206 五頭会談 7
デルテ騎士爵を女領主たちが談笑している輪に合流させたのはベストタイミングだった。
アレクサンドロシアちゃんとカラメルネーゼさんという貴族軍人同期組が並んで立って、オッペンハーゲン男爵とベストレ男爵がそれぞれの部下とともに挨拶をしているところ、俺はけもみみとともにデルテ夫妻を連れて合流した。
先ぶれにはすでに合図を送っていた男装の麗人がひと声かけていてくれたのだろう。
アレクサンドロシアさまと俺が声をかけた時には、女領主が振り返って「おお、わが夫がよいところに来た。わらわに改めてデルテ騎士爵を紹介して下さらぬか」などとにこやかにそんな言葉を口にしてくれた。
いい援護射撃だ。
最初だけはぎこちない硬い笑みを浮かべていたデルテ卿だったけれど、
「デルテ騎士爵は馬術巧みな方と伺っております。この度の戦争では間違いなく一番槍の活躍をするものと、今から燃え上がる様な決意を語ってくださりましてねえ」
「なるほどそれは心強いの」
「ブルカの領軍は経験も豊富、大軍を擁すると言われておりますが、その実際は一部の主力がそうであるだけですぞ。なに、油断は禁物でしょうが、全てのブルカ兵が精強というわけではない」
酒の勢いもあったのだろう。俺や周辺が上手くよいしょ出来たおかげで、最後にはその口も軽やかに集団の輪に入ってくれた様だった。
辺境不敗とか言って俺をありがたがっている様な武芸者好みのアレクサンドロシアちゃんの事だ。
その辺りの事も影響したのかも知れないね。
デルテ卿がブルカ伯とは昵懇の寄騎だった事も幸いだったのか、話題はその辺で女領主やオッペンハーゲン男爵と盛り上がってくれた。
奥さん同士の連携はこういう時にとてもありがたい。
行き場を失って右往左往していたデルテ卿の薄幸そうなご夫人は、すぐさまカサンドラとタンヌダルクちゃんがその側に移動しているではないか。
俺もうかうかはしていられないので、けもみみと一緒にまだ挨拶をまともに済ませていなかったベストレの男爵にお近づきになった。
あわただしいばかりの政治の場であるけれど、自らをベストレと名乗ったベストレ男爵はこんな事を言った。
「こうしてみると、サルワタの女騎士とリンドルの御台が辺境に台頭した理由がわかると言うものですな。ブルカ辺境伯はやりすぎたのだ。やりすぎて、国王陛下への反意を示し、分不相応な独立の野心というものを持ち出したことで、ダンジョンから出てきたばかりのワイバーンの尻尾を踏んでしまったと言える。その結果として、あなたのふたりの奥さまにひとびとが集まっているのだ」
ふたりの奥さまと口にした眠たそうなベストレ男爵の視線の先のひとつは、当然アレクサンドロシアちゃんだ。
今もデルテ卿とドラコフ卿のふたりを相手に戦場談義を花咲かせている様子だ。
そしてもうひとつの視線は壇上の御台マリアツンデレジアに向けられているのだ。
こんな事を今考えるべきではないかも知れないが、ベストレ男爵もリンドルに手の者を送り込んで情報収集に力を入れていたという事だね。
そうでなければ俺とマリアちゃんがふたりで密会をしていた事実を知っているのはおかしい。
あるいはこうだ。
この有力諸侯の盟主会談で集まった際にお貴族さま同士、その側近同士で情報交換が行われたのか。
そして王都やブルカにも当然、ベストレ男爵は探りを入れていたのだろう。
「われら辺境の大半がそのルーツを本土に持っている。ブルカ伯が独立建国の野心を持っている事は、おおよそ事実であろう事は俺も承知している事だ」
「では王都でもその様な噂が」
「いや、ブルカ伯は大身の辺境領主であるから、上洛する事もまた頻繁だ。当然ながら宮廷との関係も深いものであるから、われら軽輩領主とは違ってその辺りは用意周到に金を掴ませている事だろう。今はな」
アレクサンドロシアはともかく、貴族軍人同期のカラメルネーゼさんや男色男爵は中央にもそれなりに伝手があるが、家格を考えればブルカ伯ほどの影響力は無いのかもしれない。
「しかしリンドル御台マリアツンデレジアさまがおる。あなたの奥さまのひとりは宮廷伯のご令嬢だったお方だ。リンドルの前子爵もまた宮廷に長く出仕していた事もあって、王都中央の法衣貴族たちも内情を良く知っているだろう」
「確かに」
「この戦争は恐らく野戦上でアレクサンドロシア卿が活躍なさり、交渉の場でマリアツンデレジア卿が活躍なさる事になる。趨勢は辺境盟主連合、あるいはブルカ伯がどれだけ辺境において求心力を発揮できるかによるが、ブルカ伯もまた勝算あって戦争を仕掛けようとしたのだろう」
なるほどね、ベストレ男爵が見る辺境の動きというのはその様に映っているらしかった。
「サルワタやリンドルを執拗に追い詰めた事が、ブルカ伯の油断であったと言わしめたいものですな」
「そうあってほしいものですねえ」
