閑話 これが、家族会議です!
ちょっとだけ幕間です。
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「しばし、しばしお待ちください全裸卿! わたしの話を聞いてください!」
本館に続く渡り廊下を歩いていたところで背後から必死の声がかかる。
俺は奥さんたちと顔を見合わせながら振り返ると、そこには息せき切ってゼェハァやっているアルフレッドセイヤママンの姿があったのだ。
恐らく別館最上階から、俺たちを追いかけて探しながら飛んできたのだろう。
「正妃さまはビックリするぐらい不愉快な存在だな。きみと言い正妃さまと言い、最悪の初対面だ。あれが白色エルフ族の性格なのかな。ん?」
「と、とんでもございません。正妃陛下におかれましては、大変慎み深いご性格と思慮深い様を舞踏会において示され、それを国王陛下がお気に止めになったのがご結婚の馴れ初めです」
ようやく落ち着いたらしいボーイッシュ白色エルフは、すらすらと弁明の言葉を並べた。
「フンス! 大方、蛮族の舞踏会では仮面を被っていたんですよう、旦那さま。そんな言葉に騙されてはいけませんからね?!」
「そうだね、シューターさんに無礼を働いた事をぼくは決して忘れないよ」
「そ、それは。王宮における生活が大変苦しいものでありましたので、正妃陛下もご性格が変わられてしまったのです……」
両隣の奥さんたちはその言葉に納得するはずも無く、鼻息荒い具合に抗議した。
まあアルフレッドが食い下がる様に、王宮や後宮における生活はそりゃ想像以上に大変だったんだろう。
「どうか正妃陛下をお見捨てになる事だけは思いとどまっていただきたいです。ここで全裸卿閣下にお見捨てになられてしまえば、もうすがるべき場所がございません!」
「そうは言うがねえ。あの性格、あの態度では、助けてやりたいという気持ちになるはずがないよ」
アレクサンドロシアちゃんの旧知だからと彼女がいくら協力する気になっても、俺たちハーレム大家族は納得しないだろう。
納得が得られない以上は、誰からも協力を取り付ける事ができない。
俺自身は領主奥さんのためには何だってやってあげたい気持ちに偽りはないが、何事にも限界がある。
「な、何でもしますから。どうかこの通りです!」
アフルレッドは大声を上げながら俺に懇願した。
こんな本館と別館を繋ぐ渡り廊下で大声を上げられれば、注目が集まるのは当然のことだ。
眼下に見える使用人や奴隷たちだろうか。今夜の晩餐会に向けて食料や酒を運び込んでいるみなさんが、大勢でこちらを見上げている姿があった。
「おい、何でもしますだってよ。ありゃ都会からやって来た王妃さまの部下じゃね?」
「さっそく全裸さまのお手付きか。何人目の奥さんだまったく」
「さすがハーレム大家族、何人抱いても大丈夫ってか?」
おいやめろ。
みんながめっちゃ注目してるから?!
「この通り何でもします。ガーターベルトフォンギースラーさまをお救いできるのは、全裸卿閣下しかおられないのです。わたしが、わたしの体がお望みなら、愛人奴隷になりますのでどうぞお納めくださいっ」
俺にしがみついたボーイッシュ白色長耳は、泣きながら必死でそう訴えかけてくる。
さすがに体面が悪いので、タンヌダルクちゃんとけもみみがあわててアルフレッドを引き離した。
「だ、旦那さま、どこか人払いができる場所で続きを話しましょうっ」
「シューターさんは誰でも奥さんにするわけじゃないよっ。ぼくたちは選ばれた奥さんなんだから、きみはお呼びでないよっ」
「そんな、そんな事を言わずに、どうか味見だけでもしてください。それからお考え直しになって、ガーターベルトフォンギースラーさまをお救いください!」
おいやめてくれ! 服が脱げるぞ!
