266 ゴルゴライ街道口の戦い 2
これまでアレクサンドロシアちゃんの戦う姿というのを、この眼でしかと目撃する機会というのは早々ないものだった。
何しろ俺の中で彼女は、領主然として安楽イスに腰を掛けて俺たち家族や部下たちを睥睨する姿こそが日常だったのだ。
そして今は日常ではなく、まぎれもない戦場での一コマだ。
「わらわの行く手を遮る者に容赦はせぬぞ!」
そんな叫び声が朝もやの中で聞こえたかと思うと、駆け抜ける俺の眼の前に女領主の姿が飛び出した。
数名の騎士だろうか、ブルカ側の豪華な鎧を着た男たちが、槍を持って馬上の彼女に突きかかろうとしていた。
女領主は俺の大切な奥さんのひとりであり、何より盟主連合軍にとってはなくてはならい存在だ。
いくら貴族軍人の経験があっても、危険には違いない。そう思ってあわてて天秤棒を振り上げながら駆けつけようとしたのだが、
「遅い! そこをどけ!」
槍を一撃突き出して近付くひとりを排除すると、反対の手でファイアボールを発射して別のひとりも燃やしてしまう。
最後のひとりも軍馬の勢いで蹴倒して、さらにまた朝もやの霧の中へとアレクサンドロシアちゃんは消えていった。
強いなアレクサンドロシアちゃん。槍を持って軍馬に跨っている限り、その姿はとても勇ましくたぶん俺より強いんじゃないだろうか。しかし、
「ダンソン、絶対に領主さまから離れるな!」
「わ、わかりやした」
「あのひとはすぐに現場に出たがるところのある人間だから、側近が引き止める役割をしっかりとするんだ。エレクトラはどうした?!」
「わかんねえです、細剣振り回して飛び出していきましたが……」
どうしてこうも我がサルワタの女性陣は気が強いのでしょうか。
アレクサンドロシアちゃんに限らず、本来護衛のエレクトラまでが戦場のどこかへと飛び出していったらしい。
そして大混乱の中からいち早く立ち直ったであろう、敵の優勢な一隊が、こちらへと兵士を差し向けている姿が俺の視界に飛び込んで来た。
霧の中から次々に黄色いマントを靡かせたブルカ兵たちが現れたのだ。
「マドゥーシャ、容赦なくあそこにぶち込んでやれ!」
「了解です! フィジカル・マジカル・エクストリームッ。相手は死ぬ!」
俺の命令を聞きつけて、左右の手に三枚ずつの護符を持った女魔法使いは、贅沢にも一度にそれらを燃やしながら強烈な大火力魔法を四方に発射した。
ズガン、ドガンと景気のいい攻撃が、こちらにめがけて突き進んでいた敵の吸い込まれ、気が付けば俺も馬首を返してその火炎の中に飛び込んでいった。
自分の意識が何かを考える様にも、行動に出ていた事に俺は驚きだった。
ここは敵の陣中だ。
今がどの辺りにいるのか、霧がまだ視界を遮断しているのでわかりはしない。
だが足を止めれば確実に包囲されてしまう事は間違いなく、こちらはわずかに数百ばかりの兵士なので全滅する事は間違いない。
とにかく動き続け、攻撃し続けるしかないので死力を尽くして天秤棒を振るいまくった。
「あの二人組をどうにかしろ、豪華な鎧を着たあの男だ!」
「お目が高いな、俺の名はシューター。辺境不敗とは俺の事だぜ!」
自分で言っててこれほど恥ずかしいセリフもないのだが、これは俺の今回の役割なのだからしょうがない事なのだ。奥さんたちが聞いていないのをいい事に、ちょっと気取った見栄を切りポージングまでしておいた。
「閣下、かっこ悪いです……」
「うるさいよ!」
◆
さんざん敵の陣中を引っかきまわしたところで、どうやら霧が晴れはじめた様だ。
こうなれば敵に対応する余裕と冷静さを与えてしまうので、俺たちは予定に従って退却を開始しなければならない。
「そろそろ頃合いだ、アレクサンドロシアちゃんに合図しろ!」
「わかったよシューターさんっ」
俺の叫び声に、どこからかけもみみが返事を返してくれた。
恐らくあちこちで燃える天幕の反対側にでも隠れて見えないのだろう。けれどすぐにも信号矢を上空に放ってくれたおかげで、あちこちから「撤収だ」「引き上げるぞ!」といった号令が飛び交う様になった。
予定では、仲間の引き上げを支えるのが俺の役割だ。
たぶん俺たちのチーム、つまりハーレム大家族がもっとも敵の深部に取り残されている事になるからな。
「いったん森の突出した場所近くを目印に逃げるぞ。その周囲にッヨイさまの援護部隊が伏せている!」
「了解ですベローチュさま! シューターの旦那はどうするのですか?」
「ご主人さまの心配をする前に、アレクサンドロシア奥さまの心配をする方が最優先です。奥さまがたにもしもの事があれば、これは許されないことですよ?」
また別の個所から男装の麗人が叱咤する声が聞こえた。
俺の事は心配いらないというたいした信頼ではあるが、正直側に女魔法使いがいなければ、孤立無援で敵に捕まってしまったのじゃないだろうかと思った。
「ベローチュさまはどうされるのですか?!」
「自分はご主人さまを探し、所定通りしんがり役として最後まで残ります! お前たちは早くっ」
「おおうっ」
女魔法使いが魔法を乱射して、取りこぼした相手を俺が馬の勢いで突き崩す。
そうやってどれだけの時間を敵陣を駆け巡っていただろうか。
今もそうやっていくつかの集団を火だるまにして掃討していたところで、続々と奴隷親衛隊を自称するみなさんたちが集まって来た様だ。
「ご主人さま、お味方の撤退が開始しました。自分らもそろそろ頃合いかと」
「よし、みんな落伍者はいないな?」
「大丈夫かもです、生きてるかもですっ」
「おらは問題ないけれども、馬が疲れはじめているだす」
みんなまだ生きているらしい。いいね!
