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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
間章 サルワタ動乱編
249/575

閑話 サルワタの優しい掟 9

「つまり、女子連続殺人事件の被害にあわれたのは都合三〇名。家は焼かれ、辛くも生き残ったひとも少なからず体や心に被害があるという事なのですね」


 教会堂の事務室にあって、わたしは集まったみなさんを見回しながらそう発言した。

 天井を仰ぐ様に深くソファに腰を落とした村長のギムルさん、その側に座ってギムルさんを支える様にしているその妻タンシエル、村の教会責任者である司祭さん。

 そしてその向かいのソファには猟師親方のゴブリン、ッワクワクゴロさんと奥さんのシオ、バジルちゃんを抱えて難しい顔をしたクレメンス。


 みなさんどなたも一様に憔悴しきった顔をしていた。

 ちょうど夜の早い時間。

 この村ではとにかく就寝時間が早いものだから寝入った直後を襲われる様な格好になったものだから、このひと晩を消火と救難活動に費やしてしまったのだ。

 その疲れた表情も当然で、ようやく延焼を防いで家屋を破壊したり生存者の救命をしたばかりのつかの間だったのだから。


「夏に起きた付け火と殺人の時でも、これほど大規模なものではなかったというのに。本当に大変なことになってしまったな」

「それも義母上さまの留守にしている間を見事に付いてやられてしまったのだ。畜生め、俺は村長として何とも間抜けなものだな……」


 おふたりとも無念そうな顔をしてそんな事を口にしたけれど、嘆いているばかりでは状況は好転するはずがない。

 特にギムルさんなんかは、普段は自分が義母上さん大好きな事を隠したがっている節があるので、めったに人前で「義母上」なんてドロシアさまの事を言わないのに。

 今はボソリと気が付かないうちにそんな発言をしてしまっていますよう。


「ギムルさん、すでに蛮族の領主さまには連絡を飛ばしたのですよね?」

「当然だ。ゴルゴライの教会堂に向けて、魔法の伝書鳩をすでに飛ばしてある。何れ事態を重く見た義母上から何らかの連絡があると思う。すぐにも野牛の兵士を連れてすぐにもサルワタに戻って来るだろう」

「村長屋敷の伝書鳩は、使わなかったのですかあ?」

「あそこはいの一番に徹底的に破壊されて、火をかけられてしまっていた。中の伝書鳩も全滅だ、これではブルカのッヨイの実家にも、義母上のご戦友であるセレスタ領主のもとにも、連絡をする事が出来ない」

「なるほど、通信施設を破壊されたのですかあ。犯人は徹底的にやりましたねえ」


 この村の主要な通信施設である鳩舎を破壊したという事は、きっと計画的にそれをやったという事だ。


「クレメンス、他にも火をかけられた場所はありましたか? 大切な事なのでみなさんも知っている事があれば」


 わたしは周囲を見回して質問した。すると、


「それだと、ジンターネンさんところの厩が炎上しただす。あそこの厩には野牛さんところの馬が繋がれていただろう。兵士さんが乗って来たものがかなりあったはずだす」

「物見の塔の狼煙台(のろしだい)がやられていたぞ。あそこは火災とは真逆に、濡れた薪やら何やらをぶち込まれて、しばらく使い物にならない様にされていたみたいだぜ」

「教会堂の鳩は無事でしたけれどね。さすがにマテルドも自分が女神様の使いであるという事は、忘れていなかったと見える」


 クレメンス、ッワクワクゴロさん、そして教会堂の司祭さんの順番でそれぞれ回答をしてくれた。


「若い女性とその家族ばかり襲われていたと思っていたけれど、ジンターネンさんの家に付け火したのは、馬を殺すためだったんですねえ。それから狼煙台というのは何ですかあ?」

「どこの村にもある物見の塔には煙突が付いているのだす。普段は使い道がないのだけれども、ひとたび蛮族が国境を攻めてきた時には、狼煙を使ってブルカに緊急の知らせを使うのだすよ」


 言いにくそうにしてクレメンスが応えてくれたのを見た。

 みなさんの視線は、どうやらわたしとタンシエルに集まっているところを見ると、このひとたちの言っている蛮族というのはたぶん、ミノタウロスやオーガの部族が辺境の村々を襲った時に使うものなのだろう。


