410 ッヨイさまの献策
本館にある謁見の広間裏手には、領主夫婦の執務室がそれぞれ存在する。
そのうちのひとつは、アレクサンドロシアちゃんのものである。
今まさに安楽椅子にゆったりと腰かけながら、手元の資料を覗き込んでいる領主奥さんを前にして俺はご機嫌うかがいをしているところだったのだ。
「それでお兄ちゃん。オレンジハゲめの娘テールオン妃によって、国王が王政もままならぬほど幼児退行著しくなっているという事だったな。それが、わらわの取るべき今後の方策と、何がどう関連付くという話であったかの?」
アレクサンドロシアちゃんの手元に置かれているのは、現在わかる限りの王都中央の権力図式だった。
国家の主催者たる国王を中心に、どの様にして王政が分掌されているのかという事が記されているわけだが、事実上その権力中枢がテールオン妃に集中している事は一目瞭然の事だ。
「本来であれば、宰相たるアウグスブルゴ宮廷伯が握っているはずの分掌権を、現在はテールオン妃を中心に宮廷貴族の一味が完全掌握しているらしいね。むしろ宮廷伯のピモシー卿は宮廷貴族たちにおもねる様な態度で、形式上の政権運営だけをしているそうだ」
参集しているのはアレクサンドロシアちゃんを筆頭に大正義カサンドラ、マリアツンデレジア、そして雁木マリにニシカさん。
領主奥さんの執務室の扉の前には、けもみみと男装の麗人が控えている。
さらに我が家の知恵袋ようじょとガーターさまである。
ガーターさまがバツの悪そうな顔をしているのは、現在の自分の立場と密接にリンクをしている事を家族の有力者でやり取りしているからだろう。
「そうなのか、マリアツンデレジア卿?」
「ええ、間違いありませんのよアレクサンドロシア卿。王国の歴史で長らく重きを成した宮廷伯の家督継承者である父が、わたしは情けなくて仕方ありませんのよ……」
顔を見合わせたアレクサンドロシアちゃんとツンデレのマリアちゃん。
マリアちゃんは芝居がかった表情でおいおいと泣き真似をしてみせたが、不満でならないのは事実だろう。
ただし演技であった事も間違いなく、パパでは無く父と呼んだのがその証拠である。
今後の方針を決めるための施策を求めている領主奥さんに対して、必要な儀式の過程という事である。
「けれどそこは安心してちょうだい、アレクサンドロシア卿。王国本土の最新の情報について、あたしの方でも少しずつ修道会の連帯を通して集まりつつあるところだわ」
「ほう、お兄ちゃんが密かに送り出したカラメルネーゼとは別の角度から、情報収集しているというのか」
するとソファに腰かけた雁木マリが、今度は発言をした。
俺も知らない間にというか、マリはマリで独自に情報集めに余念が無かった様である。
「騎士修道会の布教対象は辺境全域ではあるけれど、その修道士たちの出身地は辺境のみならず王国本土や隣国など、多岐にわたっているわ。それらの方面から集めた情報によれば、」
現在の宮廷貴族たちの中で、テールオン派に属しているだろう家系がどういったものであるかは、おおよそ把握できているという事だった。
ただしこれはガーターベルトフォンギースラー卿が都落ちを決意する前の情勢であり、
「現在はガーター王妃派の切り崩しがさらに進んでいると考えるのが順当ね。何しろ今のガーター卿は、あたしたちと同じシューターの妻の一員になったわけで、都落ちしたという事実も恐らくは王都中央で知れ渡っている事でしょうからね」
「むむう、それではまるで役に立たない情報という事にはならぬか、ガンギマリー卿よ!」
把握しているという有力なテールオン派に属する宮廷貴族の名簿を俺に渡してくれたマリである。
それを受け取った俺は、ざっと知らない名前の一覧に眼を通した後にアレクサンドロシアちゃんに差し出したのであるが、相変わらずの領主奥さんは癇癪を小さくブスブスと爆発させている。
いやいやいや、そんな事ではブリトニーの教育上よろしくないので、ニコニコしましょうね!
スマイス、スマイル!