俺は渡り廊下で揉みくちゃにされながら、腕を引っ張られて酷い目にあった。
上等なおべべだが防御力が低いのか、右から左から引っ張られると袖は千切れるし、脚を引っ張られるとズボンがズレる。
そうしているうちに本館からは当直警備中のラメエお嬢さまが飛んでくるし、別館の反対側からは男装の麗人が使用人たちを連れて駆けつけてくるし。
そのままてんやわんやの有様で、ひとまず本館の中にアルフレッドを連れて入る事になった。
◆
「いったい何をあのような場所でなさっていたのですか!」
俺たちは今、本館にある自分の執務室で委縮している。
応接セットにシュンと座った俺と、両隣にタンヌダルクちゃんとけもみみだ。
反対側には借りてきた猫の様にアルフレッドが縮こまって上目遣いで周辺を観察している。
まるで浮気が見つかって家族会議が開かれたような有様だ。
もちろん俺は浮気をしていないし、問い質されるべきは別の案件だがカサンドラが怖い。
「今夜は正妃さまをお迎えする晩餐会という事で、領内から幹部の方や商人の方も集まっているのですよ! みなさんに旦那さまのあの様なお姿をお見せしてしまうなんてっ」
「うっ、悪かったカサンドラ。落ち着いて……」
とても恐ろしい顔をして俺たちを睥睨するのは、大正義カサンドラだ。
家族の一切を取り仕切っているという事は、すなわち逆らってはならない相手という意味だ。
俺は深々と頭を下げて、とりあえず悪いことはしていないが謝罪の気持ちを示した。
「それであなたは、ガーターさまの側仕えの方でしたよね? どうしてあなたがシューターさんに味見をしてもらう事になったのですか?」
「面目次第もございません。つい正妃陛下を何としてもお救いしなければという想いが募り、カっとなってやってしまいました。反省はしています……」
何事も順番を大切にしているカサンドラにとっては、最大のルール違反だ。
アフルレッドは言い訳の言葉も弱々しく事の次第を説明した。
「あなたたちも、あなたたちですよ! シューターさんの体面をきっちりとお守りするのは、妻として当然の務めですっ。それがよりにもよって、渡り廊下で旦那さまの服を脱がして全裸になど……この大切な時期に、お風邪をひかれたらどうなさるのですか?!」
「ごっごめんなさ義姉さん。次からは気を付けますよう……」
「シューターさんは悪くないよ、悪いのはこの白耳女だよ」
とても嫌そうな視線をタンヌダルクちゃんとけもみみに向けたところで、ふたりは完全に縮み上がってしまう。
カサンドラが応接セットの周辺を見回してから、俺に視線を改めて定めた。
「何があったのか、説明してくださいますねシューターさん?」
「うん、俺もそれを知りたいと思っていたところなんだ、アルフレッドくんから話があるからみんなで聞いてみよう……」
カサンドラの座るスペースをけもみみが空けると、豪華なドレスのしわを気にしながら俺の隣に座る。
視界の端には、ニシカさんが俺の執務机に胡坐をかいて座りながらニヤニヤしているのが見えたが無視をする事にした。
扉の横には腕組みして豊かな胸を寄せて上げ、状況を見守っている男装の麗人。
静かに事の成り行きを見守っているラメエお嬢さまは、腰にさした剣を鞘ごと抜きながらアルフレッドの隣に座った。
ちなみに部屋の奥では何事も無かった様に、というか我関せずを決め込んだマドゥーシャとクレメンスが、せっせと内職の護符を作っている姿も見えた。
