273 オレンジヘアー・オブ・ザ・デッド 前編
着るものも取りあえずという有様で、雁木マリの応急手当を受けた後に、久方ぶりに腰巻きひとつで戦場に再び馬上のひととなった。
紅の野牛紋章の入ったマントを腰に巻き付けて、背負う格好でエルパコとお揃いの剣を結び付けた。
「ご主人さま、ご安心ください。ブルカ伯の行方は未だ知れませんが、アレクサンドロシア奥さまの号令で確実に逃げ口を抑えているので、どこかで必ず捜査網に引っかかるはずです」
「そうね、アレクサンドロシア卿はその辺り、さすがベテランの貴族軍人といったところかしら。あたしよりもその辺りの差配をするのは手慣れたところがあるわ」
ふむ。俺は褐色おっぱいとつるりとしたまな板を持つ両極の女性を見比べながら思案した。
「マリアツンデレジア隊は越境後も今のところ接敵しておりません。自分たちが対峙した相手はブルカ辺境伯率いる本軍五〇〇〇余りの軍勢と、その他いくつかの領主たちが率いる寄騎の三〇〇〇余りと思われます。残りの敵は果たして何処にいるのか……」
「してみると、わたしたちの会敵した軍がブルカ側の全てというわけではないわよね。ブルカ伯の本陣壊走を受けて、救援のために敵の殿部隊が前進してくる可能性があるはずだけれども」
軍事教育を受けている男装の麗人ベローチュと雁木マリが、俺と似た様な格好をして馬上で言葉を投げかけていた。
赤マントをお風呂上りにバスタオル巻いている様な格好の集団が、馬上で軍事行動を行っているという不思議な光景だ。
「アレクサンドロシア奥さまのお考えですと、ブルカ同盟軍に加わっている寄騎たちの諸侯領主の軍勢が少なすぎるとの事でしたね」
「それはあたしも感じたわ。あたしたち盟主連合軍で言えばリンドルやベストレ、オッペンハーゲンといったクラスの有力諸侯は、同じ様にブルカ同盟軍側にも参加しているはずだもの」
「特に王国本土とブルカ領との間は辺境とは言っても開拓の歴史が長く、富んだ肥沃な領地も多いのは確かですね。となればブルカ伯は第二挺団に、同盟軍側の有力諸侯がまだ控えていると見るべきですね。養女さまのご意見をお聞きしたいところです」
馬上にあって男装の麗人と雁木マリは、なおも意見交換をしていた。
「となれば、敵が本陣壊走の知らせを聞いて、第二梯団でブルカ伯の救援のために押し寄せてくる前にケリをつけなければいけないわ」
「今もって情報無しというのが焦れるところですね。方々に配置した捜索チームから情報が上がってこないところを見ると、自分などが思いつかない様などこか別の場所に逃げられたのか」
確かに、問題はやはりあのオレンジハゲが何処に逃げおおせたかだ。
俺はうーんうーんと馬上で唸った。ヒモパンすらも履いていないので馬が揺れる度にお股が擦れてとても刺激的だぜ。
「シューターさん、何を考えているの?」
「……ああうん、オレンジハゲの行方をね。壊走したブルカ伯の本陣の行方は、一部の兵士たちがリンドル川の方面に逃走を図ったと聞いているけれども、続報では森林地帯に逃げた兵士や、シャブリン修道院側に逃げた集団もいたはずだよな」
リンドル川の河岸に逃げた連中についての最初の報告を聞いて、ソープ嬢とラメエお嬢さまがその方面に向かった。対応は神足だったし、俺たちも今ここに加わろうとしているのだから、包囲網さえしっかりと引けば逃げられることはないはずだ。
問題の森林地帯については、デルテ隊の一部が森に分け入りながら捜索を開始しているはずだ。
シャブリン修道院についてはどうだろう。
あそこはすでにデルテ隊とマリアツンデレジア隊、ベストレ隊が多方面から進撃中なので、あの修道院とその門前の村が俺たちの側に陥落するのは時間の問題だ。
