349 決死隊のみなさんで砦に侵入します 1
酒宴を開き挑発を繰り返し、イジリー砦に引きこもったシャグニコルチンをおびき寄せるこの作戦は、初日から思わぬ夜襲攻撃を受けて大失敗に終わった。
「こうなってくると次の一手を早急に考えないといけなくなったわけだが、何かみなさんの中で良案ありませんでしょうかね」
場所はイジリー包囲網の幕舎での事だ。
昨夜の奇襲で台無しになってしまった天幕の寝所にほど近い場所だったが、こちらは今日になって予備のテントを広げたもので、隙間風が大変酷い。
中央で薪を焚ける設計になっている、ミノウタウロスの持ち込んだものでなければ寒さでソープ嬢が凍え死んでしまったのではないかと思うほどだった。
「ご主人さま、本来ならば連日の酒宴騒ぎで、怒りと疲弊の溜まった状態のシャグニコルチン率いる残党と戦う事を予定しておりました。すでにこの作戦は前提条件が崩れてしまったので、守将のシャグニコルチンも同じ策に乗ってくる事はないでしょう」
「ベローチュの言う通りだな。相手も馬鹿ではないだろうから、二度と同じ手に乗るとは思えない」
「攻城戦で力攻めは愚策と言いますし、この際は早期解決を目指してゴルゴライより養女さまのご出馬を願うのか、あるいはこちらもイジリー砦に対して奇襲を企てるというふたつの策が考えられます」
ふたつの策か。
ベローチュが素早く提案してくれた内容に対して俺は吟味した。
すでに昨夜の戦いの後にシャブリン修道院まで後退したギムルに代わって、この場の前線指揮を預かっているのは俺である。
本来ならばギムル軍の参謀役だったエクセルパークさんがその任務に相応しいのだが、彼もまた大量に血を失って今は安静にしておく必要がある。
隣の天幕で横になっている彼が回復した時に、いい形でギムルに指揮権を委譲できる様に策を講じておく必要があるのだ。
「だがその前に、砦の連中が外部と連絡を取れる手段があったという事実は見逃せないぜ相棒。昼間は巡回もあるから問題ねぇが、夜は実際にツジンの似非坊主どもと連携していたからこそ、あの奇襲攻撃があったわけだろう
「ま、まったくその通りだ」
「敵も必死だからな。手負いの猛獣ほど手に負えねえものはないと言うし、夜間の巡回を強化しておく必要があるぜ」
「ニシカさんの言う通りだねシューターさん。砦の敵には、助かるかもしれないという希望なんて、ひと欠片も与えてやる必要なんてないんだ」
ニシカさんに続いて、けもみみ奥さんまでが言葉を連ねて賛同の意を示した。
それでは具体的に何か考えがあるのかとニシカさんに聞いてみると、
「イジリーの村から猟犬を摘発して適当に夜中に吠えさせておけばいいのよ。そうすれば伝令はビビってルートを探すのに苦労するだろうぜ。けどそれよりな、」
俺の隣に座っていたニシカさんは、ズイと身を寄せてこんな提案をしてきたのである。
「連中があの砦から抜け出して外と連絡を取り合っていたぐらいだ、オレたちがあべこべに侵入して、城を攻め落とすのはわけないぜ」
「できるんですかそんな事が!?」
「ああ可能だ。なあ、けもみみ」
「うん、簡単な事だい」
できちゃうんですか。簡単に……
あっけらかんとニシカさんとエルパコが顔を互いに見合わせるものだから、俺は絶句した。
と同時に嫌な予感がしたのも事実である。
「オレとけもみみとシューターだろ? 三人で内部に入って暴れまわれば簡単に砦の連中は大混乱になる。後は砦の門を開いて外の軍勢を引き入れれば砦は陥落だ。な、簡単だろ?」
「簡単に言わないでくださいっ!」
やっぱりニシカさんの計画に従えば俺が潜入工作に参加するのかよ!
