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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第10章 冬籠りの辺境生活
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365 パパの言う事を聞いてください(懇願) 中

 このファンタジー世界の命名法則が複雑奇怪なのには単純なわけがある。


「そもそも苗字(みょうじ)という概念が浸透していないから、名前を付けるときに個人を特定しやすい様にどんどん複雑奇怪な方向に変化していったんだと思うわ」


 俺の執務室で夕食の黒パンを手に取った雁木マリが、そんな言葉を口にしながらひたひたとそれをスープに漬け込む。

 あら美味しいわねなどと少々驚きながら次の様な例を口にした。


「例えばカサンドラ義姉さんのご家族がわかりやすいわ。父親の名前はユルドラ、従姉弟たちの名前はマイサンドラにオッサンドラ。他の親戚の名前を聞けばアサドラとかシルドラとかきっといるはずね。つまりカサンドラ義姉さんの家族は、ドラというのがファミリーフレーズになるの。……ところで今日の料理番は誰だったのかしら?」

「ニシカさんが当直で警備責任者をしているからな、たぶん彼女だろう」


 川スズキをぶどう酒に漬け込んで、ニンニクとブロッコリーに芋の煮込みスープだ。

 シンプルな様に見えて手間のかかる一品は、さすが料理自慢の猟師奥さんだと少し驚きながら魚の身をフォークでほぐした。

 するとニシカさんの名前に納得顔の雁木マリが言葉を続ける。


「けれどもシンプルな名前もだんだん苦しくなって、おかしなものが増えてくる事もよくある話だわね。そうなると別な命名方法がこっちではあるみたいよ?」

「そうですわね。格式高いお貴族さまの家系ともなると家系の歴史が古くなるので、いくつかの名前を組み合わせてひとつの名前に致しますの。例えばわたくしのマリアツンデレジアなどがその例ですのよ」


 高級ぶどう酒を舐めていたマリアちゃんによれば、伝統的な歴史の古い家系によくみられる命名方式らしい。

 巨人メイドのケイシータチバックとか芸術家ヘイヘイジョングノーとか、あるいは騎士修道会の総長だったカーネルクリーフなんてのもこの例に当てはまるという。

 四郎次郎みたいな感じで、俺たちがいた世界でも無いわけじゃないだろう。


「ファミリーネームも無いし、ミドルネームを付けたりしないからややこしくなるんだろうな……」

「そうですわね。名は体をあらわすと言いますけれども基本的に領地を持つ貴族だけが、土地の名前を家名に当てるのが伝統的ですもの。ですので、シューターさまの場合はスルーヌ騎士爵家のシューターとなりますのよ。オコネイルさんであればセレスタ男爵家のオコネイル、わたしであればリンドル子爵家御台にしてスルーヌ騎士爵夫人マリアツンデレジア」


 ちなみにアレクサンドロシアちゃんは特別ややこしい。

 ゴルゴライ準女爵にししてスルーヌ騎士爵夫人のアレクサンドロシア=ジュメェである。

 例外が一杯だ。


 領主の家系であるかどうかは、その人間の名乗りを聞けばすぐにわかるというわけだ。

 ちなみに複雑な名前の人間は家系図を古くまで遡れる証拠だと一般に理解されるし、領地の名を名乗りで口にすれば高貴な身の上だという証拠になる。


 じゃあアレクサンドロシアちゃんが名乗っているジュメェの氏族が何なのかと言えば、


「それは簡単ですの。魔法使いを多く輩出した名門の家系は、氏族を名乗る風習が残っておりますの。辺境ですとアレクサンドロシア卿のご実家であるジュメェの氏族。本土では他に、ヌプチュセイの氏族やヌプチャカーンの氏族などありますのよ」


 そんな説明を猪の蒸し肉を頬張りながら説明するマリアツンデレジアちゃんに、俺と雁木マリがすかさず反応した。


「待った。その名前に聞き覚えがあるぞ」

「ジュメェの氏族についてですの? まあ、ゴブリン魔法使いの名門は女神様のおわす世界にも轟いておりましたの?」

「いやそっちじゃなくて、ヌプチュセイとかヌプチャカーンとか。そっちです!」


 確かブルカにいたお高い壺が大好きな名前の長い奴隷商人がそんなフルネームだった気がする。

 

