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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第10章 冬籠りの辺境生活
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325 冬籠りと胎動 1

 ゴルゴライ領主館の屋根に薄っすらと雪化粧のされた様を見て、いよいよこの辺境が冬へと突入した事を俺たちは肌身に感じる。

 全裸を貴ぶ部族などと言われている俺だけれど、さすがに裸になるのは遠慮したい気分だ。

 せめてお風呂に入る時と、後は寝所で過ごす時ぐらいでいいかな?


「このファンタジー世界の人間は、みんな寝るときに裸になりたがるよね」

「……?」

「え、だってカサンドラはいつもそうしているじゃないか」


 ふと領主館の玄関口でそんな疑問を口にしたところ、その横に微笑をたたえて並んでいたカサンドラが不思議そうな顔をして小首をかしげた。

 俺の反対側に立っているタンヌダルクちゃんも、似たような顔をしている。

 何かおかしなことを口走ったかな……


 すると俺の背後に立っていたけもみみ奥さんのエルパコがこんな事を言う。


「それは全裸を貴ぶ部族の妻として、そうする事が大切だと義姉さんに言われたからだよ。旦那さまだけに恥をかかせるのは、ぼく妻としていけない事なんだ」

「?!」

「そうですよう。旦那さまばかりがお肌を晒して部屋の中にいたのでは、頭のおかしい学者と思われてしまうじゃないですかあ。だって街にいる全裸の人間と言えば、奴隷か頭のおかしい学者のひとだけなんでしょう?」

「?!!」

「ギムルさまからはその様に聞いております。実際にそうなのですってね、ベローチュさん」


 間違いの根源はギムルでした。


 俺たちが徴税官の旅に出る前に、ゴルゴライ戦線で占領地拡大の遠征に出ているハーレム大家族の義息子は、確かに「街で全裸なのは奴隷と頭のおかしい学者」ぐらいのものだと語っていたことがあるね。

 してみると同じ話をカサンドラにもした事があったのだろう。

 それがいつの事だかは知らないが、カサンドラとはイコール大正義の意味であり、大正義である以上は正妻奥さんの発言こそがルールなのである。


「はい奥さま方、奴隷はよほど寒い季節でない限りは全裸がデフォルトです。また頭のおかしい学者というのは、恐らく貧困な発想に囚われないためにありのままの姿で過ごしているのです」

「つまり頭のおかしい学者は本当は頭は大丈夫で、という事はシューターさんの頭もおかしくないんだね」

「旦那さまぁ、よかったですね?」


 うるさいよ!

 俺はポンチョに積もった雪をはたき落としながら心の中で抵抗した。

 みんな裸で寝るのが習慣かと思っていたら、ただ俺に恥をかかせないだけのために、寝所でも全裸で過ごしていたんだね。

 

