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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第6章 対ブルカ同盟の模索
208/575

176 デート・サバイブ 5

更新遅くなってすいません!


「お金を借りに来るひとと言うのは、本当に勝手なものですよ」

「はあ……」


 おばさんは、恰幅のよい小柄なおばさんだった。

 似た感じの人間を見た事があるとすれば、それは鍛冶職人の親方をやっていたドワーフだ。もしかするとおばさんはドワーフの一族なのかもしれないね。

 年齢は五〇かそこいらの、見たまんまのおばさんだ。


「お金を貸して欲しい時だけはとにかく腰が低いんだよ。それでいていざ借金を返す段取りになると、とたんにひとを悪魔か盗賊でも見る様な態度で、恨み節を言う。わたしはねえ、これでも街の良き隣人でありたいと思って、言われた分にはお貸し出来るだけのご融資をしているんですよ。ささ、適当に座ってちょうだい!」


 応接室があるわけでもなく、受付のすぐ脇から入れる小さな部屋に通された俺たちである。

 事務所っぽい部屋に、仕事机が向かい合わせに置かれていて、おばさんは自分の席と思われる場所に腰を落ち着けると、俺たちには対面の席を進めてくれた。

 仕事机のイスはひとつしかなかったので、俺は勝手に部屋の脇にあった簡易イスを引き寄せてこれに座る事にした。

 おばさんは、その間の俺たちの行動もじっくりと観察を続けていた。

 とてもやりにくいです!


「さて、お猿のシューさんだっけ? わたしは主のカレキーウォールズですよ。わたしはどういったご融資をさせていただけばいいんですかい?」


 ご融資、という独特の表現でカレキーウォールズと名乗ったおばさんがそう言った。


「どうもカレキーウォールズさん。サルワタ外交使節の大使、シューターです。突然お訪ねして申し訳ない」


 俺があわてて自己紹介をすると、カラメルネーゼさんが隣で優雅に会釈をしてみせた。


「カラメルネーゼですわ、どうぞよろしくお願いいたしますわ」

「あらま。うちの丁稚が猿人間というから、てっきりゴブリンハーフのひとかと思ったよ。奥さまは蛸足の猿人間だしねえ」


 奥さまというフレーズに、カラメルネーゼさんが隣で微笑した。

 くっ、これは外堀を埋められている感じがする。

 世間の既成事実を作り上げて、その後に結婚に至ったエルパコとの馴れ初めを思い出して背筋が冷える思いがする俺だった。

 しかし抗議の視線を送り出すよりも先に、この手ごわそうなカレキーおばさんとの交渉が待っているのだ。


 ゴブリンの丁稚から預かってたままだったマリアツンデレジアの紹介状の蝋印を、カレキーおばさんは確認した。

 眼が悪いのかもしれない、のけ反って羊皮紙から遠目になる様にしている。

 おや、中身は確認しないのかな?

 おばさんはそのまま仕事机に羊皮紙を置いた。

 見てくれないのかよ……


「マリアツンデレジア夫人の紹介状は、ご確認いただけないのです事?」

「必要ないですよ。わたしは自分の眼でご融資する相手の価値は値踏みする事にしているんです。高貴な身の上のどなたさまかに紹介されたからと言って、そのひとの人となりがわかるわけじゃないでしょう」

「確かに仰る通りですわ」


 おばさんにはおばさんの価値基準みたいなものがあるんだろう。あまり強くは言えない。

 カラメルネーゼさんとカレキーおばさんの会話がひとまず収まったのを見て、俺は本来の目的をあわてて思い出して、口をはさむことにする。

 ここには交渉にやって来たのだ。

 サルワタの開拓をよりお勧めるために必要な処置。

 借金を申し込みに来たのではなく、開拓と、その先にあるアレクサンドロシアちゃんの野望を確かにするための人材集めだ。


「ごほん。実はですね、カレキーウォールズさん」

「はいなんでしょう?」

「折り入ってご相談というのはですね。俺たちサルワタ領では、人材を求めています」

「ほほう? 人材というと開拓のために必要な労働力ではなくて?」

「単純な労働力も必要ですが、領地を経営するためにはゴブリンや奴隷ばかりを集めても成り立つものじゃないでしょう」


 元いた俺たちの世界でも、経営といえばつまり資金繰りの事だろう。

 ビジネスをするためには必ず金が必要だし、金は天下の回り物とか言っているけれど、何もしなければ金が回って来る事なんてありえないからな。

 事実、俺は元いた世界でバイト戦士程度だったので、大きな金の回し方なんてわかるはずがない。

 異世界でもアレクサンドロシアちゃんに期待されているのは、たぶん辺境随一の戦士とかいう、よくわからない武力だけだろう。

 そんなに強いと自分では思わないんだけどさ……


「ふんふん。お金の事は商人に任せておくのが一番というのを、シューターさまはよくご理解しておられるようですねえ」

「お恥ずかしながら、俺は学の無い人間ですからね。自分の出来ない事は、誰かそれの出来る人間に委任するのが一番という風に考えているのです。こちらにご挨拶に参ったのは、領地経営に携わっているオゲイン卿と、それからマリアツンデレジア夫人のおふたりが、あなたの名前を紹介してくださったからですよ」


