閑話 宮廷に吹きすさぶ風は絶えずして 7
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王都南門から入城した盟主連合軍の外交使節団は、歓楽街のひとびとから注目を集めながら政治中枢にある大聖堂を目指している様だった。
俺とアンナルビーズ卿も見物人にまぎれて、ゆっくりとした使節の歩みを追いかける。
「外交団は、王都滞在中はラブドーラ聖堂を利用するつもりなのかな」
「……何だそこは?」
「騎士修道会の母体となった宗教団体だよ」
「連中か」
「彼らの旗が外交団の中に混じっているのを見つけたからね、目的地は恐らくそこだ。という事は、すでに先ぶれの使者たちが外交団の入城前に各所に向かった後と見るべきだろうね」
人ゴミの中で、んしょんしょと背伸びをしながらアンナルビーズ卿は考察をしている。
確かに騎士修道会特有であるΠ紋章も御旗の中に見る事ができる。それから牛を模ったものは、サルワタの売女騎士のものだろう。
辺境貴族にとって王都は魑魅魍魎どもの巣くう敵地も同然の場所だ。
してみるとせめて安心できる宗教施設を活動拠点に定めたと見るべきなのだろうか。
「事前に先ぶれの使者を出していたという事は、当然リンドル御台の生家があるピモシー卿も訪ねていたはずだけど。きっとキルン侯爵家に対するあの調子で、使者を門前払いしている可能性があるね」
「ふむ、仮にも大っぴらに接触すればアウグスブルゴ宮廷伯が盟主連合軍に加担したと世間に周知されるわけか」
「でも当然、盟主連合軍だって辺境くんだりから弾劾状を持たせた使節を送り出した以上、一度や二度の接触であきらめるはずはないよ」
だからそこに付け入る隙があり、それぞれをかき集めれば何かしらの方策はあるというわけさ。
アンナルビーズ卿は面白そうに笑った後に、見物人の合間から使節団を見やるのをあきらめてこちらを向いた。
しばらく数百人からなる使節団が通り過ぎるのを待ってから、
「先回りしよう。一応の滞在先を確認した後に、屋敷に戻って善後策を考える」
そんな風に俺に向かって指示を出した後、呑気に外套をはためかせながら歓楽街の別のルートからラブドーラ聖堂への近道を目指す事になった。
王都市中の警備を担当する衛兵たちの数も動きはじめているらしい。
にわかに騒がしくなった風が追い風となるかは、まだ今のところ俺にはわからない。
◆
翌日になってみると、盟主連合軍の王都入城はもはや臣民たちの間で話題持ちきりになっていた。
そうして十日と経たないうちにその情報は、無宿の浮浪者から野良犬でも知っているというありさまだった。
その間にタークスワッキンガー将軍はホルゴやクナイといったサルワタ冒険者を通して、盟主連合軍使節団との接触を試みた様だ。
同時にアンナルビーズ卿はキルン騎士爵との連絡を絶やさずに、アウグスブルゴ宮廷伯の付け入る方法を何とか見つけられないものかと模索した。
今回もまた同家の家臣や使用人から接点を作ろうと考えたのだが、これがなかなか上手くいかない。
「焦燥感が募るばかりだが、公明正大に言って今は焦って事を損じるわけにはいかない。アンナルビーズ卿の献策を信じてピモシー卿の説得材料をどうにか探すべきだろう」
ワッキンガー将軍もただ時間を無駄にするわけではなく、その間を使って近衛騎士たちとの接触を開始している。
後は味方に付ければ宮廷政治に大きな影響力を発揮できるアウグスブルゴ宮廷伯ピモシーをいかに攻略するのかという課題だけが重くのしかかるのだが。
こればかりはじっくりと接触の糸口を探し出す他は無かったのである。
それからしばらく経過したとある日。
ビビアンヌと市場まで顔を出してみれば、次の様な噂話が広がっていた。
ブルカの軍勢とその他辺境の盟主が会戦しただの、どちらも大義名分を掲げて王国に反旗を翻した逆賊を討ち果たすと言い合っているらしいだの、日を追う毎にある事ない事が真偽不明の情報として錯綜している。
「ブルカさまが戦争で壊滅的な被害を受けたという事実は、まだ王都には届けられていないんだね」
「いやそんな事は無いだろうが、情報統制下にあるため臣民には伝わっていないのだろう。知るべき立場の人間は、その事を確実に知っている」
