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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第9章 内政の季節が到来です
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306 ガンギマリーの憂鬱

「デルテ騎士爵の部下を、払い下げにしろと仰るのですこと?」


 晩餐会に向けて衣装直しのために私室にやってきた俺たちである。

 いつもの女騎士風の甲冑を外し、長袖のシャツを脱ぎながら熟れたお胸を揺さぶったところで蛸足麗人が口を尖らせた。


「いやぁほら部下の騎士がみんな奴隷になってしまうと、デルテ夫妻も戦争が出来ないし困ってしまうからね」

「馬鹿も休み休みに仰るとよろしいですわ。どうせデルテ夫妻が婿殿に泣きついてきたのでしょう。わたくしに直接言うのであればいざ知らず、主人を間に挟むとはいい度胸ですわねっ」


 口を尖らせた蛸足奥さんかわいい。

 いやいや、今はそんな事を言っている場合ではない!


「奴隷商人たるもの、きっちり耳を揃えて身代金を頂かない限り、奴隷をお譲りすることは出来ませんわよ。そのお話は、例え婿殿のお願いであってもお聞きすることはできませんわ!」

「ご、ごもっとも。ただね、実際には彼の部下である騎士を、奴隷として一時的に派遣してくれと言われたんだよ。さすがに部下の身代を即金で買い取ることはできないけれど、人材派遣のお賃金なら何とか支払う事が出来ると」

「…………」


 シャツをポイと寝台に放り出したカラメルネーゼさんは、むうぅっとした顔で俺にジト眼を送って来た。

 側では、こういうところで羞恥心がまるでないニシカさんが、最近お気に入りのチュニックを放り出してブーツを投げ出し、服も脱ぎ散らかしのヒモパン一丁姿でニヤついていた。


「デルテの野郎は戦争でも大活躍だったじゃねえか。蛸足ネーゼとも随分と戦場で一番槍を競い合っていたと思うけどよ、戦果で負けたもんだから腹いせに嫌がらせしてるんじゃねえのか。案外ちっちぇえ女だなあ、ん?」

「あっあなたほどは大きくありませんが、わたくしにも主人を満足させるだけの大きさがありますわよっ!」


 爆乳を寄せて上げる様に腕組みしたニシカさんに、カラメルネーゼさんが激高した。

 対抗して胸を寄せ上げても、やはり辺境一を誇るドッヂボールはニシカさんなのだと、心に秘めた想いを抱く吉宗であった。

 ニシカさんはわかっていて俺を援護射撃してくれたらしく、パンツ一丁で近づいてきながらニヤリと俺の肩を肘で突く。


「何とかなりませんかね、俺の顔を立てると思ってっ」

「わ、わかりましたわ。婿殿のご提案にあった通り、奴隷騎士を人材派遣するという事であれば善処いたしましょう。本来は重要な補給物資の護送任務に就けようと思っておりましたけれども」

「おおっ」

「婿殿のお顔を立てるのも、妻たるものの務めですわねっ」


 ありがとうございます。ありがとうございます。俺はほぼ全裸の蛸足奥さんに平伏した。

 これで俺もデルテ騎士爵夫妻にいい報告が出来るというものです。


「しかしあくまでも奴隷の所有者はわたくしであり、主人である婿殿の共有財産ですわシューターさま?」

「と、いうと?」


 ヒモパン一丁で真新しいクロゼットの中身を探っていた蛸足麗人は、器用にドレスの一着を触手で持ち上げながら振り返る。

 とても冷めた顔をしたカラメルネーゼさんは、そうしておいて口元に悪い微笑をたたえていた。


「こうする事で盟主連合軍の諸卿の部下たちを、奴隷にする事が出来ますわ。今回の様にシューターさまに借りを作る形で方々から申し出があれば、それもよし。身代金を支払えばこれはサルワタの財源となりますし、奴隷派遣であるならばいざ重大なことが起きた時、これは大きな弱みを握っている事になりますわ」

「なるほどお前ぇは悪い事を考えるな」

「何を仰いますかしらニシカさん、このくらいの事は王都中央では当たり前の駆け引きというもの。辺境の田舎貴族はそういう事に疎いので、やりやすいのですわ」


 確かに政治的な駆け引きという意味では、宮中伯の令嬢だったマリアツンデレジアや、本土で貴族商人だったカラメルネーゼさんの独壇場だ。

 戦争の駆け引きでは女領主はさすがというものがあったけれど、こういうところでは一歩駆け引きで及ばない。


「宗教と人材、そして財源をもって群臣を掌握するのが君主たるものですからね。おーっほっほっほ!」

「ちょ、待った待った。という事は、その口ぶりだとカレキーおばさんはともかくとして、雁木マリともそこまで裏で話が付いていたという事になるんじゃないのか?!」

「何を今さら言っているのですか婿殿は。ガンギマリーさんは今、騎士修道会の財務管理に頭を悩ませているのですわよ? 当然そういう事になりますわね」


 ……騙された。


「さあニシカさんはどのお召し物になさいますの?」

「服なんて何でもいいんだけどよ、お前ぇのドレスだとオレ様の胸のあたりがちょっと苦しいんじゃねえのか? 伸びちまっても知らねえぜ。ウシシ」

「少しぐらいの事で胸元が伸びるほど、わたくしの所有する衣装は安物ではありませんわっ」


 あの嘘つき聖少女のマリめ!