「奴隷商人ルトバユスキ=ヌプチュセイ=ヌプチャカーンの事ね。その理屈で言うと彼は魔法使いの名門の血を引く人間だったという事になるわ。それも両方の血筋を」

「その割にはぜんぜん魔法とか使えない人間だったと思うけど、あいつ魔法使いだったのか?」

「いいえ、あたしはまったく魔力の兆候をあの男から感じた事が無いけれど。第一もしそうなら、ッヨイがそれに反応していたはずだわ……」


 俺とマリがヒソヒソと言葉を交わすものだから、ソファの反対側に座ったマリアちゃんは不思議そうな顔をして酒杯を口にしていた。


「ヌプチュセイ氏やヌプチャカーン氏は本土の魔法使い名族ですものね。きっとそのお名前の方は両家の血筋を引く期待された存在だったのでしょう。けれどもきっと魔法の才能が無かったので、別のお商売をされていたのですの」

「魔法の才能が有れば魔法で作ったインチキな壺ぐらい見抜けてただろうしね。いやあ名前の長い商人が魔法の才能無くてよかった!」

「ほ、本当ね……」


 今更ながら半年も前にあった出来事を思い出して雁木マリと肝を冷やしたものだ。

 問題はこうしたご当地の命名基準について食事がてら講習を受けた後に、じゃあ俺のベイビーはどういう名前にすればいいのかという本題に向かう。

 俺が考えている素敵なお名前は、例のやつだ。


「カールブリタニア。あら、良い名前じゃない?」

「そうですわね。カールという語感には柔らかな印象がありますし、ブリタニアのそれには規律と伝統を兼ね備えた凛としたものを感じますわ。まさに淑女にぴったりなお名前」

「あたしたち風に言うと、カールブリタニア・ゴルゴライ。いいじゃない」


 本当かよ。ゴルゴライやで?

 よくよく考えれば家名がゴルゴライっていう事を考えると、めっちゃ武骨な印象になるんですけど……

 カールブリタニア・スルーヌの方がいくらか聞き触りがやわらかくないか? 

 ただ何かヌルヌルする名前の気もする。本当にこれでいいのか……

 ひとりで悩んで考えすぎているので、もはや俺には何が正解なのか判別も付かなかった。


「愛称があるというのは重要な事だと思うわ。この場合はブリトニーかしら? まずもって領民や交友のあるお貴族さまに名前を覚えてもらいやすいし、同時に親しみも感じられますものね」

「そうですわね。あなたがわたしの事をマリアと呼んでくださる様に、特別親しいものにだけブリトニーと呼ばれるなんてのは、高貴な身の上になればなるほど貴重な事ですのよ。ですから、はじめから愛称で呼ばれやすい配慮をしておく事も親の務め」

「ふむふむ。じゃあもう一度、俺からアレクサンドロシアちゃんにベイビー名前をこれで提案してみるか」


 どうせ領主奥さんが自分で付けると言い出しているし、駄目元だ。


「アレクサンドロシア卿があなたに名前を付けさせようとこだわったのも、あなたが女神様の聖使徒だと認識しているからだものね、女神様の祝福を受けて恥ずかしくない名前を彼女なりに模索していたのよ」


 ちなみに俺がアレクサンドロシアちゃんを連想させる名前として密かに用意していたものは次の通り。

 彼女の別の呼び方になるイスカンダリア乃至イスカンドロシア、それからヘラクレシアとかもあったが言わなくてよかった。

 いくつも麻紙のメモに書き込んだ候補名を見てみると、酷いものもあった。

 アツカンドロシアって何だよ。熱燗かよ。自分でも頭がどうかしていたとしか思えないぜ……


「せっかくだから、あたしが騎士修道会としてこれはいかに優秀な候補名であるか一筆したためようかしら?」

「ぜひそうしてくれ、ついでに書記官が持っている様な高貴な身の上のサイン集みたいなのが書籍であったろう。ほら関所で商人や外交使節の通行の時にチェックするヤツ」

「あれでしたらモエキーさんがお持ちになっておりますのよ。主計官ですので、ゴルゴライを出入りする商人や施設、本土や辺境諸侯の紋章やサインが記載されている分厚いものですわ。それがどうされましたの?」


