閑話 ペルソナ・ノン・グラータ 越境
前回投稿分についてですが、後半パートに加筆修正を加えました。
すでにお読みの方にはご迷惑をおかけしますが、あわせてお読みいただければ幸甚です。
ご迷惑をおかけして申し訳ございませんorz
王都へ向かうにあたって、やはり家中から騒ぎを起こす様な事は避けなくてはなりません。
別の要件を偽装できるわたくしはともかくとして、
「ハーナディン卿のお立場と覚悟はわかりましたけれども。それなら尚更、ガンギマリーさん宛には事の詳細について、それから関係各所にはハーナディン卿を馬車の手配のために借りる旨を手紙にしたためて残しておきますわ」
「ありがとうございます、カラメルネーゼ夫人」
セレスタとゴルゴライであれば一両日で行き来が可能であるけれど、今後の事も考えて一定数の馬車も用意しておくと含めておけば、表面上は多少時間がかかっても誰も疑いはしませんからね。
夜が明けない内に必要となる情報の書き写しを終えて奴隷商館に戻ると、ぽっかり口を開けてスヤスヤとお眠りになっているシューターさまのお顔を拝見します。
これで少しばかり疲れが癒されたのを感じながらその頬に口づけを……
しばらく見納めだと思えば足りない気分になって、エルパコさんやベローチュさんがいるのも忘れてキッスキッスですわ。
「これだけ気持ちよさそうに寝ているシューターさんも珍しいね」
「昨夜はよほどお楽しみだったのでしょう。枯れるまで絡め取ったというところでしょうか」
「甘ったる匂いが残っているのは香薬を炊いたんだね。ぼく知ってるよ、出所はガンギマリーさま」
「なるほどこれだけ用意周到にご主人さまをその気にさせたのなら、さぞ激しかったに違いありません」
せ、詮索するのはおよしなさいなっ。
身分を証明する必要な書類一式を行李に納める、奴隷商館の受付で待っていたハーナディン卿にそれをお預けする事に致しました。
すでに修道会の騎士装束を脱ぎ捨てて、どこからどう見ても雇われ傭兵か奴隷戦士の様な薄汚れた格好。それにモコモコの毛皮コートを身に着けているのだから誰がどう見ても王侯貴族とは思えませんわ。
「そこまで変装する必要はありますこと? 世間一般に言ってイケメンの部類であるお顔まで台無しですわ」
「ドーランで丁寧に顔も汚しましたからねえ。明日になれば無精ヒゲも生えだして、より汚らしくなりますよ」
「徹底するのならば、もう少し口調や所作にも気をお使いなさいな」
いくら見た目が下流民に見えても、口ぶりが穏やかで荒くれ傭兵や奴隷戦士にしては違和感がありますわ。
ただ手の平を見れば修道騎士として鍛えた事を示す様に、高貴な身の上とはとても思えないほど剣ダコが残っているのでそこは安心。
主人の性格を考えれば夜明けの前後には眼を覚ましてしまうので急ぐ必要がありますわね。
「馬車の手配については極秘裏に自分がオコネイルさまに一報を送ります」
「ベローチュさんにそこはお願いいたしますわ。ご家中にはわたくしが何をしているのかは極秘に、婿殿に何か聞かれた際は万事抜かりなく旅立たれた旨を」
「まかせてよ。ぼくはこれでも知らん顔をするのが得意なんだ」
エルパコさん。あなたはいつも何を考えているのか、主人のみぞ知る事ができる存在ですものね。
セレスタ領からの借り入れではなく、今後家中で必要となるだろう新しい馬車の調達についてもベローチュさんにお願いしたところで、わたくしたちは馬車を駆って出立いたしました。
「スルーヌ騎士爵夫人カラメルネーゼですわ。緊急の用事によりセレスタに向かうためご開門なさいな」
「ははっ! た、確かにカラメルネーゼ奥さま。それに修道騎士さまですか?! 何だか猟師みたいな恰好をしていますが、本当にセレスタへ?」
「主人の命令ですわよ。ハーナディンさんには馬車を作る職人さんのおられる集落まで走ってもらうので、防寒対策もしっかりお願いしたのですわ」
「ははあ、そりゃ大変だ。おいお前ら奥さまのご命令だ、早いところ城門を開け!」
ゴルゴライ街道口へ抜ける街の正門が開かれるのを待って、馬を駆けさせる。
すると不寝番に立っていた兵士のみなさんが高貴な身の上に対する礼を一斉にはじめたので、わたくしたちは鷹揚に手を上げて返事をしました。
早朝まだ陽が昇る前から出航する貨客船の類はありませんので、船着き場まで走った後は伝令用の早船を使って川をさかのぼる必要があります。
大きな船に比べれば十数人を乗せれば精一杯という小舟ですけれども、帆を上げてひとりの魔法使いがせっせと風を送る事を考えれば、小さい方が都合がよろしいですわ。
そのまま太陽が辺境の山々に顔を出す頃合いには、丁度セレスタとの中間点まで船は走っていました。そうして朝の出航で賑わう頃合いには伝令舟艇はセレスタ河岸に到着したのです。
補給物資や人間を運ぶセレスタの軍船に便乗させてもらいながら、リンドル川西岸流域の玄関口になっているモッコの村に到着したのが昼前頃。
ここで焼け落ちた旧領主館に立ち寄って軽めの昼食を頂いた後に、フクランダー寺院を経由してオホオの村に向けて早馬を走らせましたわ。
「この地域は雪がまだ深くないのが有難いですね、カラメルネーゼ夫人」