「ま、待て。別にミノタウロスだけに使うものではないぞ。この土地はワイバーンが襲ってくる事も度々ある土地柄だからな。そういう時は村の物見の塔から周辺の集落に向けて、ひと眼でモンスターの来襲を知らせる役割もあるのだ。わかったかタンシエル」

「お気遣いありがとうございます、ギムルさま」


 ギムルさんの話によれば、煙の色を変える事で色々な連絡の手段として使い分ける事が出来るのだとか。

 蛮族の来襲ならば黄色、ワイバーンの来襲ならば赤い煙を狼煙で上げる事が決まっていたらしい。


「鳩舎に厩、狼煙台までを狙って潰されたという事は、これはかなり大がかりな犯行ですよう」

「まったくだ。もはやマテルドひとりで出来る事ではないぜ、ギムルの旦那。しかも一番最初に出火したのは、確か冒険者ギルドだったな?」

「そうですねえ。わたしはそう聞いていますけれども?」


 わたしとッワクワクゴロさんの言葉に、ギムルさんは「むむっ」と声を漏らして頷いた。


「屋敷に詰めている戦士のひとりが、夜の戸締りのために屋敷を一周した時に冒険者ギルドが燃えているのを発見したのだ。その時には恐らくすでに納屋も火付けの準備が整っていたのではないか……」

「ギムルさま。何れにしてもこれほど大規模な火事や殺人は、捕まっていた女ひとりで出来る様な事ではありません。恐らく手引きした人間がいるか、事前にマテルドと打ち合わせをしたのか、複数人の犯行だったとわたしは思います」

「するとやはり、マイサンドラをガーゴイル討伐に送り出したのが原因だったという事か! やはり義母上がご帰還になるまで待ってから動くべきだったのだろう。俺は早まった事をしてしまった」


 頭を抱える様にして大きな体を丸めたギムルさんに、タンシエルが意見を続ける。


「いえ、マイサンドラさんが共犯者と決め付けるのは早いと思います。彼女の弟オッサンドラも殺されているのですから」


 そうなのですよう。

 事件が複雑に感じられる大きな原因は、ガーゴイル討伐に向かったマイサンドラの弟オッサンドラも殺されてしまった事だった。


「マイサンドラという女の事は、俺たち猟師はよく知っている。あいつは猟師の生活に常々酷く不満を覚えていたからな」

「それはどういう事ですかあゴブリンさん?」

「俺たち猟師は猟果が手に入らなければ生活を村のみんなに依存をする事になる。施しを受けるのだ。春から秋にかけては獲物になる動物たちが活発に活動するから、獲物には困らないがな」

「そうですねえ」

「その獲物も夏場は痩せこけていて、あまり美味い肉とは言えないのだ」


 元は一介の猟師だった旦那さまの奥さんのひとりとして、わたしもその辺りの心得は義姉さんから聞かされていた。

 厳しい冬を越すために晩秋の鹿や熊たちは太るのだけれども、雪の積もった冬がやってくると春を迎えるまでに動物たちは痩せてしまうのだ。

 冬の始まり頃はまだよくて、肉も脂がのって美味しいのだけれども。


「冬になれば尚更問題だからな。森の中にいるうちは待ち伏せも出来るし、罠を使って仕留める事もさほど問題じゃない。けれど冬に雪が積もると、鹿や猪なんかは足場が悪くなるので雪に埋もれて身動きが出来ない。それを嫌った獲物たちは、リンクスや狼たちを避ける様に草原地帯に出てくるわけだ」


 もともと雪が積もっているのだから、野生動物よりもよほど動きが機敏ではない人間の猟師は、狩りをするのも難儀になる。

 普通は家に籠って冬をやり過ごしながら内職をするのだけれど、生活のためもあるし天候が良ければ無理をしてでも狩りに出なければいけない。

 何しろ冬の動物は肥えているのだから、捕まえたらそれは贅沢なご馳走になるのですよう。

 兄さんや野牛の兵士たちも、訓練と称して草原に狩猟に出かける事は過去にも何度もあった事なのだ。


「そういう不安定な生活を弟にさせる事を、マイサンドラはとにかく嫌っていた。弟想いだからな。それでオッサンドラは鍛冶職人の見習いに出来る様にと、アレクサンドロシアさまや鍛冶親方には何度もかけあっていたのを記憶している」


