閑話 ギムルの嫁取物語 3
小休止を取るのも惜しいという風に、俺たちは馬上のひととなって一路ゴルゴライの村を目指した。
「この分岐路を左に曲がると、すぐにもクワズの村に到着する!」
「フンス、ご領主の命によれば、まずは道中クワズに立ち寄れと言う事だったはずだが!」
「わかった。クワズは村長の義実家のある場所だ、何かの指示がクワズの領主にも届けられているのかもしれない」
馬に負担のかからない程度の速さを維持しながら朝遅くに開拓村を出発してから、陽が天辺に上り詰める頃に隣村の近くまで到着した。
「よし、最初の小休止はクワズに入村して取る事にするぞ。お前たち続け!」
すぐにもクワズの村の入り口付近が見えて来る。
いくつかの塊になった農民たちの家があり、その間を荒れ放題の道が之の字に走り抜けている。
俺たちが村の中に入る姿を見ると、農夫たちが驚いて作業を止めながら畑からこちらをぼんやりと見ているのがわかった。
馬は貴重なものであるし、これだけまとまった数の軍馬を見る事はやはり珍しいのだろう。
足を遅めながら馬上から周囲を見回すと、村の幹部らしき人間が遠方でこちらに気付き、領主館に走っていく姿が見えた。
「領主館の前までは、礼儀として馬を下りて進むのが俺たちの国のルールだ。クワズの村長が待っているので下馬しろ」
「蛮族どもは失礼極まりないな。俺たちを見て、まるで化け物を見たような顔をしているぞ」
「馬が、きっと珍しいのだ。これだけの数を揃えるとなると、国王陛下の軍隊とは言わずとも、街の騎兵ぐらいしかいないのだろう」
「フンス、だといいんだがな。お前たち、ここはご領主さまのご実家のある領地だ。失礼の無い様にしろ!」
周囲を見回したタンクロードバンダムの言葉に、俺は内心安堵した。
野牛の連中が村人たちの態度に怒って、暴れる様な事があっては義母上の義実家に失礼をしてしまう事になる。
タンクロードバンダムはもういち度そんな言葉を口にして鼻を鳴らした。
「馬に驚いたか。フンス……」
義母上が輿入れの際に持ち込んだ馬が、開拓村で唯一の騎乗馬だった。それが今、俺が乗っている軍馬だ。
村で飼育している他の馬たちはどれも農耕のための駄馬で、ひとを乗せるための訓練も受けていないし、またその体力も無い。
そこをいくと、野牛の一族たちは騎乗馬も多く使役してた様だ。族長タンクロードバンダムに率いられる軍馬の数は、二〇にもなろうかという数だった。
この他にも、外交使節団のために用意された馬たちは、どれもミノウタウロスたちから徴発した馬だ。
今となってはどうして野牛の一族たちが義母上の支配を受け入れる事を考えたのか、改めて不思議に思う。
「族長はどうして村長の命令に大人しく従っているのだ。これだけの戦士たちとこれだけの人口を抱えているのならば、抵抗して俺たちの支配を排除する事も出来たのではないのか」
その事を、下馬したところで族長にふらっと質問してみる事にした。
「それは愚問というものだな。洞窟を挟んであちらとこちら、住む世界を棲み分けられるのであればそれに越したことはない。仮にご領主に抵抗して攻撃を掛けようものなら、お前たちは他の領主たちを呼び出したが最後、俺たち誇り高きミノタウロスを魔女の大釜の底まで追いかけて滅ぼすだろう」
「……ふむ」
「そして何より医療技術だ。悔しい事ではあるが、蛮族は医学が発達している。何と言ったかポーション狂いの宗教家がいただろう」
「ガンギマリーさまか」
「いや、マテルドだ。俺たちの一族には効果も定かではない呪い師がいるほどの事で、ほとんどは薬師に頼りきりの有様だ。戦争をすれば、初動で圧倒出来なければ負ける事は必定だからな」
人間どもは数だけはとにかく多いからな、と族長は牛面を凄ませてそう言った。
この場合の人間とは、ヒトとゴブリンとエルフの事を差しているのだろうか。まったく選民意識の強いミノタウロスは不敵なものだ。
