43 フリーター家に帰る 3
「いや、これは。わたしとした事が、壊れてしまいましたね?」
手元でバリンと壊れてしまったッヨイ式土器を前に、ルトバユスキ=ヌプチュセイ=ヌプチャカーンが言い訳をした。
かなり大混乱をしているらしく、みるみる奴隷商人の顔は青白くなっていった。
当然、背後に控えている冒険者たちも騒ぎ始める。
「壊れてしまいましたね、じゃねえだろ。その聖壺が幾らするかわかってるのか?! あ?」
ニシカさんの飛龍殺しの眼光が奴隷商人を射止めた。
当たり前だが、この恫喝はかなり効果があったらしく、一瞬でビクリと奴隷商人たちが縮み上がった。
「まあよ。これはお前にくれてやると言ったものだから、お前が壺を潰そうが何をしようがかまわねえ。しかし聖壺を潰してしまったというのはどういう事だ。ん?」
ゆっくりとソファから身を起こしたニシカさんが、目の前の奴隷商人を睨みつけながらそう言った。
すると待ってましたと言わんばかりに、雁木マリがずれたメガネを押し上げながら解説をはじめたのである。
「それは騎士修道会の名のもとに、職人が聖なる地の土で丹精込めて作り上げた免罪の壺よ。人間は生きているだけで何かしらの罪を背負うもの」
「人間は罪深いいきものですからねえ。ッヨイも今日、おねしょをしてしまいました」
「その通りよ。そんな人間の業を払い落とす事が出来るのが、この聖壺なの。女神様に許しを請う者のために、これは寄進をした人間を許した証として、この壺は与えられるの。あるいは関係の深い相手に、今回の様にプレゼントする事も世間では流行っているらしいわね?」
雁木マリとッヨイさまが相槌をうちながら場の空気をさらに悪くした。
いや。ッヨイさまのおねしょは、この際関係ありませんからね?
「つまりどういう事だってんだ? 許されるための聖壺が割れた、という事は女神様にこの男が許されなかったとでもいうのか? あははそいつは傑作だぜ!」
ニシカさんが手を叩いて大喜びをした。
わなわなと震えていた奴隷商人が、ボロボロと手元からッヨイ式土器の破片を取りこぼしながら俺たちを睨み付け来たではないか。
すると、先ほ雁木マリに対して警戒心をあらわにしていた冒険者のひとりが食ってかかった。
「こ、これはお前たちの罠だな! そこの女がくしゃみをした瞬間に壺が割れた。この片目の女がくしゃみの魔法を使ったんだ!!」
「何だ手前ぇ、オレ様に言いがかりをつけようってのか? 世の中にくしゃみで魔法を使う馬鹿がどこにいるんだ。ええ?」
「お、お前がいるじゃないか。どういうつもりでルトバユスキさんにこんな恥をかかせるんだ? さてはこの聖女たち騎士修道会の仕業だな!!」
「馬鹿言っちゃいけねえ。オレたちは、よかれと思ってこの壺を手土産にしたんだぜ? そんな事よりさっさと奴隷の譲渡契約をしてもらおうか」
「…………」
「別にオレは奴隷商人にくれてやった壺がどうなろうと、究極関係はねえからな。これ以上オレに絡んでくるなら、ぶち殺すぞ!」
鱗裂きのニシカさんが恐ろしい怒声を上げた。
冒険者のうち何人かは今にも斬りかからんと腰の剣に手を伸ばそうとしていたが、そのひと言でやめてしまった。
奴隷商人を見やると、どういうわけか高価な絹か何かのズボンのお股がテントを貼っていた。
雁木マリの興奮促進に効果があるというポーションが、効果てき面に効果を発揮していたらしい。
それを見たニシカさんはなおもゲラゲラと笑って手を叩いている。
「じ、譲渡契約の書類を用意しろ」
「しかしルトバユルキさま、これは絶対に修道会の……」
「いいから早くしろ!」
「は、はい」