「とりあえずあんたたち、これ呑んで落ち着きなさいよ。旦那はぶどう酒でいいんだよね?」
「ああ、ありがとう。きみたちもそこに座って聞いてくれ。正妃さまがとんでもないじゃじゃ馬だという事が知れたので、これからどうしたものかと善後策を話し合うつもりだったんだ」
ちょうどマイサンドラが、モエキーおねえさんと温かいぶどう酒やティーセットを運び込んでくれたタイミングだ。
そのふたりにもソファに座ってもらう事にして、本題に入ろうという事になった。
今俺の執務室には手の空いている奥さん全員がそろい踏みした事になった。
ここにいない領主奥さんとツンデレのマリア、それに雁木マリやッヨイさまは晩餐会に向けて準備をしているところだろうからしょうがない。
残念無念のお転婆正妃に制裁を加えるために、ひとまずこのメンバーに知恵を貸してもらいたいところだ。
「まずみんなに知ってもらいたいのは、あのガーターベルトフォンギースラー正妃さまというのは、とんでもない猫っ被りのじゃじゃ馬だという事だ」
見た目はお人形さんの様な淑女然としているが口は悪いし、性格も横暴。
猫を被っていたのはアレクサンドロシアちゃんやカサンドラの前だけの事で、別館最上階の客間に入った途端に化けの皮が剥がれたという有様だった。
王族として周囲から見られる事の意味を理解しているから、外面だけは異様に素晴らしい。
「ンだよ。アイツ、オレ様の前では猫被ってたのかよ。皮被ってるのは相棒だけで十分だぜ」
「本当ですよ?! 旦那さまが下手に出ているのをいいことに、ズケズケと上から目線で全裸、全裸と! 皮被りの蛮族姫ですよあれは!」
「ぼく知ってるよ、あの性格だから王様に愛想をつかされたんだ」
しかし現実問題として、正妃さまは俺たちを頼ってこのサルワタまでやって来たのは事実だ。
日本語で書かれた手紙を、そこで小さくなっているアルフレッドに託して、助けを求めてきたんだからな。
「あの手紙をお書きになったのは、正妃陛下さまで間違いありません。内容も、閣下が本当に女神様の守護聖人あるのならば読めるはずと、神聖文字を使って手ずからしたためられたのです」
どうやらこのファンタジー世界では、日本語の読み書きを神聖文字と呼んでいたらしい。
恐らく俺やマリと同じ様に異世界から全裸転生してきた連中が残していたのだろう。
「あの文字を正妃さまはどこで学んだのだ? 彼女がきみが言うところの女神様の守護聖人の末裔、という事は無いのか」
「えっと、知る限りはそんなはずは。確かにキルン侯爵さま夫妻のお子様ですし、家系図上でもその様な事はございません。わたしは正妃陛下とは従妹の関係にあたるので、間違いないと思います」
「という事は誰かに学んだのか」
「キルンで生まれ育ち、社交界を通して国王陛下に見初められたガーターさまは、王都に頼れる知人も殆どおりませんでした。それで持て余した暇を潰すために、神聖文字を王宮に出入りを許されていた修道僧から学んでいたのです」
なるほど。女神様の守護聖人が使う文字だという事で、宗教関係者が日本語を研究していたとしてもおかしくはないし、そんな話をどこかで聞いた気もする。
後で雁木マリ辺りに聞けば詳しい話もわかるだろう。
「……もしかしてその修道僧というのは、ツジンとか言うんじゃないだろうね?」
ふとそんな事を口にしたのは、手酌で暖かいぶどう酒を注いでいたマイサンドラである。
まさかそんな偶然は無いだろうと俺たちは顔を見合わせて苦笑したが。
え、そんなまさか?!