「あなたにも、辺境不敗の名が嘘でなかった事を示していただきたいものだ。ふたりの奥さまの陰に隠れている様では困りますぞ」
ハハハ。頑張ります、頑張ります。
◆
リンドル郊外にある御台マリアツンデレジアの別邸に、盟主連合軍の大本営が開設された。
城の中を辺境諸侯の兵士たちがたくさん出入りしているというのは、治安が悪化する可能性があるからと言うのも理由のひとつだ。
けれども最大の問題は、どこに潜んでいるわからないブルカ伯の工作員を遮断する狙いもあった。
マリアツンデレジアの別邸はその点で、周囲を田園風景に囲まれた場所にぽっつりとあるので、盟主連合軍の兵士たちがその周辺にキャンプを張ってしまえば、怪しい商人たちの出入りる危険性は減る。
「腹の探り合いはこれまでにして、ブルカ伯をどこで迎え撃つのか、あるいはこちらから戦場をしてしてしまうべきなのか、決め打ちをせねばならんの」
「アレクサンドロシア卿はどう見られている」
「ふむ。ゴルゴライの街道口は必ず戦場のひとつになる事は間違いないけれど、もうひとつはリンドルであろう。わらわがあのオレンジハゲであるならば、連合軍の盟主さえ叩き潰してしまえば、後は自然崩壊すると見るからの」
晩餐会を経て数日の間は、ここ大本営の指揮所にあつまった五人の辺境有力者たちとその幕僚による、本格的な軍議が繰り返し行われていた。
リンドル御台マリアツンデレジア、ゴルゴライ準女爵アレクサンドロシア、オッペンハーゲン男爵ドラコフ、騎士修道会の聖少女修道騎士雁木マリだ。そして岩窟王バンダレーンタイン陛下はこの場にオブザーバーとして参加している事になる。
これららの指導者たちは、それぞれ率いている軍勢が千に届こうという大所帯だった。
当然諸侯連合の中でも自然と発言力が大きくなると言うわけだね。
アレクサンドロシアちゃんはサルワタ本領の戦力などは、軽輩領主そのものの兵士しか揃えられないけれど、野牛の兵士だけで今は五〇〇あまりが動員されているというし、支配下の所領地の軍勢を糾合してゴルゴライで今雇い入れられているだろう傭兵たちを集めれば、千に届く可能性はある。
オッペンハーゲン男爵などは、この戦争のために三〇〇〇という規格外の軍勢を率いてリンドルに来陣したものだし、ベストレ男爵も同様に一〇〇〇近い軍勢をどこからかかき集めてきた。
騎士修道会にいたっては修道騎士だけで五〇〇騎もいるという、常設の武装教団である。
デルテ騎士爵の様な軽輩領主たちは、せいぜいが数十単位の郎党で形成された軍勢なので、彼らはは、これらの軍勢の寄騎として諸隊を形成する事になっている。
この五人が、それぞれの諸隊の司令官とでも言うべきだろう。
「なるほど、リンドルを一撃で陥落せしめるという作戦か。辺境の様な人口が密集していない土地でこそ生きる作戦であるかもしれない……」
アレクサンドロシアちゃんの言葉に質問を投げかけたオッペンハーゲン男爵は、返された回答に腕を組みながら思案する様に唸っていた。
俺はと言うと部屋の隅でようじょと並んで座りながら、それらのやりとりを他の盟主たちの幕僚のみなさんと黙って見てるばかりだった。
ようじょ軍師たち幕僚のみなさんは、この五頭たちの戦争指導要領に基づいて具体的な作戦計画を立案するわけだ。
この決定がイコール、戦争の具体的な方針となる。
「ゴルゴライ方面についてはわらわが本領の近くであるし、土地勘もある。そこは任せていただこうかの」
「では、わしら岩窟王国の軍勢が、リンドルの守備にあたるというのがよいだろう。ここの背後にある王国から、必要であれば援軍も送る事が出来る。逆にそなたたち辺境の盟主らが戦場で活躍をせん事には、民たちは納得もせぬであろうからのう」
アレクサンドロシアちゃんの言葉に、ドワーフのサンタ王が助言をした。
その言葉を受けて武人の気風を漂わせているドラコフ卿が、いかにも軍人らしい大胆な発言を加える。
「では二方面軍にわかれて、われらはブルカを目指すと言うのはどうか。守りに入ってしまえば、数の多いブルカ伯軍に翻弄されてしまう。主導権を握る方向で動く事が肝要というものであろう」
「そうですね、わたくしもその意見に賛成ですの。ゴルゴライ方面はもっとも攻めやすいルートであるけれど、それは逆にもっとも会敵しやすい戦場になるとも言えます」
「アレクサンドロシア卿は歴戦の軍人であるから、進軍すると見せかけて上手くブルカ伯の軍勢を引き受けていただくのがいいだろう。リンドル方面からの進軍は、よりブルカ側についた諸侯の動きを見ながらだな……」
作戦の主方針はおおむね決まりつつあるらしい。
ようじょの方をチラリと見やりながらその事を俺が確認すると、
「任せてくださいなのですどれぇ!」
と白い歯を見せて返事をしてくれた。
これから具体的な作戦立案に入るわけだけれど、天才ようじょゴブリンには何かの腹案があるらしい。




