350 決死隊のみなさんで砦に侵入します 3
砦の敷地内に入り込むと、俺たちは周辺警戒を怠らない様にしつつ物見やぐらの直下を目指す。
そこから螺旋状の階段がある事を確認し、無音でニシカさんがやぐらの監視台に兵士が立哨している事を確認してくれた。
「外の雪はかなり酷い有様でしたけれど、それでもちゃんと兵士が警備についてるんですね閣下……」
「籠城する軍勢は士気が極端に低下するというからな、脱走兵がでない様にちゃんと見張りを立てているのかもしれない」
周辺を包囲しているギムル軍だけでなく、収容した難民や立て籠もる兵士たちにも気配りしないといけないのが籠城する軍勢の大変なところである。
螺旋階段を伝って階下を目指し、木製の扉を開いてみればそこは中庭に通じていた。
風魔法以外で唯一使う事の出来る発光魔法を消して見せたニシカさんが、姿勢を低くしながらまず外に飛び出した。
続いて俺が短剣の位置をしっかりと確認しつつ飛び出し、女魔法使いに後方警戒中のけもみみが飛び出す。
城壁に囲まれた砦内の中庭は風が幾らかマシな様で視界確保が容易だった。
「あんまりデカい声を出すんじゃねえぞ。風が弱いと声の通りが良くなる」
「了解です。とりあえず自白剤ポーションを流し込むために井戸の位置と、俺たちが隠れ潜んでやり過ごせる場所がどこかにないか、探した方がよさげですね」
「井戸は中庭のどこかにあるはずですけど、この天候だから水が凍っているかもしれませんね閣下」
「お城の構造とおんなじ感じなら、生活用水に利用する井戸が建物の中にもあるかもしれないよシューターさん。それに地下水はわりと暖かいから凍っていないかもしれないよ」
口々に小声で意見交換した俺たちは、中庭の植え込みを遮蔽物に利用しながら近くの建物を探った。
内部には幾つかの倉庫の様な建物の連なりと、それから居館というには武骨すぎる大きな建物がある事が確認できた。
倉庫は急ごしらえの屋根付き廊下で繋がれていたが、それぞれの倉庫前を行ったり来たりする兵士がここからも確認する事ができる。
「……殺りますか閣下?」
「いや、あんまり殺しすぎるとオレたちの侵入がバレてしまうかもしれないぜ。おいけもみみ、オレと手分けして周辺の様子を探るぜ。いいな?」
「わかったよ」
護符を取り出そうと懐内に手を入れた女魔法使いの物騒な提案に、素早くニシカさんが否定してけもみみと動き出す。
背中を丸めた低い姿勢で、ニシカさんとけもみみが左右に散っていった。
俺たちはその場所から植え込みに移動すると、ふたりの奥さんがそれぞれの建物影に消えるまで、じっとその姿を見送る。
女魔法使いはいつでも魔法射撃で支援が可能な様に姿勢を維持し、俺は他の場所に人影がいないかをしっかりと探る。
そうしているうちに武骨な居館の前で何やら争い事をしている姿が俺たちの眼に飛び込んできたのである。
「ありゃ何をやっているんだ一体」
「言い争いですね」
見りゃわかるよそんな事は!