「どうしてその事を?! ええとお名前は……」
「マイサンドラよ。むかしその男の元で工作員の真似事をしていたんだわ。って、本当にそうなの?!」
「まさにマイサンドラ夫人が仰る様に、ツジンという無宗派を名乗る修道僧でした」
「夫人じゃないわよ奴隷よ!」
ガタンと立ち上がったマイサンドラは、怒りを思い出したのか持っている酒杯をワナワナと震わせている。
「ま、マイサンドラ姉さん落ち着いてください。ここはお話の続きを」
「そっそうね。あいつはもう死んだのだから、あわてる必要はないわ……」
ガーターベルトフォンギースラーは正妃となった後、生活の拠点を王都の後宮へと移した。
本来ならば王様以外、男子禁制の後宮で異性と触れる事などあるはずがない。
けれど彼女は国王の正妃という立場から、後宮と王宮のある王都中央の宮廷とを行き来する生活を送っていた。
式典や形ばかりとは言っても王政に参加する手前、そこでツジンと接点を持ったらしい。
「アイツはオレンジハゲの知恵袋とか懐刀と恐れられた人物だぜ。それがどうして白色の同胞と簡単に接触する事ができたんだぜ?」
「いや、それは簡単です。ブルカ伯さまのお身内であるという事を知ったのは最近になってからで、十年ほど前にはただ王都にある聖堂などで、ツジンがお祈りを捧げているだけの無宗派修道僧だと思っていたのです……」
恐らく当時はまだブルカ伯側も、王都中央に強力なパイプが存在していなかったのだろう。
それもあって、ツジンが単独で王都における宮廷工作を行っていた可能性がある。たまたまブルカ伯とは何のつながりも無い人間を演じて、
「ガーターさまが礼拝に訪れた際に知己を得たのですが……」
「ご主人さま、ツジンのやりそうな事ですね。それでどうしてハゲ坊主が正妃さまを斬り捨てて、別の方角から王政に介入しようとしたのか気になるところです」
男装の麗人が手を上げて質問をすると、
「最初はツジンも、正妃陛下に近づいてそちらの方向から王政を操ろうと考えていたのかも知れません。ですが、ガーターさまはあの性格ですから、どうにもならないと諦めを付けたのではないかと……」
やっぱりむかしからあんな性格だったんじゃないか!
世間知らずに育って、宮廷生活でもなかなか王族や貴族たちとのやり取りに馴染めず、ますます孤立した彼女を篭絡しようという考えはわかる。
しかし、お嬢さまお嬢さまと育てられただろう正妃さまだ。
いくらツジンが時間をかけて接近を試みても、できたのはたった日本語を教える事だけで終わってしまったというのが事の顛末の様だ。
「その後、テールオン妃が国王陛下とご結婚なさることが決まり、後宮に入られてからはツジンとも疎遠になったと記憶しています。それからはブルカ辺境伯が頻繁に後宮や王宮に顔を出す様になり、いよいよこの夏になって、正妃さまは身の危険を感じる様になったのです」
「具体的には?」
「すでにご存じの事だとは思いますけど、テールオン妃がご懐妊なさった事がわかり、完全に国王の寵愛は正妃陛下から離れてしまいました」
前々から手を触っただけで無礼者と不機嫌になる正妃さまだったそうだ。
さすがに王様相手にそれでは、王様も恐らくは手を焼いたに違いないだろう。夜の生活を想像してみても、きっと酷い有様だった事が容易に思い浮かぶのだ。
大暴れをしたのか、泣いて歯噛みでもしていればかわいらしさもあるが、下手をすれば蝋人形の様にただ寝台に転がって終わるのを待っていた可能性すらある。
まあさすがにそこまではアルフレッドも知らなかったらしく、これらは全て想像上の姫物語である。
「そ、それでも正妃陛下は根はとてもお優しい方です! 周辺の宮廷貴族たちがこの女では王国の将来が不安だと言い出した時も、若き日に後宮で姉妹の様に過ごしたアレクサンドロシア卿の事を思い出し、あの方ならばきっとお救いくださると泣いておられたのです!」
他力本願まる出しじゃねえか!
