40 バジリスクを狩る者たち(※ 挿絵あり)
新たな装備を手に入れた俺たちは、バジリスクのダンジョンにリベンジするべくアタックをかけた。
今回は飛龍殺しの専門家、鱗裂きのニシカがいる。
「なんだろう。ニシカさんが仲間にいるというだけで俺は勝てそうな気がする」
「馬鹿野郎、勝てる様に作戦を練り、装備を準備したんじゃねえか。お前こそ手抜かりはないな?」
「大丈夫ですよ、ズボンのはき心地も最高です」
俺の装備は次の通りだ。
新調したポンチョの内側には義父の形見である毛皮のチョッキに、下は愛妻ヒモパン、そしてズボン! ズボンを俺は履いているのだった。
みんなの荷物を預かる立場なので背負子を背負っているが、そこに予備武器のメイスをぶら下げて、今回は腰に短剣、手には杖代わりにもなる手槍と円盾である。
ようじょを除く全員が手槍を装備しているので、そういう意味で予備の武器は充実していると言えた。
ニシカさんは、集落から持ってきていたマシェットの他に、街の武器屋で見繕った強弓を持参している。
普段使いのそれとは違って真新しい長弓は、ニシカさんもたいそうお気に入りの様だ。
これは今回の作戦で肝になるものなので、どうしても必要だったのだ。
「しなりが違うな。手製のものも悪くないが、やはり値が張るだけあって悪くねぇ」
「手槍も村で支給されたものより、材質がいいんですかね。とても軽いです」
「キィキィィ」
俺たちがそんな会話をしていると、あかちゃんが騒ぎ出した。
「どうした。お前の故郷に帰って来たのが解るのか? ニシカさん、龍の仲間には帰巣本能とかあるんですかね」
「いやあオレはそこまでバジリスクに詳しいわけではないからな。ただワイバーンの場合は、生まれた場所の周辺に巣をつくる習性はあるので、似たようなところはあるのかもしれねえな」
「なるほど」
俺は納得するわけである。
とは言っても、あかちゃんの騒ぎ方はおかしい。
俺たちは今、ダンジョンの中層を進んでいた。前回の最後の戦闘で崩落させた通路を突破して、倒したバジリスクの遺骸を尻目に地底湖のドームへ向かっていたのである。
遺骸はすでに腐食が進んでいたが、何かの動物たちによってその遺骸は解体されつつあった。コボルトとの遭遇は無かったので何か別のモンスターの仕業だろう。
それにしても、あかちゃんは騒がしい。
生まれ故郷に帰って来たからこんな事をしているのかと思ったら、突然。
「キイイイイィィィ!」
耳をつんざくような咆哮を、この小さな体から放出したのである。
俺たちはたまらずこの金切り声に身を縮めた。これはもうあかちゃんとは言うものの、バインドボイスそのもだった。
「ど、どうした。落ち着くんだ」
「シューター、なんとかしなさいよ! 成獣にあたしたちの侵入がバレてしまうわッ」
俺が取り乱していると、雁木マリがあわてて俺にどうにかしろと言ってくる。
それもそのはず、奥にはバジリスクの親子がまだいるはずなのである。
もしかすると、親に助けを求めているのか?
俺の脳裏に一瞬そんな不安がよぎったけれど、どうやら違った様だ。
俺が抱き留めているバジリスクのあかちゃんは、怯えていたのだ。
怯えて、俺に助けを求める様にしがみ付いて来る。
「この子を連れて来たのは失敗でしたかね、どれぇ」
「いや。まさかギルドに預けるわけにもいかないし、ニシカさんの作戦だとおびき寄せるのに使うはずだったわけで」
ようじょが俺のズボンの布に掴みながら、やはり心配そうにしている。
作戦では、囮になる人間が風上に移動している間に、ニシカさんが風下から長弓の一撃を急所にぶちこむという作戦であった。
あかちゃんはバジリスクにとって取り返したい存在である。
この純真無垢あかちゃんを囮に使うのだから俺たちはとんでもない外道なんだが、知恵を使わなければバジリスクを倒す事なんて簡単にはできない。
将来、この子に殺されても俺たちは文句言えんな……
弓を使うというところはサルワタの森でワイバーンを仕留めた時と同じ方法だった。
ただ今回は仲間に魔法使いがいるので、雷撃系の一撃で相手を仕留めるというものだったのである。
わかりやすく言えば鋼でできた矢を打ち込んで、ここに雷撃魔法をぶちこむ。
これはニシカさんが発案したもので、急所への一撃に、さらに追撃の魔法が重なれば、より効果が強まるのじゃないかというものだった。
「図体が出かければ、それだけ毒がまわるのが難しい。だが魔法なら一瞬で効果が出るだろ?」
その提案にみんなもそれには「いいね!」と賛同したのだけれど、このままだと遭遇戦をしながら弓を射掛ける必要が出てくる。
そして警戒しながらダンジョンの先を進んでいると、
