220 フクランダー寺院の遺構はダンジョン化していました 2
きみはもし目の前に神秘的かつ魅惑的な穴が存在していた場合、どうするだろう。
しかし俺はきっと見なかったことにして、そっと視線を外しただろう。
これまでの人生もそうやって過ごして来たし、これからも出来れば身の丈に合った過ごし方をしたいと願って来た。
何しろ俺は元々どこにでもいるバイト戦士、フリーターに過ぎなかったからな。
その魅惑の穴の中に飛び込めば栄達できますと言われても、まず最初に躊躇してしまうだろう。
例えばバイト戦士に過ぎない俺が著名な政治家のご令嬢に告白されたとして、恋愛をしてみたいとは思わない。
大学中退の俺みたいな人間は、社会的にその令嬢の親爺さんに抹殺されかねないと連想するからだ。
何を言っているかわからないかも知れないが、俺もこの例えで何が言いたいのかわからない。
「つまりこの洞窟の中に入ると、絶対モンスターと戦わないといけないわけだ。中に入ると言う事はそれだけの覚悟が必要なんだよ」
この穴の先にはモンスターがいる。戦略要衝の最奥部でうごめいているそれを倒す事が出来れば、俺たち盟主連合軍の勝利へ寄与したとして歴史に名を刻む事になるかもしれない。
フクランダー寺院の建物の中に入った俺は、礼拝施設の祭壇の先にぽっかりと空いた自然洞窟を見やりながら、そんな感想を口にしたのである。
恐らくこの寺院そのものが目の前にある自然洞窟を祀るため、あるいは封じるために被せる様にして建設されたものなのだろう。
最初に建立されてからどれだけの月日が経過して何度の改築が行われたのかわからない。
しかし立派なこのフクランダー寺院の遺構は今も形を崩すことなく立派に残り続けていたのである。
これはきっと罠だ。
しかし冒険者とは、時にそれが罠であったとしても先に進まねばならない時があるのだ。
俺はもうただのバイト戦士ではないのだから。
「なあ相棒。わけのわからない事をブツブツ言ってないで、隊長は早く洞窟に入ってくれねえか。後がつかえてるぜ?」
「あっハイ」
色々と御託を並べていたが、俺はニシカさんに促される様にして洞窟の中に侵入した。
◆
ただやみくもにダンジョンへアタックをかけるのでは、仮にも冒険者登録をしている人間のやる事じゃないだろう。
そこで今回は慎重に慎重を期すため、俺たち別動隊を二手に分ける事にした。
フクランダー寺院を目指している男色男爵の先鋒部隊を迎え入れるためのチーム、それから実際にダンジョン内部を調査するチームだ。
内部に入る前にはもういち度、フクランダー寺院の遺構周辺を見て回って、礼拝施設にある洞窟が外のどこかと通じていないかなどを調べさせる事も怠らなかった。
「軍事拠点として利用されていた経緯があるので、あるいはこの洞窟が秘密の脱出経路になっているという事も考えられたのですが。どうやらそれは自分の杞憂であった様です」
洞窟の中にまず突入したのが俺mタンヌダルクちゃんとニシカさん、それから男装の麗人と女魔法使いの五人だった。
それから猟犬の訓練も受けていたあかちゃんだ。
女魔法使いは大火力魔法だけでなく、こういうダンジョンでは必須になる発光魔法が当たり前のように使える。
強制的に男装の麗人に駆り出されてきたわけだが、重たい荷物まで背負わされてとても嫌そうな顔をしている。
奴隷だからしょうがないよね。年季奉公が明けたらお賃金を弾んであげますから、それまでしっかり頑張ってもらおう。
「ああ、そういうお話ならばわたしも聞いた事がありますよう。古いミノタウロスのお城でも、いざ蛮族に攻め込まれて落城しかけた時のために、王宮の脱出路というのが用意されていたそうですよう。それから蛮族が追いかけてきても迷子になる様に、複雑な仕掛けを脱出経路に残していたとか」
自らもランタンを手に掲げながら周囲を見回してみせるタンヌダルクちゃんである。
なるほど、ミノタウロスといえば迷宮というぐらいだからな。
もしかしたら元いた世界でミノの迷宮に言及した人物というのは、このファンタジー世界出身の転生者だったのかもしれないね。
「この寺院跡地、要塞跡地もそういう場所だと思ったのですが、残念ながら周辺捜索の時間が足りなかったの、そこまでわからずじまいでしたからね。自分の能力不足です」
「いや、別に黒いのがが謝罪する必要はねえぜ。そういう事もこの洞窟のダンジョンの最奥部まで侵入すればすべて謎が解けるんだからな」
「ありがとうございますニシカ奥さま。やはり冒険者経験をされている方がこう大勢いると、頼もしいものですね」
「フン、オレ様はいち度だけバジリスクのいるダンジョンに潜った事があるだけだ。そういう事はそこの女魔法使いの方が経験豊富なんじゃねえか?」
男装の麗人に褒められてちょっと照れくさそうにしたニシカさんである。