俺は呆れながらも、どこが根はお優しいのかと不満に思ったが、もしかすると領主奥さんの前では確かに従順でいい子なのかも知れない。
だとすると、ある意味で領主奥さんの前で見せた姿は本当の正妃さまという事になる。
「それで! ドロシアさまを頼るという事は、旦那さまを頼るという事ですよう! あなたも旦那さまを頼るという事は、正妃さまが旦那さまの妻になるという風に世間が見るとは感じなかったのですか?!」
「もちろんそれは考えました。実際の問題として都落ちした正妃陛下を受け入れてくれる可能性があるのは、故郷であるキルン侯爵さまを除けばオッペンハーゲン男爵、あるいはリンドル子爵。このどちらかも候補に挙がっていたのです」
調査段階ではアレクサンドロシアちゃんがブルカ伯と領土紛争をはじめたばかりで、これでは頼るべき相手が辺境にたどり着いた時には消滅している可能性があると、アルフレッドたち側近は苦慮したらしい。
「まあそうだよね、辺境の開拓村を支配するちっぽけな領主さまが、まさかブルカ辺境伯と互角の戦争をするなんて思わないだろう」
「た、大変失礼ながらその通りです。しかし全裸将軍を名乗る女神様の聖使徒が、その戦争でブルカ伯を圧倒しつつあるという情報を聞きつけて――」
俺たちの元へ向かい、助けを求める決意をしたという事だ。
それまでの道中ではリンドル子爵家を中心に盟主連合軍が結成されたのを傍目で目撃されており、不用意にオッペンハーゲン男爵家やリンドル子爵家の領内を通過した場合、
「下手をすれば正妃さまを捕捉されて、政治の道具にされてしまう事も考えられました。そのために危険を冒して、あるいは灯台下暗しという古い言葉もございます。政情不安定になったブルカ領南部を経由すればあるいは安全もあるかと、ブルカと東方を隔てる山脈を経由して、アレクサンドロシアさまの支配域を目指す事にしたわけです」
つまりここでは口にできないが、王都中央を探るために旅立ったカラメルネーゼさんと同じ道程を逆方向に進んだという事だろう。
もしかすると正妃さまを守る護衛たちとは、どこかですれ違っている可能性もある。
「しかし軽率でしたねえあなたたちも」
すると内職作業をする手を止めて、護符をふうふうしながら視線を向ける女魔法使いが見えた。
立ち上がるとモエキーおねえさんに視線を送って自分にも一杯ぶどう酒のホットを下さいよと、せがむではないか。
「どういう事だマドゥーシャ」
「世の中何でもおちんぎんですよ! 対価なくして人間は簡単に動くものじゃないですし、閣下だって王様のお妃さまの第一位にあたるひとを庇護するという事は、王様から反逆者のそしりを受ける覚悟をしなくちゃならないって事ですよ」
「ま、まあその可能性は俺たちも正妃さま受け入れをする段階で考慮した」
「そうでしょうとも! つまり対価、おちんぎんに見合わない事を引き受けるお馬鹿さんは、世の中になかなかいないって事です。閣下だって奥さんをいっぱい集めてハーレムを作る事をご趣味になさっているんだから、あなたのお仕えしている正妃さまを、おちんぎん代わりにお求められるとは思わなかったんですか?」
「…………」
女魔法使いの酷い言い草に文句をひとつ言ってやろうかと思ったが、視線でカサンドラに制されて、反対側のタンヌダルクちゃんも首肯して同意するじゃないか。
けもみみは執務室で揺れる燭台のろうそくをボンヤリと眺めながら口を開けていた。
「正妃陛下はこの騒乱が終われば、王都にお戻りになられる事を夢見てございます。王宮に居場所が無くなったとはいえ、やはり華やかな王都の暮らしをお忘れになれないからです。旅の途中も難儀を強いる様な事になり、ご不便を度々訴えておいででした」
「そのう。だからシューターさんが受け取ったというお手紙には、いつか王様の元に戻られるまで助けて下さいという様な事を書いておられたのですね?」
カサンドラがアルフレッドの言葉を受け取りながら、納得した様だ。
「けれどもご主人さま、陛下のお心はすでにガーターさまからはお離れになられております。そうしてテールオン妃が一身にそのご寵愛を受けている現状では、王都に戻るなど夢物語でしょうね」
「はい、その通りです……」
「本音のところは何なのですか、おちんぎん。何を持って閣下におちんぎんを支払うつもりなんですか? おちんぎんも無しに虫のいい話は続けられないですよ!」
おちんぎんはいいから、女魔法使いは黙っていなさい。
「側近の身の上でこんな事を言うのは問題ですが、もはやガーターさまは王都にお戻りになれる目はありません」
「そうだろうな」
「かと言って、ご生家のキルン侯爵家も単体では有力諸侯を掌握しつつある宮廷貴族らに対抗もできません」
言葉を区切ったアルフレッドは「だから、あたいは提案したんだ」と言葉を漏らした。
たぶん彼女がここで使っている言葉は他所行きのもので、不意に漏らしたその言葉が普段使いの口調なんだろう。
とすれば、俺とはじめて遭遇したあの時は素の言葉を使っていたという事か?
