閑話 ペルソナ・ノン・グラータ 終
更新お待たせしてしまい、誠に申し訳ございません!
感想へのお返事は時間を見つけ次第、順次させていただく予定ですっ。
凍てつくような水場の風をもろに受けながらも、汗を流して労働する荷運びの役夫たちを見やりながら。
自分たちの乗船の順番が回って来るのをじっと待ち続けておりました。
「この船は夜間の航行も含め、辺境西部の主だった都市を経由しながら本土へと越境する予定になっています」
五日目の事。
わたくしたちが乗り込む事になった貨客船は、それはもう立派なものでした。
商人たち乗客を数十人余りに加えて、馬車十台程度の荷物を収容できるというものです。
これは河川を交通する船として見れば破格の積載量でございますわ。
「ブルカ伯の主導で灯台の整備にも力を入れていたという話ですものね」
「はい、そのおかげで僕の故郷までの所要時間はおおよそ二日目の昼頃。下手をすればブルカ街道を普通に移動するより、時間にしてかなりの節約が可能になりますね」
このルートを主人に提案した事はやはり間違いなかったというものですわ。
「ハーナディンさんの故郷で下船するという予定でよろしかったでしょうか」
「問題が無いのであれば、僕の故郷経由が安全上望ましいと思います。ただし、」
「ただし?」
「もし、どこかで何か問題が発生した場合はそのまま……」
野盗の跳梁跋扈を警戒しなければならないのは、ここホモンクスからブルカ領を抜けて、せいぜいが辺境西部エリアを抜けきるまでの事でしょう。
とは言っても本土周辺の治安情報についてはホモンクスで収集する事はあまりできませんでしたし、先々の事で要注意であるのは間違いありませんわ。
「特に本土で問題となるのは、本土貴族の領土をまたぐ際にあちこちへ設置されている関所についてでしょう」
「何と言っても辺境は開拓途上の土地柄で、ひとびとや物資など平時においては領主間の不文律によって交通を妨げないという取り決めめいたものがございましたわ」
してみると、成熟した領地支配態勢の確立した本土の領主の場合、富や労働力が外部に流れる事をひどく嫌って、要所に検問を敷いているというのが実情でした。
富を外部に漏らさないと同時に、交通要所に関を設ける事で税収を当て込んでいるという側面もございます。
河川の利用税、街道の利用税、例え一時的にせよ商売を行えば課税。
様々な厄介事が考えられる場合は思い切って船を乗り継いで、比較的取締りの緩やかな領地を経由するというのもありとなるわけです。
しかしそれでは時間がかかり過ぎて、商人という体裁で王都へ密航する意味がございません。オッペンハーゲンの使者と時間が変わらない事になるので難しいところですわね……
「次、搭乗者はこちらに来い!」
購入したばかりの庭師の一団が、行李や手荷物を纏めながらゾロゾロと桟橋の方に歩きはじめました。
しばし頭を使っていたわたくしはそれを中断して、ベルベボロンさんと一緒に官吏の方へ旅券と身分証明の書類一式を差し出す事にします。
胡乱げな視線で書類を吟味する衛兵のみなさんは、昨日の臨検で顔を合わせた巡視隊のみなさんとは別の一団の様で、搭乗する客の全てを疑ってかかっているご様子。
以前からブルカの街経由でもたらされていた内偵の情報通り、ブルカ領外に少しでも情報を流出させない様に厳しく取締りを実施している事は明らかですわ……
何とも厄介な事に、書類を何度も読み直しつつわたくしどもの顔を見比べつつ。
どこかに問題が無いかを徹底的に調べ尽くす態度で、身体検査を含めて確認を繰り返すのです。
「どこから来た。本領はどこだ? 領内でうろつき回る目的は何だ」