「ではしばしお時間を。ッヨイハディさま、ニシカさま……」
相当に恨みのこもった視線を俺たちに向けながら、奴隷商人はテントの張ったズボンのまま立ち上がって退出した。
アレの興奮促進ポーションはやり過ぎという気もしないではないが、こんなシリアスシーンでフル勃起とか、相当の屈辱を与えられただろうね、名前の長い奴隷商人は。
◆
「予想通り連中、つけてきたぜ」
奴隷商館を出てしばらくした後、そう言ったのは村一番の猟師であるニシカさんだった。
背後にも目が付いている様に、裏路地を歩きながらそんな事を言ったのだ。
ここは確か、俺が奴隷堕ちした時にガラの悪いチンピラ冒険者に絡まれた場所でもある。
昼間だというのにかび臭い雰囲気が漂っていて、表通りからの死角も大きい。
時間が陽の射している頃合いというのもあって、酩酊した酌取り女や酔客の姿は見当たらなかった。
これらはすべて、奴隷商館に向かう途中で俺たちが話し合っていた予定通りの結果である。
あえて襲われやすい様に俺とニシカさん、ようじょと雁木マリは分かれて行動する事にしたのだ。
実際のところは雁木マリたちが、いったん表通りに出てから様子を見て駆けつける。俺たちは何食わぬ顔をして裏路地を宿屋に向かう、そういう寸法だ。
奴隷の権利がニシカさんに委譲したのだから、ニシカさんが泊っている喜びの唄亭に向かったところで、何らおかしい事はないのだ。
ついでに雁木マリが、近くの礼拝所に詰めている騎士修道会の修道騎士を呼びに向かっているので、上手くすれば美味い仕上がりに堕ちるというわけである。
「どうします。あえて囲まれる場所に移動して暴れますか」
「いいんじゃねえか? お前は村一番の戦士だからな、対人戦はお手の物だろう?」
「いやぁ俺、ひとを斬った事はないんですよね」
「シューターなら剣を抜かなくてもあいつらぐらい制圧出来るだろう」
「無茶をお言いなさる」
俺としては、以前に油断してチンピラ冒険者どもにボコられた経験があるので、ちょっとビビっているのは確かだった。
あの時は油断していたつもりもないのに、一瞬だけ視線を外した瞬間にアゴを打ち抜かれたからな。
今回は絶対にそういう事が無い様にしなければならない。
まあ、今回は完全に向こうが襲ってくる事がわかりきっているので、そういう意味では覚悟が違う。
「おいでなすったな」
「じゃあまあ、短剣の鞘でお仕置きをしてやる事にします……」
頭の後ろで腕を組んでいたニシカさんがそれを解いた瞬間、ぶるりんと巨乳を揺らした。
俺は白刃で相手を傷付ける気はないが、ニシカさんの方は容赦するつもりがないのだろうか。山刀を無造作に抜いて、周囲を見回す様に咆えた。
「隠れてないで出てきたらどうだ? 猟師のオレにそういう素人の尾行は無意味だぜ」
マシェットをクルリと器用に手で回して見せたニシカさんが、背後を振り返りながらそう言った。
振り向くとそこには数人の冒険者の姿が、そして前面にも人相の悪い連中が行く手を阻む。
「貴様ら、ルトバユスキさまをコケにした落とし前をつけてもらおうか」
「後悔させてやるぜ。長耳の巨乳は奴隷堕ち、男は殺しても構わんそうだ。やってしまえ」
まるで悪人のテンプレみたいな事を口にしたのは、いつだったか俺のアゴを殴り飛ばした張本人だった。
先ほどは姿を見せていなかったので、別の場所か奥で待機していたんだろう。
「は、よく言うぜ。お前には借りがあるんだ。せいぜいぶちのめしてやる!」
「なんだと、やれ!」
俺が言い返してやると、顔を真っ赤にした丸坊主の冒険者が抜剣した。
同時に俺は踏み込む。
そんな呑気な調子じゃ、殺すなんて事は出来ないぜ!