「じゃあ、あたしたちみたいな立場の市井のひとたちは、もっと後になって知るんだね」
「そういう事だろう」
ブルカ同盟軍と盟主連合軍は、それぞれが自分を正当化しつつ、そのどちらもが相手を逆賊であると断定して戦争がはじまった。
もしもその一方が真に逆賊であった場合、その逆賊の軍勢がこの戦争に勝利したら次は本土に向けてその軍勢が攻め寄せてくる。
真偽不明の噂話の中で、最も注目され最も実しやかに囁かれている話がこれだ。
この噂話に強い関心が示されているのは、そうなれば領土境界線を犯して辺境と本土による戦争がはじまるからだ。
市場の商売人たちは損得勘定に敏く、そうなった場合には何が高騰し何が下落するのか注意深く観察する必要があるのだろう。
「だが知るべき人間がすでに知っているというのは、あれを見ればわかる」
「量り売りをしている、小麦やトウモロコシの商人さんかい?」
「ここでの適正相場は知らんが、例年より値段が高いじゃないかと不満を言っている客がいただろう」
王都にいくつもある市場のなかで、俺たちが今歩いている場所は貴族街に近い客を対象にしている場所のひとつだ。
天幕の露店がいくつも並べられていて、その背後に倉庫がある。
本店は本店として商業区画のどこかにあるのだろうが、ここでは本店の従業員が派遣されて買い求めに訪れた客に必要量を売り払っている。
そして眼の前には値段が高いのはどうにかならないのかと、値引き交渉をしている中年の男が見える。
恐らくは料理屋でも営んでいるのだろう、大量に買うのだから何とかしろと不満をぶつけているところをみると、妥協を許されない程度に値上がりしている事がわかった。
「この場所の他に両替屋や金物屋などでも値段が上がっているとなれば、知るべき宮廷貴族たちは情報を掴んでいるというわけだ」
「へえ、そんなところから判断する事ができるんだねえ。ナメルさんはさすがお貴族さまだから学があるね」
「褒めても結婚はしてやらんぞ」
「本当のところを言うと、そういうのはふたりで落ち着いて生活のできる場所を見つけてからだねぇ、ナメルさん」
「…………」
とんだ藪蛇で、俺はこの時ビビアンヌにその意思がある事を知ってしまった。
結婚とは何か国法や村のルールによって定められた何かがあるわけではないので、当人同士がその自覚をするか、周りがそうだと認識してしまえば事実として定まってしまうものだ。
明らかにホルゴやクナイは俺たちの関係をそうだと思い込んでいるし、アンナルビーズ卿もそういう体裁で俺たちに任務を与えやがった。
周囲の思い込みは恐ろしいものだ。
将軍は何度訂正しても聞く耳を持たないし、助けた礼に国王の騎士として推薦を出すとか、ビビアンヌに子供が産まれた際には王都の有名な司祭を紹介しようとまで言っていた。
「けども。あたしたちは現実問題、ふたりで生活する準備をしなくちゃいけないからね」
「か、勘違いをするなよ。これは任務のために夫婦を装って市中で生活するだけの事だからな」
「わかっているよ。だけどさ、平和になればそのままふたりで過ごせる日が来ると思うと、今はその予行演習さ」
「そ、そうだな……」
認めてしまった。
つい話の流れからうっかりと返事をしたところだが、この女の生活を奪った者として将来を保証してやると心に誓った事は事実だ。
俺たちはあくまでも任務として、宮廷貴族街に程近い場所で新生活をはじめたばかりだ。
しかし、アンナルビーズ卿の指示ではじめたばかりの長屋生活では、貴族屋敷で奉公している使用人たちが集まっているので情報収集がやりやすい。
誰べえがお貴族夫人の浮気相手を見たとか、包丁研ぎが盗みを働いたというつまらないものから、実際に屋敷の主が誰と最近頻繁に会っているという重要な情報もある。
「ブルカでもあっただろう。突然モノが市場から無くなって平民どもが騒ぎ出した事が」
「あったねえ。あたしも店長さんが酒を値上げしなくちゃならないと言い出した時は、どうしたもんかと思ったよ」
穀物の高騰からはじまって、やがて日用品を買い揃えるにも不足をきたす。
酒や肉まで手に入りにくくなり始めて、麻紙まで売り切れたままの日が長く続く。そうすれば開戦は近いとブルカの街でも俺たちは予感したものだ。
「さすがに本土と辺境が大戦争をするみたいな事にはならないんだろう?」