「領内の南西部を回りながら、交通船でホモンクスに昨夜到着いたしましたわ父は本土の子爵家で、わたくしは王都の生まれですわ。実家が奴隷商をやっておりまして、今回は新たな奴隷買付のための旅です。ブルカの街にも支店があるのはそこの書類の通り」
わたくしが高貴な身の上である事を口にしても、失礼な官憲は態度を変えませんでした。
そればかりか不躾にも、ズイと顔をわたくしに寄せる官憲です。不快な吐息がかかるまで近づけて、舐める様に吟味するのでした。
そのまま視線をスライドさせて、表情を殺したベルベボロンさんを一瞥し、今度はニッコリ笑って見せたハーナディン卿の方へと体を移動させます。
「ピアスを見せろ」
提出した書類上では奴隷という事になっているので、当然腹を見せる様に求められました。
おへそのピアスを発見したところで、本物かどうか確かめる様にそれを引っ張ったのには思わず吹き出しそうになりましたわ。おほほっ、おほ、おほほっ。
「そちらの奴隷どもは何だ」
「労働奴隷ですわ。本土で必要とされる類の人材を幸いにも獲得する事ができましたので」
「何の類の奴隷なんだ。見れば一家勢ぞろいという類で、とりたてて技能も労働力も戦力としても期待できそうもない」
「庭師の家族とその弟子たちですわ」
「に、庭師だと? この非常時にムダ金ばかりかかる庭園の整備など、けしからん」
「そういう人材を求めているのは辺境ではなく内地ですわよ」
部下たちに命じて庭師一家のへそピアスを確認させている官憲にその事を指摘すると、
「ならば尚更、我がブルカ領内を食い物にする本土の貴族どもが許しがたい!」
「騎士さま、荷物の中に問題となる様なものは発見できませんでした!」
「肌着、下着の類も徹底的に確認しろ。衣類の縫い口に秘密の書簡を潜ませている可能性すらある」
相手の身分で態度を変えないこのブルカの犬たる官憲は、ある意味で優秀ではありましたけれども。
どれだけ荷物を徹底して探ったところで、わたくしどもにとって不都合になる様な証拠の類などあるはずもありません。
強いて言うのであれば、わたくしどもを拷問にかけるしかないはずなのですが……
「…………」
「?」
ふとわたくしの触手に当たるか当たらないかの具合で、ハーナディン卿がコンタクトを送って来るのがわかりました。
見れば緊張した面持ちで、視線だけを使ってある一点を差しているのがわかります。
純白の法衣姿に女神様の象意をあしらった修道会の騎士……
という事は現在、ブルカの聖堂において総長を僭称しているデスザビエル卿の派閥に属している修道騎士という事になりますわね。
仕事に熱心な官憲と、それに尋問を独占的に行ってきた修道会の騎士。
最悪の組み合わせにわたくしの心臓は一気に冷え込んで、キュっと締め付けられる様な気分になったのです。
「その優顔の男も庭師なのか」
ハーナディンさんについて、官憲が説明を求めてきましたわ。
「この者はわたくしの警護役を務める奴隷ですわ」
「フン、顔からして情夫の類か……」
「失礼ながら、わたくしこれでも既婚者ですのよ。主人が聞けば激高してしまいますわっ」
厳しく訂正を求める行為などはせず、やんわり主張だけはして何とか乗り切ろうとしたところで。
修道騎士が立っている側で何か問題でも起きたらしく、不機嫌な態度の官憲は部下たちを連れて別の乗客の方へ向かったのですわ。
「……顔見知りのお身内の方でしたか?」
「いいえ知らない顔ですね。自分が軍事訓練を受けていた時期に女神様の僕となった人間だ。主に各地の修道院に詰めていたか、王都畑を務めてきたんじゃないでしょうか」
バレる可能性はありまして?