ドオオオオオオン! という怒号が、通路のずっと先の方から響きわたって来た。
間違いなく成獣バジリスクの咆哮である。
「やばいわね、完全に聞こえていたみたい」
「急ごうみんな。どれぇは荷物をここに置いて、ドームに入る事だけを考えるのです!」
「わかりましたッヨイさま」
雁木マリとッヨイさまがうなずきあって、俺に指示を飛ばした。
ニシカさんはというと、落ち着き払った態度で矢筒から一本の鋼の矢を取り出す。
「安心しろ。魔法使いがいるなら、あわてる事はねぇ。どこから打ち込んでも鱗の装甲さえ通して刺さってくれれば、一撃を加えるのはわけねえぜ。ようじょ魔法も即応準備はできてるんだろ?」
「まかせてくださいニシカさん!」
ニシカさんは、身軽な軽装姿が故にようじょを抱き上げると、駆け出して行った。
俺たちもそれに続く。
ニシカさんの手槍は予備として俺が預かる。
雁木マリも手槍での攻撃をする腹積もりだったったが、あくまでも俺たちは魔法攻撃が失敗して長期戦になった際の控えみたいなもんだ。
今日の主役は、鱗裂きのニシカである。
◆
地底湖のドームにたどり着いた俺たちは、ニシカさんを先頭に成獣バジリスクを探した。
どうやら地底湖で咆えたのではないらしく、どこか地底湖ドームへとつながる別の通路を移動中らしい。
足音からすれば、むしろ俺たちが通路の道幅よりも広いんじゃないかと想像できた。
そこがもしかすると、地上へと延びる別のルートなのかもしれない。
ズンズンと地鳴りの様な響き地底湖に近づいている。
「あっちに別の通路を見つけました! ニシカさん準備はできましたか?」
「おういいぜ、速射で二本はぶち込める。それで時間稼ぎはできるか」
「可能です!」
「今回はあえて目は潰さない。それより一射目は腹部に一撃だ! あかちゃんを観察してたら、こいつら時々、後ろ足で立ち上がるだろう。その瞬間に肺にぶち込んでやる」
舌なめずりをしながら、ニシカさんがようじょとやり取りをした。
ッヨイさまも真面目なはなしをしている時は、ニシカさんを巨乳とは言わないらしい。
「冒険者のお前たちを悪く言うつもりはないが、猟師は獲物と知恵比べをする職業だ。力でねじ伏せる冒険者のやり方も悪くはねえが、今日はオレ様の流儀で仕留めてやる。見てな……」
近づいて来る地響きに警戒しながら別口の通路を俺たちは見守っていた。
あかちゃんの震えはまだ止まらない。
自分の親がこれから現れるというのに、やはりこの子は親を親と思っていないのだろうか。
俺にしがみついて、時折俺を見上げるあかちゃんは、明らかに俺に対して助けを求めている様だった。
最後にぎゅっと俺も抱いてやる。
手槍の握る片手にも力が入った。
「よしいい子だ。お前はここでじっとしているんだぞ。おじさんがお前のパパを倒してしまうけど、許してくれよな。恨みがある時は、いつか大きくなってから苦情を言ってくれ。その時が来たら相手になってやる」
「キュウウ!」
「お前、何を言っているの。来るわよ」
俺が予定では囮に使うはずだったあかちゃんを地面に降ろした時、雁木マリにたしなめられてしまった。
改めて手槍を握りながら、お互いに距離を広げて走る。
固まっていると一撃を食らった際に全員助からない可能性があるからだ。
そして、ポーション投与を拒否したニシカさんと年齢制限に引っかかったようじょ以外のふたり、つまり俺とマリはポーション投与で体力強化と興奮促進をキめている。
恐らく俺がわけのわからない事を口走っているのは、このポーションの影響だろう。
俺が改めて別口の通路を見た時。
ぬっと禍々しい表情をしたバジリスクの顔が突き出されたのである。
さあ戦いの始まりだ、すべての準備はできたのだ。
リベンジといこうや。
◆
「いくぞ、作戦開始だ。挑発してやれ!」
ニシカさんの合図とともに、雁木マリが手元からファイアーボールを出現させて飛ばす。
前回の経験からファイアボールは鼻を撫でる程度の威力しかない事はわかっている。
じゃあ何の目的だというと、もちろん威力を頼みにしているのではなく、ただ注意を引き付けるための一撃だった。
バシンとバジリスクの鼻面にそれは吸い込まれ、爆散した。
目の前での事となれば、
ゴオオオウと低い嘶きをしたバジリスクの成獣が、広いこの地底湖ホールで立ち上がる。
「馬鹿め、狙い通りだぜ」
小さいが確かにニシカさんがそう口にしたのを俺は耳にした。
弓を構える左手に予備の一本を持ちながら、右手で弓を引き絞って打ち込む。
ギュンという空気を切り裂く音をまき散らしながら、それは立ち上がったバジリスクの胸に吸い込まれた。
見事!