 本当ならばオゲインおじさんが、ダアヌ夫人が主催した晩餐会でご挨拶をしているはずの人物だったのだ。

 ところがカレキーおばさんはその晩餐会にどういうわけか姿を現さなかった。

 何か商売が忙しいのか、欠席だったわけである。


「サルワタ領というのは、辺り一帯を森に囲まれた風光明美な場所でしてね。近くには大きな湖もある。今はその湖畔に、領地経営の新たな拠点となるお城と、それから市街を作ろうと建設が進められています」

「なるほどねえ」


 本当はお城の側に作られているのはただの集落に過ぎないのだけれど、こういうのはハッタリも大事なはずだ。


「人口もこれから移民を募って大きくなる。産業もそれなりに整備していかないといけない。しかし、仮に特産品が出来たとしても、これを売るための販路も存在していないというわけです。そこで、カレキーウォールズさん。あなたにご相談というわけです」


 ニッコリと笑った顔が怖いカレキーおばさんは、無言で続きを促した。

 今度は俺に代わってカラメルネーゼさんが言葉を口にした。


「聞くところによると、あなたの商会はこのリンドルの街にいくつも支店をお持ちなんだとか。確か、齢のいったお子さんもおられて、そろそろ跡継ぎをなさる頃合いなんだそうですわね」

「よくご存じですね。オゲインさまが言ったのですか?」

「おーほっほっほ。それは、わたくしが下調べしてまいったのですわ。商人は情報が命ですものね、当然ですわ!」


 カラメルネーゼさんは例によって金属手形を向かい合わせの机に置いて見せた。

 カレキーおばさんが手に取ってそれを確認する。


「奥さまは奴隷商人だったのかい。へぇ」


 こんなところで勝ち誇って見せるカラメルネーゼさんに、カレキーおばさんもうんうんと同意していた。

 本当、情報は金なりってところかね。


「それで、娘に後を任せた後のわたしに、何かさせようっていうんですね?」


 ここからが本題だ。


「我がサルワタの領内で、近い将来に貨幣鋳造権を手に入れる可能性があるんですよ」

「ほほう、これはお金の匂いがする話ですね。わたしは大好きだよ」


 これこそが、本日俺たちが両替商のもとを訪れた理由だった。

 正確にはサルワタそのものが貨幣鋳造権を手に入れるわけではないのだが、俺と雁木マリの婚姻同盟によって、国王より貨幣鋳造権を分有されている騎士修道会の身内となるんだからな。

 辺境地域における有力な通貨と関わり合いになるのは確かだ。


「ありがとうございます、ありがとうございます。ただ、詳しく説明するにしても、ここで聞いた話はあくまで内密にしてもらわなくちゃいけません」

「心得ておりますとも」

「わかりました。全てをお話しする事は出来ませんが、要点を掻い摘んで可能な範囲で説明します」


 秘密保持義務なんていう明確なものがこのファンタジー世界の政界に存在しているかどうかわからないが、念押しだけはしておこう。

 何れどこからか話が漏れ出すにしても、それは少しでも遅いほうがいい。


「先の事はわかりませんが、大きな金がサルワタで運用されるとなると、これは御用商人を雇わない事には領地経営も大変な事になる。そこであなたですよ、カレキーウォールズさん」


 俺は身を乗り出した。


「サルワタに両替商の支店を出してくださいとは言いませんが、ご引退を考えておられるのなら、金融担当顧問という形ででも、来てもらえないかと!」


 このカレキーおばさんが、近々引退して娘夫婦に商売を譲るつもりがある事は、カラメルネーゼさんが下調べしてきた通り街の噂になっていた。

 辛気臭くてあまり長居をしたいと思わないこの両替屋の空気ではあるけれど、同時にこのおばさんが経営者として優れているという噂も耳にしている。

 どちらの噂も、商売人たちから流れてきたものだ。


「それは金貨なのですか、銀貨なのですか」


 すると、片眉を吊り上げてカレキーおばさんが質問をした。

 いろいろすっ飛ばしての質問だったので、ちょっと俺はビックリしてしまう。


「銀貨ですね」


 うん、このおばさんはとてもキレものだ。辺境で金貨の貨幣鋳造権を持っているのはブルカ辺境伯だ。逆に銀貨と言えばこれは騎士修道会だ。

 わかりやすい二択なのかもしれないが、俺が何と答えるかで、今の外交の流れがどうなっているのかを即座に判断しにかかっているのだろう。


「なるほどねえ。銀貨はいい貨幣です」

「というと?」

「お貴族さまはどう考えているかわからないけれど、金貨をたくさん持っている庶民なんてのは、そうそういるもんじゃないでしょう?」

「確かに」

「してみると、庶民は普通は銅貨、日々の蓄えを作る時には銀貨でへそくりを作っておくものですよ。わたしら両替商にしてみれば、貨幣同士の交換をする事で手数料で儲かっているんです。よく使われる貨幣が、わたしたちにとっていい貨幣です」


