305 たまには痴話喧嘩をします
月曜日のたわわ回。
ブルカ辺境伯の尋問を終えた足で、俺はニシカさんとともにカラメルネーゼさんの商会へと向かった。
戦時下であろうとも商人たちの交流会というものはあるらしく、今夜はカラメルネーゼ商会の主催で晩餐会が催されるのだ。
「今夜はニシカさんも呼ばれていたんですか?」
「そうではありませんけれども、」
俺と雁木マリをこの冬の内に結婚させる事を目論んでいる蛸足麗人とニシカさんである。
この晩餐会に騎士修道会を代表して出席する事になっていた雁木マリと、この機会に俺たちをいい雰囲気にさせようなどと企んでいるのは丸見えだな……。
今夜は商人同士のラフな会合だから、ドレスコードもそこまで気にする事はないそうだから、女性陣はともかく俺はお貴族さまの平服のままだった。
「サルワタ貴族の中からも格付けのために数名は参加していただきませんと、わたくしの格好がつきませんわ。そのためにもわたくしの夫であるシューターさまは当然として、ガンギマリーさん、それからモエキーウォールズさんにはお声掛けしておりましたわ」
「つまりこの赤鼻のひとは勝手に付いてきたって事ですよね……」
「まあ後おひとりぐらいなら、追加は直ぐにもできますわ。おーっほっほ!」
誰はばかる事もなく、俺の腕に熟れたお胸をグッと押し付けながら手を回して高笑いする蛸足麗人だ。
彼女は奥さんのひとりなのだから、今ならこんな事を正々堂々とやってそれが許されるのだ。
恨めしそうな顔をしたニシカさんは案外恥ずかしがり屋なので、活気のあるゴルゴライの目抜き通りでそんな事をする度胸など、あるはずがない。
「チッ、ケチ臭い事を言わなくてもいいだろ、今夜は交流を深めるための酒の席なんだから、酒呑み担当がひとりぐらいいねぇと格好がつかねえってものだ。わかるだろ、ん?」
相変わらず滅茶苦茶な理屈を捻り出す赤鼻のニシカさんである。
「それにしてもおかしいですわね。ニシカさんはお酒も呑んでおられないのに、鼻を赤くされておられるのですか? まあ、お鼻だけでなく頬っぺたも真っ赤ですわ!」
勝ち誇った表情で、歩きながらも俺にしなだれかかって顔をニヤニヤさせる蛸足麗人である。
ついでに触手がにゅるりと俺の体にまとわりつくものだから、歩きにくいったらありゃしない。
「かっ勘違いするんじゃねえ! べべべ別にオレ様は羨ましいとか思ってなんかないんだからなっ。何事も順番は大事だというのがオレたち家族のルールだから、今日はお前の順番って事で譲ってやっているだけだ。へへん」
「つまり嫉妬しているわけですわね」
「うるせえ、羨ましくなんかこれっぽっちもねえ!」
憤慨したニシカさんはボインボインと胸を激しく揺さぶって、口と行動がまったく真逆な態度に出た。
するとどうでしょう。パシリと蛸足のひとつを払いのけると、反対側から腕を回して強引に俺を引き寄せてくるではないか。
この調子でカラメルネーゼ商会まで歩いていくと、いつもの倍は時間がかかるんじゃないか!
「歩きにくいしやめてくれませんかねぇ」
「そうですわ。ニシカさんは順番が違いますので、ご遠慮くださりませんこと……?」
「バッカ手前ぇはオレ様を怒らせた。今夜の晩餐会でこの野郎とガンギマリーをくっつけるんだったら、しばらく順番が来ねぇじゃねえか! しかもその後はカサンドラと子作りだろ?!」
「そうですわ。だから今日はわたくしの順番ですので、ご遠慮くださらないかしら!!」
道中で子作りとか言うんじゃありません!
ほら、道行く兵隊さんたちがこっちを見ているじゃないか。
恥ずかしいったらありゃしない。
しかもよく見ると、旧ゴルゴライを囲んでいる防風林の側で、堀の水抜き作業を差配していたッジャジャマくんとソープ嬢がこちらを見ているではないか!
「ソープさん、あんたもシューターさんと結婚したんだから本当は参加したいんじゃないんですかね」
「わっわたしはそういうのは人前でやらない事にしているのだ。どうしてもわたしの場合、この蛇足で愛しいひとに絡みつく事になるからな」
「そりゃ抱き合っているというより、襲っていると勘違いされてしまいますね……」
「しかも興奮が過ぎるとつい舌なめずりをしてしまう悪い癖もある。こんな姿を他人に見られては、夫の体面というか外聞が悪くなってしまうので我慢している」
風に乗ってそんな言葉がこちらに聞こえてきたところで、耳のよろしい黄色い花嫁はあわててその腕を解放した。
ぼいんと胸を揺らしてみると、赤鼻をますます真っ赤にさせて今さら他人のふりをしたではないか。
「だ、旦那の外聞が悪いから我慢するそうだぜネーゼっ」
「そそそ、そうですわね。何事も順番が大事ですわ、まずは手を握るところからはじめませんこと?」
そういう事じゃないから!
