200 五頭会談 1
九月の下旬。
俺たちがシェーン子爵の治めるリンドルの街に到着した翌日の午後である。
離れていたわずかの間にこの土地は確かな秋の到来を俺たちの肌身に告げていていた。
リンドルは周囲を山野に囲まれた高所にある交易中継都市で、街の背後にも大きな鉱山がそびえ立っている。
さすがに半袖で生活する人々の姿は消え、代わりに秋に相応しい暖色系に染め抜いた長袖の上衣やチョッキを身に着けた街のひとたちを見かける様になった。
リンドル聖堂の隣り合わせに立っている宿舎からはそんな街の営みが見えて、俺の奥さんたちははしゃいでいる様だった。
「綺麗ですね、ダルクちゃん。山の彩に黄色や赤く染まった木々の葉が見えます」
「わあ、本当ですよう。街路にたくさんの露店が並んでいます、本当に都会は華やかですねえ」
ハーレム大家族の筆頭奥さんのカサンドラも、季節に合わせてリンドルで手に入れた上等なおべべを身に纏っている。
タンヌダルクちゃんもいつものミノタウロス文化様式ではなく、郷に入っては郷に従えとばかり、午前中に奥さんたちと街に繰り出して衣服店で好きなものを買って来たところだった。
けもみみと雁木マリ、それにカラメルネーゼさんまでがそれに加わって、宿舎の二階にある俺たちサルワタ領の人間に与えられた休憩室から窓の外を眺めるところだった。
「おーっほっほっほ。まもなくこの国でもっとも華やかな催事となる、秋分のお祭りがはじまるのですわよ!」
「女神様にその年の豊穣を祈り、その収穫に感謝する日よ。騎士修道会の本部があるブルカの街では、総長のカネールクリーフやあたしだけじゃなく、大聖堂の司教や司祭たちがたくさん集まって、中央の路地を練り歩きながら催し物をしたものだわ」
「どこの国でもお祭りはいいもんだ。何だか縁日を思い出すなマリ?」
「そうね。あたしたちも公務が無ければ外に出て見て回るのだけれど……」
蛸足麗人のカラメルネーゼさんが嬉しそうに言葉を口にすると、それを受け取る様にして雁木マリが詳しい解説を言い添えてくれた。
むかし俺は祭りの縁日で金魚すくいや射的に精を出して大喜びしていた記憶があるけれど、ふと露店のひとつに眼を向けると、そこにはたくさんの仮面が並べられて売り物にされているのがわかった。
仮面。
よくよく見るとペストマスクみたいな形状をした鳥顔のお面である。
「見た事があるな、触滅隊が被っていた仮面にちょっと似ている」
「そう言われてみればそうね。秋分のお祭りで使われているのは女神様の言葉を信者に伝えたといわれている鳥を模したものだけれど、何か関係があるのかしらね?」
小首をかしげた雁木マリは、そのまま覗き込む様にして俺の顔を見上げてきた。
うん、メガネの向こう側に見えるくりくりとした大きな瞳がとてもキュートだぜ。
久々にこうして見る婚約者の表情にゴクリとつばを飲み込んだところで、背後から「ああそれはですね」と、やる気なさそうな女魔法使いの声が聞こえてきた。
「触滅隊が被っていたのは、いにしえの魔法使いが呪いによって生み出した鷲面の猿人間を模した仮面ですよ。狙った獲物はどこまでも追いかけて必ず仕留めるという願掛けかなにかで付けていたんです。女神様関係とは特に繋がりがありません。……ちょ、後輩そこ間違ってますから!」
「魔法陣を描くお仕事なんて、わたし聞いていなかったかもです……」
ベローチュとモエキーねえさんと三人で、何やらいそいそと部屋の奥で書類整理をやっていた様だと思えば、それは女魔法使いの護符を量産しているところだった様だ。
超強力な魔法が連発出来る代わりに、護符を消費するのが女魔法使いマドューシャの欠点だ。
聞けば普通に魔法発動体でもそれが可能なのだそうだが、魔法発動体はどうしてもお高いので使い捨ての護符を発動体にする事を思いついたらしい。
貧乏はひとをたくましくする。頑張りたまえ……
「シューターさん。会談予定の最終日が、ちょうどお祭りの本番なんだそうです。登城するのを少し早めに出れば、お祭りを見物する事も出来るかもしれませんね」
「そうだね。アレクサンドロシアちゃんに相談して、時間を作ってみよう」
正妻カサンドラの提案を受けて俺がニッコリと返事をしたところで、背後から身も蓋も無い言葉が飛んでくる。
「そいつはいいや、上等の酒が飲めるぜ」
ニシカさんは祭り騒ぎなら何でもいいと言わんばかりにニヤニヤしながら、外の露店を眺めては水筒に入った何かの酒を口に運んだ。
どこにいたってあんたは酒を飲んでいるんだから、祭りだろうが関係ないだろ!
