42 フリーター家に帰る 2(※ 挿絵あり)
「今日はこれから、どれぇの譲渡契約のためにどれぇ商人の館に行こうと思います!」
ようじょの家に集まった俺たちを見上げて、バジルを抱きかかえたッヨイさまがそう宣言した。
雁木マリはいつものノースリーブワンピに帯剣用のベルトを回しただけの軽装、それにロングブーツ姿。
鱗裂きのニシカさんはブラウスに革製のチョッキとホットパンツ、それからこちらも革タイツ。
ようじょはいつものフリルワンピに肩掛けポーチある。
俺はというと、俺は決して長くない奴隷生活の中でちゃんとチョッキを着てパンツを履き、腰にはオッサンドラソードを帯びているという成長ぶりだ。
全員がお揃いのポンチョを着ているのが、今までと違うところだろうか。
別にパーティー結成を記念して揃えたわけじゃないのだが、同じ店で買ったら必然的に同じ柄になったというだけの話である。
「どれぇの契約更新、譲渡契約などの手続きは、どれぇ商人が無償でやってくれる事になっています。これはブルカ辺境伯の名のもとにさだめられた、どれぇ商人の権利と義務の法度にもとづいているのです」
よくわからないが難しい街の決まり事を羊皮紙を片手に、ようじょがつらつらと読み上げた。
それによれば、奴隷に関する相談、契約等は奴隷商人側で無償サービスする事が条例で定められているという事だろう。
「なのでこの際お金はかからないのですが、どれぇ譲渡の契約書を作ってもらうので、お土産を持っていきます!」
だが、つつがなく契約などを通すためには、ある程度袖の下を渡しておくことは常識でもあるらしい。
しかし俺を騙してくれた相手にお土産だなどというのは、正直を言って腹立たしい限りだ。
すると、
「これが今回、どれぇ商人に持っていくお土産です」
バジルを床に置いてかわりに持ち上げた小箱を、ようじょは俺たちに見せてくれた。
雁木マリは特に何か反応をしないところを見ると、小箱の中身が何なのかを知っているのかもしれない。
よって、俺とニシカさんが顔を寄せ合って、小箱の中身を覗き込んだ。
「お、これはお高い壺というやつですか」
「その通りですどれぇ。以前どれぇが、どれぇ商人はお高い壺を集めるのが趣味だと言ってました!」
元気良くッヨイさまがそう言った。
はて俺はそんな事を言っただろうかと首をかしげていたが、確かに騙された経緯をしゃべった時にそんな愚痴を言ったかもしれない。
ただアレは、ただの手口を説明しただけである。
すると、雁木マリが意地の悪そうな笑みを口元に浮かべていた。
「その壺、ッヨイが土の魔法で作ったのよ」
「え、ッヨイさまが魔法で?」
つまりこれはッヨイ式土器というわけである。
中を覗き込んでみると、色々と文様が描き込まれていて、ちゃんと本物の壺みたいに見えるから不思議だ。
ついでに小箱の蓋の裏に、ちゃんと羊皮紙の鑑定書みたいなものが張り付けてあった。
「何て書いてあるんですかね?」
「ばっかオレに聞くな読めねぇよ」
俺たちが顔を見合わせていると、雁木マリが悪い笑みをますます歪めて説明した。
「それは騎士修道会の名義で作成した鑑定書よ」
「何と書いてあるんですかね」
「女神の聖壺ね、特に意味がある訳じゃないわ。王都のあたりで最近流行っている、免罪のための壺という触れ込みの壺ね。原材料が聖地の土を使っているのでありがたがっているのよ」
なるほど、聖地の土を使った壺か。
ッヨイさまが魔法でこれを作った訳か。
