422 ッヨイさまと秘密の相談
この年の暮れを迎えたアレクサンドロシアグラードは、一見すると穏やかそのものだった。
冬季ともなれば畑から収穫されるものはほとんど無い。
何しろ外の世界一面が雪に覆われてしまうので、一部の根菜が収穫される以外は農家の人々もそれぞれの家で内職に励んでいるからだ。
きっと移民の増えたサルワタ領邦の村々で似た風景が広げられているのだ。集会所や豪農の屋敷に集まった彼らが、内職の指導や検品を受けたりしているんじゃないかな。
窓の外のどこかで繰り広げられているそんな風景を夢想していると、男装の麗人が俺にむかってこう言う。
「ご主人さま、養女の君さま。報告は以上になります」
グラード本館にある俺の執務室での事だ。
俺の膝の上にチョコンと座っていたッヨイさまを相手に、麻紙を読み上げていたベローチュが一礼をする。
「当初の予定ではクワズ、スルーヌ、サルワタにゴルゴライで矢の内職生産をやっているという事だったけれど、報告にはなかったアレクサンドロシアグラードでは何を主に生産しているのかな?」
しばし窓の外に視線を向けていたとは言っても、別に心ここにあらずという状態だったわけではない。
俺は姿勢を正した男装の麗人にそう質問を投げかけると、彼女の代わりに俺の膝の上にいるッヨイさまが返事をしてくれる。
「グラードでは主にゴブリン人形の生産をしているょ」
「サルワタの開拓村より講師の方をお招きして、ご主人さまよりご指示のあった新開発のゴブリン人形の生産着手にかかっております」
「どれぇ人形、ドロシアねぇさま人形、ガンギマリー人形のサンプルができていると報告を受けているのです」
「特にご主人さまの胸像彫刻はひどく出来映えがよいので、カサンドラ奥さまやタンヌダルク奥さまとも喜んでいたところですね」
「そうなのです!」
そんな話は聞いてないんですけど?!
資料に眼を落とした男装の麗人がようじょの言葉を補完しながら朗々と述べる。
するとさらにようじょが畳みかけて、男装の麗人とニッコリと顔を合わせるじゃないか。
「ちょ、ちょっと待って。それは秋に行商人のタマランチンさんに取引許可を出した事と、何か関係があるのかな……?」
「はい。ご主人さまのご命令に従って、ただのゴブリン人形の生産は一旦停止しております。現在は主にハーレム大家族のご家中の方々で試作品を試行錯誤しておりまして、」
ゆくゆくは盟主連合軍に名を連ねる諸侯のゴブリン人形を生産するという事になっているそうだ。
「アレクサンドロシアちゃんはゴブリンとヒトの愛の子、つまりゴブリンハーフだからこれはいい。しかし盟主連合軍の例えばドラコフ卿やベストレ卿はヒト族であるし、男色男爵に至っては褐色エルフじゃないか!」
「はい。ゴブリン人形というのはあくまでも通称でありまして、最終的にはあらゆる著名人を人形化する構想を聞いております」
何の疑いもない、晴れ晴れとした表情でニッコリした男装の麗人である。
すぐさまようじょに「あれを持ってくるのです」と指示された彼女は、執務室の本棚に移動すると、巻物の刺さった壷を漁ってそこから一本を抜き出した。
「これは行商人タマランチンから提出された、ゴブリン人形生産計画だよ」
ッヨイさまが男装の麗人から受け取ったそれは、羊皮紙で作られた本式の書類である。
さすがに蝋封まではされていなかったが、すぐに劣化する麻紙ではなくて羊皮紙を使っている辺り、公式書類として提出されたものである事がわかった。
「ご主人さま。これが提出されたのは昨夕の事でありまして、すでに保証人としてニシカ奥さまとソープさんから連判によるご署名を頂きました」
「ッヨイも今朝これを確認したので、どれぇに提出する決済のサインをしておいたょ」
ようじょと一緒に巻物を広げてみれば。
確かにつたない文字で長たらしい計画書の内容が書かれているではないか。
「偉大なる辺境不敗にして全裸最強のスルーヌ騎士爵シューター卿へ。領地経営は順調にしてこの冬もますますご盛んなハーレム大家族にお喜び申し上げます。さてゴブリン人形の増産・輸出についてご許可を頂いた件で、次の通り生産計画を立てましたのでご高覧くださいますと幸いです……」
何だこのビジネスメールの書き出しみたいな巻物は!