 やっぱり騎士修道会も一枚かんでいたんじゃないかっ。


     ◆


「な、何の事だかあたしにはよくわからないわね……?」


 商人たちの交流会が行われる中での事。

 ハイネックデザインの黒いドレスにボレロをまとった雁木マリが、どんぐり眼を泳がせながら白を切った。


「ネタは上がってるんだよネタは。婚約者を信じられないのかとか言いながら、やっぱり金策には苦慮してたんじゃないか。どうしてもっと早く相談してくれなかったんだ?」

「…………」

「騎士修道会の経営はそんなにヤバい状態になっているのか?」


 金属の豪華な酒杯をにぎにぎしていたマリは、膨れ顔をしながらメガネごしに上目遣いをしてきた。

 マリもこの異世界に来て父とも慕っていたカーネルクリーフ総長を失って、大変だったのだ。

 きっと自分が次の後継者として、引き連れてきた修道騎士や従士たちの生活を何とかしなければならないと重荷を背負いこんでいたのだろう。


「い、今のところは問題なく修道騎士隊を運営していけてるわよ。ただ、」

「ただ?」

「将来的に拠点をどこにするかとか、あらたな修道士を募って軍事教練をしなくちゃならないし、辺境の各地に散っている修道院や教会堂を運営するためにも、資金は必要だもの」

「確かにそうだ。いつまでも騎士修道会の拠点が、ゴルゴライの裏山にあるのは問題だからな」


 それで雁木マリは、辺境の有力諸侯たちの弱体化を狙う将来を見据えた、蛸足麗人とカレキーおばさんの提案を了承したという事が真相の様だ。

 マリ自身は当初俺たちが模索していた、サルワタ城下に大聖堂を築くという計画を真剣に考えていたらしい。


 あの頃の貨幣相場でブルカ辺境伯金貨一〇〇〇〇枚という、途方もない建築予算が無ければ聖堂を築く事はできない。

 現在はアレクサンドロシアちゃんの支配下は広大な領域に広がって税収の見込みも増えていたけれども、同時にブルカの街にあった本部の大聖堂からの、資金的な援助は現状見込めなくなっている。

 ブルカにはブルカで、雁木マリが率いているのとは違う残留派が、自分たちこそが正当な騎士修道会であると名乗っている有様だからな。


「言い訳はしないわ。カラメルネーゼさんの提案にあたしが乗ったのは間違いのない事だし、あくまでも国法と領内のルールにのっとってであれば、あたしはそれもひとつの手段だと判断したのよ」

「そうか……」

「事実、利益の三分配という話をカレキーウォールズさんには言われたわ。娼婦の避妊治療や奴隷の健康診断で受ける定期的なお布施は、今のあたしたち騎士修道会にとっては大きな魅力があったの」


 この話を最初に持ち出した蛸足麗人は、奴隷商人としてサルワタ貴族の商務代表者として、盟主連合軍の諸侯たちが送り出した公商館や御用商人たちと酒杯を重ねながら談笑をしている姿が見えた。

 チラリとこちらを見ているところをみれば、うまく俺が雁木マリとふたりっきりになっている姿に満足気なご様子だ。


 一方のカレキーおばさんは長女夫妻と四女とともに、立食会場を回りながらブルカ伯金貨の穴を埋められる代理通貨が何か存在しないものかと相談事をしている様だった。

 時折お酒を注いで差し上げなさいとモエキーさんに指示をしながら、やはりこちらに視線を送ってくる姿が見える。


「騎士修道会の再建のためにやった事だ。道徳的な問題はともかくとして、国法を侵すようなマネはしていないのだからグレーだねグレー」

「そ、そうね。道徳的には娼婦を使って男たちを堕落させる行いの手助けをするのはいけないわ」

「まあ何事も腹八分だ。やり過ぎれば有力諸侯のみなさんから怒りを買ってしまう事になるけれど、ほどほどにそれをやる分には、いい教訓をお貴族さまに残すことになる」


 引き際を見極めて、感謝されるぐらいじゃないといけない。


 むかし俺がバイトをしていた、消費者金融の店長の口癖がこれだった。

 厳しい支払いの督促はかえって利用するお客さまの怒りを買って居直りをされる事にもなる。

 ない袖は振れないと態度を硬化させてしまっては、貸した金を取り戻せずに丸損するわけだからな。

 だから客に恨まれずに、感謝されるギリギリのラインで取り立てをする事が肝要なのだ。


 幸いにして娼婦を利用して借金をする者や、奴隷堕ちまでしてしまう人間たちの大半はお貴族さまである。

 騎士であるならば身元は確かなもので、カレキーおばさんもその辺りの見極めをした上でのご融資をしているのだろう。

 消費者金融の店長と同じで、そういう勘を長い商いの中で心得ているって事だ。


 丸坊主頭でイカつかったあの店長、元気にしてるかな?