「それにワイバーンだ。あの災厄を避けるためには、連中が追って飛来しない場所まで逃げる必要があったのだ。あの洞窟の半地下に作り上げた居留地は、鉄壁の守りとはいかんが、ワイバーンを防ぐ事が出来る」
その災厄をまき散らした飛龍は、すでに赤鼻と全裸を貴ぶ男によって討伐されたというのは皮肉なものだ。
「だがそれも婿殿とその嫁どもが仕留めたというではないか。今後もワイバーンに襲われたとして、俺たちは残念ながらそれに対処する方法がないからな。従う事が何もかも悪いというわけではない」
最近になってタンシエルから聞いたところによると、彼らは魔法を使う人間があまりいないらしい。
我が村の場合では、義母上は間違いなく凄腕の魔法使いである。姪のッヨイハディは義母上の身内であるからその血を色濃く引いている。使える魔法はひとつしかないが、ニシカの様な人間もいた。
「それは俺たちの村が特別、恵まれていたからだと思う。魔法を使える人間の数というのはそれほど多くはない。村長は偉大なる魔法使いの血を受け継ぐジュメェの一族だからな。特別だ。魔法にも教育がいるのだ」
ニシカの場合は特別だ。胸も野牛の女に負けず劣らずの規格外だが、その風の魔法もどこで覚えてきたのかもわからない天才というものだろう。
クワズの村の目印となるべき丘の上の居館から、数名の騎馬と兵士が駆けてくるのが見えた。
義母上の義実家、つまり前の嫁ぎ先の領主とその一党である。
俺は何度か顔を合わせた程度の面識だが、義理の叔父上という立場の人間が今の村長を務めているはずだった。
「ギムルくん、久しいな!」
「叔父上、ごぶさたぶりしております」
「うん。義姉上からの伝書が届いているよ、ゴルゴライの領主一族のうち、ナメルシュタイナーという嫡男を取り逃がしてしまったらしい。まったくゴルゴライでは何が起きたのか、君は聞いているかな?」
「いえ、俺は何も聞いていません。とにかくブルカの介入を防ぐためにも、まっさきに占領軍が必要だという事だけ……」
ひらりと馬を下りた叔父上と話しながら、チラチラとタンクロードバンダムに視線を送った。
叔父は小柄なひとだった。
クワズの領主家と言えば貴族軍人として名の知れたブルカ辺境伯の寄騎をつとめる武門のひとびとだったが、そのわりにはゴブリンに少し背を足した様な小柄なひとだ。
義母上と同じ様にゴブリンの血が入っているからだと聞いたことがあったが、こうしてみると俺と族長と並んでみれば、大人と子供ほどの差がある青年だ。
叔父上とは言っているが、年齢差もそれほどはなかく、叔父はクワズ領主家の末弟だったはずだ。
「こ、こちらは?」
「お初にお目にかかる。野牛の族長タンクロードバンダムである」
「や、野牛。それは見ればわかるけれど……どういう事だい、ギムルくん」
「俺たちの仲間と思ってくれればいいです」
「は、はは。仲間」
困惑している叔父上は、交互に俺と野牛の族長を見上げながら、とりあえずの挨拶をした。
「クワズの森の村長、いやクワズ領主の騎士爵エクセルパークです。道中お疲れでしょうから馬に、すごい量ですね……馬たちに水と餌を。ご家来がたのみなさんには、軽食を」
上ずった声のエクセルパーク叔父が、そう言って厩の表に用意された水と飼葉の山を指して言った。
◆
クワズの村を進発する時には、エクセルパーク叔父がゴルゴライを目指す騎兵集団に加わった。
父兄伝来の胸甲はあまり似合っていなかったが、義母上から参上せよと命じられたらしい。
義母上はどういうつもりで身内の軍隊をかき集めようとしているのだろうか。
「まもなく、ゴルゴライだ!」
「フンス、みなの者あと少しだぞう!」
そこからスルーヌの村に立ち寄る事はなく、そのまま夕陽の陰る前の時間にはゴルゴライの村近くまで到着する。
防風林に囲まれた古めかしい堀の向こう側を見やりながら進むと、そこには石造りの家と木造の家が混在しているのが見えた。
そして石畳の道の真ん中に、ドレスを着た美しい女性の姿があった。
サルワタ騎士爵アレクサンドロシア=ジュメェ卿。義母上である。