書簡にはゴブリン人形の希少価値を確立するために、まず一般的ゴブリン人形から、辺境で有力な諸侯たちの胸像を生産変更してはどうかと書かれていた。
これはッヨイさまやベローチュも先ほど俺に説明してくれた通りであるが、具体的にはいくつかのフェーズわけをして実施するとあった。
まず原型師に依頼して、木彫りで精巧なハーレム大家族の原型を制作するとあった。
しかる後にこれを使って量産型の木彫り人形と、白磁の型を制作。
フェーズ・ワンでハーレム大家族を選んだのは理由があって、まずサルワタ貴族の著名人で市場の動向を確認しながら、フェーズ・ツーには盟主連合軍の有力諸侯のゴブリン人形に移行する。
「最終的には辺境全体の有力者もゴブリン人形にする予定で、ブルカ辺境伯や亡くなった騎士修道会のカーネルクリーフ総長など、新規ラインナップも続々登場です」
「オレンジハゲはともかくとして、カーネルクリーフさんは殉職なさったわけだし、それでいいのか……」
「騎士修道会の意向はすでにガンギマリー奥さまより聞き及んでおりますが、成果物次第で許可をする可能性があると」
「本当かよ!?」
「ッヨイはいいと思うのです。みんなにカーネルクリーフおじさんの事を忘れてもらわないためにも、オレンジハゲの悪行を後生にしっかり伝えていくためにも、必要な事なのです!」
識字率も普及しておらず、情報の入手路が主にひとの噂に頼っている様な世界である。
言われてみれば確かにそれも目的に合致しているのかも知れないと、ようじょの言葉を聞きながら俺は思い直した。
「何れにせよ既に原型師によって試作型のパターン起こしははじまっておりますので、遠からずご主人さまの元に、強くたくましいご主人さまの胸像が届けられる事になるかと思います!」
まったく嬉しくない報告を受けながら俺はうなだれた。
とは言ってもニコニコしているッヨイさまの頭は撫でておく。
そうでもしなければ癒し成分を接種できないからな……トホホ。
俺は厳しい表情で男装の麗人に「下がってよろしい」と指示をして、机の上に置かれた水差しに手を伸ばそうとした。
するとッヨイさまが気を利かせてそれを手に取り、水差しの中に入ったぶどう酒を注いでくれるではないか。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「えへへ。どれぇが喜んでくれて、ッヨイも嬉しいのです。近いうちにプロトタイプのどれぇ人形がこの執務室に飾られるのです」
執務机や調度品の上、書類棚に飾られた自分の胸像を想像して、俺は心の中でゲンナリした。
それでは失礼しますと言って執務室を退出しようとした男装の麗人の姿を見ると、あわてて呼び止める。
「まだ何かありますかご主人さま」
「ハーレム大家族のサンプル人形は、できるだけ早くここに届ける様にタマランチンさんに命令するんだ」
「わ、わかりました。できるだけ急がせる様に行商人タマランチンに命令するとともに、ニシカさんの尻を叩くとします」
「?」
タマランチンさんを急がせるのはわかるけれど、どうしてそこにニシカさんの名前が出てくるのだ。
俺が不思議そうな顔をしていると、
「原型師のひとりはニシカさんですからね。特にハーレム大家族のゴブリン人形となれば、やはりご家中をよく知っている方が制作されるのが一番です。またニシカさんと共同でヘイヘイジョングノー氏にも制作依頼を出しております」
正しい芸術家の使い方ですね。
それでは失礼しますと頭を下げた男装の麗人を呆然と見送り、俺は渋いぶどう酒を口に運んだのだった。
さて、ようじょとふたりきりになった俺は応接セットに移動して、秘密の相談事をはじめるとする。
サルワタ貴族の主計官を担当している後方支援役のモエキーおねえさんからは、思いの外この秋の戦争で矢の消耗が激しい事が報告されていた。
理由は明白で、これまでブルカ戦争とも呼ぶべき大規模な辺境動乱が起きた事は久しくなかったためである。
冬場の農村で例年行われている内職作業を鏃の生産に移行した原因はそこにあって、
「これは面で制圧するために矢の集中運用をした結果という事ですかね……」
「おっぱいエルフが使う様に一発必中の弓矢というのは、ふつうの人間にはむつかしいのです」