 元々、猟師の家の子供は猟師になるのがこの村の掟なんだと聞いている。

 新しく別の商売に付くためにはどこかの家に養子に出るか、そのためには若いうちから職人や豪農の家に下働きや小作として入るのが普通なのだそうだ。

 そうでない場合は新たに職業株と呼ばれるものを与えられる必要があるけれど、村人全員が例えば鍛冶職人や猟師になってしまっては、領地経営は立ち行かなくなるので厳しく制限されているそうだ。

 その事をギムルさんが口を挟みながら解説してくれた。

 よく考えてみると、旦那さまは猟師株を持っているんでしたねえ。


「つまりあの女は、弟を殺す様な事をするのはありえないとッワクワクゴロは言いたいのか」

「そうじゃないと言い切る事は出来ねえが、少なくとも決め付けは良くないと思うぜ、旦那。確かにあの女は弟の将来の事を考えて鍛冶職人にさせたけれども、同時に村の人間たちの事も恨み骨髄だったわけだからな……」


 こうなってしまっては、村の中のだれが犯人なのかと疑心暗鬼になってしまいますよう。

 夏に起きた付け火と殺人事件の時だって、よそ者の誰かが犯人に違いないとジンターネンさんたちよそ者嫌いのひとたちが大騒ぎをしたことがあった。

 今回もまた、放っておけばそういう騒ぎなる事は間違いないのだ。


「マイサンドラが、この世でカサンドラと夫婦になる事が出来なかった弟を不憫に思って殺した、なんて事も考えられるかなッワクワクゴロ」

「そんな事を考えるわけないだろう。マイサンドラは仮にも弟の不具を治してくれと願っていただろう」

「それもそっかあ……」


 奥さんのシオさんもゴブリンの旦那さんに何かの可能性めいたものを探ろうと言葉を口にしてみたけれど、それもあっさりと否定されてしまった。

 わたしたちは沈黙しながら、尚も考え続ける。

 村のあちこちでは幹部のひとたちが陣頭指揮をとって火災跡の処理をしたり、ミノタウロス兵が警備についたりしているけれども。

 わたしたちはドロシアさまが帰ってくるまでに、これ以上事件が大きくならない様にするために手を打たなければならなかった。


「まさかオッサンドラも殺されて、その上で若い女たちがみんな殺されて。このひとたちはスパイだったひとたちと何らかの形で繋がっていたんですよね。メリアさんというひとは冒険者カムラと姦通していたひとだし、他の何人かの女性も冒険者ギルドに働きに出ていたり、もしくはわたしたちが知らなかっただけで、スパイのひとたちの手伝いをさせられていたり」

「すると口封じにみんな殺されたんでしょうな。オッサンドラはこの事件には鍛冶場から硫黄の粉末を持ち出したり色々と事件にかかわっていた事は間違いないので。もしかすると物見の塔の狼煙台が使い物にならなくされたという件、本来の目的は地下牢に繋がれていたマイサンドラを殺す目的もあったのかも知れないですぞ……」


 司祭さんはそう言って、わたしの考えた事に言葉を添えてくれた。

 そうするとマイサンドラさんも狙われていたという事も考えられるのですねえ。

 バジルちゃんがクレメンスの腕の中で眠たそうにしている姿を見て、頭を撫でてやる。

 彼女がもしマテルドに協力した共犯者じゃないとして。

 その彼女がガーゴイル討伐のために森に入っていた事はもしかすると幸甚だったのかも知れない。

 旦那さまやニシカさんが不在のこの村で、残った人間の中でガーゴイルを討伐できる腕を持っている人間は彼女しかいないのだもの。

 あるいはドロシアさまならば過去の討伐経験から可能かもしれないけれど、今は戦争のための陣頭指揮をとっている時だし、そもそもゴルゴライに出ていてそれは出来ない。


「マテルドの消息はそのまま掴めていないと仰っていましたね、タンヌダルク騎士夫人」

「そうですよう。誇り高きミノタウロスの兵士を送り出して周辺の林などは調べさせていますけれど、ガーゴイルが出たという森の反対側にある外苑あたりまでは、人間を入れていません。あそこはまだ生きているのなら、マイサンドラさんが潜伏している場所ですから……」