「これをつくるのはちょっと時間かかったのです。だからッヨイがおねしょしたのはしょうがないのです。本物にそっくりにするために、魔法陣の方程式を描き込んで再現したの――ああ、だめだよ触ったら!」
腰に手を当ててエッヘンしていたようじょが、さらりと昨夜のおねしょは悪くないと言ってのけた。
ついでにニシカさんが小箱から壺を取り出そうとしたところ、慌ててそれを制止した。
「んだよケチ臭ぇな。ちょっとぐらいいいだろう」
「それは簡単に壊れる様に細工がしてあるから、触っちゃダメなのよ」
「何でそんな面倒くさい事をするんだ。これは袖の下なんだろ?」
ニシカさんが説明を加えた雁木マリの方を向く。
確かにお土産で持っていくものが簡単に壊れたらまずいだろう。
けれども雁木マリがニヤニヤしている事を考えると、何かこいつは考えているに違いない。
「まさかお前、あの奴隷商人に一杯食わせるつもりなのか」
「騎士修道会と奴隷商人というのは、もともとライバル関係にあるのよ」
「というと?」
「騎士修道会は娼婦の取り仕切りを、国王によって独占的に認可されているのよ。つまり性病や避妊、不妊治療を手掛ける関係上、ね。ところが連中は裏で非認可の奴隷娼婦を売買しているからね」
「はああ、俺の契約更新にかこつけて、嫌がらせをするわけか。俺は嬉しいが、どうなっても知らんぞ?」
「文句があるなら騎士修道会が相手になるって言ってやればいいわ。もともとブルカ伯との話し合いで、修道会が取締りを実行するという話も上で出ているくらいだから」
いや、そいつは面白い。
「ちなみに、発案者はわたしだけど。ッヨイもノリノリで作ってたわよ」
魔法で壺を作ったところで、それはお高い壺にはならない。
魔法で作った壺が高級品になれば、それは錬金術だろう。
ようじょまでいよいよ口元に悪い笑みを浮かべていた。
「キュイキュイイイ!」
こら、バジルは騒ぐんじゃありません。
これは奴隷商人に渡したら壊れる予定なんだから、まだ壊しちゃいけません。
◆
むかし俺は、古道具の買取りを生業にしているとある人生の先輩のもとで、手伝いの仕事をしていた事がある。
古道具とは言っているが、いわゆるアンティークというやつである。
道具を家々を回って集めるのが仕事なのだが、先輩はいつも俺にこう教えてくれたものだ。
金持ちはモノに頓着をしない。
執着はしても頓着は決してしないのだと。
まだ三十路にもなっていなかった当時の俺は、その意味はさっぱりとわからなかった。
そもそも執着と頓着の意味が解らない。
ちなみに、執着とは深く思い込んで忘れられない事で、頓着というのは心にかけて気にする事をいうそうだ。
欲しいものが出来た時、とにかく欲しくてしょうがないので手に入れる。これが執着。
しかし時間がたつとある程度はモノを手に入れた事で満足し、それをどうするか気にはならない。これが頓着。
その上、金持ちというのは案外騙されやすい連中だと教えてくれたものだ。
古い屋敷の蔵に眠っている古物蒐集品の中には、けっこうな確率で贋物が含まれていた。
いいものだと聞かされて購入したまではいいが、それが本物かどうかまでは疑ってかかっていなかったらしい。
奴隷商人とうのがどれほど儲けているかは知らないが、一般市民階層よりは明らかにランクがひとつ上の連中だろう。
ちなみにこのお高い壺、割れると雁木マリが仕込んだポーションが揮発する細工がしてあるらしい。
「何のポーションが入っているんだ」
「興奮促進よ。アレの」
えっ?
雁木マリがしれっとそんな事を言った。
いや、ようじょ連れてるときにそれはまずいんじゃね?
