190 久々の我が家ですが団欒とはいかなかったようです
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サルワタの我が家は、俺がこの村を離れる直前に完成したばかりの新居だった。
開拓村の中ではかつての村長邸を除いてもっとも大きな作りの、ハーレム大家族を収容してキャッキャウフフ出来るだけの広さがあったはずである。
「リンドルでは大儀であったの。さあ中に入って向こうの話を聞かせてくれ」
「そうですよう、居間でお湯を沸かせてお待ちしていますので。足を休ませてくださいね」
馬を降りて旅装束を解きながら我が家に入る中。
甲斐甲斐しくも奥さんのひとりであるところのアレクサンドロシアちゃんが、俺から旅装束の一部を受け取った。
その反対側には同じく奥さんであるところのタンヌダルクちゃんがやって来て、腰にさした剣を抜いたところで預かってくれる。
チラリと出迎えてくれたみなさんを見回したところで、緊張した顔のギムルとその隣のミノタウロス女性が目に飛び込んで来た。
ミノの女性は、噂に聞いていたギムルの奥さんだろうか。
そんな風に思っていたところ、
「実はの。シューターにはすまなんだが、先日連絡を飛ばしたマテルドの事件で村長邸は燃えてしまったのだ。それ故、今はそなたの屋敷を仮の村長屋敷としておる」
「火事か。それで、連続殺人事件の捜索は終わったんですかねえ……」
屋敷の中に入って居間に向かいながら女村長の説明に耳を傾けていた。
リンドルを出立する前にはただ「サルワタ領内で連続殺人事件があった」とだけ聞かされていただけだった。
犯人はマテルドで脱獄して村が大騒ぎになった事だけは魔法の伝書鳩で知らせてくれていたが、その後については続報が無い。
「マテルドは、マイサンドラが見事討ち取ったぞ」
「マイサンドラ?」
「どうもあのオレンジハゲの工作員が、またぞろ村の中に忍び込んでおった様でな。その者たちの手引きでマテルドは脱走を図ったと見える。冒険者ギルドの家屋と村長屋敷が燃やされた他、夏にカムラたちに協力した人間は軒並み口封じのために皆殺しにされたのだ。マテルドの手でな」
しかし、と言葉を続ける女村長は、そのままリビングに俺を誘いながらまくしたてた。
「マテルドは密接に連携していたマイサンドラも口封じするつもりだった様だが、当てが外れてしまっての」
「当てが外れた? どういう事だいアレクサンドロシアちゃん」
「それはですねえ旦那さま。ほんの少し前に、サルワタの森でガーゴイルが出没したというので大騒ぎになったんですよう。放置しておけば材木を集めるために森に入っている領内の人間に被害が出るので、石塔に投獄されていたマイサンドラを、ガーゴイルを仕留めに向かわせていたのですよう」
ソファにどっかりと腰を落としながら俺が質問すると、知らない顔の使用人にお湯の入った桶を運ばせる様に命じながら、タンヌダルクちゃんが説明をしてくれた。
そうして女村長が言葉を言い添える。
「マテルドも工作員も、まさかマイサンドラがこちらに付いていたとは知らなかったのであろう。わらわもオレンジハゲとの会談のために村を留守にしている最中だったのだが、不幸中の幸いだ。ザマを見よあっはっは」
「ガーゴイル! そのガーゴイルというのは何ですかね……」
「マジかよ、あいつはかなり危険なモンスターだぜ。ワイバーンより始末に負えないんじゃねえか」
とても嫌な予感がしながらソファの隣にドッカリと腰を落ち着けたニシカさんに話題を振ると、バツの悪そうな顔をして紐解き始めたブーツの手を止めてしまった。
「ガーゴイルは森の中で擬態の魔法を使うトカゲの親戚だ。かなり厄介な相手で、体はそれほど大きくはないんだが、とにかく森や岩場で姿をくらましてしまうのが得意だからな。しかも硬い」
「するとアレクサンドロシアちゃんが俺たちを呼び戻したのも、それが本来の目的だったのか。マテルドの件とは別に……」
「そうだな。シューターがオレ様を連れて村に戻ったのは正解だぜ」
ガーゴイルはトカゲの親戚らしい。
このファンタジー世界にやって来て最初に出会ったヤバいトカゲはワイバーン。その次がバジリスクだった。そして聞いた限りではリンドルの山奥には、デブが封じたサラマンダーなるトカゲの親戚がいると聞いて、今度はガーゴイルである。
俺の知識にあったファンタジー的世界のガーゴイルといえば、石像みたいな作り物の守護者みたいなのをイメージしていたが、このファンタジー世界ではどうやらドラゴンの仲間らしいじゃねえか……
ニシカさんと俺は真剣に顔を向き合わせながら、明日の事を思案しようとしたのだけれど。
「こっちには女魔法使いとベローチュもいるからな。今回はワイバーンの時みたいには苦戦しないだろう」
「それで、マイサンドラはガーゴイルの捜索に出ているのかよ? おし、俺たちも明日の朝いちばんに……」
どうやらその必要はなかったようだ。
俺とニシカさん、男装の麗人と女魔法使いが互いに顔を見合わせて明日の準備をどうするべきか、と考えているところで、ニッコリと微笑してしまった女村長とタンヌダルクが返事をしたからだ。
「安心せよ、ガーゴイルはすでに首だけの存在になっておる。今はッワクワクゴロの家で顔のはく製を製作途中であろうな」
「無事にマイサンドラが仕留めてくれましたよう。あのひとは凄腕の猟師さんですねぇ。聞いたんですけど、ニシカさんのお師匠さまだそうですねぇ」
すでにガーゴイルは仕留められていたらしい。
何気に臨戦態勢で明日にガーゴイルを仕留めてやろうという気持ちになっていた俺たちは、そんなところで拍子抜けしてしまったのである。
「ご主人さま、まあよかったではないですか。これからブルカ辺境伯との戦争という時期ですし」
「そうですね閣下さま。わたしはタダ働きしなくちゃいけないのかと思って戦々恐々としていましたし、ひと晩で護符を作るのは徹夜仕事だなあとか思ってました。よかった、ホッ……」
ホッ……じゃねえ!