ちょうどけもみみ奥さんが移動していった方向だったので、彼女が発見されたのかと一瞬ヒヤリとしたけれども、そうではなかったらしい。
単純にイジリーの砦に収容されていた難民同士が身振り手振り大きく体を動かしながら苦情めいたものを籠城する黄色マントへぶつけている様子だった。
「あれはブルカさまの配下ですね。籠城にはイジリー村の領軍だけでなく、ブルカ軍の残党も結構な数加わったという事かな」
「ひいふうみいよ、五人の黄色マントか。何やら居館の入り口で押し問答といった感じだぜ。寒いから中に入れてくれとでも言っているのかな」
「大方そんな感じでしょうけど、途切れ途切れでしか聞こえてきませんね。もう少し近づきますか?」
「いや、やめておこう。勝手に動いてふたりが戻って来た時に困らせると不味い」
しばらく領民と黄色マントたちの口論は続いていたみたいだが、そのうちにすごい剣幕で兵士が剣を抜いたタイミングで、領民たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していった。
向かう先は居館の向こう側にある別の建物である。どうやら兵士の宿舎か何かの目的で作られたものらしい。
構造が数日前までお世話になっていた山小屋に似ているので、もしかするとあの森の周辺にあった山小屋はイジリー領主のシャグニコルチンが周辺領主へ設計図を差し出したのかも知れないね。
「山小屋の中は比較的暖かかったとは思うけど、それは薪を遠慮なく燃やし続けていたからそうだったというだけだしな。何日も籠城するとなると、薪も節約する必要があるだろう」
「世知辛い世の中ですね閣下。おちんぎんが無ければ生きていけないし、おちんぎんがあっても立て籠もっているのなら薪のひとつも買えません」
馬鹿みたいな事を身を寄せ合って寒さをしのぎながら言っていたところ、けもみみとは反対方向に斥候へ出ていたニシカさんが、低い姿勢のままこちらに戻ってくるのが見えた。
相変わらず倉庫前の屋根付き廊下を行き来している兵士は、その事に気づいていないらしい。寒くてじっとしていられないのか、背中を揺すりながら地面ばかりを見ているからだ。
「あっちは倉庫が四棟と、それから見張りの兵士が数名いるだけだぜ。けど警備はザルだな。倉庫のひとつは完全に居住区格になっていて、避難民の生活空間代わりに使っているらしい」
「そりゃ寒いはずだ。さっき居館の前で避難民のみなさんが抗議しているのを見ましたよ」
ニシカさんに先ほどの状況説明しようと指をさし締めると、どうやらその状況は把握していたらしい。
「だろうなあ。すごすご文句を言いながら引き返してきた奴さんたちを目撃したぜ」
「お、エルパコ奥さまが顔を出しましたよ。何か身振り手振りで合図を送っている様です……」
女魔法使いの言葉通り、ひょこりと居館の反対側から顔を出したけもみみだ。
けもみみをピンと立てた状態で手信号を送ってくるところをみると、こっちに来いと合図しているみたいだね。
ニシカさんがすぐにも周辺警戒をひとしきりしたところで、俺たちは指示に従って低い姿勢で移動しはじめる。兵士たちはあちこちに立ってはいるものの、寒さが極限だからか警備はまるでザルの様で、俺たちは気付かれずに移動する事ができた。
極限まで疲弊しているのか、まるで籠城軍は緊張感が伴っていないぜ。
雁木マリの指揮下にいる修道騎士がこの有様なら、間違いなく再教化の軍事訓練にブチ込まれるんじゃなかろうか。
「井戸を見つけたから石を投げこんでみたけど、水は凍っていなかったよ」
「了解だぜ。自白ポーションの中身は垂らし込んだのか。ん?」
「うん、全部入れたよ。地下水はたぶん砦内部の他の井戸と繋がっていると思うから、これで兵士たちはそのうち頭がおかしくなって女神様に贖罪する様になる事間違いなしだねっ」
けもみみの側まで駆け寄ると、ニシカさんの質問に彼女は自信満々にそう返事をしながら空のポーション瓶をふたつ見せてくれた。
まさか俺たち包囲陣がその自白剤の薬に当たらないだろうかと警戒したところだが、
「それは心配ないぜ。ギムル軍の連中は、川の水や雪を沸かして水分補給をしているからな。知らない土地の地下水を使うほど馬鹿じゃねえ」
ニシカさんによれば問題はないらしい。
