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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第2章 ダンジョン・アンド・スレイブ
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28 ダンジョン・アンド・スレイブ 3


 俺とともに低い姿勢で駆けだした雁木マリは、長剣を引き抜くと右腰構えに剣を運んだ。

 こいつ、剣道経験でもあるのか? かなり堂に入った動きである事に俺は舌を巻く。

 いや、これは剣道経験じゃないな。

 柄の持ち方が、両手の握りに拳ひとつぶんの隙間を作っていない。遠心力を多用して振り回す方法だ。

 だが少し、危うさがある。

 その危うさは殺意の衝動とでも言う様な、向こう見ずの猪突猛進な動きが見えるからだ。隙をカバーするよりも先に一撃を入れる戦い方だ。

 ポーションの力が乗っている分、攻撃を優先した方がいいと考えているのか。まあそれもありだろう。


 ッヨイさまが打ち出した魔法の発光が、洞窟内の広場を照らし出した。


 照光魔法によって照らされた雁木マリの動きを観察している間にも、右翼に固まっていたコボルトの集団に斬り込んでいく。

 血祭だ。

 一気に引き上げの一撃をコボルトの頭に叩き込んだかと思うと、返す刀で周辺のコボルトも巻き込む様に横一線で斬り返す。


 おお、負けていられねえ。

 俺も意識を左翼に集中させながら、メイスを振りかぶった。

 こんなものは過去の俺の格闘技経験の中でもまるで使った事が無い獲物だが、誰でも簡単に使える入門編の武器という意味ではありがたい。すぐに使いこなせる感触を覚えながら、ドシャリとコボルトの頭蓋に振り下ろしてやった。

 蹴り飛ばしてすぐ次の獲物を探す。弓で相手にするよりも、よっぽど大立ち回りをかました方が楽だぜ。

 コボルトどもは何かの骨を削り出した棍棒を持っていたが、動きが緩慢だ。

 余裕を持って避けながら、とにかく顔に一撃を入れて集団を切り崩した。


「メタイ!」

「メタイメタイ!!!」


 何語かわからない言葉(恐らくコボルト語)をわめきちらす連中は、散り散りになって俺を囲もうとする。

 固まっている方がこちらとしては対処しにくいが、攻守の隙間を作ってくれるなら処理しやすい。

 ジャッカル顔の猿人間は、どういうわけか逃げずに俺に襲いかかって来た。ッワクワクゴロさんに聞いていた「コボルトは臆病」という証言に反する動きだ。

 だがコボルトの顔には明らかに恐怖がある。

 バジリスクが奥にいるからだろうか。


 一撃ずつ、確実に、頭だけを狙って。

 ごちゃりという不気味な感触が俺の持つメイスの柄を通して伝わって来るが、数匹程度を相手にするなら手がしびれる事は無かった。

 振り回す事、五度。こちらのコボルトどもは一瞬で制圧完了だ。


 ただやはり使った事の無い武器だけに筋肉は驚いた様だな。


「お前、そっちは?!」

「制圧完了だ。全員仕留めた!」

「いいわね。あたしも完了よ。ッヨイ、どっちが速かった?!」


 軽く肩で息をしながら、余裕の表情で雁木マリが血振りをした。

 びゅっというキレのいい血振りから、ゆっくりと長剣を鞘に納める姿はなかなか様になるな。


「ちょっとだけ、どれぇの方が速かったのです」

「ちょ、本当?!」

「俺は五匹相手だ、そっちは?」

「四匹よ……。あんた何者?」

「元の世界では空手経験があってな。あと武道経験いろいろ」

「チート過ぎでしょ……」

「だが人間を殺した事は無いぞ。俺のはしょせん道場剣法だ」


 悔しそうな顔をしてどんぐり眼で睨み付け来た雁木マリに、俺は笑って返事をした。


「な、何よ。余裕ぶっこいてるのかしら?」

「違う、あんたは野趣味があったが地に足の着いた剣術操法だった。惚れ惚れする様ないい腕だ」


 続く言葉は笑いを消して、俺がしっかりと眼を見返して言った。

 するとすぐに雁木マリは視線を外して「フン」と鼻を鳴らす。何だ、顔がやけに紅いじゃないか。照れてるのか? ん?


