閑話 ギムルの嫁取物語 11
小休止を挟むこと数度、その日の夕刻を迎えるまでに俺たちはサルワタの森から突き出した物見の石塔を頼りに村へと帰還する事が出来た。
ゴルゴライとスルーヌ、ふたつの領地を平定してひどく上機嫌な義母上は、終始口元を綻ばせながら出迎えに集まっていた村の幹部たちに手を上げて見せた。
「おかえりなさい、蛮族のご領主さま。兄さんは戦場でご活躍なさいましたか?」
「うむ。ヤツは剛の者だな、今後もわらわの手足として重宝するだろう」
タンヌダルクに気さくな返事をした義母上は、馬をッンナニワに預けてわが屋敷へとお戻りになる。
「よいかッンナニワよ。わらわの愛馬は高齢にも関わらず今回よく働いてくれた故、よくマッサージをして新鮮な野菜を与えてやってくれ」
「はい」
「それからッワクワクゴロよ。わらわの留守中に何かかわった事はあったかの?」
「特に問題はありませんでした。強いてあると言えば、食糧を集める様にとのご指示が届いてから、ジンターネンが不平不満を口にしていたぐらいですぜ」
「またあの女か、文句があるのならわらわに直接申してみよと申すのに。ルクシよ、直ぐにも村の幹部を呼んでまいるのだ」
義母上は屋敷の中に入ると、執務室に向かう途中でぞろぞろと付いていく俺たちに向かって次々と指示を飛ばしていった。
最後に指示を飛ばされた下働きの女ルクシは、とても嫌そうな顔をして義母上を見返しているのを俺は視界に捉えてしまった。
「あのうギムルさま。わたしじゃないと駄目ですかね? 幹部と言うとジンターネンさんもですよね?」
「当然だ。四の五のと言わずにさっさと行け」
「わ、わかりました! 行ってきます……」
俺に助けを求めてきたが同情は出来ても、助ける事は出来なかった。
領地経営をするという事は常に犠牲は付き物だからな。ルクシは尊い犠牲となったのだ。
ばあさんは、みんなの嫌われ者だとハッキリわかった瞬間である。
◆
執務室に入ると、義母上は戦利品であるゴルゴライ領主の槍を冒険者エレクトラに押し付けた。
村の主だった幹部たちがずらりと参集し、その中には留守居を預かっていたタンヌダルクの姿もある。今では義母上と義姉妹関係にあるのだが、その事を牛乳姫自身は知らない。
「さてお前たち。わらわはこの度、ゴルゴライとスルーヌのふたつの領地を新たなわらわの領土とした事をここに宣言する」
義母上が安楽椅子に腰を落ち着けると、部下一同をぐるりと見回して口角を釣り上げたのだった。
ご自分の部屋という部屋に必ず用意している安楽椅子は、サルワタ産の杉で造られているものだった。執務室に書斎、それから寝室にひとつ。
その安楽椅子の手すりをさすってみせた義母上は、満足したのか言葉の続きを口にする。
「わらわの支配する領土はきわめて広大になったと言える。その領域は野牛の居留地からこのサルワタ、スルーヌにゴルゴライだからな。今後もその支配領域は拡大するやもしれんな」
その瞬間に、気になってしょうがなかったのだろう。猟師の親方株を持つッワクワクゴロが遠慮なく質問を飛ばす。
「という事は村長、教会堂の偉い連中との話し合いというのは、上手くいったのですか?」
「無論だ。委細あったのは事実だが、その件についてはタンヌダルクに日を改めて報告がある故、後日でも時間を作ってもらえればよろしいかの」
「あのう、わたしだけにですかあ?」
「そうだの。今頃はシューターら外交使節団もセレスタか、あるいはリンドルに向けて往還を進んでいるものであろう。近々にも連絡が来ると思う故、居残るそなたらも大事なくそれぞれの作業を進めてもらいたい」
牛乳姫に個人的な話があるというのは、間違いなく義母上がシューターと結婚した件についてだろう。獣人の娘ともあの男は結婚したと言うから、こっそりと女たちだけで報告をするつもりなのだろうか。