バジリスクが呻き声を上げて前脚をつくが、ニシカさんは次の矢をつがえて左後ろ脚の膝を射抜いた。
成獣はたまらず前脚を付いた。
「的がデカいと、魔法で誘導してやる必要もねえ!」
そう叫んだニシカさんが矢継ぎ早にまた弓をつがえ、
「もういっちょいくぞ!」
そして今度は脳天に一撃を放つ。
矢を受けて悲鳴を上げたバジリスクだが、これぐらいではまだ力尽きるはずがない。それだけ巨体で防御力も圧倒的なのだから、当然だ。
ニシカさんは冷静に四射目の弓を矢筒から抜いていた。
距離があり巨体を相手にしているので冷静でいられるが、それでも暴走するダンプカーの様に速度は止まらない。
四射目が放たれる。また脳天に突き刺さった。
最後の矢によって、バジリスクはまた嫌がる様に低い呻きを漏らし、前脚で額の辺りをまさぐった。
そこに、
「フィジカル、マジカル、サンダーボルト!」
調子っぱずれなようじょの呪文が唱えられると、ようじょの手元にあったグリモワールが光り、雷撃魔法が成功した。
ファイアボールは手元から出現する魔法だが、サンダーボルトは天井からカッと光を伴って撃ち落とされるのだ。
ドガンという巨大な響きがドーム内に広がった。
煙とともにバジリスクが呻きを上げる。落雷した先は、どうやら俺たちが最初に想定していた胸ではなく、脳天の矢の方だった様だ。
だがまだバジリスクは呻きながらも立っている。
「まだ生きてるわ。予定変更!」
くそ、もしかして作戦失敗か?
次の一撃をようじょが打ち出すためには時間がいる。確かにバジリスクはある程度弱っている様だが、痙攣をしている様にも見えず、まだ戦えるという意思を示していた。
だから雁木マリが肉薄戦闘に入ろうとしていたのだろう。
「待て、そのままじっとしてろ!」
ところがニシカさんはそれを制止した。
ドスリドスリとまだ前に進もうと足を差し向けたバジリスク。
けれども、数歩足を進めたところでその暴走は止まり、バジリスクは腹這いになって倒れてしまった。
「神経が麻痺しているんじゃねえか。まだ息はあるが、動くのが難儀になってるんだろう」
「な、なるほど」
「それにオレ様は別にむやみに矢を射ち込んだわけじゃないぜ。全部急所に刺さっている。まだ生きちゃいるが、トドメを差せばいいだけだ。ようじょ、時間がかかってもいい。もう一回雷撃魔法を使えるか?」
「は、はいつかえますニシカさん」
あわてて返事をしたようじょは、雷撃の鉄槌を落とすために魔法詠唱に集中するのだった。
◆
すでに抵抗力を失っている獲物を相手に、強力な魔法の一撃を打ち込むのは気分のいいものじゃない。なぶり殺しも同然だ。
しかしこれだけ巨大なバジリスクを倒すためにはこれしか方法が無いのも確かだった。ニシカさんは平然とようじょに指示を飛ばし、俺たちを少し後方に下がらせた。
あかちゃんを抱き上げた俺は、できるだけこの子に親が殺される姿を見せたくないと思った。当たり前だ。自分がそんな事を経験すれば、大人になって確実に犯人を恨む。
もちろんそれは人間の考えそうな手前勝手な理論で、バジリスクが将来それを理解して、俺を恨むかどうかなんてのはわかりゃしない。
それでも気分のいいものではなかった。
「ではいきます。わが精神に宿りし魔法の力よ、今こそ解き放ちわが鉄槌となって打ち下ろせ。フィジカル・マジカル・サンダーボルト!」
いつもより長い詠唱にはとびっきり強力な一撃をぶち込むという意味がある。
時間をかけて溜め込んだ魔力の放出によって、ひときわ大きな雷鳴がカッと鳴って、動かなくなって浅い息を繰り返すバジリスクに落雷した。
すべてが終わったわけではない、生焼けの様な悪臭を漂わせるバジリスクに近づくと強引に牙をもぎ取るニシカさんは、相変わらず鱗裂きの二つ名にふさわしい手際よさだった。
俺たちはそれをニシカさんひとりに任せて、別の役割を担う。
生き残ったバジリスクの二頭の子供を潰すのだ。
「どれぇ。この子の兄弟たちを殺しちゃわないといけないんですかね」
「そうですね。この二頭は俺たちが連れて来たあかちゃんと違って、俺たちには懐いていませんからね」
「そうですけれども。まだあかちゃんですし、かわいそうなのです」
