243 バジル大作戦 酒宴
「さあみなさん、今夜は大いに栄養を取って休憩をなさいまし。戦にもメリハリというものが必要ですの。お酒はたっぷりと用意されておりますもの、樽を空ける勢いで呑みほした者には金貨十枚を進呈いたしますのよ!」
夜の帳が訪れた頃。
行軍に次ぐ行軍で疲れた戦士のみなさんたちをぐるりと見回したマリアツンデレジアは、盟主連合軍の総指揮官として労いの言葉を口にしたのだった。
野営で使われる金属のコップは味気の無いものだったけれど、ぶどう酒の注がれたそれを持ち上げて音頭を取る。
「乾杯ですの!」
「「おおっー!!」」
諸将たちもそれに従ってブリキの酒杯を持ち上げると、ガヤガヤとみんな思い思いに酒を口に運んでプハーとやりはじめた。
このファンタジー世界の住人にとって、まあぶどう酒は飲酒の内に入らない事は理解している。
それだけアルコールの分解能力に秀でているという事もあるのだろうが、特に盟主連合軍の主力を成している軍勢がリンドル隊と岩窟隊であるという事にも、きっと理由があるのだ。
だってこのふたつの領軍は、他の領主の軍勢よりもドワーフ率が高いんだからね……
「どうされたのだシューター卿、あまり酒が進んでおらんではないか。せっかくのリンドルのブランデーを呑むのだから、もっと景気よく行かなければ味気がないと言うものですぞ」
「い、いやいや陛下、これでも公務の最中ですから……」
「全裸卿の、ちょっといいとこ見てみたいですぞ」
酒宴の席の並び順は、上座に盟主連合軍の総司令官ツンデレのマリアちゃん、その夫という事になっている軍監の俺が並んで上座に座っている。
マリアちゃんの反対隣にはようじょ、俺の反対隣にはドワーフ王のバンダーレンタイン陛下が腰を下ろしてニコニコ顔を浮かべているのだった。
問題はこの爺さんだ。
オホオ村のやつがれ騎士の爺さんと違って、こちらは異国とは言え王侯貴族の地位でも最高位におられるやんごとなきお方だ。
「そ、そこまで言われたら引き下がれません。では改めて……グビグビ」
「いい飲みっぷりだのう。ではもう一杯」
「ちょっと休憩を……」
「何を言うかこれしきの量で。貴族たる者がまず先頭に立って示す事ではじめて、領民が安心して酒を飲めるのですぞ!」
呑み干した、先から継がれるものだから、俺は辟易とした顔をした。
ドワーフ王は空手家のマス師匠から体育会系のノリで宴会の作法まで教えられていたのかな?
などと思いながら、俺はとても嫌そうな顔をしてしまう。
するとドワーフ王は片眼をつむってウィンクひとつを飛ばしてくるではないか。
「ははは、ではもう一杯だけ……」
ところでこれは全て茶番だ。
オホオ村に到着した盟主連合軍の主力をエサに使い、敵のゲリラ襲撃部隊を森の中から引っ張り出すための計画をようじょと話し合った結果。
誰にこの計画を打ち明けて、誰には伏せておくべきかをしっかりと俺はようじょと話し合ったのである。
マリアツンデレジアは王都中央出身の宮廷伯の令嬢という由緒確かなお貴族さまであり、立ち居振る舞いの立派さと言う意味では総指揮官として立派な人物だった。
けれども貴族軍人の出身というわけでもなく、リンドルの弱兵と合わせて考えれば軍事向きの事では因数外だと俺もようじょも踏んでいた。
逆にこの盟主連合軍の本隊で実質的な意味で主力としてアテに出来る軍事力があるとすれば、間違いなくようじょが供回りとして連れまわしている一部の軽輩諸侯たちの戦士と、もうひとつはドワーフ王の岩窟隊だろう。
見るからに武骨な甲冑を身に纏たドワーフ歩兵のみなさんは、身長こそエルフやヒトなど人間よりも低いものの、誰もがアメフト選手みたいな体格をしていていかつい。
そんな連中がドワーフ王のはやし立てるもんだから、ガチャガチャと甲冑を鳴らしながら一緒になって手を叩き、俺に「一気、一気」と呑みっぷりを豪快に求めてくるのである。
ちなみに俺のブリキのコップに注がれているのは、不味いぶどう酒を薄めただけのもので、バンダーレンタイン陛下が行っている様なリンドル産の高級ブランデーとは程遠い偽物だった。