などと思いながら苦笑を浮かべてふたりの奥さんの顔を見上げたところ、ちょっとふたりの笑顔が引きつっているではないか。
「ほう、ご主人さまだと? ご主人さまとはどういう事だお兄ちゃん」
「だ、旦那さま。そちらにおられるおふたりとは、どういったご関係なんですかぁ……」
笑顔が引きつっているどころか、ニンマリした顔の割りには眼がまるで笑っていない。
「しょ、紹介しておこうね。こちらは俺の第二夫人でタンヌダルクちゃんだ。ミノタウロスの一族を率いる族長の妹で、今は俺のかわいい奥さん。それでこちらは第三夫人のアレクサンドロシアちゃんだ。ええと、サルワタの領主さま?」
「タンヌダルクですよう。お初におめにかかりますよう!!!」
「フン。お兄ちゃん、わらわはもうサルワタの領主ではないぞ。アレクサンドロシア=ジュメェ準女爵だ。ゴルゴライ領主である」
そうなんですかアハハと冷や汗を垂らしながら、今度は俺の奴隷ふたりを紹介する。
「こ、こちらの褐色のお姉さんはベローチュだ。セレスタ領主の男色男爵の部下だったひとです。それでこっちは魔法使いのマドューシャです。色々あって俺の奴隷? になゃったんだなうん。ふたりとも、挨拶をしなさい」
俺があわててまくしたてているその隣で、ニシカさんだけはニヤニヤとしているのがまた気に入らない。
このひとはこの状況を楽しんでいるに違いない!
「自分はご主人さまの忠実な下僕、ベローチュでございます。奥さまがたにおかれましてはご機嫌麗しゅう……」
「わたしはマドューシャです。お賃金を頂けば、どんなお仕事でもさせていただくお金に忠実な奴隷です」
「この通り、自分らはご縁ありましてご主人さまの奴隷となりました。微力ながらサルワタのご領主さまのご一族をお守りする所存ですので、何なりとお命じ頂ければと思います!」
さすがに男装の麗人は元がセレスタの官憲だった人間だけに、空気を読むと言う事を知っているらしい。
忠実な下僕とか奴隷という部分をあまり強調してくれなければ納得してもらえるんじゃないだろうか。
女魔法使いの方は「お金に忠実な奴隷」などと余計な事を口走っていたが、この際は気にしてはいけない。
「その方、褐色エルフという事はオコネイルの身内の者か」
「はい、自分はオコネイルさまとは遠縁にあたる褐色エルフの一族です。生家は騎士でありました」
「なるほど。でれあればオコネイルから部下のひとりをお兄ちゃんに預けたという旨を聞いておる故、それがお前の事であったのだろう。情報収集を担任する者というのがそなたで間違いないか?」
「その通りでございます」
片膝を付いて右手を胸に当てて見せたベローチュに、どうやらアレクサンドロシアちゃんは納得したらしい。
隣でタンヌダルクちゃんに「この者は信用できる。安心せよ」などと小声で話していたからよかったね。
問題は女魔法使いの方だ。
黒いローブにいかにも怪しいニヤニヤ顔を浮かべている姿は、確かに初見では信用できない人間に見えるかもしれない。
しかも何かあればすぐにお金お金と口走る借金苦魔法使いだからな……
「ではこの女は何だ。聞けば魔法使いだと言うが、貴様は何なのだ」
「わたしですか? シューター閣下には、借金のカタに身請けしてもらったんですよねえ。あのままいけばマリアツンデレジア夫人に処刑されてしまうところだったので」
「ぐぬ、マリアツンデレジアだと? お兄ちゃん、この女の身請け代はいくらなのだ」
「ええと、俺もよく知らないんだけど。おいマドューシャ、借金は残り幾らあるんだよ……」
「だいたいオルコス五世金貨で残り五〇枚ぐらいです閣下。閣下がお賃金を奮発してくれたら、すぐですよっ」
不機嫌に俺と女魔法使いを見比べていたアレクサンドロシアちゃんが驚愕した。
「金貨五〇枚! それもオルコス金貨でそんなにもだと……」
いったいこの女は何でそんなに借金を背負っているのだお兄ちゃん、とギロリと睨まれてしまったので、あわてて言い訳をしなければいけなくなった。
「なあ村長さんよ」
「何だ鱗裂き!」
「その女の腕は一応保証できるぜ。何しろこのシューターを瀕死まで追い込んだほどの魔法の腕らしいからな。触滅隊のアジトを攻めた時は、この女相手にシューターとガンギマリー、それに蛸足の女騎士が三人がかりで倒したぐらいだ」
「それは本当かお兄ちゃん?!」
本当です。
しかもその時は敵だったんだよねえ。