むかし俺はスポーツチャンバラの地区大会で優勝した翌年、一回戦敗退をしたことがある。
相手は初心者で、以前に格闘技経験はあったらしいが体のつくりが甘そうな相手だったので油断していた。
だが、そいつは日本拳法をかじっている男だったのである。
日拳の連中はとにかく飛び込んでくる。体当たりでもかますんじゃないかというぐらい、前傾姿勢丸出しの獰猛な戦い方をするという印象が俺の中にはあった。
向き合って礼をし、試合が始まればいの一番に相手の懐に飛び込む。
その時の俺などは余裕をぶっこいて、試合が始まればまず距離を取ろうなんて甘ちゃんな考えを持っていた。
ところが、試合がはじまった瞬間に距離を詰められてしまったのだ。
戦う態勢にない選手は簡単に一本を取られてしまう。
そして俺は開始数秒もたたずして負けてしまった。
今がまるでその時と同じだった。
短剣を抜いた俺が左手に鞘だけで突きをかましてやったら、見事にぐさりと首にそれが飛び込んだ。
力は入れていない。相手が油断している状態で首に突きを刺し込んだら死んでしまうからな。
かるーく小突く程度に首に刺し込んだだけで、丸坊主は戦闘能力を喪失した。
こいつはちょっと徒手格闘が出来るというので、自分に自信があって油断したのだろう。
もうひとりの相手は「この野郎!」とか通り一遍な言葉を口にした。
「遅い!」
まるで素人の動きだ。
よくもまあ、こんなへなちょこ動作で冒険者がつとまるもんだ。
俺は斬りつけて来た冒険者の一撃を鞘で受け流してやり、そのまま胴にビシリと一撃を加えてやる。
脇腹ではなく、攻撃対象は脇そのものだ。鍛えられない場所を叩くのは基本中の基本だ。
しかし俺は俺でビビった。
鞘で受け流した瞬間に、俺が想像していたよりも鞘すべりしやがって、あやうく手を斬られそうになった。
やはり鍔がないと手を守るのは難しいぜ。
どう、とか変な声を出して苦しんだ男を、それこそ顔面に拳をぶち込んでやる。
そのまま倒れた男は放置して「野郎ぶっ殺してやる!」などと口にしていた残りのふたりに対峙した。
ビビっているのか、完全に腰が引けた状態で白刃を差し出して揺らしているだけである。
バシンと鞘で剣を弾いてから、俺はそのうちのひとりに肩ごと体当たりをかましてやった。
そのまま壁に叩き付ける。
もうひとりが何事か悲鳴めいた事を叫びながら斬りかかって来たのを避けると、そいつは剣を路地裏の壁にしたたかに叩きつけやがった。
かわいそうなのでそいつの後頭部の髪を掴んだ俺は五、六度ほど壁に叩き込んでやった。
これで刃こぼれしてしまう剣の気持ちがわかるだろう。
俺の担当するチンピラどもは、カタがついた。
さてニシカさんである。
実は俺、ニシカさんが人間を相手にどんな風に戦うのかとても興味があった。
ワイバーンだろうが簡単に射殺してしまう女傑だから、チンピラなどは赤子の手をひねる様なもんだろう。
そう思っていた時期が俺にもありました。
振り返ると、そこには黄色い蛮族エルフが風の魔法で竜巻を起こしていた。
「あははシューター見ろよ、ひとが紙切れみたいだぜ!」
ウィンドカッターとでも言うのだろうか、冒険者どもの服をズタズタに切り裂く風の魔法で、どいつもこいつも全裸にされていた。
これではニシカさんに攻撃を仕掛ける場合ではない。
「ひえええ、やめてください。何でもしますから!」
「うるせえ四の五の言わずに掛かって来いよオラァ!」
これはひどい。
チンピラ冒険者よりたちが悪い。
鱗裂きのニシカさんは風の魔法を解くと、ズタボロになった全裸冒険者たちを相手にマシェットの峰でボッコボコに打ち据えはじめた。
「黄色は蛮族、と……」
「蛮族じゃねぇ! これは恨み骨髄だろうシューターのためにやったんだからな、正統な仇討だからな!!」
蛮族のニシカさんは爆乳を揺らしながら慌ててそれを否定した。
異世界に転生したら村八分にれさた は、本日でまる1ヶ月の連日更新をする事が出来ました。
これもひとえに読者さまあっての事です!
1500ブクマとあわせて御礼もうしあげます!!




