172 デート・サバイブ 1
俺の名は吉田修太、三二歳。家族サービスでショッピングをする男である。
「前々から気になっていた事があるんだけれどさ」
「?」
「ッワクワクゴロさんって何歳なんだ?」
買い込んだ上等な布や豪華なおべべを両手いっぱいに持ちながら、俺はふと正妻カサンドラに質問をした。
ゴブリンのみなさんというのは、一見するとみんな悪魔面の猿人間にしか見えない。
してみると、実は年齢がよくわからないというのが印象なのである。
もともと俺はサルワタ猟師の親方株を持ったッワクワクゴロさんは、死んだ先代のッサキチョさんと同様に猟師歴の長いベテランさんなんだと思っていた。
腰付き物腰穏やかに見えて、豪胆なところもある。
「ンなもん、オレ様と齢も変わらない猿顔野郎に決まってるじゃねぇか」
ところがニシカさんにかかれば、この様に軽口をたたかれてしまうのである。
いつだったか、カサンドラの従姉マイサンドラが、この鱗裂きの異名を取るニシカさんやサルワタ猟師の親方たるッワクワクゴロさんを相手に「鼻たれ」やら「泣き虫」やらと軽口をたたいていたのを俺は覚えている。
義従姉マイサンドラは、カサンドラたちよりも年上だ。確か年齢三〇歳に足るや足らずぐらいだった様に記憶しているんだが。
「つまり何歳なのですか?」
「ええと、確か二五歳ぐらいだったと思います。ッワクワクゴロさんはわたしが小さかった頃、猟師仲間の子供たちの中では年長者でリーダーみたいな存在でしたから」
俺の質問に答えてくれたのは口の悪い眼帯長耳では無くて、カサンドラの方だった。
「わ、若い。俺より若い……」
「それはシューターさんが特別なのだと思いますよ。全裸を貴ぶご先祖さまは、エルフの血を引いているのではないでしょうか?」
驚愕している俺をよそに、奥さんはニシカさんとベローチュと顔を見合わせて小首をかしげた。
俺は全裸を貴ぶ部族の出身ではないし、エルフの血も引いていねえぇ! 耳は長くないんだよ!
「ばっかンなわきゃないだろ。こいつ耳も長くないしな」
「むしろご主人さまは女神様の守護聖人であるからして、老化が遅いのかもしれませんね。聖少女修道騎士さまも、たいへん貫禄のあるお方ですが見た目はとてもお若いですし」
ばるんばるんと貫禄のある胸を揺さぶりながら、ニシカさんと男装の麗人が思案していた。
このふたりに貫禄があるなどと言われても、雁木マリはきっと白目をむいて激昂した事だろう。
マジマジと三人の胸を見た後だと、あれは先端だけが引っかかるだけの悲しい悲しい、愛のインドアクライミング用のおっぱいである。
俺もいつか雁木マリの胸の岸壁を登頂するんだ……
そんな事を考えていると三人の女性が、とても嫌そうな顔をして俺の視線に抗議している事に気が付いた。
「ぜ、全裸を貴ぶ部族は、みんな年齢より若く見られがちなんだよ」
元いた俺の世界でも東洋人は年齢不詳というか、西洋人たちから見れば実年齢よりも若く感じられるんだという話を聞いたことがあった。
逆に西洋人は俺たち日本人から見れば、中高生ぐらいの年齢でもずいぶんと大人びて見えるしな。
もうひとつ。
雁木マリはこのファンタジー世界に飛ばされた時、元いた世界で作った傷や火傷痕なんかやほくろが、こちらに来てから消失したという話を言っていた記憶がある。
どちらかというと原因はそちらにあるのかもしれない。
「カサンドラも災難だよな。齢がひと周り以上も離れたシューターと結婚なんてよ。再婚だから村長はまだいいがよ、ツンデレのマリアみたいに早くに未亡人になるんじゃねえか。アッハッハ」
おいシューター、戦場で死ぬなよと俺に笑って見せたところで、ニシカさんは奥さんとベローチュに思いっきり睨まれているではないか。はっはっは、ざまあ。
「いいんですよ。俺は女神様の守護聖人らしいから、きっと普通のひとより数年ぐらいは長生きできるはずです」
異世界にやって来た時に、体の傷や内臓の老化もリセットされていたら、癌とか病気にかかる率も少しは他のひとより後回しになるかもしれないしな。
しかし戦場で死ぬ可能性があるのは怖い。
「で、何でいきなりッワクワクゴロの話なんて切り出したんだ?」
「そうですね。何かッワクワクゴロさんに買い物でも頼まれていたんですか?」
そう。俺は思い出したのだ。
サルワタの森の開拓村を旅立つとき、ッワクワクゴロさんに上等なひもぱんを買ってきてくれと頼まれていたのである。