     ◆


 領主館の中では暖房が焚かれているのだろうか、外気に比べるとかなり温もりを感じた。

 見知らぬ顔の使用人たちから貴人に対する礼を受けながら、俺たち家族はゾロゾロと廊下を進んだ。

 まず俺が先に歩き出し、カサンドラ、その後ろに続くタンヌダルクちゃん、エルパコ、そしてベローチュと蛇脚麗人のソープ嬢、最後にはクレメンスだ。

 いつまでも終わらない家族の列に、見知らぬ使用人たちは貴人に対する礼をしている最中に困惑の表情をしているのが見えた。


「ご、ご主人さまのというのはあの方であっているか」

「偉そうな顔をしているのだからそうだろう」

「それじゃ奥さまというのは後ろの方かな。何人いるんだいったい……。領主さまの夫は好色全裸だと聞いたから全員か?」

「それにしたってあの恐ろしい領主さまの夫がやりたい放題というのは……」

「リンドルの御台さまとか、聖少女さまもだろう。どうなっているんだこの全裸」

「全裸なのは俺たちの方だけどな。くっくっく」

「シッ声が大きいぜ」


 使用人たちは全裸かほぼ全裸だった。

 つまり奴隷か何かなんだろうという事は容易に想像がつく。

 という事はどこかから買われてきた奴隷だろうか。

 カラメルネーゼ商会の人間か、もしかするとラメエお嬢さまが貢納の一部として連れて来た人間かも知れないね。

 などと思っていると、食堂から鬼の形相をした当人が飛び出してくるじゃないか。


「旦那さまお帰りなさい! お前たち、全裸卿の御前であるから私語は慎みなさいなっ。誰が奥さんかなんて見ればわかるでしょう、全員全裸卿の奥さまに決まっているわ!」


 当然わたしもね、と言わんばかりにトンと無い胸を叩いて毛の生えた少女は言い切った。

 全員奥さんというフレーズに、何だかとても俺が残念な変態貴族みたいな気分になったのでガッカリだ。


「ラメエお嬢さま、このひとたちは……?」


 やはり奴隷なのだろうかと俺が質問をしたところ、


「村の食い詰め貧民を奴隷として預かって来たのよ。カラメル義姉さまにも、アレクサンドロシアさまにも奴隷は貴重な財産だと言われていたからねっ」

「そういう事なのですね。それであれば奴隷たちは自分の管轄下という事になります。男は労働、女は側仕えとしてしっかりと教育する事にしましょう」

「領主館で働かせているのは全部で十人ぐらいよベローチュ義姉さま。残りはカラメル義姉さまのご命令で、北に連れて行く事になっているわ」


 その件でアレクサンドロシアさまからもお話があるし、さっそくみんなで行きましょう。

 ラメエお嬢さまにそう促されて、俺はカサンドラと顔を見合わせながら女領主の執務室へと向かうのであった。

 最後にソープ嬢だけが、何やらモジモジとしている様である。


「いかがされましたかソープランジェリーナ奥さま」

「いやベローチュ義姉さん。義姉さんは義姉妹の上格なのだからその様に振舞ってくれるとありがたい」

「ではソープさん。何だか目上の方にこう言うのは恥ずかしいですね……」

「こう、急に室内に入って体が火照ると、どうもな」


 爬虫類の親戚の血筋が流れているからか、急激な気温の変化には敏感なのかもしれないね。


     ◆


「その方ら、大儀であったぞ! その様な場所で立つすくんでおらずともよい、こちらへ来てゆっくり休むがいいだろう」


 執務室へと顔を出してみればこの数日のうちに様変わりをしていた。

 かつては執務机と応接セット、それに女領主の生活空間には欠かせない安楽イスが置かれていたものだが、部屋の中には仕事道具が一切無くなって、豪華なベッドがひとつと応接セットがあるのだ。

 その部屋の主人たるアレクサンドロシアちゃんが、そこに横たわって片肘をついてこちらを見ているではないか。

 まるでタイの寝仏みたいな格好である。


「だ、大丈夫なのかアレクサンドロシアちゃん?! 病気にでもなったのかッ」

「いやあ困ったことに、ガンギマリーどのが安静にしていろとうるさいのでな。わらわとしては、お兄ちゃんが帰ってくれば、どれ狩猟にでも出かけようかと考えていたのだが」

「……?」


 呑気な顔をした女領主が、ゆったりとくつろぐ格好のままそう言った。

 部屋にある応接セットのソファには、ニコニコ顔をしたツンデレのマリアちゃんとその義息子シェーン少年もいる。

 いったい何事でどういう事なのか俺が把握できていないと、奥さんたちだけがその瞬間に素早く目配せをしてアイコンタクトを交わしているのが分かった。

 やはり何かがあるのか……?


「わたしは猟に出るなどもっての他だと強く窘めておりましたけれども、あなた、あなたからもしっかりとご命令なさりませ」

「馬鹿を申すでない。わらわがこうして寝転がっているだけで、床に臥せているとオレンジハゲ同盟に思われるのは癪ではないかッ」


 そんな激高を飛ばしながら、即座に近づいたカサンドラに手伝われて身を起こす女領主である。

 そして聞こえるこんな小声だ。


「高貴な方々は少々危機感が足らないところがあるのでいけませんね、エルパコ奥さま」

「そうだね。これシューターさんもう気が付いているんじゃないかな」


 どど、どういう事かな?

 気が付いているって、いや俺は何も気づいていない。


「領主さま。やはりガンギマリーさんの診断で間違いないと出ておりましたか」

「うむ。母子ともに健康という事は確かだが、ややこが男か女かまでは今の段階ではわからぬものらしい。しかしまもなくすれば腹も膨らんできて隠し通すことも難しくなるというぞ」

「ではそろそろ旦那さまにご報告するのが妥当でしょうか……」

「ふむむ。正妻のそなたがその様に考えるのであれば、な」


 何だこの雰囲気は。

 ひとり困ったような顔をしているのはシェーン少年で、チラチラと俺を見ては微妙な顔をしているではないか。

 それに、いくら鈍感な俺ですらも今の会話で理解できるってもんだ。


「もしかして、アレクサンドロシアちゃん?」

「ふふっ。そのもしかしてだ、ガンギマリーどのの見立てではそろそろ三月(みつき)になるという事だからな」

「あかちゃん!」

「どうだお兄ちゃん、父親になる感想は」


 俺の名は吉田修太、三三歳。

 奥さんには自分をお兄ちゃんと呼ばせていましたが、そろそろお父さんになる心の準備が必要な様です。

 そうか、俺は父親になるのか。

 家族のみんなが俺とアレクサンドロシアちゃんに祝福の微笑をたたえてくれていた。

 感想を求められて、何を答えたものか一瞬だけ戸惑ったけれども、それはもう言うべき事はひとつしかないだろう。


「あ、」

「ん?」

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

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