「エルパコなら森と河岸、どちらに逃げるかな?」
「そうだね。ぼくならシューターさんと一緒に逃げるよ」
「男は黙って夫婦愛だな」
「うん……」
パコパコと馬の揺れる背中に合わせて体を揺すっているけもみみだが、男装の麗人の様に赤マントで押さえつけられた溢れんばかりの胸が暴れる事は無かった。
スッキリとした障害物の無い断崖絶壁が、俺の視界の前にそそり立っているのである。
よろしい、ならば俺の息子もそそり立とう。
「でも……」
「ん?」
「森林地帯に逃げるのは、安易かもしれないね。ぼくお義父さんに聞いたんだ、戦争になると森に棲んでいるモンスターたちがやって来るんだって。死んだ兵士たちは森のモンスターにとっては獲物だからね」
「なるほど、森の中にはヤバい連中がいるから、そいつらが死体あさりのために出てきて鉢合わせをするとヤバいと……」
「そうだよ。だからぼくなら、河岸方面に逃げると思うんだ。あそこはきっと葦原の茂みに被われていると思うから、敵をやり過ごすのは森と同じ様にやりやすいはずだよ」
ふむ。季節は秋の盛りであるから、夏のうちにぼうぼうに生えたブッシュが高くそびえ立っているはずだ。
言われてみれば確かにブッシュの中に潜まれると厄介だ。
大多数の軍隊を逃がすのであれば不適かもしれないが、あのオレンジハゲは重装騎士どもにきっと救出されたはずだから、引き連れている残党は少ない。
むかし俺は河川敷でサバイバルゲームをやっていた事があったが、ブッシュに潜んだ少人数の敵を探すのは、かなりやっかいだったぜ。
「森に逃げた場合は、退避のための時間がかなりかかるよ。でも河岸からなら、上手くぼくたちをやり過ごしたら舟で逃げる方法もある」
「じゃあエルパコがオレンジハゲなら、そっちから逃げるって事だな」
「うん。だからぼくたちが向かっている方向は正解だよ」
俺たちの会話を黙って聞いていたのだろうか、馬上で残り少なくなった護符を数えていた女魔法使いが、俺たち夫婦に視線を向けてきたのだ。
「この季節の葦原は、枯れて燃やしやすいですね閣下。見つからない時は火をかけちゃって炙りだせばいいんですよ。森でそんな事をやれば戦後処理が大変になってアレクサンドロシア奥さまに殺されてしまいますが、葦原なら川の側だしいいんじゃないですか?」
「そんな暴論は許されないので却下だが、一理あるな」
「千載一遇のチャンスである事は間違いないので、暴論だろうとここで何とか燻りだす事を意見具申しますよ閣下」
俺は常識にのっとってそういう一旦は却下したものの、護符の絵柄を見比べながらなおも言葉を投げかけて来た女魔法使いに、しかめっ面をして考え込んでしまった。
確かに千載一遇のチャンスだ。
ブルカ伯さえ捕縛してしまえば、この戦争の大半は終わらせられると言ってもいいのかもしれない。
王国に反旗を翻した辺境伯という巨頭を王様に引き出せば、確かにケリが付く。
「どうしても見つからなくて、その必要がある時はな」
「もしそれで見つかれば、おちんぎん。いいですね? そわそわっ」
「ご主人さま、もう間もなくソープ奥さまとラメエ奥さまが指揮を執っておられる河岸に近付きます」
女魔法使いのおねだりを遮断する様に、男装の麗人が大きく叫んで合図をした。
視線の向こう側には、ゴルゴライで雇い入れたサルワタ隊の傭兵たちが大手を振って合図をしている姿が見えた。
◆
「どうなっているんだ、まだブルカ伯の姿は見つかってないのか?」
「この葦原ですからねえ。ブッシュが深すぎてなかなか捜索をするのが難儀しているんですぜ、全裸の旦那」
