229 デルテ騎士爵の家庭の事情
しばらくダンジョン編が続きましたので、幕間的に今回はデルテさんにスポットです。
天幕の並ぶフクランダー寺院の敷地内に、夕食のスープの香りと女魔法使いの口汚い罵声がどこからともなく漂ってくる。
「あああっ。ゴーレムは大切に、丁重に扱って頂かないと困りますからね! そこの一体は研究用に、そこの二体は転売用に使うんですから。傷ひとつでも付けたら罰金ですよ罰金っ」
今夜のスープは何味かなあなどと天幕の外に顔を出したところ、ぷりぷりとご立腹な女魔法使いが、褐色お肌のモッコリ頭剣士たちに対して、偉そうに指示を飛ばしている姿が見えた。
フクランダー寺院の礼拝堂の中から次々と運び出されてくるのは、ダンジョンの主たるクリスティーソープランジェリーナ姫の資産である。
文字通り金銀財宝の類であるけれど、宝石や貴金属などにまじって現在は使われていない先時代の王国で鋳造された貨幣なども含まれている。
そうして運び出されたラミア族の財宝は仮設倉庫代わりの建屋に運び込まれていくのだが、中には幾つかゴーレムの姿が見受けられた。
「あれじゃまるでファラオの棺桶だな」
ラミアの財宝が眠る間に設置されていたガーディアンは、その広間にラミア族以外の人間が入ると反応するというよくわからない仕掛けが組み込まれていた。
そこでラミアの末裔であるソープ嬢にメイスを持たせて、ガーディアンの頭を破壊して回ったのである。
人間に習ったものなのか魔法回路が集積していてそこだけ粘土細工で出来ているので、弱点であるそこさえ叩き割ってしまえば無力化する事が戦っている最中にわかったからである。
けれども魔法にとても関心を持っている女魔法使いからすると、彼女いわくゴーレムだというガーディアンをすべて破壊してしまうのはとんでもな事だ、もったいない事だとなるわけだ。
色々試行錯誤した結果、件の様にガーディアンが起動しても暴れる事が出来ない様に、女魔法使いはガーディアンそのものを土魔法で固めて包んでしまおうと考え付いたわけだが……
「どうしてゆっくりと運べないんですか! 落としでもしてその土の棺桶が割れてしまったら、ゴーレムが暴れ出すんですからね! 爆発反応ゴーレムですよっ」
ぴりぴりとした態度で女魔法使いが叫ぶと、それを運ぶ手伝いをしていたけもみみが、珍しく頬を膨らませて不満顔を作っていた。
ちょうど担架に乗せられて運ばれてきたファラオの棺桶みたいなガーディアン。顔だけそこから覗かせているのだが、俺の前のところに来たところでその顔がこちらを向いた。
「トゥモローネバーダイですか?」
何言ってんだコイツ。まったく意味が分からないよ……
無表情というか真顔でそんな事を言うもんだから、とても不気味だ。
「シューターさん、この石像気持ちわるいね」
「そうだね。あの時壊しておけばよかった……」
「何を言っているんですか閣下、エルパコ奥さま! これは貴重な貴重な、いにしえの魔法使いが遺した古代遺産ですよ!」
けもみみ奥さんと意見が一致したところで奴隷に説教をされてしまった。
ちなみに俺に話しかけてきたガーディアンはエルフの石像だった。褐色か黄色なのかは石像なのでわからない。アフロじゃないから蛮族エルフかもしれないね。
◆
サルワタ隊の夕飯に並んだスープは赤かぶとベーコンのスープだった。
見た目は東欧の代表的料理であるボルシチみたいな姿をしているが、使っている材料はいくつか違うものといった感じだ。
何とずんどう鍋の番をしてあれこれと奥さんたちに指示を飛ばしていたのは、珍しいことにニシカさんだった。
そういえばニシカさんは料理が得意らしいとタンヌダルクちゃんに聞いた事があるけれど、どうやら事実だったようだな。
「素晴らしい味付けだ。ニシカ卿は嫁の貰い手が引く手あまたに違いない」
「チッ。オレ様はもう売約済みなんだよな……」
「そうでしたか、それは残念。夫となられる方はきっと幸せ者でしょう」
俺が配給待機列の後方に並んでいたところ、風に乗ってそんな言葉が聞こえてくるではないか。
どうも独り身の若い軽輩領主さんに賛辞を述べられていたらしい。
気の無さそうな返事で軽くあしらっていたけれど、悪い気はしなかったらしい。俺の順番がやってきたところで照れくさそうに黄色い花嫁がニヤリとしてくれた。
「あいつが現れるのがひと足遅かったぜ。ダンジョンから戻ってずっとあの調子だ。ホレお前ぇの分だ」