「当然ですね。腰を据えて的に矢を当てるのだって難しいのに、徴募した農民兵に矢を正確に操作するのは難しい」
中には猟師出身の戦士がいる場合もあるが、全体の割合で言えばごく少数にとどまる。
武装教団の騎士修道会や、戦争や警備を生業にしている厳つい顔の傭兵さんたちならいざしらず、生活の足しに弓矢で狩りをした事がある程度の農民にそれは期待できない。
戦争で度々かいま見てきた様に、基本は敵の戦術的行動を阻止するために矢の雨をばら巻いて「動きを止める」のが戦場における矢の集中運用の基本なのだ。
「ブルカ同盟軍を見ていると、向こうはじゅんたくな弓矢の備蓄があったのです」
「潤沢な備蓄」
「はい、そうなのです! ゴルゴライ街道口の決戦ではすごい勢いで矢が消費したので、あのまま大規模な戦いが続いていたらピンチだったのです」
「それは危険ですねえッヨイさま」
向かい合ったようじょを見やると、むつかしい顔をして腕を組んでみせる姿が眼に飛び込んできた。
歳に似合わずウンウン唸っているようじょかわいい。
次年度の戦争を見据えて、冬のうちに少しでも継戦能力を保持しなければならないという死活問題だった。
「王都での政治工作が上手く行けば無駄骨になるのです。けれども、それが難航したり失敗した場合には、この戦争は続く事になるのです」
「無駄骨になった方が俺たちにとっては幸せなんですけどね。だからと言って最悪を想定しないのは駄目だ」
「軍学の書には、危機感を持った軍人は優秀な指揮官の証拠であると記されているょ」
「ふむ、まったくですね」
それから武器の扱いに慣れていない農民兵たちが、剣や槍を乱暴に扱って補充が必要という同様の問題も話し合う。
ただしこのファンタジー世界で一般的な刃広の長剣はタフな作りなので、補充生産というよりも手入れをすればまだまだ使えるという事だった。
「まだ焼き入れをしていない出荷前の長剣が四〇〇本、これがサルワタ領邦内で補充できる数でしたっけ」
「そうだょ。野牛の居留地から運ばれてくるものは含まれていないけれど、それもあわせて一〇〇〇には届かないのです」
焼き入れをする事で長剣の耐久度は飛躍的に上昇する。
けれど乱暴な扱いを繰り返していると表面の焼き入れされたコーティングが剥がれて剣の硬度が落ちる。
再び鍛冶職人が手入れする事で改めて強度は確保されるけれど、それと平行して古くなって損耗したものや、新しく雇い入れた戦士に配る剣は必要だ。
「足りないぶんはモエキーさんと話し合って、ドワーフの岩窟都市から輸入する計画を立てているょ」
「武器輸入の担当はダアヌおばさんか」
「盟主連合軍で一括補充をするので、効率はとてもよいのです」
もともと大規模戦争を予想していなかったどこの有力諸侯たちも、今はてんやわんやで損耗分の武器をかき集める作業に躍起になっているはずだ。
すると最後に頼るべきなのは鉱山都市リンドルから鉄を輸入するか、武器生産に優れたドワーフの王国から直接輸入という事になる。
特に損耗が激しかったリンドルは、サルワタ領邦と自領の補充分で手一杯だろうからな。これを輸出する余裕があまりないという状態だから、ドワーフ王の支援がなきゃ盟主連合軍はヤバい事になるか。
「兵站関係のご相談はこんな感じなのです。それからテールオン妃の暗殺計画についての進捗なのですが、どんな感じかな?」
「それなんですがねえ……」
ひとしきりの相談を終えたところでフゥとようじょがため息を付いた。
俺もそれに釣られる様にため息をこぼすと、天井を仰ぎながら、今もコソコソと俺の事を狙っている暗殺チームの奥さんたちについて語り出すのだ。
「どうもこうもないんですけれど、暗殺チームと警護チームが四六時中張り付いているので、何だか落ち着かなくてですね」
今も執務室の外の廊下には、家中の誰かが率いる警備チームが張り付いているし、近頃はトイレに行く際も誰かが付いてくる始末だ。
「順調に訓練は続いているという事なのです?」
「まあ順調と言えば順調。期日の年末までに俺を手に入れると訓練終了なんですけど、こんな事で訓練の成果が出るのか甚だ疑問ですね」
真顔で俺がそう返事をすると、ようじょは小首を傾げて思案した。
心配してくれるッヨイさまきゃわいいね!