ついでに自白ポーションを地下水に投下したからと言っても、それが周辺の村々に大きな影響を与える事がないというのが女魔法使いの見解だった。
村の各地にある集落も同じ水源から地下水を汲み上げている事は間違いないが、自白ポーションがある程度溶けて薄まれば、たいした問題も起きないだろうというわけだ。
「それじゃあ予定時刻になって表でベローチュが騒ぎ出すまで、どこかに身を潜めておかないといけませんね」
「倉庫の中に隠れていたんでは、たぶん中身を取り出しに来た時にバレちまう事になる。かといって難民どもの中にいたんじゃ、知らない顔がいるってんですぐに問題になるしな」
「居館の中に入ってしまえば、かえって居場所が見つかるかもしれませんねニシカ奥さま。詳細な居館の地図が無いのが悔やまれますけど、こればかりはしょうがないでしょう……」
女魔法使いはそんな言葉を口にしながら、板でできた跳ね窓を見上げて立ち上がった。
「閣下。ここのすぐ上に煙突が伸びているので、たぶん炊事場か風呂場の裏手でしょうね」
「軍事施設に風呂場があるとは思えないから、たぶん炊事場がある場所なんだろう。灰をかき出す窯はしばらく使われた形跡が無いな……」
「それなら中のみなさんは非常食ばかり口にして、炊事場は使っていないんですよ。好都合ですね!」
周囲に敵兵の警戒が見当たらない今のうちに、ここから中に入ろうという算段だ。
ニシカさんが腰後ろのマシェットに手を回しいつでも抜刀できる状態で警戒している中、女魔法使い跳ね窓の中の様子を伺おうと覗き込んだ。
どうやらけもみみは居館内部でも周辺にひとの気配がないのを確信して、女魔法使いの背中を叩きつつ中に入って問題ないと無言で合図した。
跳ね窓の高さはやや高い場所に位置しているので、俺が跳ね窓を持ち上げている間に女魔法使いが窓の取っ手に手を引っかけで、もぞもぞと中に入る。
女魔法使いならば身体能力も戦闘力もあるから、下手に敵と遭遇しても臨機応変に立ち回れるだろうと思っていたが敵には無事に遭遇せずに済んだらしい。
立て続けにニシカさんが跳ね窓を潜り、今度は俺が窓に飛び込んでけもみみが最後に侵入だ。
「案の定、埃っぽいところを見るとここの炊事場はしばらく放置されていたんだろうな」
「けど、干し芋の入った木箱と放置された玉ねぎの木箱が散乱しているよ」
「中身はほとんどカラだ空だし、玉ねぎは途中まで芽が伸びてるぜ……」
俺たちはそんなヒソヒソ声を交わしながら周辺を確認して、しばらくこの場所で身を潜めておく事に決めた。
空の木箱がいくつも置いてあるので、いざという時に隠れる場所になるしな。
それから炊事場の扉はボロいが重厚な扉でできていたので、いざという時にバリゲードとして少しは耐久力を期待できる。
そんな事を考えながら藁をかき集めて部屋の隅に固まろうとしていたところ。
ニシカさんが音もなくヒョイヒョイと炊事場の暗がりを移動すると、扉の前で聞き耳を立て始めるではないか。
「――また脱走を企てた人間が出たらしいぞ」
ニシカさんが俺にこっちへ来いと手招きをする。
音を立てない様に接近して、分厚い木の扉に耳を付けてみると、
「もう何日も飯をまともに食っていないから、気持ちはわかるが何処のドイツだ?」
「トウモロコシの粉ひきをやっていたッモヤシの野郎だ。村に怖い嫁さんを残してきたらしいが、気になってそれがしょうがないらしい」
「今朝方の奇襲攻撃ではかなりの犠牲が出たからな。利口なヤツはそのタイミングで上手い事逃げ出したらしいから運がいい。で、そいつはどうやってシャグニコルチンさまに見つかったんだ?」
くぐもった声に聞き耳を立ててみれば、脱走兵の話をしているのかな?
たぶんそいつは、けもみみ奥さんが砦の回廊で命を奪った警備兵に違いないぜ。
名前はッモヤシというらしい村から駆り出されたゴブリンの農民兵らしいね。
「それが姿が見えないらしい。砦の外を警備している最中にッモヤシの野郎が行方不明になったとか」
「もしかすると飛び降りで脱走したのかもしれないぜ。ッモヤシも上手く逃げ出したもんだ」
残念ながらそいつは嫁さんに会う事ができずにギムル軍の兵士によって死体処理されている事だろう。
異世界でもおっかない嫁さんと、魂が巡り合えます様に。
そんな祈りを心の中でささげながら、会話する扉の向こう側の声が遠ざかっていくのを静かに待つのだった。