「確かにとても美味しそうなスープだ。ありがとうございます、ありがとうございます」
おたまで掬って皿にそれを注いでくれる。
次に俺の後ろに待機していたカサンドラにも同じ様に繰り返した。
さらにその後ろで順番を待っていたタンヌダルクちゃんやけもみみもひょいと顔を出すと、姦しく奥さんたちがくちばしをぴいちくぱあちくと動かすのであった。
「何事にも順番は大切ですが、タイミングというものが必ずありますからねニシカさん」
「売約済みという事は、とうとう秘密の関係を隠すのやめたんですかあ? ウフフ」
「運命からは逃れる事が出来ないんだよ」
「うるせえ! 次が並んでいるんだ、ちゃっちゃと動けッ」
赤面したニシカさんがキレちまったぜ。
はいはいわかりましたよう。などとタンヌダルクちゃんはニコニコ顔で悪びれもしていなかったけれど、シッシとばかりニシカさんにおたまで追い散らされたので、奥さんたちは退散していった。
ところが俺も退散しようとしたところ、
「相棒とけもみみは後で用事があるからな」
「現地協力員の事についてだね」
「そうだ、まだシューターには話してねえんだろ?」
「さっきまで、奴隷のお手伝いをしていたよ」
ニシカさんとけもみみが、短く何かのやり取りを俺の前でして見せた。
現地協力員という事は、次の作戦行動を前にして何かの情報収集をふたりがやっていたという事だろうか。
湯気の上がるスープに硬いビスケットを持って自分たちの天幕に移動する道すがら、けもみみにその事について質問する事にした。
「ニシカさんが言っているのは水先案内人の事だよ」
「上陸作戦の時に雇った船頭や、モッコの村から連れてきた猟師の事だな」
「うん。けれど東の森について詳しい人間があまりいないんだ。あの辺りは森は深いけれど、ひとの手が余り入っていないから獲物がいないんだってさ」
だから猟師が寄り付かないというわけか。
モノの本によれば、人間が人為的に作り上げた里山というのは意外にも自然の森に比べて植生が豊かなのだと書いてあったものだ。
人間が薪を得るために利用した雑木林が、いわば里山である。
してみると下草を刈り取ったり木々の間引きをするものだから、本来その場所では育たないような植物が多様に栄えるようになるのだとか。
ただの杉林の足元は、陽の光を受けないのでたいした植生が産まれないという事なのだろうか。
当然、植生が乏しい場所に多様な動物相が訪れるはずがない。
「それじゃあその、現地協力員の事に付いて何かニシカさんが思いついたという事かな?」
「たぶんそうだと思うよ」
「わかった。それじゃあニシカさんが戻ってくるまでに食事を済ませておこうか」
「うん。冷めないうちに食べないとね」
天幕に戻ると、牛のなめし皮の敷物の上に奥さんたちが座り込んでお食事の準備をしていた。
カサンドラがぶどう酒の入った酒瓶を木箱から取り出したり、タンヌダルクちゃんが簡易机の上にコップを並べたり。
カラメルネーゼさんは食事時だけは甲冑の装備をいくつか外して胸当てだけの姿になっていた。常在戦場を旨とする貴族軍人も、さすがに手甲を付けたままお食事をするのはばっちと思っているのだろうか。
「シューターさま、夫ともどもお邪魔をしております」
「ハハハ気にしないでください。デルテ卿も奥さまも、ゆっくりくつろいでいってくださいね」
自前の野営セットなんて所持していないマタンギ領主さま御一行は、食事の時間は俺たちの家族に合流して休憩してもらうらしい。
たぶんその手配をしたのはカサンドラで、俺がチラリと見やるとニッコリと微笑を浮かべてくれた。
正妻カサンドラはマジ大正義だな。
一方の男装の麗人とクレメンスは、テントの入り口で何やら簡易の囲炉裏の様なものを作って、団扇をパタパタとやっている姿が見えた。
サルワタ特産の燻製サルワタマスを焼いているらしい。
とにかくカロリーを消費する戦場生活だから、食事の足しにみんなでつつけるものを用意しているらしかった。
「シューター卿、エルパコ卿。この先の東の森という場所はかなり深い木々に覆われた場所だそうですな。それに山の起伏も相当にあると聞く」
ぶどう酒の瓶をひとつ手に取ったデルテ卿は、甲冑がコツンと当たる距離まで身を寄せて俺とけもみみにヒソヒソ話をぶつけてくる。そうしておいて、俺が手に取ったコップに酒を注ぎこんでくれた。
「確かに森は深いと聞いているよ」