実際、俺やニシカさんはブルカの街で過ごした一時期に、ほんいち度だけダンジョンアタックを経験しただけだからな。
こういう事は雁木マリやようじょがこの場にいればもっと適切な判断や指示が出来たのだろうけれど、今回はしょうがない。
「わたしも何度か冒険者ギルドでダンジョン攻略に参加した事があるだけですからね。別にベテランというわけではないですよ」
「キュイ!」
「それでもみなさんは少しは経験があるんですから、立派ですよう。わたしなんてダンジョンなんか生まれて初めてのアタックですからねえ。旦那さま、わたしを守ってくださいよう?」
まさか自分たちの半地下都市、野牛の居留地がダンジョンに定義されているとは、俺の野牛の奥さんも思ってはいなかったのだろう。
俺の袖にしがみ付きながらタンヌダルクちゃんはいやいやをしてみせるのだった。
しかしこの洞窟、とても不気味な存在である。
俺たち第一陣の五名と一匹がロープを伝って下方に降りてきたところ、そこに広がっていたのは小さなエントランスのような場所だった。
人間が通れるだけの狭い空洞がずっと続くのかと思っていたら、そうではないらしい。
降着ポイントを確保するべくニシカさんと男装の麗人が周囲に広がって武器に手をかけた。
いつでも何者が襲ってきてもいい様に、俺もタンヌダルクちゃんを庇う様にして周囲警戒を怠らない。
すると、祭壇の場所から第二陣のみなさんがロープを伝って降下してくるではないか。
むかし俺は元自衛官が経営していたアパレルショップのリペリング講習会に参加した事があった。
リペリングというのは、ロープを使って高い場所から加工する方法の事である。
よく特殊部隊のみなさんがヘリやビルの屋上からギューンと降りて来る時にやっているアレである。
してみると、眼の前で第二陣に参加しているみなさまが次々と器用にロープで下降してくる姿が目に見えた。
「おーっほっほっほっ。内部はこの様になっているんのですわねっ。さすが古い歴史のある遺構ですわ、まがまがしい!」
「ほほう、これはまたダンジョンというのは少年の心に戻る様なドキドキがある場所だな」
「あ、あなた怖いわ。助けて……」
最初はカラメルネーゼさんが重たそうな体に重たそうな装備(女性にこの言葉は失礼だな)でズドンとばかり着地である。彼女はたぶん触手を除く本体はとても魅力的な円熟の女性のボディであるが、触手は重そうだ。
次にマタンギ領主のデルテ騎士爵が、なかなか軽妙なノリでスルスルと下降してくるではないか。このひともしかしたらブルカの兵団で騎士見習いをやっていた幼少自分に、リペリング訓練を受けていたのかも知れないね。
そうして彼の奥さんや部下たち、さらにはカサンドラがけもみみの手を借りながら降りて来て、アタックチームの勢ぞろいだ。
しかしふたりの奥さんが抱き合った姿勢でスルスルとロープ降下してくる姿を見るのはちょっと百合百合だね。いいね!
「助かりましたエルパコちゃん」
「気にする事は無いよ、義姉さん。ぼくたち家族だから」
ハーレムは姉妹、ハーレムは家族。
結局、俺のハーレム大家族はみんなこの洞窟にやって来た事になる。
この場に来なかったのは指揮官経験が豊富で残留組をまとめる実質的能力のある修道騎士ハーナディンくらいのものだ。あとはクレメンスか。
こういう時に当然の様にぞろぞろ参加する奥さんたちを見ていると、危機管理上よろしくないのではないかと当たり前のことを思ってせっとくをこころみたのだけれど、
「シューターさん。わたしたち妻はいつも留守居役を任されるのが常ですが、今回はみんな戦争に参加しているのです。洞窟の上でも下でも死ぬときは死にます」
「そうですよう。旦那さまはお預けされる側になった事がないから、そういう事を言うんです」
「ギュイイ!」
カサンドラとタンヌダルクちゃん、ついでにバジルにまで反論されたので俺も押し黙る事にした。
視界の端でニヤニヤしているニシカさんが見えたが、あんたも今じゃ新妻だから、あんまり無理してもらったら俺は心が痛いんですよ。どうせ止めても飛び出していくだろうがね。
美しき家族愛を見届けたところで、俺たちは前進を開始する。
まあ、もしもの時のためにとハーナディンたちと残っている待機チームは、主に軽輩諸侯のお貴族さまたちが中心となっている。
彼らの中に冒険者経験がある人間はまずもって皆無だったが、戦場経験のある人間はいくらかでもいる。
とは言っても、ほとんどが戦争だった初体験なのだから、奥さんを上に残すよりも連れて行った方が正解なのかもしれないね。
けれども、デルテ騎士爵までもがわざわざここに来る必要は無かったと思うんだけどねえ……
「しかしシューター卿。ここでドラゴンの親戚を仕留める事が出来れば勲一等、歴史に名を刻む英雄になる事が出来ますな!」
