5 今日から猟師小屋が俺の家
俺は地下牢にいる。
そして俺は今、女村長に尋問されていた。
「お前は家畜の世話をしているところ、ギムルと口論になってこの男に暴力を働いた。違いないね?」
「間違いありません」
静かに俺は返事をする。
たぶん言い訳をしたところで立場がよくなるわけではないし、村長の質問は間違っていない。
「そこにジンターネンが出くわして取り押さえられた。違いないね?」
「そうです。その顔面の潰れたギムルさんに殴られて意識を失いました」
「お前の顔も潰れているよ。鏡を見てみるがいい」
フフフと女村長は笑ったが、もちろん皮肉だ。ここには鏡なんて贅沢品は無い。
かわりに手で顔を触ってみると、鼻のあたりが死ぬほど痛かった。
たぶん潰れているのだろう。骨折だろうか? 痛くて触りたくない。
「けど、俺はギムルさんの足をこかしただけで、暴力はそれ以上働いていませんよ。ギムルさんの顔は俺じゃないです」
女村長が落ち着いて尋問をしてくれていたので、俺も言うべき事はしっかりと言っておいた。
青年ギムルは筋骨隆々の肩を縮こまらせてシュンとしていた。
体育座りをしていた牢屋の中の女も、姿勢を崩して壁際に逃げている。
誰もが女村長を恐れているのだろうか。
「義息子はわらわが殴ったのだ」
「むすこ……」
「そうだ義息子だ。わらわは後添えでね、死んだ夫はこの村の村長だった。この男は夫の忘れ形見さ」
「なるほど」
「この男は暴力にすぐ走る傾向があって、今回もきっと酒に酔って悪さを働いたのだろう。わらわがお前にかわって折檻しておいた」
「それで……」
「この村のルールでは、泥棒は指を落とす、殺人には死を持って償ってもらう、という決まりがあるのだ」
女村長は言った。
だから俺の顔面を潰したギムルは、同じ様に顔面を潰されたのかもしれない。
女村長恐るべしだ。
「だからお前の疑いは晴れたというわけだ。出てよいぞ」
つまりブタ小屋から解放されるわけだ。
ガチャガチャとゴブリンがカギをあけてくれる。このゴブリン、いつぞやの木こりの悪魔だ。
「助かりました。ありがとうございました」
「感謝する必要はないさ。だがわらわはお前に謝罪もしない。これでおあいこだ」
つまり義理の息子の顔面を潰したのでこれで相殺しろという事なんだろうな。
「ところでお前、もとは戦士だったのか? 剣を振り回す義息子を棒きれ一本でぶちのめしたそうじゃないか」
「まあ、戦士といえば戦士の訓練を受けていましたが……」
「そうか。それはいい拾い物をした」
かわいた女村長の笑いが石の塔内を響き渡った。
「それでこの女の人は、何なんですかね」
「その女か。そいつはお前の世話をするためにそこに連れてきた女だ。まあいいからついて来な」
女村長に促されて俺は地下牢を出た。
それはいいんだが、いいかげんこの手枷足枷をとってもらえませんかね?
「ああ忘れていた。ッンナニワ、はずしておやり」
従っている木こりのゴブリンに女村長が命じた。
村長、今何て言いました?
ッンナニワ? 発音できません!
俺は手枷足枷をはずしてもらい、それを委縮した青年ギムルに押し付けてやった。
とても嫌そうな顔をしたギムルだったが、今は噛みつくわけにもいかずという具合で黙ってそれを受け取ってくれた。
いい気味だぜ。ざまぁ。
そうして地上に出ると、久しぶりに外がまぶしかった。
「本来、今日からお前が住むはずだった家に案内してあげる」
「ブタの畜舎ですか?」
「そんなわけがないだろう。誰だ、そんな事を言ったのは?」
歩きながら振り返った女村長が俺に言った。
俺は意趣返しのつもりで後ろから付いてきていた村長の義理の息子を見やった。
とたんにギムルはバツの悪い顔をして視線をそらす。
その横についていた牢屋の女も俺の視線に驚いている。わたしは関係ないという風にふるふると顔を振っていた。
「ギムルだな」
「まあ、そうですね」
「安心するんだ。わらわはそのうちにちゃんとした村の一員としてお前を迎え入れてもいいと思っている」
「マジですか? ありがとうございます!」
「村の一員になる以上、お前は年齢も年齢だし、嫁も家も必要だろう。この女と結婚しろ」
嫁は必要ないかな。もともと定職にはついてなかったわけだし、家も借りていたボロアパートだぜ。
住めるならどこだっていいし、性処理はとりあえずひとりでもできるモン。
だがもらえるものはもらう。当然の権利だ。
「ありがとうございます。嫁ともども村に貢献します」
俺がそういうと、名も知らぬ嫁が俺を見てまたビビっていた。
この娘、俺に懐いてくれるんかなぁ。
「それで家というのは」
「あれだよ。村の外れにある、もとは猟師の男が住んでいた猟師小屋だ」
「その猟師さんは?」
「この冬に森に入って死んだ。相手はワイバーンだったらしい」
「わ、ワイバーン」
ワイバーンって何ですかね。
ワイの名はバーンや。そういうのですかね?