ハイエナ獣人という以前に人間離れした跳躍力を持ったけもみみならば可能だろう。
ニシカさんも彼女が黄色い蛮族だからなのか、このぐらいの事はわけもないと豪語してみせる。
しかし俺は無理だ。
三十路の坂をのぼりはじめて体は若い頃の様に身軽だとは言い切れないし、特殊部隊の出身でもあるまいに潜伏工作なんてできるはずがないっ。
「ご主人さまはむかし、ロープを使って危ない橋を何度も渡ったと夜伽話に教えてくださいましたね」
「うん。断崖絶壁から転がり落ちたり、騎馬や馬車に引き飛ばされた事もあるって聞いた事があるよね」
それはスタントなのスタント、お約束と練習を何度も重ねたから安全だったの!
「そうだぜ。失敗すれば危険だが、成功すればそれは安全ってわけだ。過去に相棒がちゃんと成功していたのなら安全だった証拠だな。よしそれでいこうぜシューター、なあおい?」
なあおいじゃねえよ。
バシバシと俺の背中を叩くたびにニシカさんのたわわなお胸が暴れまわった。
男装の麗人は「さすがご主人さま、英断です」とわけのわからない事を口にしているし、女魔法使いは「護符を重ねると効力倍増になるのなら、次から決め射ちは重ねて使おう」とまった別の話題を口にしている。
寒くて青白い顔をしたソープ嬢だけは薪に手をかざしながら俺を気遣ってくれた。
同情してくれる奥さん、いいね!
「シューターさん、無策に砦の中へ侵入するのは感心しないぞ。砦の中では味方の援護が望めない、やはりガンギマリー卿が持っていた様なポーションの類で身体を強化した上で、内部に入った方がいい」
「そっちの心配かよ?!」
「そうだね。どうせ侵入するんだったら、敵の糧食の中に毒とかよくないポーションとかを混ぜ込んで、混乱を誘った方がいいかもしれないね。例えば井戸に自白強要に使うポーションの原液を流し込むのがぼくはいいと思うんだ」
とんでもない事を言い出したエルパコは、ピコリと頭上のけもみみを動かして立ち上がると「すぐにスウィンドウさんに用意してもらってくるよ!」と飛び出していったではないか。
「お、俺としてはッヨイさまにゴルゴライから救援に来てもらって、女魔法使いと協力しながら砦の門を破壊してもらおうと思ってたんだけどね……」
「そんなまどろっこしい事をやっていたら冬が終わってしまうぜシューター。俺の勘だと食料不足のくせに夜中に明け方活動をしたもんだから、今夜あたり砦の連中は疲れ切っているはずだからな」
狙うならこのチャンスを逃さない事だぜ。
いつになく真剣な眼差しでニシカさんがそう言うもんだから、俺は反論する事ができなかった。
「だ、誰か俺にも筋力強化のポーションを貰ってきてくれるかな。いやそれじゃ駄目だ、筋肉は重たくなる。背中に翼が生えるポーションを持ってきてくれ!!」
◆
栄養状態の悪い人間は極端に視力が低下するらしい。
俗に鳥目と呼ばれるもので、後天的な理由に起因する場合はビタミンAの欠乏が理由に挙げられる。
主に緑黄色野菜や肉類、卵黄などから接種する事ができるそうだが、これらは籠城を強いられているイジリー砦の軍勢にとって、もっとも入手する事が難しい食料源のはずだ。
「肉は確かに干し肉にして貯蔵されているだろうけどな。内臓はすぐに腐ってしまうし保存がしにくいから、まずもって不足しがちだろう」
「それから野菜は乾燥させたものがある限りです。特に冬場になるとただでさえ青野菜は手に入れにくいですからね。ご主人さまの仰る事が事実なら、それらの栄養源が不足している事は間違いないでしょう」
砦への侵入に備えて準備を行っていた間、口々にニシカさんや男装の麗人が俺の意見に賛同をしてくれた。
相手が栄養不足で視力が極端に低下している状態ならば、これほどありがたい事はない。
「だがそんなに簡単に栄養不足で夜間視力の低下が進行するのか知らないけれどね」
「ただでさえ栄養不足の状態で冬を迎えたのですから、ここで最低限の栄養が足りなくなったとなれば体も問題が発生するでしょう。少なくとも夜目が効かないとしても、まともな判断能力は失われていくとみて間違いありません」
「そうだぜ。そういう事はだったらいいなぐらいに考えておいて、しっかり事前準備をして潜入すればいいのよ」
不安を抱えていた俺に対して、そんなものは些末な事だと言わんばかりの男装の麗人にニシカさんである。
潜入工作は少しでも身軽な状態で行わなくてはならないので、持ち込む装備は防寒具こそ必須としても、武器はいつもの刃広の長剣ではなく短剣のみとなる。心もとないので二本ざしで向かうが、防具の類もかさばり擦れて音が出るので装備不可能だ。
それから井戸の中に投げ込むという自白用ポーションの瓶をけもみみが懐に隠し持っている。
砦の中にある井戸にまき散らしておけば、それを呑んだ人間が発狂しはじめるかもしれないという寸法である。
敵に対して相変わらず容赦のないけもみみ奥さんだが、味方にいればこれほど頼りになる存在もないだろう。
「段取りはこうだぜ。夜中のうちに砦に侵入して井戸にポーションを流し込む、そのタイミングで黒いのが砦の表で騒ぎを起こしてくれればいい。オレたちはさっさと隠れられる場所を探して潜伏完了、全員が薬の効果でおかしくなったところを、城門を開いて味方を引き入れる」
な、簡単だろう?