俺たちは他領地リンドルにおいてハーレム大家族の参集を果たした。
筆頭たる正妻カサンドラに第二夫人ダンヌダルクちゃん、今この場は留守にしているが第三夫人アレクサンドロシアちゃんに、第四夫人エルパコと婚約者の雁木マリ
それに厳密には家族のだれもその事を認めていないにも関わらず、第五夫人然と振る舞っているカラメルネーゼさんと、夫人でも何でもないのだが家族はみんな奥さんのひとりだと思っているニシカさん。
それに加えて男装の麗人ベローチュを筆頭に、女魔法使いマドューシャと文官少女モエキーウォールズおねえさん、そして田舎者レディのクレメンスだ。
この部屋は女性ばかりが十人も。
ようじょと留守にしているアレクサンドロシアちゃんを除いてこの数だからな。
むせる様な女の色香が漂っていた、いやむしろむせる!
吉田修太、三三歳。思えば遠くに来たものだ。
元いた世界の父と母に想いを馳せながら、息子はハーレム大家族の大黒柱という立派な大人にようやくなれましたと報告をしてみたのである。
「どうしたのシューターさん?」
ピコリと耳を動かして見せたけもみみが、俺の方を向いてキョトンとした顔をして見せた。
「実はね。俺は今月誕生日を迎えまして、めでたく三三歳になりました」
「そうなの? いつが誕生日だったのかな」
「うーん。元々の世界では九月の十日が該当する日なんだけれどな、こっちじゃ暦がずれてるからなあ。だいたい今時分が誕生日なんじゃないかな?」
「それなら、秋分の祝日を誕生日ってことにすればいいよ。ぼくも覚えやすいし」
ぼんやりした顔をして俺のけもみみ奥さんがそんな提案をしてくれた。
わずかの間顔を見なかっただけなのに、ずいぶんとかわいく見えるから不思議だ。
「そうだね、そうしようそうしよう」
エルパコの肩に手を置き嬉しくなってしまう。
抱きしめたくなる様な提案をしてくれるけもみみだけれども、俺はぐっとその行動を抑えてそれ以上は笑顔を見せるだけにとどめた。
他の奥さんたちがいる前で、あまりこういう事をするのはよろしくない。
ふたりでちょっといい雰囲気になったところで、ジロリとカラメルネーゼさんとニシカさん、それに奥さんたちや他の女性陣が注目しているのがわかった。
カラメルネーゼさんは羨ましそうにしているというのがわかるし、ニシカさんはニヤニヤしている。他の女性陣は特に気にも留めていない日常のひとコマとわかって視線を次々に外していったけれど……
そこにはッジャジャマくんがいたのである。
ゴブリンの猟師親方の末弟ッジャジャマくんは、しわくちゃの顔をして「どうぞ俺は何も見てませんから」と先を促す様な態度を示した。
彼は部屋の端で警備のために直立不動で立っていたけれど、貫禄のある猟師親方のッワクワクゴロさんとは大違いで下世話な若者だ。
「ッジャジャマくんにひとつお願いがある」
「はい! 目をつむれとお命じなら、俺は眼が悪いんで安心ですっ。ご安心を!」
安心できるかっ。
◆
「リンドルの公衆浴場は聞きしに勝る贅沢なものだな、いや良い風呂であった。わらわの城にもこの戦争に勝利した暁には、職人を呼んで作らせるとしようの」
大変ご満悦顔で身支度を整え終わったらしい女領主が、ッヨイさまを伴って宿舎の休憩室へと登場した。
エレクトラとダイソンの護衛ふたりは、一歩下がったところで手を組んで待機だ。
まるで本物の護衛の騎士みたいな様が格好についてきたけれど、近々これはアレクサンドロシアちゃんに相談して騎士に取り立ててあげる様に意見具申した方がいいかもしれない。
「どれぇ、お待たせしましたなのです!」
「ッヨイさまはお風呂できれいきれいしてきましたか?」
「はい。本当はどれぇと一緒に入りたかったのですけれど、ドロシアねぇさまとないみつのお話しがあったから、しょうがなかったのです……」
内密のお話であるのならばしょうがないですねえ。
今度はようじょの忠実な奴隷の俺とキレイキレイしましょうね。
これはロリコン的なアレではなく、勤労奴隷の正しき思考だから問題ない。
「さて。リンドル子爵と顔を合わせるのだから失礼はあってはならぬが、相手はしょせんお子さまだ。こんなものでいいだろう」