せっかくの酒席で白湯を呑む様な人間は殆どいないので、しょうがなしにぶどう酒を割って呑む事にしたのである。
「さあさあ、酒宴も盛り上がって来たところですのう。ひとつわしがカタの舞を踊ってしんぜよう」
そんな事を言ったドワーフ王は、こちらはホンモノのブランデーが注がれているコップをグビリとやってみせると、配下の兵士たちに手を振って立ち会があり、甲冑を脱ぎ始めた。
何を始めるのかと思えば、空手の型を披露するつもりらしい。
「おお、久しぶりに岩窟王陛下のカタの舞が見られるぞ」
「陛下のカタの舞は圧倒的だからな。テッキはもののふの舞よ」
俺の背中をポンポンと叩いて上半身裸になったムキムキのドワーフ王は上座から降りて数百と集まっている車座の中央に歩いていく。
どうやらドワーフ王がこれから披露しようとしているのは伝統派空手に伝わっている空手型のひとつ「鉄騎」というものらしいことがわかった。
このファンタジー世界で、しかも自分ではなくドワーフの王様が演じる型を観賞するというのも不思議な気分だぜ。
「はあン、シューターさま。わたしは今夜ようやくゆっくりと床に就く事が出来そうな気がしますの」
「あまり羽目を外して深酒をすると、明日からの行軍に差し支えてしまいますからね。適度な酒と適度な食事、そして早めの就寝を心がけましょうね」
「……そんなイケズな事を申されなくても」
俺の隣の上座では、すでに酒杯を何度か重ねてご機嫌になっていたマリアちゃんが流し眼を送って来るではないか。
何も知らされていない彼女は、俺が軍監として自制を求める発言をしたところ、熟れた体をしなりとさせて俺に寄りかかって来る。
やめなさい、衆人が見ています!
「閣下は今夜、他の奥さま方をお連れでないんでしょう? それならわたしと今夜は……」
ようじょとの計画では、出来るだけ俺たちが油断している姿をさらけ出さなければならない。
してみると、このツンデレのマリアちゃんの醜態はある意味で有りがたくはあるのかも知れない。
完全に酒気を艶めかしく匂わせる総指揮官が、俺にべったりなのだからな。
その隣のようじょなどは、ちょっと顔を赤らめてチラチラと見ては見なかったことにしながらドキドキ、両手でブリキのコップを持ってチビチビとぶどう酒をすすっている様子だった。
「マリアちゃん」
「何ですのぉ?」
「まだ未成年のようじょが見ているところであまりはしたない事をするものではありませんよ。ちゃんとしっかり酒宴が終わるまでは、総指揮官としての本分を全うする事です」
「わ、わかりましたの。ッヨイ子さま、ごめんあそばせオホホホ」
「よッヨイは何も見ていないのです!」
車座の兵士のみなさんに視線を向けると、その中央側に集まっているうちの半数がリンドル隊の兵士で、残りの半分がドワーフ隊の兵士だった。
酒に強く重装歩兵そのもののドワーフ隊たちは、少々酒を重ねても襲撃してくるであろう敵の攻撃を守ってくれるだけの盾として期待できる。
その車座の外縁には「酒を飲んでいるフリ」をしているようじょが使役している軽輩諸侯のみなさんたちが配置に付いている。
その他のみなさんは村の外周を取り囲んでいる馬防柵などに配置についていて形ばかりの警備に参加しているけれど、これも主体を成しているのはリンドル隊のみなさんだった。
酒宴の最中に攻撃を駆けてくる可能性もあるし、無いかも知れない。
もしものためにこの配置をあらかじめ裏で決めておいたのだ。
「それにしても。今のうちにッヨイはいまのうちにオシッコに行っておいた方がよいかも知れないのです」
「そうかも知れないのですの。夜は長いですからね、それに秋も深まって底冷えするからそうなさいませ」
「はいなのです!」
敵が本当に今夜攻め寄せてくるかどうか。
捕虜尋問によって確かにナワメの森の中に敵が伏せている事は間違いのないことで、どこかのタイミングで盟主連合軍本隊を襲撃しようとしてたという情報は得ている。
わざわざナワメの森に面した一部の防御陣地は切り崩させることをようじょが指示した。
そうする事で、ブルカ同盟軍側の誘因を容易ならしむるわけだが、ただ撤去しただけは恐らく怪しまれることになる。
「付いてきましょうか?」