 俺としては領主奥さんの貴族軍人時代の同期に、不幸なお亡くなり方したひとがいないのかチェックするのに使いたい。

 その旨を伝えたところで次の食事が運び込まれてきたのである。

 皿に盛られた腸詰めのひき肉をボイルして、軽くキャベツ漬けと一緒に炒めたものらしい。何とも言えない食欲をそそる匂いに、俺はニコニコ顔になった。


「俺は馴染みのない異世界料理の中でも、このシンプルでありながらも肉汁の濃密なソーセージが大好きだ。ところで腸詰めのひき肉という事は、イブ・セイマス・ズィさんがこれを?」

「ああそうともよ。わしの身内に作らせてゴルゴライさまに寄贈させていただいたものだ」

「きみたちの一族郎党を雇う様にと、領主奥さんに推薦したは間違いではなかったな」


 ゴルゴライさまとは領主奥さんの愛称みたいなもんだ。

 もうこのイブ・セイマスさんのありがた味は、腸詰めひき肉ひとつをとっても非常に感じられる。

 今はニシカさんの部下として動き回っている、サラマンダーに乗ったオーク騎士さまの郎党だが、料理をしたり警備をやったりと大活躍である。


 そこでふと思ったのだが、イブ・セイマス・ズィと言う名前はこの場合どれに当たるのか。 不思議な長い名前であるところをみると、この豚面の猿人間も魔法使いの名門なのだろうか。


「わしの名前ですか? これは全部で名前ですぜ、区切って読むのがオーク族風の読み方だからそうしているだけで」


 特に意味はないそうだ。

 何だ、熊面の猿人間みたいに動物を使役する特別な魔法でも使って、サラマンダーを騎乗用に育てているのかと思ったが違ったらしい。


「ちなみに嫁さんの名前はアン・タチャ・ブルだ」

「なるほど下がっていいよ。この腸詰はとても美味しかった」

「そりゃどうも……」


 チリンチリンと食堂の方から鈴の音が鳴ったところを見ると、何かの要件が当直中の警備チームに発生したらしい。俺はありがとうとイブ・セイマスさんを下がらせた。

 ますます異世界風のネーミングの深淵を覗き込んだ気分になったが、まあそこは置いておく。

 今は夕飯を楽しんで気持ちもリフレッシュする方が最優先だ。これからアレクサンドロシアちゃんにもう一度お話をしに行かなくちゃいけないからね。

 カブリ、カブリと音を立てながら俺たちは腸詰のひき肉を味わいつつ、高級ぶどう酒を楽しんで


「イブさんの一族はゴルゴライ詰めになるのか、サルワタ詰めになるのか、どっちだろう」

「わからないわね。冬のゴルゴライを預かる事になるのはあたしたち騎士修道会という事だけれども、それだといざという時に頼りになる戦力は、冬場であっても残しておいてもらいたいものだわ」

「そうですの。わたしも冬場は人質としてサルワタに向かう必要があると聞いておりますし、その方が総指揮官として安心できるというものですのよ」


 などと奥さんたちと話し込んでいると、豚面の雇われ騎士爵さまと入れ違いに別の人間がひょっこり執務室に顔を出すではないか。

 酒の匂いに肴の匂いとくれば、もちろん姿を現したのは赤鼻のニシカさんである。


「おうはじめてるな! オレ様も今日は当直の警備責任者だから相伴させろよな。おお、オッペンハーゲンの上等なぶどう酒か、こいつは俺も大好きだ。シューター、注いでおくれよ」


