180 デート・サバイブ 9
上等な布地を使ったお仕着せを身に纏い、時間をかけて香を体にしみこませた俺は、これからマリアツンレジアの待つリンドル城館へと向かう。
聖堂の宿泊所前には、俺の奥さんたちが集まってお見送りに顔を出していた。
これから女性を口説きに行くのに、奥さんたちに見送られるというのもとても不思議な気分である。
「すでにオゲインさまには、今夜の事をお伝えして、ご了承いただいております」
「りょ了承?」
「はい。あとはシューターさんがしっかりお役目、無事に果たしてきてくださいね」
「う、うん。頑張って来るよ」
ニッコリ笑ったカサンドラにそう言われて、いったい何を頑張ればいいのだと言う気分になってしまう俺である。
正妻の許可が出ているからと言って、リンドルを支配する御台のマリアツンデレジアの寝室に潜り込むなんてのは、出来れば願い下げだ。
政治的に考えても、失敗したら逆効果にしかならないしな。それに、俺としては女村長から「よその貴族の子女に手を付ける様なことがあってはならん」と言われた言葉が、頭にこびりついているからな。
俺は一体どうすればいいんだよ!
きっと俺は困った顔を浮かべていたのだろう。正妻とともに見送りに来ていた雁木マリが大きくうなずきながら、俺にひと言口にする。
「大丈夫よ、この世界の女なんて娯楽も少なければ出会いもあまりないんだから。ちょっと強く押せば、簡単になびくと思うから」
「そういうものか?」
「そういうものよ、安心なさい」
それを婚約者のきみが言いますか!
「そうでもなければ、シューターみたいなあっちの世界じゃどこにでもいる様な男が、カサンドラさんやドロシア卿を奥さんに迎えられるなんて出来るわけがないもの。この世界はあたしたちの元いた世界より、恋愛に関してはもっと単純なのよ」
そんな風に言われて肩を叩かれたが、まったく嬉しい気分にはならなかったね。
馬鹿にしやがって、とちょっぴり思いながら城館に向かう馬車へと俺は乗り込んだ。
「で、では行ってきます」
「はい。あまり羽目を外さない様に、優しくリードしてさしあげてください」
家族を代表して見送りの言葉を口にしたカサンドラは「いつもみたいに」と最後に言い添えた。
その途端にゴブリンのッジャジャマくんはとても羨ましそうな顔をして、カラメルネーゼさんは「先を越されてしまいましたわ」と何故か悔しそうな顔をしてそっぽを向いてしまった。
あ、あまり人前でそういう恥ずかしい事は言わない様にしようね、奥さん!
家族の不協和音は見ていて心に刺さるものがあるからね……
◆
馬車に乗り込むと、向き合った車中の席には護衛として同行するベローチュと、それから俺のお抱え芸術家であるヘイヘイジョングノーさんがすでに腰を下ろしていた。
「どこまで本気なのか、みんなはああ言っているがね。俺はマリアツンデレジアを単純に口説いて終わりという風には考えていないからな」
「何をおっしゃいますか。自分もカサンドラ奥さまも、もちろん養女さまも本気の発言ですよ」
「それはわかっているけれど、物事は何事も段取り八割と言うぞ。やるべきことを尽くしてから、はじめて成功するんだ」
今さら何を言うのですか、と男装の麗人は呆れた顔をした。
「奥さまが何人もおられるご主人さまが、何を恐れる必要がありましょう。ひとは理詰めで物事を語られると、より頑なになって拒否してしまうものです。そこで大事なのがひとの情ですよ。時には理屈よりも情を優先してしまうのが、人間関係です。ここは強気に行きましょうと養女さまからの伝言です」
そんな言葉で俺を諭してくるベローチュに俺がとても嫌な顔を浮かべてしまった。
男装の麗人の隣に座ったヘイジョンさんは、そんな俺たちのやりとりを、面白そうに黙って見比べている。
「それで、さっきはッヨイさまの姿を見かけなかったけれど。もうすでに夜だしおねむかな?」
「いいえそうではありません。どうやらニシカ奥さまとマドューシャの三人で、触滅隊の財宝の件でお話合いをなさっておられます」
「例の、ベストレとの領境にある件をどうするかについてか。場所がやっかいすぎて、マリアツンデレジアさまへの手土産にするにも、今すぐ財宝を手に入れるには時期が悪すぎるな」
ただ今のリンドルは、シェーン子爵と御台マリアツンデレジアの連名(実質的には御台の命令)で、動員令が布告されている最中だからな。
リンドル周辺の軽輩領主たちはリンドルの、ひいてはマリアツンデレジアの一挙手一投足に注目をしているところだった。
こんな最中に軍資金を接収するために触滅隊の隠し財宝を手に入れる軍隊でも派遣しようものなら、すぐにバレてしまう事になる。
「しかもです、あの女魔法使いが言うにはです。その隠し財宝を守っているという守護者がいるのだとか」
「守護者?」
「はい。マドューシャが数日前に言っていたサラマンダーが、隠し財宝を秘匿しているアジトで眠りについているのだとか……」
サラ・マンダ。
万田サラさんとかいう日本人女性という事はないですよね?