「かくなる上は正妃というお立場を上手にお使いいただく様に進言いたしました。それならば、リンドル子爵家やオッペンハーゲン男爵家を頼るよりは、正妃陛下が慕っておられるアレクサンドロシア卿の元の方がまだマシです」
「……」
「今最も力を持っている有力貴族たる全裸卿閣下とアレクサンドロシアご夫妻に身を委ねる事でしょう、どうか閣下の妻となる未来を、全裸卿閣下にご思案いただきたいです!」
「…………」
「正妃陛下が唯一平穏な生活を送る方法は、女神様の守護聖人たる全裸卿閣下のハーレムに加わる事ただひとつです! 少々気位の高いところはおありですが、申します通り根はお優しい方。安産型ですし、閣下のお子を必ずや立派にお産みになるかと思いますっ」
何を言っているんだこのボーイッシュ白色長耳は。
おい誰か奥さんの誰でもいい、こいつを止めるんだ!
「待て待て! 政治の道具として身を委ねると同時に、委ねられた側の貴族は間違いなく王都中央から朝敵のそしりを受けるんだろ?! それの対価が嫁取りするってどこにメリットがあるんだ?!」
「あります」
キッパリと断言し、ズイと身を乗り出したアルフレッドだ。
そうして真剣そのものの眼差しで、言葉を続ける。
「一度は王族に名を連ねたガーターさまを妻のひとりに迎え入れるのです。サルワタ貴族の家格は大いに高まるでしょう。それに、大いなる事実としてテールオン妃の宮廷における専横は眼を見張るものがあるのです。王都中央の状況を快く思っていない諸侯らは歓迎するでしょう!」
「…………」
どこまで本当かわからないが、それを探らせるためにカラメルネーゼさんを本土に派遣しているわけだが。
すでに正妃をサルワタ領邦内に受け入れてしまった時点でメリット、デメリット以前に手段は選べないわけである。
あの性格のお姫さま育ちだ。貰ったところで俺は迷惑、歓迎なんかできるはずがないからな。
苦虫を噛み潰して選択肢が無い事をとても悲しんでいると。
隣からギュッと俺の手を握るカサンドラが、微笑を浮かべた後にある方向に視線を向けた。
「よいではないかお兄ちゃん。ガーターを嫁に貰い受けて、花嫁修業をさせればそれでよい」
「ッヨイもそれでよいと思います!」
「そうね。どのみちあたしも正妃さまを迎え入れて、本土に対して大幅な自治権を要求する提案をするつもりだったわ」
「今更奥さんがひとりやふたり増えたところで、何も変わりはありませんのよ。ねえみなさん?」
見れば視線の先、アレクサンドロシアちゃんの執務室に続く通路から、席を外して支度をしていたはずの残りの家族がこちらを見ているではないか!