「急いで部位を回収しましょうか。どれぇはそっちの、ガンギマリーはそっちのです」

「部位。どこを回収すればいいんですかね?」

「コボルトの犬歯だょ。持って帰れば少しだけどギルドで討伐報奨金が出ます。コボルトは街の周辺でも悪さをするので、常時駆除のための報奨金がかかっているのです」


 なるほどな。俺はうんとうなずくと、潰れたコボルトの顔を足蹴にしながら犬歯を確認した。

 ちょっとグロテスクすぎる作業だがやらねばなるまい。


「これ使いなさい」

「んっ」


 雁木マリが肉厚のナイフを差し出す。

 ちゃんと元日本人というだけはあって、自分が革の鞘を持って相手に柄を向けた。


「先に柄で歯茎に一撃を入れてこう。その後に刃でほじくって」

「手際いいな」

「害獣の駆除もあたしたち修道騎士の仕事よ。規模が大きい時は騎士隊を組織して処理するわ」


 俺も見よう見真似で犬歯をかき集めた。

 水筒の水を含ませた清潔な布をッヨイさまが用意してくれたので、顔や手に付いた血をふき取っていく。


「ありがとうございます。ありがとうございます」

「どれぇのお世話をするのも、飼い主のお仕事なのです」


 えっへんとようじょが胸をそらした。

 そこですかさずいい子いい子してあげると、ほわほわ~とッヨイさまが表情を崩す。


「お前たち何やってるのよ。コボルトどもの様子が変だわ、先を行くわよ」

「へい」


 こちらは頬に血をつけたままの雁木マリ。

 それ以外のところは普段から手慣れているだけあってあまり血を被っていなかった様だ。

 俺も見習わねばならんな。

 背負子を背負いなおした俺は、ッヨイさまと手を繋ぐと先行する雁木マリに従ってダンジョンの深部へと進みだした。


     ◆


「ずいぶん空気が生臭いですねぇ」

「この前に侵入した時は、だいたいこのあたりまでだったはずね。目印に刻んだ壁の傷があるわ、もう一度つけ直しましょう」


 もとからあった壁の傷に、バッテンになる様に雁木マリがナイフで傷をつけた。先ほどの解体に使ったものである。


「この先はどれぐらいあるんだ?」

「過去の作成地図だと最深部まではあと一〇〇〇歩ぐらい。そうですね、直線距離ならすぐだけど、他にも変なモンスターがいる可能性があるから、すぐにってわけにもいかないですどれぇ」


 ふと口から飛び出した俺の質問に、ようじょが親切丁寧に教えてくれた。


「ここ、比較的小規模なダンジョンなのですよね。本格的なダンジョンになると数日にわたって攻略する事になるのか」

「そうね。中にはどういう意図で作られたのかもわからない様な古代人の複雑なダンジョンが存在するわ。あるいは鉱山跡地がそのままダンジョンになったような場所は、何日もかけて少しずつ攻略していく感じ。ここならそうね、行って帰って二、三日の行程で何も無ければいける。問題はバジリスクよ」


 思案しながら雁木マリが言った。


「大型モンスターのバジリスクみたいなのは、普通は大きな体を維持するために、相応の獲物を必要とするのじゃないか。ダンジョンの奥に居座って主然としている様では、生きていくのもままならんだろう」

「考えられるのはふたつですどれぇ」

「ほう?」


 慎重に手元から魔法の発光体を現出させて前方に探りを入れる雁木マリの後ろで、手を繋いでいたようじょが教えてくれる。


「ダンジョンに別の出入り口があって、そこから自分の縄張りに出かけているのか。それとも、休眠期に入っているからなのです」

「休眠期か、それならば理解できます。俺たちもワイバーンを仕留めた時は、怪我を負ったあいつが休眠用の洞穴に入る直前を狙って仕留めました」

「どれぇは賢いですねえ!」

「まあ元猟師見習いなので、それに腕のいい相棒がいたのですよ」

「どれぇのあいぼーですかぁ?」


 ようじょがぷにぷにの頬に人差し指を押し付けて小首を傾げた。


「そうですよ。鱗裂きのニシカと言って、村の周辺では知らない者がいないワイバーン狩りの名人でした。猟師になって冬を過ごした数だけワイバーンを仕留めたという猛者なんですが、実はもうひとつありがたくない二つ名がありましてね」