「ッヨイはおりこうさんなので、ひとりでいけるのです!」
「モエキーさんでしたわね。ッヨイ子さまは盟主連合軍の軍師さまですの。何かあって便所に落ちてはいけませんので、護衛に付いて行ってさしあげなさいませ」
「了解かもです。ご主人さま、行ってまいります」
そこで撤去された馬防柵の材木は、今夜の宿営の為の仮設テントの基材として使うという方法まで実施する様に俺が助言を加えた。
軍事的な事はまるでわからないリンドルの武官たちは「なるほど、名案ですな!」などとニコニコしながら聞いていたけれどもね。
そのタイミングで愚策ではないかと意見具申してきたのがドワーフ王だったわけだ。
さすがにドワーフの諸部族をまとめて岩窟都市国家を建国した国王陛下というだけはあって、わざわざ防御陣地を崩す愚、それも敵が伏撃している可能性がある森の方面を弱体させるのは何事か、という具合だ。
そんな事を考えているとこ、空手の型を見せていたドワーフ王の演武が終わったらしい。
わあっと兵士のみなさんが歓声を上げてパチパチとはじめたものだから、俺は思考の坩堝から解放されてしまった。
「あれ、ッヨイさまは?」
「ッヨイ子ちゃんはお花摘みの為に席を外しておられますの。わたくしも深酒が過ぎないうちにお手洗いに行った方がよいですかしら?」
「我慢してください」
ッヨイさまが中座するのは計画上織り込み済みの内容だった。
途中でトイレに行く振りをして、作戦の配置についている他のみなさんたちの様子を、そして森の外縁の様子を伺おうというものだ。
まだ敵の動きは何も起きていない。
俺は上座の方にのっしのっしと戻って来るバンダーレンタイン陛下を見やりながら、その襲撃の瞬間を待って生唾を呑み込んだところだった。
「どうですかな、わしのカタの舞は」
「なかなか質実剛健で腰の据わっている力強い演武でした。俺には人様に見せられるような型は出来ませんよ」
「ハハハ、そんな事はないでござろう」
県大会で三位になった型の実力はあるけれど、さすがに人前でそれを披露するのは恥ずかしい。
近頃は型の稽古もあまりしていないからね……
そんな風に苦笑を浮かべていた俺の向かって、酒臭い顔を近づけてくるドワーフ王。
真顔で俺だけに聞こえる声でこうつぶやくのだ。
「しかしシューター卿、敵の夜襲はいつ頃になりますかのう」
「俺たちが起きている間は無いかも知れない。モノの本によればもっとも夜襲に最適な時間と言うのは、夜明け前の陽が昇る直前だと書いてありました」
「なるほど、人間が完全に寝ぼけてしまっている時間じゃのう。確かに兵士たちが起きている間ではぬるい。完全に酔いつぶれた後か、寝坊助の有様を攻撃するのが妥当だが……」
さすがに日々の行軍で疲れ切っている兵士のみなさんたちは、いくら行軍の疲れを癒す酒宴と言っても長酒はしない予定だ。
そもそもこのファンタジー世界の住人は就寝時間が早いので長くてももう半刻もしないうちに酒宴の場は解散になるはずだが、その間はまだ猶予があると見た方がいいかもしれない。
こういう時間はやはり体にこたえるものがある。
手に持っていたコップの残りわずかなぶどう酒を煽って呑むと、俺は大きくため息をついてしまった。
「あまり緊張を続けておりますと体がもちませんぞ」
「ハハハ、確かにそうですね」
「まあ喉だけでも潤して夜襲に備えましょうぞ」
「ありがとうございます、ありがとうございます……ブッ!!!」
勧められるままにブリキコップに注いでもらったそれを、俺は口に含んだ。
完全に油断だった。ブランデーだこれ!
◆
果たして予想通り早々に酔いつぶれてしまったツンデレのマリアちゃんを見て、盟主連合軍のみなさんはそれを解散の合図にした。
さすがにドワーフ隊の兵士たちはドワーフ率が圧倒的に高いので足元不確かな人間は殆どいなかった。
例外的に千鳥足をしているのは、これはドワーフ王陛下そのひとである。
もちろんただの演技なのだが、
「いやあ酔った酔った。誰ぞわしを幕舎に連れ申せ!」
などとバンダーレンシュタイン陛下はわざわざ酒杯の空瓶を振り回しながら言うものだから、演技が細かい。
演技だよね……?
