46 半裸で俺は平伏した(※ 扉絵あり)
久方ぶりの村を眼にした俺は、とても感慨深い気分になった。
この村を出発したのが五月頃だったはずだから、ひと月そこそこ村を離れていた事になる。
その頃と比べれば村を囲む木々が新緑の枝葉を太陽に伸ばして、元気いっぱいに自己主張していた。
夏はもうすぐそこまで来ているのだろう。
ポンチョを羽織っていると、日中は少し汗ばむぐらいになっていた。
開拓移民を連れた一行は、徒歩で村の家々が見える景色を眺めながら、村長の屋敷に向かう。
先頭はこの村の周辺集落に住むニシカさんと俺、一団を取り纏めている街から派遣された冒険者のダンディ中年カムラ。
その後ろに八家族三〇人あまりの移民の人々と、荷車を押すゴブリンの労働者や犯罪奴隷たち。
家財の積まれた荷車の空きスペースには交代で移民の家族が座ったりしていたが、それを守る様にして冒険者たちが護衛についている格好だ。
「何とか無事に到着出来た。俺も肩の荷が下りたよ」
「まあ街よりこっちの街道は平和ですからね。盗賊もいなければコボルトすらいないという話でした」
ようやく村長の屋敷が見える位置まで一同が進んでいるところで、美中年カムラが俺に話しかけてきた。
訓練された冒険者というのをこれまでも何人か見てきたが、その中でも油断のない体配りの出来る男だけに、むしろ俺としては盗賊に襲われても、この男なら安心だと思っていたぐらいだ。
もちろん襲われないに越したことはない。
「先日、ブルカの近くでオーガの部族が大量発生した話を聞いただろう。ああいう事を考えれば、多少の不安があったんだよ」
「ははあ、あれか。オレはいい稼ぎになったぜ」
「キュイ」
「そうだな。お前ぇともその時に出会ったわけだな」
「ムギュウ!」
ニシカさんの足に纏わりつく様に小走りしていたバジルを、彼女が抱き上げて見せた。
豊かな胸にうずめられる格好になって、バジリスクのあかちゃんも大変満足そうである。
オーガの集団といえば、ニシカさんが食うに困って参加していた討伐クエストである。
あれは村からすると街の反対側の周辺農村が襲われたものだったので、そのあたりは美中年の取り越し苦労である。
「だが油断はできないだろう。あの巨人族たちの集団移動の原因は今もって判別していないので、ギルドを離れる時に耳にした情報ではパーティーを派遣して鋭意追跡調査中だそうだね」
「ああ、そういえば雁木マリとッヨイさまがしばらく街にいるというクエストの予約も、確かオーガ関係の調査だという話を聞いていましたね」
「君は騎士修道会の聖女と知り合いなのかな?」
美中年の説明を聞いて俺が思い出した様にそう言うと、彼が器用に片眉を上げて質問をしてきた。
何と説明するべきだろうか。
同郷といっても雁木マリは全裸で聖堂に爆誕した手前、神秘性を否定する事にならないだろうか。
しまった。そもそも俺たちが転移だったのか転生だったのか、そのあたりの意見交換をする前に別かれてしまったな。
返事に困ってしまった俺は、へそピアスをいじりながらお茶を濁した。
「元のパーティーメンバーだったんですよ。一時的にですが、彼女の相棒の奴隷だった事があるので」
「なるほどそれで、そのピアスか。今はそちらのニシカさんの所有物なのかな?」
「そういう事です。もともとニシカさんとは同郷なので、村に戻るために買い取って頂きました」
「ふむ、君も色々大変な様だな」
ブロンドの髪をかき上げながら美中年が言った。
おうおう、イケメンおやじがそういう仕草をすると様になるね。
俺たちが村の到着して村長の屋敷を目指していると、村人たちが何事かと次々に農作業をやめて注目していた。
ただし遠巻きに俺たちを観察しながらヒソヒソ話をするだけで、こちらに何かリアクションをしてくるわけではない。
それどころか、あからさまに警戒して視線が交差すると慌てて家に飛び帰る連中もいるぐらいだ。
「何だかあまり俺たちは歓迎されていない様だね?」
「村長さまの義息子ギムルさんが以前言っていましたけど、この村はむかしからとても排他的なんだそうですよ。よそ者は信用ならないと」
「何だそれは、俺たちを開拓のために招き入れたんだろう?」
整った顔に不愉快な表情を浮かべて美中年カムラが鼻息を荒くした。
まあそのうち、八つの家族は受け入れられるだろうさ。
問題は付き従ってきたゴブリンの労働者とか犯罪奴隷の連中だろう。
「まあ、時間が解決してくれますよ。それにあなたはイケメンなので、上手くやっていけるんじゃないですかね」
「イケメン! 俺はこの歳でもまだ独り身の男だぞ。そういう冗談はやめてくれ、君は若者だからいいだろうが」
「そうっすかね。俺これでも今年で三二歳なんですよ」
「本当か信じられない?!」
美中年カムラが驚いた顔をしていた。
いやぁいったい何歳ぐらいだと思われていたのだろうか。
「俺より若いとばかりてっきり思っていた。年上だなんて……」
「えっ?」
「もしかして君はそちらのニシカさんと同じ長耳の一族か、その血を引いているのか?」
「いや違います。この黄色い蛮族とは赤の他人です。それより今おかしな事を言いましたよね? カムラさんはおいくつで……」
「俺は三一歳だ。君の事はアニキと呼んだ方がいいかね?」
「いや遠慮しておきます」
俺と美中年がヒソヒソ話をしていると、耳ざといニシカさんが長耳をひくつかせながらぐいと顔を寄せて来た。
「おいお前たち。今、黄色い蛮族とか言わなかったか?」
「いやぁんでもないです。ニシカさんは黄色い薔薇だと言ったんですよ!」
こういう時は適当言って誤魔化すに限る。
ニシカさんはジト眼で俺を睨み付けていたが、黄色い薔薇と言われて表情を緩めた。
ちょろいぜ!