「ありがたくなぃ?」

「そうです、赤鼻のニシカとも言うんです。とってもお酒にだらしがないのですよ。街に出て来た時も、やれビールが呑みたい、酒場に連れていけとうるさくて」

「あはは。ニシカさんはお酒大好きなのですねー」

「でも、腕は確かですよ。俺では扱うだけでも大変な長弓を使って、ワイバーンの急所を一撃で打ち抜く腕があります。あの女はサルワタの森最高の狩人ですね」


 ニコニコしながら俺の話を聞いてくれるようじょだ。

 一方の雁木マリは、途中で歩みを止めると俺の方に向き直った。


「ふうん。女なんだ?」

「お、女だとまずいのかよ」

「異世界に飛ばされてきて、たいした苦労もせずにやれ嫁だ、やれ女の相棒だ。いい身分だ事」

「いい身分なわけがないだろう、俺は奴隷だぞ」


 嫌味な発言につい俺はカっとなって反論した。

 奴隷がいい身分なはずがない。ニシカさんは確かに女だが、何か妙な関係があったわけでもない。


「あたしは、死ぬ様な思いと血反吐を吐く様な努力を……」


 売り言葉に買い言葉。

 雁木マリはどんぐり眼をすぼめて何事か畳みかけようとしたけれど、途中で言葉を濁した。

 何か言いたくない事でも過去にあったのだろうか。俺には理解できなさそうな何かが。だが不満を口にするのを思いとどまったのには理由があった様だ。

 どうやら雁木マリは何かを見つけたらしく、視線を地面に向けていた。


「三つめの可能性を説明するわ」

「みっつめ?」

「バジリスクが、ここに住居を構えている原因よ」


 そう言った雁木マリが、前方に警戒を怠らない様にしながら、足元にしゃがみこんだ。

 猿人間の頭蓋だろうか、一部が欠損しているが霊長類っぽい特徴の骨だ。

 それの近くに別の骨。こちらは蛇の様なものだ。


「こっちはコボルト、こっちはマダラパイク。それからダンジョンワームの糞」

「パイクにダンジョンワーム?」

「ニシキヘビみたいな大蛇と、大型の芋虫よ。死骸漁りをして大きくなるのがダンジョンワームの仲間。このダンジョン、小さいみたいに見えて、かなり濃密な生態系になってる。ここなら外に出なくても多少の獲物が得られる構造になってると言えるかしらね」


 雁木マリはメガネの位置を調整しながらそう言った。


「コボルトやマダラパイクが食べていける様な餌になるものがいる。そっちがこれ」

「ん? 何だ」

「チョウバエよ。知らない? あたしらのいた世界にもいたはずだけど」


 言うが早いか雁木マリは長剣を引き抜くと、壁に剣を突き刺した。

 よくみると、ガかチョウかハエか、よくわからないが岩壁に擬態した平べったい飛翔昆虫が剣で貫かれている。

 大きさは分厚い百科事典みたいなサイズだ。


「奥に地底湖があると言ったでしょう。そこから羽化したチョウバエが大量発生しているのでしょうね。こっちの動物(モンスター)は何でもかんでもアメリカンサイズだから嫌になるわ、ねっ」


 ごりごりっとチョウバエと呼ばれた百科事典サイズの飛翔昆虫をにじった雁木マリは、とても嫌そうな顔をしながら長剣を引き抜き、鞘に納める。


「コボルトやマダラパイク、それからダンジョンワームの糞が溶け出して、地底湖に流れ込む。それをチョウバエの幼虫が食べて羽化すると、それをコボルトやマダラパイクが食べる。まあ他にもたぶん、そういう大型昆虫がいっぱいいるんでしょうけどね」

「チョウバエの成虫は何を食べてるんだ」

「知らないわよそんな事。あとは洞窟内のコケでも食べてる動物がいるのかもね。壁がきれいだから、たぶんそう」


 博識を披露しながら、また歩みを進めだした。

 途端、洞窟のずっと奥から響きわたる様な、ドオオオオンという(おのの)きが聞こえた。

 聞き覚えのあるそれは、たぶんワイバーンの親戚みたいなヤツに違いない。


 バジリスクだ。

 戦慄した俺は、たまらず委縮する息子を確認した後、不安そうな顔を浮かべたようじょの手を握ってやっ

た。

 ところがパシリと拒絶されて手を離される。


「どれぇ、どれぇはバッチぃです!」


 いやぁすまんことです。



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