いやそんなわけがないのは俺にだって理解できる。
モノの本によれば、炎をつかさどるとする爬虫類みたいな姿をしたヤツだったはずだ。
マドューシャたちこの世界の人間の言葉を借りるなら、確かワイバーンやなんかと同じドラゴンの仲間だと言及していた気がする。
ワイバーンの後はバジリスクと来て、今度はサラマンダーか。
「だからニシカさんがその話し合いに呼ばれていたというわけか」
「自分が途中経過を聞いた限りでは、そのサラマンダーを支配魔法で使役するためにゴルゴライからナメルシュタイナーが呼び出されたそうです」
「……なるほど。触滅隊とあのデブの接点は、そんなところにあったのか」
そういう事になりますね。と、男装の麗人は生真面目な顔のまま俺にうなずいて見せた。
戦争がいつはじまるか知れないこのタイミングで、ようじょやニシカさんを含むサラマンダーの討伐隊を送り出すという余裕は俺たちにはないからな。
「そうなると、マリアツンデレジアさまへの手土産としてこの話はあまり有益じゃないな」
「はい。隠し財宝の総額はブルカ辺境伯金貨で二〇〇〇枚相当になるという話ですが、残念ですね」
「だとすると、もうひとつの手土産はあんたしかいない事になる。ヘイジョンさん」
俺は三角帽を被ったヘイジョンさんを見やった。
ヘイジョンさんはこれまで俺たちのやり取りをニコニコしながら他人事の様に見やっていたけれど、ここに来てようやく話題を振られたので、咳ばらいをひとつして俺に向き直った。
「ご用命とあらば、シューターさまのために何なりとお仕事をさせていただきますよ」
「うん。あんたにはすでに話していたと思うけれど、このリンドルの支配者マリアツンデレジア第二夫人とその義息子シェーン子爵というのは、絵画大好き人間なんだ」
「素晴らしい事です!」
雇っててよかった芸術家。
俺は不規則に揺れる馬車の中で身を乗り出して、ヘイジョンさんの顔を改めて見やった。
「ここしばらくはリンドルの街の見取り図や、街の有力者の邸宅などをスケッチしていたんですがね。やはりラフばかりを描いていても絵の技術は上達しません。今度は色塗りまでさせてもらるんですよね!」
「状況が許せば、な。今は戦時下に移行中だから、どこまでそれが出来るかはわからない」
「もちろん、その事は心得ております。下書きにお時間さえ頂けば、あとはこっちでぼくが仕上げてみせます」
ようやく本領の絵画を描かせてもらえると悟って、ヘイジョンさんは嬉しそうに反応をしていた。
「これから俺はマリアツンデレジアさまと密会を行うわけだが、その席で最初にあんたを紹介する。アレクサンドロシアちゃんの時にそうした様に、とびきりの美人として彼女の肖像画を仕上げてもらいたい。可能ならばふたつがいいな」
「ふたつですか?」
「そうだ。シェーン子爵も絵画蒐集が趣味だと言っただろう」
シェーン子爵の場合は御台さまの趣味に影響されたのか、御台さまの気を引きたいのが本音で蒐集をしていると俺は考えている。
してみると、マリアツンデレジアさまの肖像画をふたつ用意して、ひとつは当人である御台さまに。そしてもうひとつはマザコンのクソガキであるシェーンにプレゼントしようと俺は考えていた。
「同じものをシェーン子爵に献上したい。出来るだけ臨場感がある、というか。まるでその場に義母上さまがおられる様に感じられるものを、ひとつお願いしますよ」
「たまわりました! ぜひ、腕の限りを尽くして至高の美を追求した一品と、究極の臨場感を追求した一品、ふたつ仕上げて見せましょう」