ドワーフの傭兵が槍をかついだその格好で、馬上の俺を見上げていた。
他の傭兵連中も器用に槍をブッシュの中に突っ込んで、右に左にと振り回して中に誰か潜んでいるのかを探しているらしい。
こんな気の遠くなるような面倒な作業をやっているけれど、ここだけでなく、葦原は河岸に沿って広くぼうぼうに生えているのである。
ふとそんな茂みを見て俺はラメエお嬢さまの事を思い出した。
陽が高く昇り始めると、枯れた葦の草がオレンジ色に照らされて、何となくブルカ辺境伯ミゲルシャールの髪色と、ラメエお嬢さまの鮮やかなオレンジ髪の類似性について感じてしまったからだ。
「何を考えているのよシューター」
「いやね。ラメエお嬢さまの事をね」
「ま、まさか、このブッシュの茂みを見て、変な事を想像したんじゃないでしょうね?」
「変なことって?」
何故か顔を真っ赤にした雁木マリに俺がそう質問すると、妙にしどろもどろになりながらマリが言葉を返す。
「ほ、ほら。光の加減でオレンジ色をしているから。生えていると言えばラメエ卿の下の毛がオレンジ色だったなって」
「婚約者のお嬢さん。君は時々おかしな事を言うな。金髪のお嬢さんは陰毛も金髪だし、オレンジ髪なら陰毛もオレンジに決まっているだろう。ミゲルシャールのハゲ爺さんも、マドゥーシャの魔法で全裸になった時は、胸毛も腋毛も下の毛もオレンジだったからな。白髪がまじっていたけれど」
俺がそう説明してやると「そ、そうね」と気恥ずかしそうに雁木マリがうつむき加減にそう返事をした。
だがお馬鹿なそんな発言をしたところで、やはり確信したものがある。
「ラメエ嬢はもしかすると、ブルカ伯の一族と血縁関係が元々あったという可能性はないか? あの特徴的なオレンジ髪は珍しいし。オレンジハゲの息子だというピエロみたいな男も、オレンジの長髪だっただろ」
「言われてみれば確かにそうね。あの老騎士に聞いてみれば、その辺りの事がわかるかもしれないわ」
まさかこんな戦場のただ中で、妙な思い付きに至ったものである。
後でその事をかくにんすればいいとして、問題の小さな大人のレディはどこかな? どこかな?
馬上から周囲を見回した時の事である。
「全裸の旦那、奥さま方だったらあちらにおりますぜ。葦原が深いので姿が見えないでしょうけど、ここから西に向かって少しずつ前進しているところでさぁ」
傷だらけの顔をした傭兵のひとりが叫んだので、俺は「ありがとう!」と返事を飛ばしながら馬を駆けさせた。
すぐにも雁木マリと男装の麗人がそれに従い、先行していたけもみみと女魔法使いも、示された方角に馬首を向けた。
その時だ。
「今だ、やれっ!」
「?!」
いきなり葦原の中でそういう叫び声が飛び出した。
距離はまだ少しあるが、間違いなくサルワタ傭兵の差した方角で間違いない。
もしかすると残党兵の誰かが見つかったのか、偶発的に戦闘が始まったらしい。
二度、三度と魔法を発射する激しい爆音が聞こえたものだから、俺と雁木マリは駆けながら即座に抜剣したのだった。
「マリ、魔法用意! マドゥーシャは必要があればブッシュに火を付けてもいいぞっ」
「了解よ、接争用意ね」
「わかりました閣下、おちんぎん頼みますよ!」
元気のよい返事を聞いて、俺も満足して馬足を速めた。
あっという間に距離を縮めると、そこにラミア族の最後の後継者クリスティーソープランジェリーナの背中が見えたのである。
俺たちと同じミノタウロスの甲冑の背中から、赤のマントを垂らしている。
その肩越しに、立ち上がった重装騎士の小集団が見えた。そして全裸のハゲがいた!