ご安心を、無いです。武器もこの通り量産品。
視線でそんなやり取りを済ませたところで、不意にベルベボロンさんが身構えるのがわかりましたわ。
先ほど官憲たちが集まって取り調べをはじめていた客の一団で、ひときわ大きな騒ぎが起きていたのです。
書類に不備があったのか、紙片を激しく叩いて問題点を指摘する衛兵。そして何かの言い訳を大声でがなり立てる客の一団。
客たちを注意深く観察すれば、痩せすぎで土色の顔をした男を囲む様にして、配下の者たちが守りの姿勢に入っているのがわかります。
あの顔はどう見ても平民のものではありませんわ。
土色の顔は日焼けのそれと言うよりも内臓を痛めていそうな感じで、酒か何かの患いと長く付き合っているのでしょう。
同時に修羅場を潜って来た様な顔だちをしておりました。配下の数名とて同様です。
「……不味いですね。あれはどう見てもわかりやすい」
「素人か? 見るからに挙動がおかしい、疑ってくれという顔が勢ぞろいしているようにしか見えないぞご夫人」
「わたくしたちは普通にしていればよろしいのですわ」
わあっと声が上がった瞬間に、数人の男が衛兵の囲みを突破して逃げ出そうとするではありませんか。
逃げる三人の男と、それを補助するために抜剣して衛兵たちに挑む残されたもの。
土色の顔をした代表者と思える人間も、もはや逃げられないと覚悟を決めた様に剣を抜いて、先ほどまでわたくしどもに疑いの眼を向けていた官憲に斬り挑むではありませか。
勢いの乗った一撃で剣を叩きつけると、咄嗟に抜き放って呼応したものの官憲は押し倒されてしまいますが、それよりもこちらに駆けて逃亡を図る三人の男たちをどうすべきか。
もしも野盗の類が貨客船の客の中に混じっていたのであれば、逃げるために何をしでかすのかわかりません。
「このままやり過ごすか?」
「協力するという手もありますね」
「そうですわね。でもわたくしたちの身の安全が第一、庭師のみなさんをお守りしてくださいな!」
承知ッと短く呼応したベルベボロンさんは、咄嗟に腰の短剣に手をかけながら庭師たちの前に飛び出しました。
ハーナディン卿もそれと同時に、駆けてくる男たち三人がこちらに近づけない様に盾となります。
「どけどけ!」
「いっそ、そこの平民を人質に取るか?!」
「いくらなんでもそれはまずいぞ」
「させませんわッ」
そうすると走っていた男たちは、わたしの方をすり抜けて逃走しようと判断したのでしょう。
三人のうちのひとりがぶりつつすれ違いかけたところで、わたくしは自慢の触手をサっと広げで、その男を絡めとる事にしました。
同時に伝家の宝剣を引き抜き様に、もうひとりを背中からバッサリと斬り伏せます。
「グワアアッ!」
「何をする離せ!!」
悪目立ちする事は極力避けねばなりませんけれども、だからと言って身の危険が迫るのを放置する道理はありません。
即座に絡めとった男の胸に、剣を水平にしながら差し込んでやります。
抱き留められた男を無力化するのは簡単な事で、触手を花弁の様に改めて開いた時には、男は膝を付いて倒れた後でしたわ。
おーっほっほっほ!
婿殿ほど剣技に優れているわけではありませんけれど、わたくしとて元は貴族軍人ですわ。
この程度の事は造作もなくってよ。おーっほっほっほ!!
残った最後のひとりは振り返りざまに「ちいっ」と舌打ちを漏らしながらも、大人しく遁走する方を選んで市街地の方に逃げて行ったのでした。
衛兵たちに囲まれた他の仲間たちも、撃剣の音をしばらく鳴り響かせておりましたが、そのうちに人数を頼みに衛兵たちによって拘束されたり討ち取られたりした様ですわね。
やがて応援のために駆けつけた他の衛兵たちが姿をあらわしたところで、事態は収束に向かいましたわ。
「沈まれ沈まれ! 武器を持っているものは地面に下し、大人しく平伏してじっとしていろっ」
「貴様もだ、そこの女ッ」
わたくしもですの?!