などと俺があいまいな表情を浮かべたところ。
「……いや待てお兄ちゃん!」
突如として満面の笑みを浮かべた領主奥さんは、何かの閃きを脳裏に浮かべたらしく、ドカンとブーツを床に叩きつけて安楽椅子を立ち上がったのである。
「なるほど、そういう事かお兄ちゃん!」
「どういう事だよ領主さま、オレ様にもわかる様に説明しておくれよ」
「黙れ蛮族め。まあ静かにわらわの話を静聴せよ」
「りょ、領主さままでそりゃないぜ。今ではオレも相棒から将軍さまに任命された軍司令官サマだぜおい?!」
「わらわは黄色い蛮族の称号を追認した覚えはあるが、将軍などと認めた事はないからな」
「…………ッ?!」
要領を得ずに絶句しているニシカさんの事は置いておこう。
一見すると冷酷そうな顔だが、ただブスリとしているだけのガーターさまの頭を撫でて慰める。
そうして彼女の隣に空いている空間に腰を落ちつけながら、反対隣のカサンドラと目配せしつつ、向かいのようじょともアイコンタクトを取り合った。
頭の回転がすこぶるよろしいアレクサンドロシアちゃんは、俺たちがこれから提案する内容をある程度先取りして理解したと見えるね。
「つまりこの敵派閥の宮廷貴族どもの名簿は、処刑リストという事であるな」
「マジかよお貴族さま皆殺しかよ?!」
「そ、それでは政権運営をする宮廷貴族のみなさんを排除するという事ですか? た、確かにわたしは王都中央に居場所を失った人間ですけれど、いくらなんでもやりすぎです全裸。本気なの?!」
驚いて見せるニシカさんはともかく、ガーターさまは眼を剥いて横の俺にすがって来た。
「いや、正確には警戒すべき敵としてわらわとお兄ちゃんの脳に入れておくべきというわけだ。必要があれば油断も躊躇なく、皆殺しにする必要がある。権力闘争に手慣れているカラメルネーゼの事だ、今頃は王都でわらわの強力な盾となってくれる人間を集めはじめていると見ていいかもしれんな」
そうであろうお兄ちゃん?
俺の顔を見やったアレクサンドロシアちゃんは、久方ぶりに嬉しそうな顔をしていた。
俺たちは間違いなく新年の祝賀を終えた後に、王都中央より勅令によって王都召喚が言い渡される事になる。
これはすなわち、テールオン妃とその周辺の意を汲んだ人間たちによる事実上の命令だ。
目的は何か?
間違いなくアレクサンドロシアちゃんを排除するためだろうね。
ブルカ辺境伯ミゲルシャールの孫を身籠っているテールオン妃にすれば、支持母体となる辺境諸領周辺で思いのほか肥大化したサルワタ領邦は無視できない。
どこまで戦争の趨勢を把握しているかは知れないが、オレンジハゲが戦闘中行方不明になっているという事実を把握していれば、即時停戦命令であるとかブルカ伯の引き渡しを要求してくる可能性はある。
拒否はすなわち国王に対する反逆であり、勅令で討伐命令でも下されるだろう。
そんな事を俺たちが脳内で反芻しながら理解しようと努力していると。
賢くもようじょたる軍師ッヨイさまが、厳かにこう宣言するのだ。
「……ドロシアねぇさま。大切なのは事前の準備をどれだけやったかなのです」
「うむ。ッヨイハディの申す通りだ」
「ねえさまのお言葉にある様に何事も順番は大切なので、まずは敵と味方を区別して、もしもりふじんな命令を下された時に交渉できる材料を用意しなければならないのです!」
「最悪の事態に備えるのは大切だ。中央の連中は、自分たちが女まるで神かいにしえの魔法使いである様に常に我が物顔で横暴だからの」
ならば。
一拍を置いてッヨイさまが言葉を続ける。
「テールオン妃を暗殺する計画を意見具申するのです! あかちゃんプレイの王様は、テールオン妃のあやつり人形なのです。王様にただ退位を要求する政治的こーぞーを作っても、これは上手くいかないのです。順番から考えれば、人形をあやつっているテールオン妃を暗殺するしかないのです」
これが、賢くもようじょが考え出した切り札である。
「面白いことを言うなッヨイハディは。続けてみよ」
「アップルスター卿はテールオン妃のそっくりさんなのです。きっと王様とお抱えの使用人なら騙す事はできなくても、宮廷貴族のひとや有力者のひとを騙す事はできると思うのです!」
「本当にそれは可能なのか。ん?」
片眉を吊り上げながら、ゆったりと腕組みをするアレクサンドロシアちゃん。
そうすると簡易ドレスの上からでもよくわかる、恵みのお乳を与えてくれる熟れたお胸がグっと盛り上がった。
いいね!
「アルフレッドさんと、アップルスターさんの証言では、たぶんできるだろうと言っているのです! 足りない工夫は、いにしえの禁呪を使ってくふうをするのです!!」