俺は辺境不敗などとあちこちでいろんな人間に宣伝されてしまって、噂が実体を伴わない様になりつつある。
だがまあ相手があくまで普通の範疇の人間なら相手に出来るんじゃないかと少し思い出していた矢先に、この女に散々な目に合わせられたからな。
大火力魔法を変な護符で連発するのも恐ろしいが、魔法使いの癖に妙に運動神経がよかったのも記憶している。
「こいつが利用出来る人間であることは俺も保証する。しかもたぶんッヨイさま並に魔法も使えるからな……」
ここで解雇して敵に回したら厄介なのも間違いない。
むしろ金でこの女魔法使いを自分の手元に置いておけるのであれば、ある意味で利用しやすい人間なのも間違いないのだ。
「ぐぬ。それで女魔法使い、名前は何と言ったか。いったいどんな理由でその莫大な借金を作ったのだ」
「マドューシャです。ええと、アレクサンドロシア奥さま。魔法の勉強をするためですよ。師匠に支払う入学費用と、在学中の代金をブロッケン領主さまにお借りしたんです」
「ブロッケン領主だと? あの男爵は好かん。以後あの男に借金を返済する必要はないぞ、あの男には貸しがあるからな」
女魔法使いが金を借りているというブロッケン領主と、アレクサンドロシアちゃんとの間には過去何かのやり取りがあったらしい。
アレクサンドロシアちゃんも魔法使いのひとりだし、ブロッケンというのは多数の魔法使いを輩出した聖地らしいからな。何かの縁があるのかもしれない。
不満そうな顔をしたタンヌダルクちゃんに、アレクサンドロシアちゃんが顔を寄せて「この者は安心できぬ。しっかりと見張っておれ」などと小声で言っている。
タンヌダルクちゃんも「わかりましたぁ」などと怖い顔をしてこちらを睨むのはやめてください!
「それでお兄ちゃん。そこにいる女も奴隷か何かなのか? その奴隷は何が出来るのだ」
そう言われて頭に「?」を浮かべた俺だけれど、胡乱な視線をリビングの隅に送ったアレクサンドロシアちゃんにつられて振り返ってみると、そこにはカレキーおばさんの四女モエキーお姉さんが萎縮して立っていた。
「も、モエキーウォールズと言います、実家は両替商でした。ご主人さまの帳簿管理をするように言いつけられているかもです。どうぞよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて見せるモエキーお姉さんだが、これじゃまるで彼女まで奴隷みたいな誤解が生まれてしまう。
彼女は俺の事を「ご主人さま」などと言うから問題なんだ。このひとはリンドルから登用して来たサルワタの文官になってもらうためのためのひとだから!
「そうか、そなたは内政向きの奴隷であるな。夫ともどもわらわによく仕えて奉公せよ」
「ありがとうございましたかもです!」
ペコリじゃねえ。否定しろよ!
誤解だと抗弁するよりも早くモエキ―お姉さんが頭を下げたものだから、アレクサンドロシアちゃんはそれ以上興味を失って視線を外してしまった。
後でふたりきりになったところで誤解を解いておかなくてはいけない。
今本当はそうしたかったのだけれど、俺の方をジトーっと睨み付けているタンヌダルクチャンに圧倒されて、それどころではなかった。
「あ、あのう。また奥さんが増えるとか、そういう事はないでしょうねえ旦那さま。義姉さんの許可はちゃんと取っているのですかあ? 何事も順番なのですよう……」
「いや、このひとたちはただの奴隷だから。奥さんとかじゃないからね!」
こちらも後でふたりきりになったところで、しっかり誤解を解かなければいけない。
最後までニヤニヤとして事態を見守っていたニシカさんである。
自分だけはさっさと先にブーツの紐を解いたかと思うと、お湯を注いだたらいに足を浸して心地よくなっていやがった。
馬を走らせリンドルからやってきたみんなで足を癒そうとしていた頃には、すっかりたらいの湯も冷めてしまっていた。
しかし、一番かわいそうだったのはギムルとその奥さんと思われる女性だったかもしれない。
どのタイミングで自己紹介をしようかと緊張していたふたりが「ギムルさま、ご挨拶をした方がよいのでは」とか「今は我慢しろシエル」などと言い合っていたので、申し訳ない事をした。
そうか、やはりギムルは奥さんを娶ったのか。
それでその野牛の奥さんはシエルというらしいね。
おめでとうギムル、おめでとうシエル。
きっとタンの一族だから、名前はタンシエルかな?