ニシカさんの説明はいかにも簡単な事の様に聞こえたけど、そんなわきゃあない。
支援のまるで無い敵の陣中でコソコソと活動をしなくちゃいけないし、失敗すれば袋叩きにあう事になる。
ポーションを井戸に流し込むのはいいけれど、そいつが効果を及ぼすまで砦の中で潜伏していなくちゃいけないのだ。
「砦の詳細な地図は存在しねえが、だいたいの構造は把握しているぜ。砦の四方に物見やぐらが設置されていて、一段高く周辺を見回せる。中央に建物があるらしい事はわかっているが、スウィンドウの旦那曰く、中は見えないのでたぶん倉庫だろうという話だ」
「それは何もわかってないのと一緒じゃないか?!」
「いやこれだけわかれば十分だぜ、砦の壁面のうち傾斜が付いているのが下半分、そこから上は垂直になっている。身軽な装備でも城壁に取りつくのは厄介だが、オレかけもみみならいけるだろう。そこからロープを垂らすので、シューターと女魔法使いが後に続け」
ニシカさんは、安っぽい麻紙に書かれた見取り地図を指示しながら俺に説明した。
聞けば、最初は俺とニシカさんとエルパコの三人で参加するはずだった潜伏作戦に、いつの間にか女魔法使いが参加する事になっているじゃないか。
「えっ、おちんぎんも頂けないのにわたしも参加するんですか?!」
「城内で暴れるならば派手な方がいいって黒いのと相談して決めたんだよ。シューターだって文句言ってないんだから決定だおら」
「そんな横暴ですよニシカ奥さまッ。ご褒美は何が貰えるんですか?」
「成功したらシューターをひと晩自由にできる権利をやろう。どうだ、オレさまの当番を譲ってやるって言ってるんだよ」
「え、そんなのいらない……」
女魔法使いは真底嫌そうな顔をした。
「ではマドゥーシャ、ご主人さまにお願いしてゴールデンへそピアスを特別に造ってもらいましょう。これならばいざという時に換金できるので安心ですね。ご褒美はこれで決定です」
「普通におちんぎん、おちんぎん下さいよう」
おちんぎん好きぃ。などと絶叫している女魔法使いの事は放逐されて、俺たちは夜が深くなるまで作業に戻った。
先ほどまでは天候が安定していたと思ったのに、天幕の外はバタバタと激しい音が聞こえだして強風が吹き荒れているらしい。
やがて陽が落ちる時間になればそれに雪が加わって、いよいよ視界不明瞭になったのだ。
「これなら砦の兵士が夜目の利くかどうかを心配する必要はないだろうなシューターさま。わたしにこの外で活動をしろというのは死刑宣告にも等しいが、女神様の祝福を受けたあなたならばできるだろう」
「手先が冷えると掴めるものも掴めなくなるからな。手袋はしっかりと装着して、指の感覚を失わない様にしておけよ相棒」
「ぼくがまず先に昇ってから、ニシカさんが続くのがいいかな?」
「おちんぎん、おちんぎん下さいよ閣下ぁ……」
貴重な魔法の砂時計が日付変更時刻を知らせる頃、今度は俺たちが鼠の親戚みたいな防寒具を身に着けてイジリー砦の中へ潜入する作戦を決行したのである。