ちょっと自分の中で問いただしてみたが、もちろん俺はそれを知っていた。いや、見た事は無かったがファンタジーの世界によくいる空飛ぶトカゲの親戚だろう。とにかくデカイ事で有名だ。
「殺されたんですか?」
「相打ちだ。お前、確か名前はシューターだったな?」
「はい、修太です」
「弓使いとはいい名前だ。明日からお前には弓を与えるから猟師になれ」
「?」
「その名前を持っているんだ、狩りはやった事があるんだろう?」
名前って、俺。名前は修太です。
シューター? それなんかカッコイイけど、俺もう三〇過ぎなんだなぁ。中二病わずらわせる年齢でもないんだわ。
「ありますけど」
確かに俺は狩りをしたことがあった。
正確には、俺の母方のおじさんが鴨射ちの猟師さんだったのだ。
小学生の頃、おじさんの家には確か猟犬が何匹もいて怖かったのを覚えている。飼い主のおじさんには懐くのに、俺にはひとつも懐かないのだ。
俺はおじさんの家に夏休みや冬休みになるといつもあずけられていたものだが、そこでのカーストは最下層だった。おじさんが一番、おばさんが二番、そして猟犬たちが三番で、俺が四番。
悲しいが猟犬は飼い主にしか懐かない。あいつらは賢いのだ。
よくおじさんと、鴨射ちや山鳩射ちに行った。
ただしその時に使ったのは銃であり弓ではなかった。
それからむかしアパレルショップで勤務していた事があるのだが、そのバイト先の店長がもと自衛隊の空挺隊員という経歴で、休日になるといつもサバイバルゲームに俺たち従業員を連れ出していた。
山に入るとリペリング講習会などと称して、崖をロープで上り下りさせていた。
俺は山になじみがある。
その時に蛇を捕まえて食べた事もあるので、蛇ぐらいなら捕まえる事ができるだろう。食べた感想を正直に言うと、ヤマガカシは美味い。シマヘビもそこそこ美味いが、アオダイショウは不味い。
あとジムグリは捕まえた事が無かった。
「そうかい。明日の朝までには道具を一式用意させるから、しっかり働くんだよ」
「ありがとうございます」
「家も嫁も与えるんだ。しっかり家庭を守れる男になるんだね」
あっはっはと女村長は笑った。
「ちなみにこの女は、死んだ猟師の娘だ。しっかりと世話してもらうのだ!」
「はっハイ」
◆
俺は異世界で一戸建ての家を手に入れた。
はじめは家畜小屋、次はブタ箱ときて、猟師小屋と言えどちゃんとした土壁の家だ。
屋根だってしっかり茅葺だ。これで雨風はしのげる。
しかも嫁まで与えてもらった。
いや、本当にこれでいいのだろうか。
嫁と言うが、目の前の女は本当にそれで納得しているのだろうか?
俺のいた世界では嫁は与えられるものじゃなくて、契約するものじゃないだろうか。
婚姻届を提出するのは一種の契約なはずだ。
「あんた、名前は何て言うんだ?」
返事が無い。やはり納得をしていないようだ。
しかし女村長によって決められてしまった夫婦の関係なのだから、少しでも打ち解けておきたい。
嫁の名前も知らないでは、やっていけないではないか。
「やあ俺はさっきも言ったが、修太だ」
「……シューター?」
「なんだ、ちゃんと喋れるじゃないか。そうシューター」
修太と言ってもシューターとこの世界の住人には言い直されるので、もうシューターでいいか。
どうせこの世界には戸籍もなければ住民票もないだろう。ちょっと外国人ぽくてカッコイイし、このままいこう。
「それで、あんたの名前は? いつまでもあんたじゃ、問題があるだろう」
だって俺たち、その、夫婦になるんだぜ?
「……カサンドラです」
「カサンドラか、いい名前だ」
俺たちは死んだ猟師の家で、カサンドラの家でもある小屋みたいな家で向き合っている。
家畜小屋よりははるかに広い。八畳一間といったところだろうか。室内には細長い寝台がふたつあり、壁側に窯がある。
これだけのささやかな猟師小屋だが、ワンルームマンションだと思えば納得はできる。
ただしユニットバスだ。
部屋の隅に糞壺が置かれているのと、大きなタライがある。たぶんこのタライが浴槽だ。
いままでのわずかな湯でへちまのタワシでごしごししていた事を考えると、家も嫁も手に入ったのだから大満足だ。
一週間余り異世界で生活してきて、ようやく手に入れたもの。
やっと人心地を手に入れたもの。
「カサンドラ。いきなり夫婦になろうなんて言っても、君もきっと動揺している事だろう」
「…………」
俺だってそうだ。
バイト帰りにいきなり異世界にやって来てす巻きにされた。毎日薪割りの仕事をしてようやく家を与えられたのだ。
「今すぐに夫婦になる事なんてできないだろうけど、少しずつ本物の夫婦になって行こうね」
「…………」
そう言った俺に、カサンドラはすごく嫌そうな顔をした。
新婚早々、家庭内別居の危機である。
「……服、お父さんのがありますから」
そう。
家も嫁も手に入れたのに、俺はまだ全裸のままだったのである。
ありがたく死んだ義父の服を頂戴する事になった。