「薔薇は棘があるが、同時に可憐でもある。うら若い君にぴったりの情熱的な花だ。そういう話をシューター君としていたんだ」
身振りを交えて美中年が白い歯を見せて言った。
モノの本によれば黄色の薔薇には、あまりよい花言葉の意味が無かったはずである。記憶によれば嫉妬心や愛情の薄れというものがあった気がする。
何故そんな事を知っているかというと、むかしお世話になっていた沖縄空手の古老の孫娘に、誕生日プレゼントで渡したからである。
男は花言葉なんて気にもしないし、その時いちおう調べたところによると「かわらぬ友情」という意味があったらしいのに。
しかし薔薇を受け取った女子高生の孫娘は、さっそくスマホで花言葉を調べた後、激怒しやがった。
花言葉というのは当たった出展先でそれぞれ手前勝手な事を書かれているので、実に役に立たないのだ。
花屋め、そういう事は早く教えてくれればいいのにな。
「お、おう。オレの美しさは情熱的だしな。オレ様に惚れると怪我するしな!」
「ちなみに黄色い薔薇の花言葉はかわらぬ友情というらしいですよ。俺たちこの村の冒険者仲間にぴったりな言葉じゃないですか。ねえ、カムラさん」
「まったくだ。そのうち冒険者を集めて乾杯をしようじゃないか」
道中も事ある毎に酒を舐めていたニシカさんの事をよく観察していたのか、美中年カムラがうまい合いの手を入れてくれたので、赤鼻のニシカさんがご機嫌になったのである。
「さて、もうすぐ村長屋敷前だぜ。シューターお前、ちょっくら走って報告してこいよ」
「何で俺が。奴隷にやらせりゃいいじゃん」
「お前も奴隷だろう。早くいけ! 蛮族を怒らせると怖いぜ。ウシシ」
「キキィブー」
上機嫌だと思われたが、ニシカさんにはバレていたらしい。
大きな胸に挟まれたバジルまで一緒になって俺を馬鹿にしている様に見えるから、おじさんは悲しい。
トホホ……
◆
屋敷の前に集まった俺たちを女村長は睥睨していた。
「シューターはこの度、よい働きをしてくれた。猟師の数は揃わなかった様だが、かわりに冒険者を連れて来てくれたことは感謝する。また、最初の開拓移民をこれだけ集めた事も併せて礼を言おう。追って沙汰ある故、期待していいぞ」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
俺は半裸で平伏した。
「それから鱗裂きのニシカ」
「お、おう」
「お前はどうやら勝手に村の領地を抜け出して街に出かけていた様だが、何をしに行っていたのだ」
「ち、ちょっと狩りの道具を新調しようと買いに出かけただけだぜ」
「狩りの道具というのには、奴隷も含まれているのか。ッヨイハディから買い取ったらしいじゃないか」
「へへ……そういう事もあるかな」
そう言われてニシカさんがとても嫌そうな顔をした。
目ざとく俺のへそピアスを見つけた女村長である。
伝書鳩ではあらましを軽く伝えただけだったはずだが、ようじょが懇切丁寧に私信を付けていたらしい。
「村では奴隷の私有は禁止しているので、その奴隷は没収する。残念だが他の狩猟道具を探すといいな」
「ま、マジかよ」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
とても嫌そうな顔をしていたニシカさんだが「しゃあねぇな」などと小さく漏らしていた。
「まあいいぜ。もともとシューターを村に連れ帰るのに買い取った事だしな。よろしく解放してやってくれ」
「残念だが、村には奴隷商人がいないので領主命令で取りあえず、わらわ預かりとしておく。新妻がいる男が奴隷で、女主人に仕えているでは聞こえが悪かろう」
ニシカさんと女村長のやり取りを、俺は唖然としながら見守っていた。
どうやら俺は解放される事は無いにしても、村長預かりという事で一応の後見人になってくれるらしい。
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます」
「お前はそれだけの働きをしているし、わらわは今後も期待しているぞ」
ドロシアねえさまがようじょのおばさんという事だが、言われてみれば何となく似ているところがある気がする。
具体的にどこがと言われると難しいのだが、目元のあたりや厚ぼったい唇は似ている。
ようじょが成長したドロシアねえさまになるのかーなどと考え込んでいたら、女村長の側に控えていたギムルと、美中年たち冒険者の一団が細かい打ち合わせをはじめたようだった。
「さて、シューター。お前の嫁が屋敷の中で下女たちと、開拓移民のための食事を用意している、行って顔を見せてくるのがよいだろうの」
「お、仰せのままに」
「あまり皆の前でのろける様な事が無いようにな?」
チラリと片眼をつぶりながら女村長がそう言った。
俺は立ち上がり一礼をすると、屋敷の入り口に向かった。
ちょうどギムルさんが集められた開拓移民に今夜の宿について説明をしていたが、一瞬だけ俺をチラ見すると、アゴで屋敷の奥を指示してくれた。
「へそピアスが似合っているな」
「大きなお世話です」
「お前もこれから忙しくなるぞ。嫁を大事にしておけ」
「ギムルさんも、移民の中にいい嫁候補がいるといいですね」
「黙れ、いや。そうだな……」
そんな青年ギムルの反応に少し笑いながら、俺は女村長の屋敷に入った。