「そうなる前にどうにかする。そのために、俺たちがここにいる。だが少なくとも辺境にほど近い領主たちはそうも言っていられないだろう」
彼らは敏感な政治感覚で、そういう可能性を考えて使用人たちに買い占めを命じている。
同時に商売人どもも同じことを考えて、値のつり上げを試みている。
相互の効果でやがて戦争の匂いが王都に広がっていく。
辺境にほど近いわけでも無い領地を持つアウグスブルゴ宮廷伯が、率先して買い占めに乗り出しているところなどは、結果的に辺境と王国の戦争を臣民どもに予感させる事になっているはずだ。
などと、俺の考えをビビアンヌに説明していたところで、問題の宮廷伯に使える使用人どもが買い物をしている姿を発見した。
「宰相さまのご家中のひとだよね」
「言った通り、見事に大量の買付をしているもんだ」
「あんなに買い込んだって、ほとんどの食べ物は腐らせるだろうにね……」
「金持ちの考えそうな事だ」
すでに顔見知りとなっていた宮廷伯の屋敷で料理番をしている男に近付く。
名前は確かヘンリールーという犬獣人で、近所ではコボルトの親爺などと呼ばれている中年だ。
わざわざコボルトの親爺の住んでいる長屋と同じ場所に引っ越した俺たちであるが、そこでは仕官の口を探している騎士の若夫婦という事になっていた。
「親爺、今日は大量の芋を購入して何人前の飯を作るつもりなのか」
「やあナメルの旦那じゃないか。まさかお屋敷に詰めている家中の全員をあわせても、一度にこれだけの芋を料理するなんて事はできやしないぜ」
「じゃあどうしてそんなに大量の芋が必要なんだ」
他愛ない会話を装って近づくと、コボルトの親爺は笑って身を寄せた。
「戦争がはじまるという噂だぜ。毎日の様にどこぞのお貴族さまがその件で訪ねて来ては、面会を要求しているという始末だ」
「ほう、戦争か。戦争であればどこかの諸侯が人材を集めているかも知れんな。その訪ねてきた貴族というのはどこの誰だ?」
ビビアンヌは芋売り商人の前でコボルトの親爺に会釈をしながら、自らも芋をいくらか値引き交渉しながら注文しようとはじめた。
「キルンの侯爵さまは毎日の様に使いを屋敷に寄こしているな」
「あれは駄目だ、北の港のご領地だろう。戦争の気配があるのは東の辺境というから北と東じゃ大違いだ」
「違いねえ。ああそれだと辺境のご領主さま方が、何人もひとを変えながら屋敷に訪いを入れているぜ。あすこはすでに戦争がおっぱじまっている土地だから、仕官の口もあるんじゃねえか?」
それはいい情報をありがとう。
などと笑顔を心がけながらコボルトの親爺に返事をする。
ついでに別の情報も無いか畳みかけると、
「ブルカ同盟軍側の方はどうだ」
「そっちは二度ほど使いが来たな。ブルカの伯爵さまというより、お妃さまの使いだ」
「と言うと、テールオン妃の使者だな」
「んだがそっちもお館さまは丁重にお断りさ。陛下の勅使という事なら否応もないだろうけど、今はどこかと関わったら最後、お家存亡の危機になるとね」
近頃は食事も喉を通らないらしく、みるみるピモシー卿の頬がこけていく有様なのだという。
ついでに、屋敷にひとが頻繁に訪いを入れてくるので、家令の爺さんがコボルトの親爺にしばらくぶんの食料を買いだめしておけと命じたのが、今回の芋の買い占め原因らしいではないか。
「宰相さまというのも大変な仕事だな。俺はしがない田舎貴族の子弟だからそんな事を気にする必要はないが、偉くなれば責任も大きくなるというわけだ」
「あんたあ若いからまだ出世する芽もあるだろうから、他人事とタカをくくるのはまだ早いぜ。奥さん、ナメルの旦那が欲をかいて出世争いしない様に目を見張っておくんだな」
「あらやだ、おほほほ。そうですわねっ」
まったく。
ビビアンヌは奥さんと呼ばれて気を良くしたのか、偽物のお貴族夫人の様な怪しい高笑いをして、俺の背中をバシバシと叩いた。
しかしなるほど、盟主連合軍の側もブルカ同盟軍の側も、ピモシー卿を自派へ確実に取り込むために躍起になっているという事だな。
これは将軍とアンナルビーズ卿に報告しておく必要がある。
「このご時世じゃなければお館さまの家臣に仕官できないか、俺っちが口を利いてやってもよかったんだけどよ」
「それは言っても仕方のない事だ。王都がふたたび平穏になった暁にはよろしく頼むとしよう」