◆
「これはこれは、ようこそ我が商会にお越しいくださいました」
「先日ぶりですねどれぇ商人」
「今日はまたどうされましたか? まさか先日の奴隷が何か粗相をして、他の奴隷と交換という話でしょうか。ええ、もちろんいい商品を取り揃えておりますので、いつでも交換可能です!」
揉み手をしながら登場したルトバユスキ=ヌプチュセイ=ヌプチャカーンは、ようじょをひと目見ると満面の笑みで近づいてきた。
俺はとても気分が悪くなったのでルトバユスキさんから視線を外す。
「そうじゃないのです。実はこのどれぇを知人の女性に譲ろうと思ったのです。お譲りするのがこちらの、鱗裂きのニシカさんだよ」
「おう、鱗裂きのニシカとはオレ様の事だ」
どこにいってもブレない自己紹介で、偉そうに腕組みしてニシカさんが言った。
ルトバユスキさんは困惑している。
彼が連れている取り巻きの冒険者たちは、ニシカさんの胸に釘づけらしい。
雁木マリはそれを見て嫌そうな顔をしていたが、まあおっぱいの魅力には叶わないよね。そんなマリにひとりだけ警戒した顔を向けている。
それにしても雁木マリ、冒険者界隈では評判が悪いのだろうか。
「これはどうも、う、うろこざきのニシカさま……」
「この奴隷をオレのものにする。譲渡契約書を作成してもらいたい。だがオレは字が読めねえ、そこでこの女を立ち会人に指名した」
そう言いながらニシカさんがアゴで雁木マリを差した。
「女神様の名のもとに厳粛かつ公正である事を確認するわ」
「おう。そういうわけだからちゃっちゃとやってくれ」
案内された豪華なソファにドカリと腰を下ろすニシカさんは、さっそくにもくつろぎはじめた。
ようじょと雁木マリも続いてソファに腰かけると、対面にルトバユスキさんも座る。
俺や冒険者はお互いの主人の背後に立つ格好だ。
「かしこまりました。それではッヨイさま、権利書をこちらに」
「これだよどれぇ商人。あとそれから、」
ッヨイさまは羊皮紙と、持ってきた小箱を一緒に差し出す。
「これは?」
「お前ぇが壺を集めるのが趣味だと聞いたんでな、譲渡契約の書類を作る謝礼にこいつを持参した」
「それはそれは、わざわざお気づかいを頂いて。中身はなんですかな?」
「タダの壺じゃねえぜ、聖地の土で作成された聖壺だぜ。オレ様とようじょからのキモチだ。キモチ」
「受け取ってくださいどれぇ商人」
中身はッヨイ式土器だが、ニシカさんが堂々とそんな事を言うものだからルトバユスキは感心した顔で小箱を受け取った。
「開けてみても?」
「好きにしろ。気に入ったらお前にくれてやる。」
「ほほう、鑑定書付きですか。ちゃんと王都の司祭さまの鑑定書名までございますな。どれどれ……」
どっかりとソファに背中を預けているニシカさんは、あくまで横柄だった。
もともと口の悪いところに自信家の女傑なので、ニシカさんがこういう態度を取ると、なかなか偉いひとっぽく見える。
これくらいの聖壺を用意出来る大物に見えなくもないかもしれない。
対して、身を乗り出したルトバユスキは壺を取り出してふんふんと観察をはじめた。
「やあ、これは素晴らしい輝きを感じますな。それに、確かに壺から僅かながら魔力を感じます」
「聖なる土で作られたものよ、当然だわ」
ようじょが魔法で作ったッヨイ式土器なんだから魔力を感じるのは当然だろう。
が、雁木マリが首ひとつだけ振って綺麗な姿勢のまま返事をしたので、ルトバユスキはなるほどとうなずき返した。
「いや素晴らしい。素晴らしいよい壺です。お高かったんでしょう?」
「そうだな、金貨十八枚といったところだろうか。安いもんだぜ」
無一文で街に出て来たくせにニシカさんは鼻をひくつかせながらそんな事を言った。
その瞬間、
「びえっくし! ああすまねぇ、くしゃみをしてしまった」
鱗裂きのニシカさんが年頃の女性らしからぬ盛大なくしゃみをして、その瞬間にルトバユスキの持っていた壺が粉砕された。
「えっ」
「あ~あ、やっちまったな!」