 ニコニコ顔のニシカさんは、何やら書類の束を応接セットのテーブルに放り出すと俺の酒杯を奪い取って注げとお命じになる。

 仕方がないので高級ぶどう酒の瓶を傾けると、今度は俺がフォークに指していた腸詰のひき肉をご所望だ。

 黙ってアーンをしているから大人しくそれを口元まで運ぶと、元気よくこんな返事をする。


「美味い!」

「あら。ニシカさんその帳簿は何かしら?」

「あンこれかよ? そいつはモエモエのヤツが相棒に渡してくれと言っていた紋章名簿なんたら一覧だそうだぜ。ゴルゴライに出入りしているお貴族さまと商人どもの署名を転写したモンで、ウチにはこれと予備の二個しかないらしいから、無くしたら困るかもだそうだぜ?」

「そりゃそうかも、だな……」


 こんなもの何に使うんだ? と、ムシャムシャとやりながらニシカさんが雁木マリの質問に応じる。

 マリはテーブルに置かれたそれを手に取って、ペラペラと帳簿の中身をめくって「あたしやシューターの署名もあるわよ」なんて口にしている。

 隣に座ったツンデレのマリアちゃんも覗き込んで「あら、わたしのものもありますのよ」なんて言っているから、本当に関係者全員の署名や紋章が記載されているらしい。


 ところで気になったのは、ニシカさんのいつもの黄ばんだブラウスの胸元から飛び出している巻物である。

 ひとの酒杯でグビグビやって当初の目的はこれを届けに来た事なんじゃないか。そんな風に俺が思いながら胸元のそれに手を伸ばすと、


「そういう事は当直が明けてからにしておくれよ。明日はオレ様の番だから存分にな。ん?」

「違うんだ聞いてくれそうじゃなくて?!」


 ピシャリとその手を叩かれて、途端に胡乱な視線を三人から向けられたものだから俺は狼狽した。


「明日の夜はあたしの順番だわ。いくらふたりが古い付き合いだからって何事も順番を守らないのは感心しないわよニシカさん?」

「そうですのよ! わたしなんて、ただでさえ一緒に過ごす時間が他の義姉妹よりも少ないと申しますのにっ」

「それはあなたが抜け駆けを二度もしたからだわ。昼間はともかくとして、夜は決められたルールで順番を守るべきよ」


 向かいのソファに座った奥さんふたりが口論をはじめたところで、俺は改めて爆乳の谷間で揺れる巻物を注力した。


「それを俺に渡しに顔を出したんじゃないんですかねえ……」

「ああすまねえ、そうだった。これがお前ぇさん宛に届い居たらしいが、この辺りじゃ見た事がねえ家紋だとモエキーが言っていたんだよ。ちょうど紋章名簿なんたら一覧で中身を確認していたんだった」

「拝見しましょう」


 ニシカさんが忘れてたとばかり巻物を俺に手渡してくれると、視界の端で口論をしていたふたりの奥さんがこちらに注目したのがわかる。

 確かに見た事が無い家紋の蝋封がなされており、羊皮紙の触り心地もかなり上等なものだとわかる。羊皮紙が特産のスルーヌのものよりも圧倒的にいいものだ。

 ニシカさんが差し出してくれたナイフで封を解くと、そこには達筆すぎてまるで読めない文字がツラツラと書かれているではないか。

 また視界の端で、マリアちゃんが極度の緊張をしているのが見えた。ん?


「ちなみに持ってきたのはオッペンハーゲンのクロニャンコ野郎だぜ。本領からの船便に、そいつが本土のお貴族さまから預けられたって話だったが。どこの高貴なお方なんだ?」


 いやわかりませんねえ、などと信書の中身を改めて確認したところ……

 オルヴィアンヌ王国宮廷伯より、サルワタ貴族たるシューター卿に告ぐ。書簡の中身はこんな風に書き出されていたのである。

 宮廷伯。はて、どこか身近な場所で聞いた事があるお貴族さまの爵位だ。


「……そ、その紋章はわたしの実家であるアウグスブルゴ宮廷伯領のものですのよ」


 という事は、これマリアちゃんのお父さんからの手紙?!


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