「いやあ。俺はもう何度か倒したことがあるので、別に興味無いかな?」
「ふむ。サルワタの森に現れた全裸を貴ぶ部族が、城ほどの大きさがあるワイバーンを仕留めたという噂は聞いておりますぞ!」
「あなた、洞窟の中で大きな声を出すと響きます……」
奥さんにたしなめられたデルテ卿の事は無視して、俺たちは先々と進む事になった。
入り口の直下はわずかだけ広場の様にスペースがあったけれども、そこから周囲を調べながら進むと、徐々に細い道となっていく。
ニシカさんが足元を警戒しながら、けもみみが周辺の壁面を触りながら、内部にいったい何者が潜んでいるのかと警戒しながらである。
そうして今のところ何事も無く順調に前進していたところ。
装備品と思われるものが、発光魔法やランタンに反射して洞窟の先で煌いている場所にぶち当たった。
すかさず男装の麗人が俺たちから飛び出して、直ぐにその後を女魔法使いが負った。
俺もこれまでの週間が身に付いていて、腰の剣に手を回しながら前進しようとしたのだけれど、あっさりとけもみみとカラメルネーゼさんに押し留められてしまった。
よくよく考えれば、俺って今は盟主連合軍の軍監っていう立場なんだったね。
早々飛び出していい立場ではない。
しょうがないので女魔法使いが「誰かこの荷物を預かってください」と言っていたので、背負子を受け取ってかわりに背中に担いだ。
「比較的新しいブーツや、甲冑の一部が散乱しています。この湿気の中でまだ錆びていないので、時間もさほど経っていないはずですね」
「先輩、こっちにお金が落ちてますよ! ひいふうみい、ブルカ伯金貨五枚も……」
何やら金目のモノを見つけたらしい女魔法使いが血色を変えて奥へ行こうとしたところ、
「待て女、動くんじゃねえ……」
「えっでもお金ッ」
素早く飛び出したニシカさんと、さらにはけもみみがカサンドラとタンヌダルクちゃんを庇って剣に手を駆けたではないか。
ニシカさんはマシェットを引き抜きながら壁に手を当てつつも警戒して洞窟の奥の方を凝視している。
俺には見えない何かが、この先には見えているのだろうか。
緊張感が捜索隊の中に伝播しつつあるのを俺は感じた。
たぶん冷静でいられているはずだ。
俺はゴクリとつばを飲み込みながら、男装の麗人が頷いて見せて「こちらへ」と合図をしたのを見届けると、カラメルネーゼさんとともに前進した。
背負子、誰か代わりに担いでくれませんかね……
「何かを引きずった跡がありますね」
「この先から、何かの動物の息遣いも聞こえてくるぜ。それほど近くはないが、何かいる事は確かだ」
「するとやはりドラゴンの親戚がこの奥にいる可能性があるんですか、ニシカ奥さま」
男装の麗人とニシカさんが短く会話をする。
背負子を置きながら俺も視線を洞窟の先へと向けると、女魔法使いがゆっくりと発光魔法をその先に飛ばして見せるのだった。
「これだけ狭い洞窟だ、人間が三人並んで歩けばもう窮屈だからな。この中にワイバーンやバジリスクがいるという事は無いだろうぜ。お前ぇが想定した様に、どこか別の場所に出入り口があるというんじゃなければな」
「という事は、ドラゴン系のモンスターではない可能性がありますか。いや待ってください、ラミアというのであれば可能性がありますよ先輩がた」
「何だそれは? やっぱりトカゲの親戚か」
「いいえ、どちらかと言うと」
ニシカさんと男装の麗人、それから女魔法使いが互いに顔を見合わせた後。
マドゥーシャの視線は何故かカラメルネーゼさんに向かった。
「どちらかと言うとカラメルネーゼ先輩の親戚だと思います」
ラミア、どこかで聞いた事があるがはて……
当惑している蛸足麗人の事は放っておいて、足元に転がっていた装備品のひとつを俺が拾って見せた。
何だか新しい装備と言っていたけれど、妙にベトベトしているんですがねえ。
よだれで汚れたみたいだぜ……
「これは冒険者のものですかあ?」
「いいえ違います。騎士の甲冑です奥さん」
「キュイ!」
俺の拾ったそれを覗き込む様にして、少し離れたところからタンヌダルクちゃんが質問をして来た。
これはどう見ても騎士さまや修道騎士が身に着けていた様な甲冑だ。ブリガンダインとか何とか、鉄革合板の鎧系の何かだろう。
してみるとこれ、軍人がこの洞窟に最近入った後、引きずられてこの奥に消えてしまったという事でしょうか。
いやあ怖いですねえ、恐ろしいですねえ!
「どうするよシューター。奥へ行くか?」
「やめておくという選択肢は、ありますでしょうか」
「ねえだろうな……」
俺のそんな質問に対して、ニシカさんは被りを振って拒否をした。
「放っておいても、俺たちゃ魔物の縄張りに入っちまったんだ。フクランダー寺院にいる間は魔物に狙われる事になるぜ」