距離にすればたった数百メートルを移動するだけのはずが、俺はとても疲労困憊になってしまった。
ふたりの奥さんと両手を握って歩くという新手の恥を晒しながら去り際に、先ほどのッジャジャマくんとソープ嬢の言葉が、また風に乗って聞こえてきた。
「ッジャジャマ卿は結婚なさらないのか。いい大人なんだから、兄上のッワクワクゴロ卿を安心させるのも成人の務めというものではないか」
「相手がいないんですよ、言わせんな。それとも俺と不倫でもしてみますか?」
「残念ながらその申し出はお引き受けできないな。何故ならわたしの愛しいひとはシューターさまで間に合っているからだ」
振り返ってみると、やる気のなさそうな顔をしたッジャジャマくんがソープ嬢を見上げて「そうですかい」と気のない返事をしていた。
「ったく出来の悪い義弟だぜ」
「そうか。ニシカさんの妹とッワクワクゴロさんが結婚したから、ッジャジャマくんは義弟になるんですね」
「義弟で愚弟だぜまったく、これだから猿人間はいけねぇ。ッワクワクゴロの野郎に告げ口した上で焙り包茎に処してやろうか。ブタの餌にでもしてな!」
「そ、それだけは許してやってくださいっ」
一方俺の愚息は焙り包茎というフレーズに縮み上がるのだった。
◆
カラメルネーゼ商会は開店間もないながら、めっぽう繁盛しているらしかった。
商店の前には小さく、金属板に「奴隷取引・奴隷派遣承ります」と書かれているだけのささやかな看板がかかげられているのみだ。
けれど、ゴルゴライで新規にお店を出した商会はどこも人材不足なのかもしれない。
ずいぶんと寒い季節になったというのに店の扉は大きく開け放たれたままで、厳めしい甲冑を着込んだ警備の人間がそこで「いらっしゃい」とか「ありがとうございます」とか愛想笑いで挨拶をしているではないか。
見た顔だと思ったら、それもそのはず。
警備員の彼はカレキー商会で金庫番だかをやっていたイブ=セイマス=ズィという豚面の猿人間である。
「わたくしの留守中、何事もございませんでしたか?」
「問題なく商いをやっておりますぞ。そう言えばベストレ男爵のところの弟君というのが、今しがた奴隷を売りたいと訪ねてきたところだな」
「まあ、ドラコフ卿の弟君が? どの様な理由なのでしょうか」
そんな会話を入り口でしたところで、イブ=セイマスさんと顔を合わせる。
「あ、先日はどうも」
「まあ、主人とイブ=セイマス卿はお知り合いだったのですこと?」
「先日カレキーおばさんのところで彼とお会いしましてね」
「何だ、あんたはカラメルネーゼ卿のご主人だったのか。先日は失敬してしまったな。がはははっ!」
豚面の猿人間騎士が大笑いをした。
すると、下腹がたわわに揺れて甲冑がずれるとへそピアスがキラリと光った。
「ははっ、改めて自己紹介を。俺はゴルゴライ準女爵の夫でスルーヌ騎士爵のシューターです。こっちが奥さんのひとり、騎士のニシカさんですね」
「おう、スルーヌ騎士のニシカだ。飛龍殺しの鱗裂きとはオレ様の事だぜ」
「噂には聞いている辺境不敗の女殺しに、鱗裂きの飛龍殺しか。改めてお会いできてわしも光栄だ」
握手をしてブンブンする度にへそピアスがキラリと光るものだから目のやり場に困る。
ニシカさんはたわわな爆乳を激しく揺さぶり、豚面の猿人間騎士はたわわな下腹を勢い揺さぶる。
なんだこれ。
「ひとついいですか、前々から気になってたんですけどカラメルネーゼさん。ヘソピアスで何をセコい金儲けしてるんですかっ。アントワームの村でも盟主連合軍の兵士がつけてたんですけどね!」
「な、何の事だかよくわかりませんわね。さてベストレ卿の弟君と面談をしませんと、おーっほっほっほ、ケホケホっ」
言い訳に失敗した蛸足麗人は高笑いの途中で咽ながら、逃げる様に商会の建物へ飛び込んでいった。
いやむしろ逃げたな確信犯。
「ところでベストレ卿の弟って言ったら、高級娼婦が大好きすぎて毎日通っては入れ揚げているって話だったけど」
「そういう事だ婿殿。とうとう金がなくなって、配下の奴隷を売りに来たというのが実情だ。婿殿の様に妻が何人もいれば話は別だが、ここは戦地だ。家族を置いてきた寂しさで女のところに通うとああいう事になるのだ」
「きみも故郷を捨ててこの土地に移民してきたんだっけ?」
「わしは一族を連れて戦場に出た人間だからな。一部の親戚は故郷に残ったが、その事は互いに納得がいっている事だ。この土地のご領主さまの許諾を頂き、やがてはこの土地に根を張るつもりでいる」
ベストレ卿は弟さんの有様を把握しているのだろうか。
気難しそうな彼の事だ、事実を知れば怒り出してしまうような気がするのだが、どうなのだろうかね。
そしてこの話のついでだから、デルテ夫妻から陳情を受けていた部下の騎士たちの件も、この際カラメルネーゼさんに相談しておこう。
「ありがとう、イブ=セイマス=ズィさん。領主さまには俺の方から、何かいい仕事があれば一族のみなさんを採用できないか、聞いてみる事にします」
「それはありがたい! 一族の中には職にあぶれて人足にまじって労働している者もいるからな。よろしくたのむ」
ふたたび握手をブンブンすると、豚面の猿人間騎士のたわわな太鼓腹がよく揺れた。
ぐわぁ目に毒だ、早く消毒しないと!
「じゃ、じゃあそういう事で、行きますよニシカさん?」
「おうそうするか。早いところ着替えないと晩餐会が待ってるからな。って野郎どこ見て喋ってるんだっ!」
俺はニシカさんのたわわな胸に話しかけながら、蛸足麗人を追いかける事にした。
今夜から4日ほど出張に出かける予定です。
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