「ドロシアねぇさま」
「何だッヨイハディよ」
「リンドル子爵のシェーン卿は義理の母であるマリアねえさまに懸想をしているのです。やりすぎるとシェーン卿がほれぼれしちゃうかもしれないのです」
「フン。人妻に懸想する様な男は貴族の風上にも置けんな。やがて身の破滅を招くであろう。くっくっく」
どこまで本気でそんな事を言っているのか知れないが、不敵な笑みを浮かべたアレクサンドロシアちゃんは休憩室の姿見を覗き込むと居住まいをただした。
「お兄ちゃんはシェーン卿がわらわに懸想すると思うか」
「少なくとも俺は惚れ惚れしますねえ。カサンドラもそう思うだろ?」
「はいシューターさん」
「そ、そういう事は人前で言うものではないわっ」
これより俺たちは階段状の街の頂点に建つリンドル城府へと登城する事になっている。
宿舎の休憩室で集まっている一団のみんなが同行するわけではなく、向かうのは大使のひとりである正妻カサンドラと婚約者雁木マリとカラメルネーゼさんだ。それに護衛のニシカさん。
政治向きの事よりも情報収集がお得意な男装の麗人と修道騎士ハーナディンは、それぞれ手分けして街の噂を拾いに出かける事になる。
最初にリンドル入りした時に乗って来た豪華な野牛の馬車に乗り込むと、扉を閉めたところでゆっくりと動き出すのを感じた。
「シューターには昨晩話した通りだけど、改めて確認しておくわ。今回この場所に集まっている主な有力盟主の顔ぶれは、オッペンハーゲン男爵、セレスタ男爵、サルワタ騎士爵、ゴルゴライ準女爵、マタンギ騎士爵、それにベストレ男爵に騎士修道会、最後に岩窟王陛下よ」
窓の外をチラリと確認した後に雁木マリが身を乗り出す。
ちなみにサルワタとゴルゴライという、アレクサンドロシアちゃんの支配下でふたつの領地名が存在しているのは間違いではない。
サルワタの代表者は依然として大使の俺とカサンドラであり、ゴルゴライ領主としてアレクサンドロシアちゃんはこの場に存在している。
ややこしいかもしれないが発言権と発言の機会の数は多いに越したことはないと、ようじょが御台さまに提案してくれたわけである。
ようじょ軍師賢い!
「こうしてみるとお貴族さまだけでなく、王様まで参加する盟主会談なのですね。田舎娘のわたしは、急に緊張してきました……」
「大丈夫よカサンドラさん、わたしも埼玉生まれ埼玉育ちだから」
「?」
雁木マリがカサンドラには絶対に伝わらない自虐を口にして慰めている。
ちなみに。
ニシカさんは御者台の隣に座って護衛に付いているので、この狭く感じる車内は俺とカサンドラ、アレクサンドロシアちゃんと雁木マリが向き合う形で座っている。ようじょの指定席は俺の膝の上だ。
カラメルネーゼさんは例によって自前の馬上で騎士然と振る舞っているのでこの場にはいないが、これから再確認を要とする様な事は、すでに俺たちがこの街を離れている間に頭に入れているだろう。
「話を続けるわね。このうちオッペンハーゲン男爵とベストレ男爵は領地の広さからも兵士の動員力からもしっかりと顔つなぎをしておかなければならない相手よ。特にベストレ領主とは、今回の会談までまったく接点の無い相手だったから、出来るだけお近づきになっておく必要があるの」
「岩窟都市のドワーフ王についてはどうするんだマリ」
「ああそれはリンドルの領分という事で話が付いているわ。ドロシア卿、異国の国王は地縁のあるリンドル前子爵のダアヌ夫人に任せる事にして、あたしたちはオッペンハーゲンを主眼に話し合いをしましょう」
「ふむ」
説明の途中でアレクサンドロシアちゃんに向き合って提案をする雁木マリ。
土着の分限者という家柄のダアヌ夫人派ならば、古い時代から岩窟都市との交易で人脈もある。
俺たちは黙ってその提案にうなずいてみせる。
「一方のあたしたちは、他の領主たちよりもひとの数の上で有利だわ。代表者としてはドロシア卿だけでなくこちらにはッヨイもいれば、大使としてあなたとカサンドラさんがいるもの。それに騎士修道会の代表者としてあたしが加われば、一度に複数の人間と交渉、接触をする事も可能よ」