「わがマタンギ隊は騎士も数名、兵士も若干。戦士の数はいくらあったも足りない有様ではあるが、さすがにこの先も妻を連れて行軍するのには、いささか不安を感じているところだ。貴卿のご家族らはその点どうなさるおつもりなのですかな?」
カサンドラは猟師の娘という出身で意外にも健脚、森の行軍や船に揺られて上陸作戦をしても不満のひとつもこれまで口にしてこなかった。
タンヌダルクちゃんは成人すると義兄が手ずから軍事訓練を受けさせていた様で、この戦争も当然の様に参加している。
雁木マリやようじょは元々冒険者だし、従軍経験もある様だからこれも問題ない。
ニシカさんやけもみみは、そもそも俺から離れる気配すらない。
うーん確かに。
俺がデルテ卿のご夫人を改めてチラ見してみると、あまり肉付きの良くなさそうな体をしていて、相変わらず薄幸そうな血色の悪い顔をしているではないか。
俺がデルテ卿に返杯しようとぶどう酒の瓶を受け取ると、そんなデルテ卿のご夫人が夫に酒杯を差し出すのである。
「あなた。わたしはどこまでもあなたの側に居たいと思っています。どうかシューターさまもその事を夫に言ってやってください。このひとはわたしがいないと、何もできないひとなのです」
こんなこと言われてるよデルテさん。
困った顔をして俺とけもみみが顔を合わせていると、
「この女の事は気にしないでいただきたい。お前は役立たずだ。剣はまともに振れないし、出来ると言えば俺たちの後ろを付いて来て、こうして貴重な食料を使って無駄飯を食うぐらいのものだ。それだけの女だ」
「そんなあなた……。おひとりでは甲冑の留めの紐もまともに結べないのですから、」
「ええい、これ以上聞き分け事を言うのであれば、離縁だ離縁。この戦争が終わったらリンドル御台のところに人質に差し出すか離縁するか、自分で好きな方を選ぶんだ!」
「わたしはそれでもかまいません。ですから閣下、どうかわたしをこのひとの側に……」
もしかすると、これはあれか?
デルテ騎士爵は役立たずの女などと奥さんの事を言っているけれど、実のところ奥さんの身が心配でフクランダー寺院に残していきたいと思っているのかもしれない。
「シューター卿、馬もまともに操れない戦士など、戦場ではものの数にも数えられない。軍監ともあろうお方がその様な判断も出来ないなどという事はありませんな」
馬もまともに操れないバイト戦士、吉田修太です。
それを言われると俺の弱点を突かれたみたいでバツの悪い顔になってしまうけれど、放置しているとデルテ夫妻は、食事もそっちのけでますますいがみ合いを続けるではないか。
デルテ卿の奥さんは薄幸そうな顔をしている様で、意外に芯が通った性格なのか、意地でも戦場に付いていくつもりらしいね……
「シューターさん。わたしの生まれも猟師の娘に過ぎませんが、お貴族さまの妻となった以上は、貴族の本分として、領民のために戦場に出かけるのが当然だと考えています」
「そうですねえ。ドロシアさまから預かったこの国のお作法の書物にも、蛮族のお貴族さまは民の前に立つべしとありましたよう。きっとデルテさんの奥さまなりに、考えての事なんですよう」
「それでも危険な場所に奥さまをお出ししたくないと、考えているのです」
「愛されてますねえ、奥さま。ウフフ」
傍で聞いていたカサンドラとタンヌダルクちゃんが口々にそんな事を言うものだから、俺が感じたところと同じだったのだろう。
剣もまともに触った事がないひとなら、尚更奥さんを危険な場所には出したくないよな。
「しかし深い森を抜けての行軍という事になれば、デルテ卿の奥さんに限らず人数を絞っての行軍の方がいいかもしれないな。山や森の生活に慣れない人間なら、疲れも相当だろう」
そんな言葉を口にして奥さんたちを見回すと。
俺からも誰か妻たちの中から残される人間が出るのではないかと言う緊張感が漂っているのが見えた。
チラリと表で燻製マスを焼いていた男装の麗人とクレメンスまでこちらを見ている。
「うちはみんなで移動するからな。安心してください……」
ところで。
酒瓶片手に戻って来たニシカさんだけが、状況がよくわからない顔をして天幕に首を突っ込んだのである。
「現地協力員にひとり同胞を捕まえてきたんだけどよ……何だお前ぇら、飯食わねえで何を睨み合っているんだ?」
「いいところに来ましたニシカさん。わたしたち家族の絆を確かめているところでした」
何となく家族の視線に負けて決まった気がする。
ハーレムは家族、ハーレムは姉妹。
ひとりの脱落も許してくれない空気なのである。