マリアツンデレジアさまにお近づきになるための材料は、ひとつでも多いほうがいい。
同時にマリアツンデレジアさまと俺が仲良しこよしになる事で、あのクソガキが拗ねて反対勢力になられても困るのだ。
ここはひとつ両方に恩を売っておくことが大事だね。段取り八割、段取り八割。
むかし俺がお世話になったバイト先の青年取締役の言葉を、繰り言の様に俺がブツブツ小声で言っていると、男装の麗人は妙に感心した顔をして俺を見返していた。
「なるほど、ご主人さまはその様な事をお考えだったのですか。根回しは大切ですね」
「俺の世話になったひとの口癖だった。段取り八割、物事はどれだけ下準備を徹底してやって来たかで、結果が決まるんだ」
「その言葉、しっかりと覚えておきます。しっかりと外堀を埋めていく事が肝要なのですね」
いやな言い方をするね、君!
◆
陽が落ちて松明に照らされたリンドル城府の正門を抜けると、馬車は停車した。
下車すると、すでに城館の前で待機していた警備の兵士たちがいて、俺たちを見つけると無言で貴人に対する礼をとってみせる。
俺はこういう時にどういう風に接していいのか、このファンタジー世界のお貴族さまたちの振る舞いをまだ理解していなかったので、軽くうなずいて見せるだけにしておいた。
どうやら俺の態度は間違いじゃなかったらしい。
ベローチュが俺の代わりに警備の兵士と何事か目配せをしあ言った後に、黙ってそのうちのひとりが先導して歩き始めたではないか。
「こちらです。御台さまがお待ちしております」
「うむ」
ちょっと偉そうな態度で返事をしてしまった俺は、先導役の兵士に続いた。
俺を先頭にして、画材を小脇に抱えたヘイジョンさんと男装の麗人が後に従った。
館内に入る扉を抜け、いつぞや通った壁に絵画を掲げられた廊下をゆっくりと進んでいく。
ヘイジョンさんは、俺たちから聞いていた芸術に造詣の深いというリンドル支配者の義親子の趣味に感嘆の声を漏らしながらキョロキョロとしていた。
「これは少し前に王都あたりで流行り出した画法ですね。いやあ、こちらの風景画は何れも名のある絵師さまの手によるものでしょう。時間がある時にゆっくりと拝見したいものだ」
楽しそうで何よりだが、今日の本分を忘れてもらっては困るからね。
俺がその事を視線で伝えようとしたところ、振り返った先のヘイジョンさんがあわてて歩みを速めた。
「いやあすいません。つい見惚れてしまいまして」
そうして長い廊下を抜けて階段を上り、マリアツンデレジアの私室がある場所にやって来る。
俺は改めて居住まいを正したのちに、先導役の兵士にうなずいて見せた。
コンコンと兵士が扉を叩くと、その向こう側から「どうぞ」という声が聞こえた。
ゴクリと俺はつばを飲み込む。
体に抱いた香の匂いが、ツンと鼻の奥を刺激した。
「夜分にすいません。シューターです」
「お待ちしておりましたの。そんなところにお立ちになってないで、こちらにお掛けなるとよろしいですの」
ネグリジェの上から薄地のガウンの様なものを掛けたマリアツンデレジアが、居室中央の応接セットの側に立っているではないか。
「あら、おひとりでは無かったのですのね」
「では失礼して、今日はマリアツンデレジアさまに彼を紹介しようと思いまして。そっちの剣士は俺の護衛です」
「さあ、入ってちょうだい」
気難しい顔をして俺たちを部屋の中に誘うのだった。