「みんながあたしに、騎士修道会の総長を引き継いで宣言すべきと言ってきてるのよ」

「まあ、マリは騎士修道会における枢機卿にして聖少女修道騎士さまだからな。他の誰かが総長になるより、マリがカーネルクリーフ猊下の遺志を受け継ぐのがふさわしいって感がるんじゃないか」

「あなただって女神様の聖使徒にして全裸を貴ぶ部族の戦士じゃない。それを言うならあなたが代わりに総長になりなさいよ」


 コツンと肩をぶつけてきながら、マリは小声で抗議して見せた。

 そんな事が出来るはずもないのだと本当は理解しながら、カーネルクリーフさんの後を継がなければいけないという重圧にもがき苦しんでいるのだ。

 ひと眼がなければ、思わず抱き寄せて少しでもその重しを共有してやりたいとすら思う。


「……結婚もしないうちに、父とも思っていたカーネルクリーフに他界されてしまったわ。彼の仇を討つために、この戦争には勝ってブルカ伯とツジンの首を、彼の墓前に届けたいものね」

「結婚、な」


 ポツリと零したマリの言葉に、思わず俺は反応してしまった。

 俺たちはまだ婚約者という立場であり、結婚する段取りは急な戦争によって流れてしまったままだった。


 視界の端で俺たちの動向をつぶさに監視していた黄色長耳がいた。

 普段なら面白がってニヤけた顔をしているものだが、今は生真面目な顔をしている。

 例えるなら獲物を追ってサルワタの森の中に入った時と同じ表情で、今がチャンスだぜ、機会を無駄にするなと暗にアゴをしゃくって命令してくるのだ。

 黄色長耳には、俺たちの会話が包み隠さず聞こえていたのだろう。


「なあマリ。俺たち結婚しないか?」

「ど、どうしたのよ急にそんな事を言い出して……」

「きみが騎士修道会の総長を引き継ぐのなら、俺にもその責任の半分をわけてくれないか?」


 このファンタジー世界では夫婦とはお互いにその代理人という立場になる事ができる。

 してみると、全裸守護聖人の俺がマリと結婚すれば、総長猊下の代理人になる事が出来るんじゃないのか。

 ふとそんな考えがよぎった。

 これだけひとりで抱え込む性格のマリの重圧を、半分でも引き受けてやりたい。


「あっあたしはシューターの婚約者という立場でも、十分に幸せだわ。こうして相談にも乗ってくれるのだし、心を砕いてくれてるじゃない」

「それだけじゃ駄目だ。政治的な理由もある」

「政治的ね、わかっているわ」

「総長の就任と騎士修道会の再建を宣言した上で、俺が旦那さんになればサルワタと女神様の信徒は一心同体って事を改めて宣言できるじゃないか」


 アレクサンドロシアちゃんは雁木マリを見捨てていないし、俺も婚約者を見捨てるという事はしないというアピールだ。

 何だかセコいアピールではあるけど、本心からマリを少しでも抱きしめたいと思っているのだ。


「あたしも女だからけけけっ結婚には憧れがあるわ。冬の間に血縁同盟をしっかりとしたものにして、騎士修道会を再編してシャブリン修道院を取り戻す……」

「だな」

「その計画を完遂するためにも、あなたは夫としてこのあたしに協力しなさいよねっ」


 まるでこれは政治的に必要な事なのよ、とでも言わんばかりに。

 雁木マリは無い胸でエッヘンとしてみせそう言った。

 けれどもみるみる頬を朱色に染めて、何やらわけのわからない事を口にするのである。


「結婚したら聖女マリになるわね。あ、子供ができたら聖母マリ……」

「落ち着いてマリさん? なっ何事も順番が大切ですからね?」

「そうね! まずは身綺麗にして、それから教会堂に行って愛を誓いあいましょう。後はカーネルクリーフの墓前で報告して。い、いけないわ、何よりも先にカサンドラさんに報告しないと!」


 くるくると表情を変えてズレたメガネを押し上げたり。

 マリは盛大にこの先の予定を並べ立てたところで、大事な順番を思い出したらしい。

 ふたたび視界の端に映り込んだのは、ニシカさんとカラメルネーゼさんのサムズアップだった。


 いいね! じゃないよ。

 みんなも祝福の眼でこっちを見るんじゃない!

ただいま出張中のため、感想のお返事など対応が遅れる場合があります。

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