 ふむ。ニッコリ笑ったカレキーおばさんは、商人そのものの顔をしていた。


「けども、シューターさまには奥さまがいるでしょう? 奴隷商人と言えば、高貴な身の上の戦争奴隷を人質交換して、大金をやり取りするのにも慣れているイメージがあるんですけれど」

「わたくしは個人的に奴隷商を営んでおりますけれども、わたくしにも主人を支える公務というものがございますわ。常に商売の事だけに専念しているわけにもいかないのですわ」


 カレキーおばさんは二重アゴに手を添えて思案しはじめた。

 しばらく押し黙ったまま天井を見上げていたおばさんは、程なくして仕事机の端に置かれていた小箱を取り出すと、金貨と銀貨をそれぞれ並べて見せた。


「これは辺境で主に流通しているブルカ辺境伯金貨と、騎士修道会銀貨です。奥さまが仰った通りに商売人は利に敏くてね、金になる情報は漏らすまいと常に世間さまの風聞を集めているものなのです」


 そう言って銀貨をつまみ上げて見せる。


「辺境で銀貨の鋳造権を分有しているのは、騎士修道会以外には存在していませんよね。そして近頃、サルワタのご領主さまがゴルゴライ領を併呑したというのは、利に敏いものならすでに耳にしている事です。そうですね?」

「よくご存知ですわね」

「そしてサルワタの大使さまが、こうしてダアヌ夫人が主催した晩餐会に参加されて、ダアヌ夫人のお兄さまにあたるオゲインさまと、御台さまのご紹介でここに来られたわけです」

「その通りです」


 ぐるぐると指をで銀貨をもてあそびながら、俺たちを睨み付けた。

 ニコニコ顔はどこへ行ったやら、相手を品定めする表情がそこにはあった。


「騎士修道会とサルワタの騎士爵さま、リンドルに他はどこが保証人になっていただけるのですか?」

「セレスタと、これからオッペンハーゲンとも交渉をする予定です」

「あらやだ、ずいぶんと豪華な保証人のみなさんじゃないですか! そうすると、勝てば金貨もわたしたちのものになりますね」


 そう言って、弄んでいた銀貨をそれより大ぶりな金貨の上に乗せた。

 おばさん。今言ったよね「わたしたち」って?

 俺はゴクリとつばを飲み込む。


「銀貨も好きですが、わたしは庶民ではなく商人なので、金貨はもっと大好きですよ」

「そ、それじゃあ?」

「わかりました。その話、ご融資させていただきましょうね」


 カレキーウォールズさんがそう言った瞬間に、俺は場所もわきまえずにカラメルネーゼさんとつい抱き合って喜んでしまった。

 ちなみにカラメルネーゼさんの触手による愛の抱擁で、俺の背筋がメキメキと悲鳴を上げてしまったのはご愛敬だ。


「ただしですねえ、」


 そう口にされた瞬間に、俺はすぐにも嫌な予感がした。

 まさか「融資するとは言ったが、お手伝いするとは言ってない」とか言われないだろうな……?


「わたしはもうあまり若くない。今年で五〇も後半にさしかかるおばさんなので、いつポックリいってもおかしくないわけです」

「ず、ずいぶんと血色もいいし、見た目はずっとお若いですよ」


 そう思うだろカラメルネーゼさんと同意を求めると「そうですわ、そうですわ」と蛸足麗人も首を縦に振る。

 何なら雁木マリを紹介するので何とか長生きしてくださいよ!


「投資は継続してナンボというところもありますからね。わたしより若くて目端も利く長女夫婦を、わたしの代わりにご融資させてもらいましょ」

「そ、そんな事をしたら、この両替屋の跡継ぎ問題はどうするのですか?」

「心配しなくても大丈夫ですよ。店を継がせる予定は次女の夫婦だから、うちは五人子供がいますから、ひとりぐらいご融資したって大丈夫です。奥さまも、そこまでは情報が届いていなかったらしいですね」


 俺の心配はどうやら余計だったらしいね。

 それにしても自分の娘を「融資」するなんていう表現は、あまりにも独特すぎたので、カラメルネーゼさんとついつい顔を見合わせて苦笑してしまった。


     ◆


「ところでカレキーウォールズさんにお尋ねしたいんですがねえ。先日、あなたはダアヌ夫人の主催された晩餐会にご招待されていたと思うのですが、どうして顔をお出しにならなかったのでしょうか?」

「何だい、そんな事ですか? どうせ金にもならない融資の話を、オゲインさまに申し付けられるに決まっていると判断したからですよ。聞いた話では、リンドルの領地経営も近頃は行き詰っているという事じゃないですか」

「な、なるほど」

「それならば、新たな融資を命じられるに違いないと判断したのです。金の無いご領主さまは、お客さまじゃありませんよ」


 カレキーおばさんはハッハッハと豪快に笑った後で真顔でそう言った。


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