「確かにそうだの。わらわが仮にオッペンハーゲンを担当するとして、ガンギマリーどのはすでに予備交渉をしておったのであるから、晩餐会の席ではわらわを援護せよ」
「了解ね。それならベストレの男爵はッヨイとカサンドラさんが担当するのでよいかしら?」
「ま、任せてください」
「はいなのです!」
こういう時の事を見越してようじょは俺たちにふたつの領主宛で招待状を出したというわけか。
さすがようじょ頭よいな。
そんな賢い頭をよしよししてさしあげると、心地よさそうにようじょがニコニコしてくれた。
きゃわわ。
「後は俺がマタンギの領主と交渉だな。あのひとは終始不機嫌というところもあって、確実に扱いの難しいところがある」
「そうなのです。どれぇが付きっ切りで接待をする必要があるのです」
マタンギの領主はもともとブルカ辺境伯と蜜月の関係であったと何度も話題になっている。
その点は夜遅くにリンドル入港をしたにもかかわらず、マタンギ領主デルテ騎士爵の態度についてはしっかりと情報共有をしておいた事だ。
「あのう。シューターさんの見たところ、デルテさまが裏切る可能性はあるのでしょうか?」
「わかりませんね奥さん、しかし裏切るとこちらが決め付けてそういう態度で接していれば、結果的に裏切られることになると俺は思うぜ」
「そうなのです、わざわざ敵を作る様な態度は愚の骨頂なのです」
カサンドラの不安に俺とようじょが重ねて言葉を口にしたところで、少しだけ安心したという表情をカサンドラが浮かべた。
「まあきみたち奥さんは、それぞれの担当する領主たちの事に集中してくれ。むかし俺は出会い系サイトで初対面の相手を口説き落とす達人……の友人がいた事があるので、その点は安心してくれるといいぜ。色々と教わったんだ」
「どういう意味だお兄ちゃん」
「ぶ、文通の達人かなっ。デートまではした事があるぞ……と言っていた」
そうやって俺がみんなを見回して言ったところ、奥さんふたりとようじょは訳も分からず頷いて見せた。
自信満々の顔をしておけば、こういう時はそういうものかと納得してくれるのだ。
ところが雁木マリだけは軽蔑の色をその大きな瞳に浮かべて、メガネの向こうから俺を睨み付けて来るのである。
「本当はお前が出会い系サイトで釣りをしていたんじゃないの」
「だ、断じて違うからな。嘘だったら全裸で平伏してもいい」
「ま、そういう事にしておいてやるわ」
ありがとうございます、ありがとうございます……
俺は心の中で全裸になって平伏した。
◆
リンドル城府の前には、いくつもの馬車の連なりが縦列駐車をしていた。
元から自前の馬車があった俺たちは別にして、陸路でリンドル入りをした岩窟王やオッペンハーゲン、そしてベストレのもの。
それから貨客船でやって来たセレスタとマタンギには、シェーン坊ちゃまが用意した馬車が宛がわれていたはずだ。
跳ね窓の外を俺とようじょが覗き見ると。
駅前のロータリーみたいな賑わいを見せる城府の入り口では、それぞれの領からやって来た護衛の騎士や供回りたちが、それぞれの武威を示す様に整列して待機している姿があった。
「ドワーフのおじいさんなのです」
「おお、白髪髭のサンタクロースさんみたいだな。まさにファンタジー的なドワーフだ」
ひときわ荘厳にして繊細な彫刻の施された大きな馬車の中から、ひとりの武骨な壮年のおじさんが出て来る姿が見えた。
このファンタジー世界でよく見る貴人の礼では無く、周囲の人間が完全に平伏している。
「不敬であるぞお兄ちゃん、恐らくあのお方が岩窟都市の国王陛下だ」
アレクサンドロシアちゃんにタシナメラレタところで、俺とようじょは苦笑して首を引っ込めようとした。
すると最後の瞬間に俺とサンタクロースは視線を合わせてしまった。
サンタのおじいさんは片目をひとつパチクリさせた。
今回の投稿で、本編の話数が通算200話を迎える事が出来ました。
ありがとうございます、ありがとうございます。これも読者のみなさまのご愛読のおかげです!
作者は全裸で平伏した。