「だがその前にあんたが戦争で出世しなければの話だな。そっちの腕は自信があるんだろう?」
撃剣の真似事をして見せたコボルトの親爺に、俺はまあなと短く返事をした。
いくつもの箱ごと買い占めるらしいこの親爺は、店番に支払いを済ませると手下の若い料理人たちにその箱を運ばせる様に命じた。
手押し車にせっせと乗せ終えると、屋敷に引き返すらしい。
「あんたら夫婦はこれからどうするんだね」
「新居の買い出しをするつもりだったが、物騒な世の中だ。途中まで俺が護衛してやろう」
「すまんな、そいつぁありがたい」
俺はビビアンヌと顔を見合わせて、手押し車を護衛する役を買って出る事にした。
もちろんそんな必要性があるかどうかはわからない。
ここは王都であり戦争の風がにわかに吹きはじめたと言っても、実際に治安が悪くなったわけではないのだが、これも任務のための方便だ。
ビビアンヌがコボルトの親爺と何事か会話をしながら進んでいる姿を後列から見やりながら、俺は色々と考えた。
「やっぱりヘンリールーさんは芋料理はふかして食べるのが定番だと思うかな」
「どうだろうな、ナメルの旦那は北から来たんだったよな。王都では芋はだいたいすり潰してマッシュポテトに使うんだが、北の連中はそのまま食べんのか」
「いやあ、どうだろうねえ。あたしは辺境西部の出身だから、マッシュポテトにするならベーコンやトウモロコシと一緒に混ぜ込んでしまうんだけど。毎日これだと飽きるからねえ」
「芋は今が旬の季節だからな、まあ旦那には我慢してもらうしかないだろう。しかし新婚さんとなると、ビビアンヌさんも腕の見せどころか」
待ってな後でレシピを書いてやるから、それで作るんだ。
コボルトの親爺は貴族邸の料理番らしく、貴族が喜びそうな芋料理を提案してやるとビビアンヌに話し込んでいた。
俺は北の港街からやって来た事になっているが、実際は生まれも育ちもゴルゴライだ。
辺境東北部は芋の産地で有名な場所で、芋を飽きるほど食べても実際に飽きる事は無いので何の問題も無いが、ビビアンヌは美味い具合にアウグスブルゴ邸に立ち寄るキッカケを作ってくれたものだ。
チラリとふたりが俺に振り返ったところで、俺は何も聞こえないふりをして「どうした」と返事を返しておく。
訳知り顔のコボルトの親爺とビビアンヌが声を潜めながら「今夜は喜んでくれるといいな」「そうだねえ」などと笑い合っているのを見て、不思議そうな顔だけ向けておいた。
宮廷貴族の屋敷が立ち並ぶ区画までやって来ると、市場の雑踏と比べて途端に静かになる。
アウグスブルゴ邸のひときわ大きな敷地裏までやって来ると、レシピを貰うために使用人の出入口に俺たちは案内されたのだが。
「食材を放り込んだらレシピを書くんでな。勝手口の側に使用人の休憩室があるから、先に上がって待ってな」
「悪いがそうさせてもらうぞ」
「わかったよナメルさん。それじゃ失礼して、おほほっ」
似非貴族の夫人を気取って勝手口に入っていくビビアンヌを見送った後、振り返った。
俺たちを招き入れてくれる当の本人であるコボルトの親爺が、いつまでたっても裏口から入ってこようとしないのだ。
気になって裏路地の様子を伺い見たところ、
「何でえあんた。うちのお館さまはどたなにもお会いにならねえんだ、どうしても訪いを入れるってなら正門の用人を通してくれなくちゃ困るぜ!」
「おーっほっほっほ! その様なつまらない事を仰らずに、どうぞこの信書を宰相閣下お渡しくださりませんと、わたくしも主人からおしかりを受けてしまいますわ。さあ、これを」
「困るっつってるだろう。駄目なもは駄目なんだ」
「ピモシー卿の義息からだと言ってもお受け取りにならないんですの? あなた、宰相閣下に首にされますわよ? おーっほっほっほ!」
裏路地には俺の弟を殺した憎き仇、いや全裸男の嫁のひとりであるカラメルネーゼ夫人の姿があるではないか。
大きな高笑いを繰り返し信書を強引に押し付けようとしている相変わらず高飛車な具合である。
「おや、どこかで見た事がある顔ですわね。あなたどこかでお会いしましたかしら?」
「いや人違いではないだろうか……」
咄嗟に俺と視線を交差させたカラメルネーゼ夫人に、つい妙な返事をしてしまった。