傍若無人な態度で先ほどまで浅黒い顔をした男ともみ合っていた官憲が、白刃をぶらりとさせたままで形相を変えてこちらへやってきます。
「問答無用で取り押さえろ、この場にいる人間全員だ!」
無礼千万とはこの事で、突然態度を豹変した客の一味もろともわたくしたちを拘束しようと言うではありませんか。
けれど、そうはなりませんでした。
たまたま応援に駆け付けた衛兵たちの中に、昨日の巡視隊に加わっていた太鼓腹の隊長さんやパーバンさんがいたのですわ。
「待った、いくらなんでも本土のお貴族さまにその態度は横暴だ」
「しかし現に抜剣を持って暴れたのだぞ。敵の一味かも知れないのだ、例外は許されない」
「俺はあのご夫人を知っています。それに今だってわれわれに対して協力姿勢を見せただけだ。剣を抜いたのは身を守るためでもある」
先日から妙に好意的な態度をわたくしに見せてくれたパーバンさんは、ハーナディン卿の仕込んだお薬の影響がまだ残っているのでしょうか。
それともこのわたくしの持つ、妖艶な人妻にだけ許される魅力の虜になったのでしょうか。
おほほ、おーっほっほ! ケホケホッ……
「だ、大丈夫か夫人」
「問題ありませんわ。ちょっと港の土埃で咳き込んでしまっただけですわよ」
両手を上げて降参のポーズをしたベルベボロンさんに気遣いをされてしまいましたわっ。
どうにかその場でわたくしたちが敵側ではない事を官憲たちに理解してもらいつつ、船便の出港は予定より遅れるものの、一刻後という事で落ち着きました。
「本当にご協力ありがとうございます。調べはまだまだですが、これから騎士修道会のご協力を頂きながら尋問に取りかかる予定です。犯人は大方、この辺りを荒らしまわっていた盗賊どもの一味というところでしょう」
「まあ、それでは悪党のみなさんは船に乗り込んで、仲間を呼び寄せる算段だったのでしょうか?」
「その手口についてはこれから締め上げればわかる事でしょう。騎士修道会の尋問と言えば、噂に聞こえた強力なものです。どんなに頑なに心で抵抗したところで、無駄だそうですね……」
ああ恐ろしいという態度で、太鼓腹の隊長さんやパーバンさんは笑っておりましたけれども。その恐ろしさについて、わたくしはもちろんハーナディンさんも、よくよく存じておりますわよ。
だけれども。
「あれは野盗じゃありませんねカラメルネーゼ夫人。野盗の類にしては顔が善良すぎますよ」
「と言うと? 貴族かその家臣という感じでしょうか。王都中央から派遣された」
「大方そういう手合いじゃないですかね。あんな小奇麗な顔をした野盗なんて僕も見た事が無い」
ハーナディンさんの言う通り。
確かに触滅隊と対峙した時の事を思い返せば、彼らの顔は任務にこそ忠実であれ悪事に手を染めてきた様な悪相とは程遠いものでしたわ。
戦場を、修羅場を知らぬ王都中央の貴族の配下というのであればそれも納得です。
「お、俺は国王陛下より騎士爵の称号を与えられたれっきとした貴族だ! この上は戦争奴隷として、国法に乗っ取った扱いを受けることを望むっ」
案の定でしょうか、わたくしどもの結論を証明する様に土色の顔をした男が喚き散らしながら連れ去られていくところを目撃したのです。
酷い拷問を受けられる前に、保護の対象となりえる可能性のある身分を晒したというところでしょうか。
宮廷界隈からも情報統制下のブルカ支配域が、いったいどうなっているのか探りを入れているのですわ。
わたくしどもと同じ様に。
「そうであるならば、悪いことをしてしまいましたわね」
「それはどうだろうぜカラメルネーゼ夫人。敵なのか味方なのか、今の段階であの連中の旗色は俺たちには見えねぇ」
「ごもっともですけれども、であるならばわたくしたちの代わりに犠牲になっていただき、王都を目指す事にいたしましょう」
まさに官憲たちに取り立てられる好ましからざる侵入者を餌にして、貨客船に乗ったわたくしたちは王都オルヴィアンヌに向けて無事に出港したのですわ。