「けれども問題はナワメの森と分水嶺ですわ。標高が高くなれば厄介ですもの、やはり覚悟はしておきませんと……」
「軍馬はラメエ奥さまのオホオ村で乗り換えるという事でよろしいですかね」
「すでにモッコから魔法の伝書鳩を飛ばしておりますわ。教会堂経由で代官には連絡が言っているはずが、到着は夕刻前でしょうか」
「だとすると、ミミソングの村に到着するのは夜半から深夜にかけて。天候を考えれば厳しい寒さとまではいきませんが、どうします?」
そうですわねえ。軍事訓練を受けているわたくしやハーナディン卿にすれば、この程度の寒さならばやって無理はない強行軍。
抜けるべきナワメの森については秋の戦いで何度も往復したために地理は多少理解しておりますけれども、
「村の人間に助言を聞いたうえで判断したしますわ」
「ですね。先が長いという意味で今から無理をする意味はあまりありません」
往来の途中で時折すれ違う盟主連合軍の警備チームに挨拶をしながら、遠い山々に陰っていく太陽の姿を追いかけている内に、ようやくオホオの領内へと到着しました。
戦禍の爪痕はまだ方々に残っておりましたけれども、使えるものは何もかも冬支度に合わせて回収されて、荒れ果てた畑だけが寂しく薄っすらと雪化粧をしているのですわ。
防柵を潜り抜けて領主館の前にやってくれば、ニシカさんと同族の黄色エルフの猟師さんが迎え入れてくれました。
「猟師のベルベボロンだ、ニシカの姐御からあんた方の話は聞いてるぜ」
「この村の代官さまは確か騎士修道会の人間でしたよね」
「そうだ。修道会の騎士さまならば、今夜は中央から家中のお偉方が訪ねてくるからとかで、料理の準備に走り回っているところだ」
馬を降りて黄色い猟師さんの案内を受ける道すがら。わたくしとハーナディンさんは顔を見合わせたのですわ。
これはどうやら、強行軍でミミソングに向かう事はできなさそうだと苦笑いたしました。
わたくしたちがこの村に寄る理由については伏せて伝報を送り出したのだから、仕方がありません。
実際、猟師のベルベボロンさんに聞けば今夜あたりから寒さが厳しくなる兆しがあるので、やはり無理はしない方がいいというのも好都合だったかもしれません。
「主人の密命により、わたくしとハーナディン卿はブルカ領内への極秘侵入を行う予定ですわ」
「ニシカの姐御からあんた方に何かあれば全面協力をする様に言われている。道案内が必要なら言ってくれ」
「天候が許すのであれば、明日の朝一番にミミソングを経由して分水嶺を越える予定ですけれども。仮にブルカ領側に侵入してから最寄りの集落に行った場合、夕刻までに到着する事は可能ですこと?」
「荷物は馬に括り付けていた行李ぐらいのものか。ならミミソングには午前中、山を越えるのは午後になる。夕方近くには天候さえ崩れなければ可能だ」
猟師ベルベボロンさんの言葉にうなずき、ハーナディンさんの旧知であるという修道騎士さんの歓待を受けながら早めの就寝をする事になり。
翌朝は陽が昇るよりも早くにベルベボロンさんの案内を受けながらナワメの森を経由してミミソングを目指したのですわ。
地元猟師の案内がある事はかなりの時間短縮に、結果的になったはず。
何しろ当初の予定では森のあまり深くない場所を移動するしかないと踏んでいたものの、元々この森の管理責任はオホオ村領主、実質的には老騎士ジイさんが管理していたというのも強かったのです。
手先である猟師株を持つベルベボロンさんは細かな獣道もよくご存じでしたし、予定よりも早く太陽が高く昇りきるよりも早くにミミソングの村へと到着し、村はずれにある砦を経由して険しい山へと至りました。
「かなりの寒さだが、雪が無いというのは敵側もここを経由して斥候を出してくる可能性があるんじゃないですかね……」
「ブルカ領側の支配統制がある程度整っていれば、可能性がありますわ。ブルカ伯にツジンも暗殺されたとなれば、今はまだ混乱が収まっていないのですわ」
だからこそわたくしたちが、ここからブルカ領内に侵入する事ができるわけです。
大軍の移動にはまるで不向きな渓谷の細道を駆け走らせながら、時折の休憩を挟んで分水嶺を超えれば。
遠く辺境東部に広がる山々を睥睨する事ができたのです。
弧を描くように広がる大河はリンドル川でしょうか、その向こう岸の険しい山脈はリンドル領の鉱山地帯。翻って肥沃に広がる様に見えるそれは、おそらくブルカ街道沿いに広がる穀倉地帯なのですわ。
「天候が崩れるかと思ったが、一夜で晴れ渡ったのは幸甚だなあんた方も。これも全裸を貴ぶ部族さまのご加護があっての事だ。ニシカの姐さんはいい旦那に恵まれた」
「ニシカさんの夫であると同時に、わたくしの主人ですものね。おーっほっほっほ!」
さてこの渓谷を抜ければ正真正銘のブルカ領ですわ。
伝え聞いた情報ではリンドル周辺で活動をしていた野盗の類も、こぞって西へと移動したそうです。
治安の悪化の事を考えれば平野部に出ても野宿は極力避けたいもの。
「早いところ山を下って宿を探しましょう。船に乗ってしまえばひとまず安全でからね」
「宿まで連れて行き、明日は船着き場まで案内すればいいんだな」
よろしくお願いしますわねハーナディン卿、ベルベボロンさん!