「かわいそうですね。でも自然はそれだけ厳しいんですよ」
俺はようじょに何を諭しているんだ……
生かしておけば、必ず後日またこのダンジョンの主となるだろう存在だった。だから例え雛と言って差支えのない子供を仕留めるという内容であっても、やらなくてはいけない。
「冒険者なら、こういう事をやる時もあるのよ。わりきりなさい」
地底湖ドームの端で隠れ潜んでいた体格差のある兄弟(姉妹?)を前にして、雁木マリさんは冷酷にそう告げた。
腰に吊るした刃広の長剣を引き抜くと、具合を確かめながら二匹に近づこうとしている。
表情をチラリと見たが、マリ自身もこんな事をやりたいとは思っていないらしい。だから俺は雁木マリを制止した。
「なあ、マリ。その役目、俺にやらせろよ……」
「え、シューターでも」
刃広の剣を構えようとした雁木マリの手を持って、俺がそれを奪う。
この世界は優しくない。そういえばマリはそんな事を言っていたなあ。だがわざわざあえて厳しい方向に進む必要なんて、ありはしないんだよ。自分からそれを背負い込んでしまう様なタチのマリは、もう少し楽な立場になってもいいはずだ。
女子供に苦労を背負わせたくないという俺の残念なフェミニズムだかロリコン精神だかの理由もそこにはあるだろう。
けど、俺がやるべきだとどことなくそう思ったのだ。
「俺は少しだけ剣術をやっていた経験がある。だから苦しませずにこいつらを殺すなら、たぶん俺の方が上手い」
「わ、わかったわ」
俺の意図を理解していたのかもしれない。雁木マリは複雑な顔をして、剣を俺に譲った。
怯えるバジリスクの子供たちに、俺は長剣を振りかぶった。
横薙ぎの一撃と、山を切っての真向切り。うまく斬れると啖呵を切ったわりに、あまりいい斬りっぷりではなかったと思う。
でも、これまでも苦労してきた女にそれをさせるよりは、マシだったと俺は信じたいぜ。
ッヨイさまは眼を潤ませながら泣きそうになっていた。
雁木マリも疲れた顔をして俺を見守っていた。
長剣を血振りした俺は、それを雁木マリに返しながら質問する。
「あかちゃんはどうするよ」
「潰さないの?」
「あのッヨイさまを見ていて、そんな事ができるか?」
「無理ね、今にも泣きそうじゃない。ていうか、もう泣いてるか」
チラリと振り返って、あかちゃんを抱きながら涙をボロボロとこぼしているようじょを見やった。
「おい、熊の子供を保護して育てているおじさんのニュースとか見た事ないか?」
「ロシアとか北海道の? あるけど」
「まあ、バジリスクは熊トカゲみたいなもんだ。俺が引き取って育ててみようと思うんだけど、どうだろう」
「どうだろうって。食事代、大変そうじゃない……犬や猫を引き取るのとはわけがちがうのよ?」
「まあな。ま、それでもせめてもの罪償いとでもいうか。人間のエゴなんだろうけどさ」
そんな俺たちのやり取りに、
「いいんじゃねえか?」
ニシカさんが、こそぎ落とした逆鱗を片手にこっちに近づいてきた。
「聞いた話じゃ、遠くの国ではワイバーンの子供を捕まえて使役するらしいぜ。育てる事は可能だと思う」
「そうなんですか?」
「ああ、けど。育てるなら、いつまでもあかちゃんはねぇだろうよ。名前、つけてやんな。親はシューターだ、お前がつけるんだ」
ニシカさんは真面目な顔をして俺たちを見比べて言った。
「そうだな。じゃあ、バジルで。バジリスクだからバジル」
「……なんかハーブみたいな名前ね。でもま、覚えやすくていいわ」
「気に入ったぜ、いい名前だ!」
俺の適当なネーミングに、雁木マリとニシカさんがそれぞれの意見を口にした。
「ッヨイさま、ところであかちゃんの名前を考えたのですがね。バジルというのはどうでしょう? 俺の故郷の古い言葉の意味によれば、王様という由来があるそうです。地上の暴君にはぴったりの名前じゃないですかねぇ――」
俺たちのダンジョン攻略は、こうして終了した。
吉田修太、三二歳。
奴隷であり、元バイト戦士の村人だ。
今はブルカの街で冒険者をやっているが、村には嫁もいる男。
俺はこの世界に根を張って、バジルと共に過ごしていこうと思っている。