少々やりにくそうな顔をしている義母上を見るのも珍しかったので、村の幹部一同は不思議がっていた。
不謹慎にもダイソンはニヤニヤとした顔をしていたので、俺は後ろ手にその背中を小突いてやる。
「コホン。ところでだが、こうしてわらわの支配領域が極端に広大になった事で、全ての領地にわらわの眼が行き届かぬ事態もこれからは起こるやもしれん。今はブルカ辺境伯の圧迫に対して、辺境諸侯が一丸となって対処せねばならない時期である。そこで、」
義母上はいち度、言葉を区切った。
俺に視線を向けると、優しい笑みを浮かべた後に改めて一同を睥睨する。
「わが息子ギムルに、この度サルワタの領地を譲る事にした。これからはギムルがサルワタの騎士爵であり、サルワタの森の開拓村の村長である。お前たちも村の事については今後一切をギムル卿とよく相談をし、決める様に。わらわは明日にもこの屋敷を退去する故な」
何も知らされていなかった村の残留組は、たいそう驚いていた。
実際、この場に呼ばれていた鍛冶職人の親方や豪農の者たち、大工の親方などは眼を白黒させている。
だが牛乳姫のタンヌダルクとジンターネンのばあさんは違った。
「まあ、蛮族の後継者もやっと決心がついたって事ですよね!」
「そうだね。若大将が村長になるという事は、いよいよミノタウロスから嫁をもらう算段がついたって事だね?」
ダンヌダルクが手を叩いて喜び、ばあさんはこんな時ばかりは目敏く話筋の先を読んで、ふたり揃って恐ろしいほどの笑顔を俺に向けて来る。
「うむ。ようやくギムルが決心をしてくれたからな。わらわもこれで少しは肩の荷を下ろせるというものだ」
「それはおめでたいじゃないかい! あたしは歓迎するよ」
「兄さんも旦那さまも、きっと喜んでくださいますよ!」
「そ、そうか。村のみなも祝福してくれるのであれば、わらわとしてはこれほど嬉しい事はない」
義母上は妙に喜んで見せるばあさんに驚きつつも困惑し、咳払いをしてあわてて言葉をつづけた。
「それからジンターネンに命じる。野牛の兵士たちを動かすために、村から兵糧を大量に持ち出さねばならん」
「あたしは何をすればいいんだい?」
「穀物はどうにかクワズの村とスルーヌの村からも供出してもらう算段が付いているが、他の村に何もかも任せるというのは格好がつかぬ。生肉や干し肉の類はサルワタからも出さねばならないし、食糧庫の管理を今預かっているのはお前であるから、ギムル卿とそのあたりの調整をしてもらいたい」
「あ、あたしの大切に育てている豚を潰せって言うのかい? どうなんだい村長!」
先ほどまでのニコニコ顔が一変、悪魔の形相を浮かべたばさんが、義母上に食ってかかろうとした。
けれどもお疲れだったのか、義母上はギロリとばあさんを睨み返すと立ち上がり、そのまま腰の剣の鞘を握ったのである。
これにはばあさんも腰を抜かさん勢いで飛び退り、ダイソンにしがみ付いた。
ダイソンはとても嫌そうな顔をしていた。
「な、何だい村長さま……」
「血迷うなよジンターネンよ。村長はもはやわらわではない、ギムル村長と相談いたせ!」
義母上はそのまま鞘ごと剣を腰から引き抜くと、不機嫌そのものの表情でそれをエレクトラに押し付けて執務室を飛び出していったのである。
は、義母上は俺に面倒事を押し付けたのだ。いや、これもきっと後継者にふさわしいかどうかの試験に違いないのだ……
「どうなんだい若大将。あたしの豚を何頭潰せばいいんだい?」
「と、とりあえずは五頭ほど供出しろ」
「ひとにものを頼むのに、どうしてそんなに偉そうなんだいあんたは!」
ばあさんは衆目があるのも気にせず、俺の尻をしたたかに棒切れで叩いた。
やめろ、俺は村長だぞ。命令を聞け!