 ただ、そこに至るまでの場所にはしっかりと村に駐屯していた人間をありったけ駆り出して、非常線を張っていた。

 今は湖畔のお城の建設も中断して、人員はこちらに全て注力させる様にギムルさんに意見具申している。


「とにかく義母上がお戻りになるまでに、何としても犯人を突き止めて捕縛する必要がある。お前たちも徹夜明けで疲れているところだろうが、義母上にブルカとの対決に集中してもらうためにももうひと踏ん張り頑張ってもらいたい」

「ドロシアさまはどれぐらいでお戻りになるんですかあ」

「伝書鳩を飛ばしたのは夜半の内だった。少なくとも鳩は知られているよりも夜眼の利く動物であるから、朝にはゴルゴライに到着しているだろう。問題が無ければそこから少人数の護衛を連れて向かったのならば、二刻もあれば到着するのではないか」


 つまり早ければ午前中の内に到着するという事だ。


「そ、それはさすがに時間がありませんよう。こうしていはいられませんクレメンス、わたしたちは村の警備責任者として陣頭指揮を執りますよう!」

「はい奥さま!」


 わたしとクレメンスがソファを立ち上がって司祭さまの執務室を出ていこうとしたその時である。

 ドカドカとうるさい足音を響かせながら、数人が教会堂内の講堂を駆けて来る音が聞こえた。

 わたしたちは一斉に扉の方向に視線を集める。


「報告、タンヌダルクお嬢はおられますか!」

「お嬢ではないですタンダロス、タンヌダルク騎士夫人と言いなさいな!」

「失礼しましたッ。村の戦士が先ほど、マイサンドラという女が林から姿を現したと報告にやって参りました。表に連行しているので、ご検分を!」


 一同改めて顔を見合わせると、すぐにわたしたちは教会堂を飛び出して村の広場に向かうのだった。


     ◆


「……どういう事か説明してくれるんでしょうね、腰抜けギムルさん」


 疲れた顔、腐臭、そしてその手に引きずられた見た事も無い大きなトカゲの首を放り出した女猟師マイサンドラが、悪魔のような形相で鋭くギムルを睨み付けてるのだった。


「そ、それはだな……」

「わたしの弟が殺されたって、いったい誰の仕業なのよ! 約束が違う、わたしは約束を果たした。犯人は誰だ、殺してやる!!」


 大きなトカゲの親戚というのは、きっとガーゴイルのものですよう。

 ねじれたふたつの角が特徴的で、山刀か何かで強引にくびり切られた成れの果ては、嘴からだらりと舌をはみ出させていた。

 ギザギザの牙はきっとわたしなんかならばその一撃でかみ殺されたことは間違いないと思う。

 女猟師マイサンドラは、ッワクワクゴロさんがそう予告していた様に見事にガーゴイルを仕留めて見せたのだ。

 それだというのに。


「村長屋敷の納戸に幽閉していた助祭のマテルドが脱走して、村人を次々に付け火と殺して回ったんだ。被害者はどれもお前やカムラと連絡を取ってしてブルカ辺境伯に情報を流していたスパイや協力者、それからジンターネンのばあさんだ。ばあさんは生きているが――」

「あのババアの事はどうでもいいわ! マテルドめ、何が女神様の御使いだ。あんなものは地獄の使者だ、裏切者め。裏切者めえ!!!」


 眼を見開いたマイサンドラは武器も弓も何もかも放り出すと、周囲の人間の事などは無視してまるでワイバーンの様に咆哮を上げるのだった。

 それを見たクレメンスもバジルちゃんも怯え切った表情だったけれど、これでひとつだけわかった事がある。

 きっとマイサンドラはマテルドと共謀して殺人事件を働いたわけではない。


「ガーゴイルの様子がおかしかったのよ。発見した時に体に妙な紋様が書き込まれていたわ」

「紋様、ですかあ?」


 恐る恐るマイサンドラに質問したところ「そうよ」と吐き捨てる様に彼女は宣言した。


「あれは野生のガーゴイルではないわ。何者かが訓練して使役していたものよ。この顔を見なさい、角のところに識別が出来る様にリングがはめられているわ。それにこの革の輪っか」