無言で俺の側に馬を寄せてくるけもみみに合図を送ると、俺たちも揃って馬首を反対に向けた。
まごついていると俺たち自身が敵に包囲される。
恐らく十数分にわたって十分に暴れたはずだから、怒り狂ったこの周辺のブルカ軍が釣れたはずである。
背後に向かって振り返りながら弓を射かけるエルパコと男装の麗人。
それから魔法をすれ違いざまにビーム発射する女魔法使いが血路を切り開きつつ、俺たちはいったん敵陣地の中を突破してゴルゴライ領境を目指した。
「恐らく敵の隣の陣地でしょう、敵の追撃部隊が追っ手をかけてきました。作戦通りです!」
男装の麗人が馬上から叫び声を上げた。
霧がほとんど晴れかけているので、振り返れば方々で燃える陣地の中から、続々と兵士たちが湧き出している姿が見える。
敵は万を超える兵をあのいくつもある陣地に宿営していたのだ。
「伏兵地点までは後、どのぐらいある?」
「ここから千歩先まで進んだ辺りでしょうか、あの森の突き出した場所あたりかもです。あっアレクサンドロシア奥さまの軍勢も見えます!」
どうしても逃げながら敵を追い払うという行為は、馬足を遅くしてしまう。
女領主たちはどうやら警戒当直についていた敵の一団に捕まって、ッヨイさまが伏せている場所にたどり着く前に敵と交戦せざるを得なかった様だ。
「合流して撃退するぞ! マドゥーシャ、後さき考えずにあの一団の背後に特大の魔法攻撃をしてやれ」
「わっかりました。いきますよーっ!」
護符の数も限りがあるので慎重に使い所を考えなければならない。
けれどここで踏ん張らねば意味がないので女魔法使いにそれを命じ、俺たちも馬に鞭を入れて加速させながら敵の背後に追いすがる。
そうしてこの勢いで敵を切り崩したところでアレクサンドロシアちゃんの奇襲部隊を合流を果たした俺たちは、背後から続々とあらわれるブルカ兵を見事に伏兵ポイントまで誘引したのである。
「今です! 全軍敵を引きつけて攻撃開始なのです!」
ようじょ軍師の号令直下、ビームが次々と森の中から発射された。
ファイアボールやウィンドカッター、修道騎士たちの使えるありとあらゆる魔法に加え、弓が面制圧で射かけられる。
すると突出していたブルカ同盟軍側の追撃部隊はあっさりと突進力を失って、先頭集団が停滞した。
「よし! わらわたちも引き返して敵の追撃部隊に一撃を入れる、しかる後に前線を押し上げ来た友軍とともに攻勢に転じるぞ!」
いい感じじゃないか。
ところどころでヒヤリとする瞬間もあったが、まだ俺たちは計画通りに順調に進んでいる。
これはもしかして平原での戦いで決定的な痛打を敵に与えられるんじゃね?
攻め滅ぼす事は出来なかったとしても、ここで敵に相当数の被害を当たれば少なくともこの冬の戦いで敵が攻勢に出ない状況を作り出す事が出来るのだ。
それは戦略的に俺たちの大勝利というのとイコールなはずだ。
この周囲だけは霧が晴れていたので、俺たちの心も晴れ渡った様な気がした。
増援部隊として街道口から突き上げるマリアツンデレジア隊、デルテ隊、それにガンギマリー隊とベストレ隊の姿が次々と姿を現すに至って、誰もがこの平原部での勝利を確信した。
「よし、一肌脱ぎますか!」
誰が言ったか脱げば脱ぐほど強くなる。
今ぐらいは脱がずに大勝利が出来るのではないかと、俺は密かにそう期待したのだ。




