178 デート・サバイブ 7
俺はこれから、談話室に残った女性陣とお話をしなければならない。
さて順番はどうしたもんかね。
ッヨイさまと話さなければならないのは、実は触滅隊が残していたという金銀財宝の処遇についてだった。
本来はダアヌ夫人の主催した晩餐会の最中に、不完全ロリババアとしっかりその辺りの落としどころを探っておく予定だったのに、俺がタトゥー騒動でデブの介入を受けてしまったためにお流れになったままだった。
だが、いつまでも放置しておいていい問題ではない。
「あのう、みなさん何かシューターさんとお話があるのでしたら、お先にどうぞ……」
「いえ、一家の取り仕切りを行っているカサンドラ奥さまを差し置いて、お話を切り出すという事は自分にはできませんので。奥さまから先にどうぞ」
「ッヨイも、どれぇとナイショ話があるので、みんなの会話が終わってからでいいょ」
「そ、そうですか? でも……」
カサンドラは思いつめた表情をしてお先にどうぞと切り出したものの、どうやらみんなが遠慮したものだから口をつぐんでしまった。
また、ッヨイさまがナイショ話なんて内緒を強調したものだから、ハーレム大家族に相互不信の雰囲気がにわかに浮き立つ。
正妻は例によって、俺がまた隠し事をして奥さんを増やそうとしているのではないかとジト眼を送って来るのだった。
そんな予定はないので、濡れ衣だ!
「で、では。やはりわたしから言った方がいいのですね。こほん……」
カサンドラが居住まいを改めると、改めて談話室で俺に向き直って真面目な顔を作る。
「シューターさん。宿泊所に戻ったところ、実は村長さまから伝書が届いていました。内容はまだ誰にも言っていないのですが」
「あ、そうなんだ。何て言って来たんだろう?」
「シューターさんにマリアツンデレジアさんの権力を簒奪しろというものでした……」
「?!」
俺は素っ頓狂な、声にならない悲鳴を口から漏らした。
女村長からの連絡なら、別に隠すほどの事じゃないだろうと思っていたら、マリアツンデレジアの権力を簒奪しろって、アレクサンドロシアちゃん、何言っちゃってくれてるの?!
ブルカ辺境伯が戦争準備を始めているというこの状況で、何で仲間内で揉め事を起こす様な命令出してくれちゃってるんですかね……
「そ、それは具体的にどういう意味なのですかね。簒奪というのは、つまり攻撃、殺せという事ですか」
「いいえ、具体的な事は何も。ただ手段は任せるとありますが……」
意味が分からないよ。
仮にもマリアツンデレジアさまはリンドル領の御台さまという実質的支配者の立場である。
この権力を簒奪しろというのを文字通りの意味に受け取るなら、政治的に考えれば失脚させるのか暗殺するかして、権力を自分たちのものにしろという事だ。
あるいはどうにかして身内に取り込むぐらいの事しか考えられないじゃないか。
身内に取り込むという事は、例によって婚姻外交で親戚付き合いをさせるという事になるけれど、これでは緩やかな権力の統合が出来るだけの事で、マリアツンデレジアの権力を奪い取る事は出来るものじゃない。
「ちょ、ちょっとお手紙を見せて欲しいのです」
「これですよッヨイちゃん」
小さな体で身を乗り出したようじょが、カサンドラの差し出した伝書の紙片を覗き込む。
釣られて壁に背中を預けていたベローチュも、談話室のソファの前までやってきて手紙に視線を落とした。
「リンドルをこのまま放置していれば、今後辺境の中心的役割を担う可能性があり、これをわらわは危惧している。したがってお兄ちゃんはどのような手段を使っても御台の権力を簒奪し、わらわとお兄ちゃんの前途を明るいものとするように……。お兄ちゃんというのは、誰ですか?」
「俺の事だ」
みんなが身を乗り出しているので、俺まで小さな紙切れを見せてもらおうと躍起になる。
躍起になったところで、俺はこのファンタジー世界の言葉のほとんどの単語がまだ読めないので、意味がなかった。
カサンドラは文字の発音さえ覚えてしまえば単語は読めると言う立場なので、こうして代読するぶんには問題なかったのだろう。