俺はと言うとぐでんぐでんになってしまったマリアツンデレジアをモエキーおねえさんに手伝ってもらいながらお姫さま抱っこで領主館に運ぶ。
ラメエお嬢さまとやつがれ騎士もやってくると、彼女の母親がむかし使っていたという部屋にツンデレのマリアちゃんを寝かしつけて、状況共有をするのだった。
「ッヨイさまはどうなされています?」
「養女さまはすでに朝方の襲撃を警戒して、あかちゃんと一緒に早めの仮眠に入っていただいたかもです。それから先ほど森の外れから伝令に、エルパコ奥さまが姿をお見せになられたかもです」
「エルパコが?」
はい、と答えたモエキーおねえさんが、麻紙か何かに乱暴に書き付けられた紙片を俺にうやうやしく差し出した。
書き付けられた文字を見る限り、これはけもみみが手ずから書いたもので間違いない。
俺のけもみみ奥さんは何かと几帳面な性格で、文字もびっしりと小ぶりで丸っこいものを羅列する様に書く癖があったからだ。
お貴族さまの出身ではないので、紙はもったいないから出来るだけ詰めて書くのが習い性になっていたらしいね。
「も、文字が小さすぎて、読みにくいわね……」
「敵の夜襲部隊と思われる一団を発見と書いてあるかもです。兵士の数はおおよそ四〇〇余りとあるかもです」
「かもじゃないわよモエキー義姉さん。軍事の上で、かもはないのだから」
「そ、そうかもです……」
俺とおませ少女が顔を使わあせて紙片を覗き込むと、モエキーおねえさんが解説してくれた。
「敵兵四〇〇という数は、かなり大規模なものだな」
「そうでございますな。ブルカ同盟軍の森に隠れていた残存兵力がおおよそ一〇〇〇という事は、このやつがれめも降伏前に連絡で聞いておりました」
「してみると今日の昼間に戦った百数十を除けば、別に五〇〇前後の敵がまだいるという事になる」
俺の感想にやつがれ騎士が所感を述べてくれたけれど、まだ五〇〇もの兵士が森に伏せているという事になれば厄介この上ない。
「エルパコ奥さまからこのやつがれめが聞いた限りでは、あくまでも発見できた部隊が四〇〇そこそこというものでござりました。場合によっては別の角度から敵が攻めてくる可能性は大いにあると、その様にッヨイさまも仰っておられました」
なるほどな。
俺たちはランタンを引き寄せて、周辺地図を描き込んだ紙を見た。
大体この辺り、と言う場所に老騎士が指を指し示し、俺たちの配置もこれこれこういう風になっていると説明を加える。
「すべては作戦参謀のッヨイお嬢さまのご命令で差配は済んでござりますれば、全裸卿閣下も少しお休みになられる事を意見具申いたしますぞ」
「ありがとう爺さん。あんたも今日は働き詰めだったろうから、この戦いが終わったら骨を休めた方がいいかもな」
俺がお礼の言葉を口にすると、やつがれ老騎士はニコリとしわくちゃの顔をゆがめさせてドンと胸を叩いた。
あんまり激しくたたくと、アバラの骨が折れやしないかと心配になる。
「お嬢さまとこのオホオの村を守るためであれば、命は惜しくございませんぞ」
「な、何を言い出すのよじい。らめよ、わたしを置いていくなんて、絶対に許さないんだから!」
おませ少女のツンデレいただきました!
それにしてもである。
「逆賊……いえ盟主連合軍の総指揮官がこのザマでは、きっと同盟軍のみんなも夜襲を間違いなくして来るわ。わたしにはわかる……」
寝台でまるで蛸足麗人の様にぐにゃりと寝入ったツンデレのマリアちゃんを見やって、おませ少女はため息をついてしまう。
「その様な事を申すものではありませんぞお嬢さま。この方は義姉に当たる大切なご家族でございます。これもエサの役目をしっかりとこなしておられる、立派な姿でございます」
「はあン……シューターさまはどちらですの。わたくしを……もっと激しく抱きしめてくださいませ……」
「「「…………」」」
酷い寝言を耳にしてしまった部下やオホオ主従のみなさんである。
何かの情事を夢見ているらしいマリアちゃんの言葉に赤面して、早々に俺をこの場に残して退散するのだった。
俺だけ置いていかないで!