 何を示すものかはわからないけれども、革の輪っかは人間が作った道具であることは間違いない。

 咄嗟に飛び出したッワクワクゴロさんとシオさんが、ガーゴイルの死んだ首をひっくり返して、角から革のリングの様なものを外そうとしていた。


「見つけ出すのに時間がかかったけれど、こいつは囮ね。どういうつもりかしらないけれど、野生のガーゴイルにしては無謀で注力が散漫で、擬態の魔法も完全なものではなかった。猟師たちの眼を引き付けるために、このサルワタの森に放ったのよ。誰かが……」

「じゃあ、例えばブルカの手の者が森にガーゴイルを連れてきて解き放ったという事も……」


 ッワクワクゴロさんの質問に、マイサンドラは首肯して見せた。


「それと何かの関連があるとは思わなかったけれど」

「?」

「軍靴の跡を森の中で見つけたわ。岩場の多い湿地だから、ひとが歩いた跡はしっかり残っていたのよ。村の人間だったらサンダルかブーツだし、そこの野牛どもだったら、靴の形が違うでしょう。あれは軍靴で間違いないわ、どこかの領軍か何かの……」

「そんな。ではやはりブルカ辺境伯の領軍がこの領内に侵入しているという事ですか! クレメンス、タンダロス。お前たち、わたしに続きなさい。ガーゴイルがいないのだったら、しらみ潰しにしてでも蛮族の大領主の工作員をぶち殺しますよう!!」


 軍靴の跡が残った場所に向けて、開拓村に駐屯している兵士たちとともにわたしたちは山狩りを開始した。

 次々に女たちを殺して回ったマテルドは、少なくとも徒歩であるならばこの領内の深い森の中に逃げ込んだ可能性がある。

 新たにドロシアさまの領土として加わったスルーヌやゴルゴライまでの一帯にも、当然の様にギムルさんが警戒網を敷くべく伝令や伝書鳩を飛ばした。

 教会堂の伝書鳩だけは連絡手段として潰されていなかったのは不幸中の幸いだったとわたしは思う。


「野牛の騎士夫人さん、わたしはあんたに協力するわ。弟の仇を討ちたい。裏切者を殺したい」

「当然ですよ、サルワタの村の警備責任者はわたしですからねえ」

「マテルドさま……助祭マテルドの事ではないわよ。その先にいる、わたしを利用するだけ利用して弟を殺してしまう命令を下したブルカ辺境伯をよ」


 あの領主の側近は、わたしに「やがてお前とお前の弟にはサルワタの騎士に取り立ててやる」と言ったのだとマイサンドラは向かう道中に吐き捨てた。


「女神様の御使い面をしていた助祭マテルドひとりを殺したところで、わたしの気持ちは収まらない」

「その言葉、本気にしますよ?」

「ええいいわ。わたしはこの際殺されようが、むごたらしく死のうが構わない。弟を守ってやれなかったのだから……けれどせめて!」


 せめてブルカ辺境伯に意趣返しをするためには、サルワタの女騎士から周辺諸領を併呑して大領主となったアレクサンドロシア準女爵に、その復讐を認めさせなければいけない。


「わかりましたよう。ドロシアさまに取り成してもらえる様に、わたしや旦那さまからも言葉をかける様にします。けれどもそのためには、まずマテルドを殺して……」


 その意思を示さなければいけない。

 わたしとマイサンドラは互いにその事を確認すると、サルワタの森の中に分け入った。

 マテルドひとりが逃げているのか、辺境の大領主ブルカ辺境伯の工作員が味方としているのか。

 

「さあバジルちゃん。助祭の臭いを追いかけて、見つけ出すのですよう」

「キュイ?」

「これの臭いを嗅ぐのです。ママをその臭いのところに連れて行きなさい。いいですね?」


 教会堂から持ってきた古いマテルドの法衣をバジリスクのあかちゃんの鼻先に持って行きながら、わたしは旦那さまのご先祖さまに祈りをささげた。

 確か旦那さまのお話では全裸を貴ぶ部族の戦士たちが崇めているのは、カッシーマの女神様でしたよね?

 全裸を貴ぶ女神カッシーマさま。

 このタンヌダルクに力をお貸しください。

 誇り高きミノタウロスの女タンヌダルクは、必ずマテルドとその協力者を討伐してみせます。

 駆けだしたあかちゃんを追いかけてマイサンドラが動く。そうして振り返ると、


「さあ騎士夫人さん、山狩りの季節だ。わたしに付いてきな」


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