「お兄ちゃんと呼ばれているのですかご主人さまは……」
男装の麗人に理解できないという表情を向けられたが、今はそんな事に構っている場合ではない。
しかしこの内容はどういう意味に受け取ればいいのだ。
今後、辺境の中心的役割を担う可能性があり……という一文は理解できる。
リンドルの御台さまマリアツンデレジアは、十年あまりも郊外の別邸に引きこもっていた様な、これまで政治にはまったく関係の無い生活をしてきたひとだ。
しかしいざ政権を奪取してみると、こうしてリンドル家中の実権を掌握して、御台というシェーン少年の後見人という立場に上り詰めていた。しかも、
「先ほどの巻物で知らせが届いた様に、マリアツンデレジアさんは自分が主導する形で辺境の諸侯会議を開いて、その事実を大々的に辺境一帯に同盟の存在を流布させようと動き出していた。アレクサンドロシアちゃんの危惧している事は、もちろん理解出来る」
引きこもりのご夫人ではあったけれど、頭はそれなりにキレる人物だと見た方がいいのかもしれない。
一応は王都の宮中伯だか何だかの、エリートご出身の令嬢上がりだからな。
貴族軍人としての教育や戦場経験は無いにしても、もしかすると家族や王都の学校で帝王学の教育を受けていたのかも知れない。
しかしだからといって、権力を簒奪しろとは穏やかな内容では無い。
ようやく、どうにかして辺境諸侯の有力者がひとつになってブルカ辺境伯の包囲網が完成しようとしているとこだ。
このタイミングでマリアツンデレジアを排斥するなどという事は、今後どういう風に悪影響を及ぼす事になるかぐらい、アレクサンドロシアちゃんだって想像できるだろう……
男装の麗人が前髪をいじりながら俺に視線を向けた。
「ご主人さま。子供の後見に立った母親というのは、それだけ強いのですよ」
「しかし、あくまで義理の息子だぞ。シェーン子爵は」
「それは逆でしょう。マリアツンデレジア卿はすでに宮中伯のご実家を出てリンドル子爵家のご家中の人間になった方ですから、今更ご実家に戻るという事は容易ではありません。宮中での政治力学に影響します」
「…………ふむ」
「となれば、当然もうマリアツンデレジア卿に残された生き残りの道は、リンドルを掌握する事しかないのですよ」
今更もう後戻りできないからこそ、クソガキのシェーンを盛り立てて家中を切り盛りし、可能であれば辺境での生存圏を確立しなければならないという事なんだな……
「だがそれは立場の似たアレクサンドロシアちゃんだって同じ事だ」
「た、確かにそうですね。アレクサンドロシアさまも、ギムルさまの為に何を成すべきかと、常々お悩みになっておられますから……」
その上で、マリアツンデレジアをどうするのか。
「どうしたらよいでしょうか。シューターさん」
「ドロシアねぇさまは、むちゃくちゃな事を命令してくるのです。いつか罰があたるのです」
「……暗殺、幽閉、ダアヌ夫人派に我々が付く。方法があると言えばあるのですが、どの方法も危険を伴うものというべきかもしれませんね」
アレクサンドロシアちゃんが強烈な命令を度々飛ばしてくるのは今に始まった事ではない。
湖畔の犯人を見つけ、必ず俺に殺す様にと命じた事もあった。ゴルゴライでは領地を奪取するためにハメルシュタイナー親子を殺せと命じた事もある。そして辺境諸侯を味方に付けよと命じられ、今度はマリアツンデレジアの権力簒奪と来たものだ。
織田信長がどういう人物だったのか、歴史書に書かれている内容が概ね事実だとして。
部下たちはきっとこんな気分でご奉公していたに違いない。
「対ブルカ辺境諸侯同盟の行く先に波風を立てず、かつマリアツンデレジアの権力を簒奪する方法を俺たちは考えないといけない。今更彼女がリンドルの表舞台から退場してしまえば、同盟の流れは一気にオジャンになってしまうからな」
そんな便利な解決策があるなら教えてもらいたいものだが。ここは女性の知恵を借りるのがいいんじゃないか……
薄々どうすればいいのか俺も理解してきつつあったが、出来るだけ口に出したくないというのが本音だ。
結婚か。結婚しかないのか!