「き、きみたち。いつから居たんだ」
「途中からだが、大きな声で議論をしているので気になっての。しばらく様子を見ておこうとこの者たちと話していたのだ」
アレクサンドロシアちゃんが晩餐会用の豪華なドレスを身に纏って、俺の執務室の中まで入ってくる。
ニシカさんは仕事机を降りると、さり気なく俺のイスを領主奥さんに勧めるではないか。
他の奥さんたちも俺の応接ソファに集まって来て、腰かけはじめる。
「……本土に対する大幅な自治権って、どういう事だマリ」
「あたしには辺境にいる王族のアテがひとつあるわ。国王にはそのままご隠退していただき、新たな王を武威をもって立てるというのはどうかしら? その新王のお妃さまとしてガーターさまにご結婚いただくのもよし、あなたがそのままガーターさまと結婚してもよし。選択肢は多い方がいいものね」
「テールオン妃さまがあかちゃんを身籠っているのが、そもそも問題なのです。ブルカ伯の身柄はッヨイたちが握っているのだから、もはやテールオン妃さまはこの先権力を維持する事はできないょ」
確かに、そうなのかも知れないが、まずはカサンドラの意見を聞かなければいけない。
我が家ではカサンドラの許可なく結婚してはならないのだ。
「か、カサンドラはどう思う」
「ガーターさまの花嫁修業ですか? 正妻としてわたしが責任を持って引き受けたいと思います。何れ立派なシューターさんのお嫁さんとして誇れる様、教育しますね」
眼が笑っていなかった。
ニッコリと微笑を浮かべたカサンドラは、先ほどから握り続けていた俺の手をギュっとしてみせる。
そうしてタンヌダルクちゃんに向き直って相談を始めるのである。
「おい相棒、やっぱり花嫁であってたじゃねぇか。花嫁修業って何するんだよ、拷問か」
「ぼくは最初からそうなると信じていたんだ。教育するなら手伝うよ、まずは縛り首かな?」
そんな事したら死んじゃうよ!
穏便に、穏便にいきましょうね奥さんたち……
本当にこれでよかったのかとアルフレッドを見返すと、ようやく安堵の表情を浮かべて吐息を溢した彼女は、改めて俺に向き直るのである。
「ガーターベルトフォンギースラーさまを末永くよろしくお願いします。はじめは嫌がっているかも知れませんが、それも馴れれば幸せになるはずです。ここにおられる数多くの奥さま方を見ていればそれはわかります!」
「それでいいのか、アルフレッドは……」
「もちろん配下の身として、あたいはいえわたしは、国王陛下に嫁がれたその日からガーターベルトフォンギースラーさまの身を案じていましたから!」
もう何も言うまい。
俺にも奥さんを選ぶ権利だってあるんだと言いたかったが、再教育はカサンドラに一任する。
「それでは衆議は一致しましたね? まずはガーターさまの花嫁修業を行い、旦那さまのお情けを頂くのはラメエちゃんの次という事にします。ガーターさまの後は、アルフレッドさんという事で。味見はいけません、しっかりとシューターさんに召し上がっていただきましょう。よろしいでしょうかみなさん」
「「「異議なし!!!」」」
あ、もしかして。
俺は今、家族会議の様子を目撃したのかも知れない。
カサンドラのパンパンと手を叩いて奥さんたちの注目を集めながら、議決した瞬間を垣間見たのだ。
アレクサンドロシアちゃんから、一番若いラメエお嬢さままでが口をそろえて賛成に票を投じた。
ニシカさんだけはこの様子を面白そうにニヤニヤと観察をしていて、マイサンドラは自分は関係ないとばかり明後日の方向に視線を向けていた。
だが俺は見逃さない、マイサンドラが顔を赤くしていた。
もしかするとラメエお嬢さまの前に、マイサンドラの順番がすでに決まっているのかも知れない。
「……なあエルパコ。俺の奥さんは今、何人いるんだっけ?」
「男は黙って全裸だよ。細かい数字を気にしているシューターさんは、おかしいや」
意味が分からないよ?!
はじめは嫌がっているかも知れませんが、それも馴れれば幸せになるはずです。