◆
俺たちは義母上の前に立っている。
「し、紹介します。俺が結婚を考えているミノタウロスの娘です」
「お初にお目りかかります、義母さま。わたしはミノタウロス、ジュベエの支族出身のタンシエルと申します。この度ギムルさまに結婚の相手として見染めいただきました。どうぞよろしくお願いします」
タンシエルがそう口にして深々と首を垂れたのを見届けた義母上は、上機嫌に俺とタンシエルを書斎の中に招き入れたのだった。
「ジュベエの支族と申すか。奇遇だのう、わらわの出自もジュメェの氏族と言って、耳障りが非常に似ておる。何やら縁を感じずにはおれないの。まあまずはここに来て、ソファに座れ」
「ありがとうございます。おい、義母上のお言葉があった、座るのだ」
「はい、若大将」
俺は緊張から体の震えが止まらずに難儀していたが、こういう時に女は肝が据わっているものだと驚かされた。
タンシエルは義母上に似て堂々と、それでいて淑女の振る舞いをしっかりとこなしていたのだ。
一方でこれほど上機嫌の義母上を見る事はなかなかないものだ。
近頃俺が見た限りでは、義父シューターと結婚をしたと口にされた時か、少し前にシューターの家族と密かに湖畔の浜辺に行楽へ出かけた時ぐらいのものだろう。
「それでそなたは、タンクロードとどの様な血縁関係になるのだ。ん?」
「タンクロードさまは野牛の一族の中では宗族にあたるお家柄です。わたしは宗族からむかし分かれた傍流の族系で、成人を迎えてからは行儀見習いとしてタンクロードさまのお屋敷にご奉公に上がっておりました」
「そうかそうか、お前は人間で言うならば、さしずめ王族の遠縁といったところかの」
「王族の遠縁などと、さすがに大げさなものです。わたしはタンヌダルクお嬢さまの使用人としてお仕えしておりましたから」
「うん。その辺りもタンヌダルクよりよく聞いておるぞ。でかしたな、息子ギムルよ」
義母上とこれから妻になる女の会話を居心地悪くソファに座って聞く事ほどの地獄はない。
言葉ひとつを紡ぎ間違えれば、激情家の義母上が突然怒り出す事もあるかもしれないと冷や冷やしているのだ。
しかしそれではタンシエルを俺が男として信頼していないような気がするので、これも違うと顔をしかめる。
「ギムルさま、お怖いお顔をしてどうなされたのですか?」
「なに、義息子もお前を紹介するのが恥ずかしくて死にそうなのであろう。お前もそれほど緊張せず、ゆっくりと構えるがよい。ここはやがてお前たち夫婦の屋敷となるのだからな。あっはっは」
「はい。ありがとうございます、お義母さま……」
上機嫌に義母上は「聞いたかギムルよ、お義母さまだぞ」と喜んでいたけれど、それよりも驚いたのはタンシエルとて、緊張していたという事だ。
事実、義母上のその言葉を聞いてタンシエルはホッと静かにため息を漏らすと、豊かな胸をなでおろして見せた。そして両ヒザの上で揃えていた拳をゆっくりと緩めて見せる。
「さて。わらわは少し義息子と話がある故、そなたは下女のルクシに案内してもらい、客間辺りでくつろいでいるのがよいだろう。ルクシ、ルクシはおるか?!」
「はーい、村長さま」
「村長ではない!」
◆
果たして、俺と義母上ふたりだけの空間になった書斎の居心地はとても悪かった。
「……さて、何から話そうかの」
ここは義母上が再婚して開拓村にやって来てからこっち、ずっと義母上のプライベートルームとして使われている場所だった。
ずっと以前は実母がここを居室に浸かっていたらしいが、俺は実母の顔を覚えていなかったので、ここでどの様に実母が過ごしていたのかを知らない。
だが義母上の事はよく覚えていたのだ。
輿入れとともに大量の書物がこの部屋に持ち込まれて、この部屋は文字通りに書斎となった。
学問を義母上手ずからご指導くださり、時には何を学んだかを確認すると口述で試問をさせられた事もあった。
それから義母上の眼を盗んで馬遊びに出かけたところ、大変お怒りになった義母上にロープでグルグル巻きにされて納戸に押し込まれたこともあった。
「ギムルよ」
「はい……」
親父は義母上の教育について一切口を挟む事が無かった。
何かあれば「全て妻に任せている」と言っていたが、あれは義母上を恐れての事だ。
俺のために、立派な母であらんとご無理をなさっていた義母上は、その結果親父に恐れられたのだ。
俺は義母上にとって不肖の息子であったのかもしれない。
騎士として義母上の跡を継ぐには、俺はシューターの様に強くはなかったかな。
せめて村を立派に開拓して辺境随一の村にする事が孝行だろうか。
いつまでたっても唇を動かさず、ただ静かに俺の顔を眺めていた義母上である。
おずおずとそんな義母上を観察してみると、義母上の双眸には大きな涙が蓄えられていた。
「おめでとう、あれはいい妻になるだろう」
「あ、ありがとうございます」
「わらわを前にして、緊張はしていても最後までしっかりとわらわの眼を見ておった。視線を逸らす様な女は好かん。それは後ろめたさのある証拠だからの」
「はい」
「だがあの娘、タンシエルと言ったか。手を震わせながらとは言え媚びもせず謙りもせず、凛としたものがあった。そなた、よかったの。いい娘を連れて来てくれた」
義母上は大粒の涙をこぼしながら俺の手を取り、そのまま抱きしめられてしまった。
「これでエタルの墓前に報告が出来るな。そなたの血を分けた息子ギムルは、立派に成長して嫁を貰ったとな。サルワタ騎士爵となったと」
「……はい」
「妻を大事にし、サルワタをよろしく頼むぞ」
戦場であれほど力強く槍を振るっていた義母上の腕は、意外にも細く優しく感じられた。
長らくギムル閑話にお付き合いいただき、ありがとうございました!




