思議な気分になりながら、体を起こそうとしたところ、右膝が死ぬほど痛かった。
「いってぇ!」
「動いちゃだめですシューターさん」
「そうだぞお前、筋まで見えるほど角で突き刺されたんだから」
慌てて七転八倒しながら俺は痛みを再確認した。
そうだった! 俺は膝蹴りの時にタンクロードの角で怪我をしたんだった。
マジで痛い。誰か、誰か鎮痛剤をくれ。
そんな事をしていると、俺は自分がヒモパンを履いていない事に今さらながらに気が付いた。
すると、
「全裸さまー。兄さんが目は覚ましたかって、呼んでましたよう……きゃあ全裸変態死ね!」
ちょうど俺の様子を確認しに来たタンヌダルクちゃんが、息子丸出しの俺に侮蔑の言葉を投げつけた。
野牛族長に馬乗りでボコスカやっているうちにヒモパンが脱げてしまったらしい。
悲しい、泣きっ面に蜂とはこの事である。