「シューターさん、こうなっては機会を見てマリアツンデレジアさまの寝室に入り込むのがいいと思います! でも結婚は駄目です」
「え、寝室に忍び込むのに、結婚じゃないの?!」
そんな無責任な事したら、後々責任問題になる!
子供が出来たらさらにややこしくなることは間違いない。
「そうですね。結婚してしまうとなると、これは完全な血縁同盟という事になってしまいます。後々はそれでもいいのですが、今それをやるとアレクサンドロシアさまのお立場が悪くなります。サルワタの領主は色男の旦那を使って、次々に周辺諸侯の親族と結婚詐欺を働いて、領地を平らげるという噂になってしまいます。ここは穏便に結婚の一歩手前、色仕掛けといきましょうッ」
「おい、色仕掛けで行きましょうとか簡単に言うなよ!」
すでに何人も奥さんのいる俺の誘惑に乗って来るようなお貴族さまの未亡人がいるとは思えないんですが……
他人事だと思って褐色の男装麗人は好きな事を言っている。
「結婚なんてオマケなのですどれぇ。現地妻にするのです!」
「現地妻なんて誰からそんな言葉を教えてもらったのですかッヨイさま?!」
「ドロシアねえさまです!」
あの女村長、未成年の姪に何を教えているんだ。
ようじょはそんな言葉を使ってはいけません。もっと他にいい表現があるはずだ!
「君たち、本気でそんな事を言っているのか?!
「本気です!」「なのです!」
妻と奴隷とようじょの言葉に押されまくって、俺は生唾を飲み込んだ。
「どれぇ。ツンデレのマリアさんは今、とてもリンドル家中にあって政治的に危うい立場なのです。だからこの危うい立場を確かなものにするためには、ツンデレのマリアさんにとってどれぇが絶対不可欠な存在になればいいのです」
「…………」
「ッヨイちゃん、マリアツンデレジアさまが危うい立場だというのは、どういう事ですか?」
「わかりやすく説明するなら、ツンデレのマリアさんがリンドル家中の権力をにぎにぎしているのは、シェーン子爵の心を掴んでいるからなのです」
「た、確かに子爵のシェーンさまはマリアツンデレジアさまに想いを寄せておられますね」
シェーン少年がマリアツンデレジアに懸想している事は、リンドル家中の状況に詳しい人間ならばみんなが知っている事だ。俺でもそれを理解出来たぐらいだしな。
母に恋い焦がれているという様子は、むしろギムルが女村長に寄せていた想いよりも、はるかに強烈で重いものだと俺は思っている。
「本当は、どれぇとこの後にダアヌ夫人が欲しがっていた触滅隊の隠し財宝の処遇について話し合うつもりだったのです」
「確かに、ダアヌ夫人はこの期に及んでもまだリンドルの実権を握っているマリアツンデレジアに対して、快く思っていない状態だ」
俺がカサンドラとベローチュを見回しながら首肯すると、今度はふたりが生唾を飲み込んだ。
領地経営を実質的に代行しているオゲインおじさんは、それよりも危機感を持ってマリアツンデレジア派との協調政策を取ろうと考えている様だが、派閥の首魁がこの有様では、マリアツンデレジアが政治的に非常に危ういというのは間違いの無い事だった。
「ダアヌ夫人にリンドルの権力掌握をされてしまうぐらいなら、俺たちがそれをした方がいいという事か。いやそれは間違っていないはずだが……」
「してみるとです。今ここでツンデレのマリアさまの不安な立場に付け込めば、どれぇはツンデレのマリアさんに急接近する事が出来るはずなのです……」
今更、後ろめたいからまありやりたくないなどという綺麗事を言うつもりはない。
むしろ、マリアツンデレジアちゃんを口説いて見せろと言われて、その自信がないと言った方がいいかもしれない。
「寝所に忍び込む、愛の囁きをする。その辺りの事はともかくとして、ダアヌ夫人が触滅隊の隠し財産で彼女の地位を簒奪しようとしている事は、俺の口から説明してみる事にする」
口説くかどうかはケースバイケースだ。
余計な事をやって大変な事になってはえらい事になってしまう。
「そうだ。ベローチュも何か俺に話が有ったんだったな、この際だから聞いておこうか。緊急の用事か?」
「い、いえ。この話はまたの機会とさせていただきます……」
「?」
男装の麗人はそう言って一礼した。