「いやあ。彼にお土産の服も買っておきたいと思いましてね……」
「そうだったのですか? それでしたらッワクワクゴロさんにも何か、上等な肌着を買っていくことにしましょうか」
頼まれたのはもしかしたら、ひもぱんじゃなくて上等な衣類や生地だったかもしれない。
猟師の親方になった彼は、何かと自分の貫禄を気にしている感じだったからな。
特にタクティカルベストを着込んでいる今のニシカさんの姿なんかを目撃したら、きっと悔しがって「おいシューター俺にもああいうお土産は無かったのか」などと言いそうだ。
「彼はあれでニシカさんの事をライバル視していましたからねぇ。ニシカさんだけいいおべべを着ていると、きっと悲しい気持ちになるんでしょう」
「だったらヤツには黄金のひもぱんを買っていこうぜ。確かこの店にもあっただろ。ん?」
ニヤニヤしたニシカさんが、俺とカサンドラを見比べてそんな事を言いやがった。
サルワタの開拓村の事情を知らず、ッワクワクゴロさんの事も存じ上げていない男装の麗人は、話の流れが理解出来ていないらしかった。
俺の方を見て来るので「ッジャジャマくんの長兄で、俺やニシカさんの上司だ」と軽く説明しておいた。
「領主さまのご主人であらせられるシューターさまの上司となると、何者ですか?」
「ああ、猟師の親方ですよベローチュさん。わたしたちのまとめ役なんです」
男装の麗人の疑問には、カサンドラが返事をしてくれていた。
ついでに黄金のひもぱんをお土産にしようとしていたニシカさんには、ピシャリと小言も口にしている。
「駄目ですよニシカさん。下着は生地から買って作るのが当たり前です、黄金の布を買って帰りましょう。そしたらわたしが下着を縫いますから」
え、そっち?!
俺は頓珍漢な会話をしているカサンドラとニシカさんに突っ込みを入れたくなった。
「カサンドラ奥さまは、さすがですね」
さすがじゃねえ!
◆
こうして買い物を楽しんでいる俺たちであるが、今日はカサンドラとニシカさんにベローチュと連れ立って、市街地の階層にあるアパレル系商会や小間物屋を回っているところだった。
奥さんとデートしているだけと言われればそれまでだが、ニシカさんとベローチュが護衛で付いている感じである。
聞くところによると似た様な面子で先日もエルパコを交えて買い物にやって来たらしいのだが、奥さんたちの美への探求というものは尽きないものなのである。
ちなみに、雁木マリを筆頭にようじょとエルパコ、カラメルネーゼさんのグループは今頃別の場所でショッピングを楽しんでいる事だろう。
とは言っても、別に急に高貴な身の上に成り上がったので俺の正妻であるカサンドラが成金趣味に走ったり、財布の紐を緩めだしたわけではなかった。
ただ近況報告をやり取りしているサルワタの開拓村の家族から、自分たちの新しい服の生地を手に入れてくれというお願いの手紙が届けられたからだった。
手紙の主は奥さんにして俺たちの主君アレクサンドロシアちゃんと、第二夫人の野牛の娘タンヌダルクちゃんである。
アレクサンドロシアちゃんは領主にして村長という立場だから、そう頻繁に本拠地を留守にしまくるわけにもいかない。
タンヌダルクちゃんは俺の家の留守向きを預かる立場なので、これもまた今回は家に残って村で寂しい思いをさせていたのだ。
そんな事をやっている時にッワクワクゴロさんの「お土産を頼む」というお願いを思い出したので、ふと口にしたんだけどね。
「しかし、こんなに買い物をしていいのかよ? ブルカとこれから戦争をおっぱじめようというのに、平和なもんだなあ」
「それは違いますよ黄色い同胞」
「ん? どういう事だよ」
ニシカさんがふと口にした疑問に向かって、男装の麗人が口をはさんだ。
「ご主人さまは思慮深いお方なので、養女さまとご相談の上、サルワタの名前をこうしてリンドル市中に広げようと、あえて買い物をしているのです」
「何だそりゃ」
「つまりですね。これから対ブルカ同盟を築き上げるにあたって、自分たちの仲間となるのはどういう顔ぶれの人間なのかを、宣伝して回っているわけです。こうして買い物をして、お届け先はリンドル聖堂に滞在しているサルワタ外交使節団の大使閣下だと説明します」
「おう、やってんな」
「そうすると今、この街にサルワタのお偉い方々が滞在しているのだと、街のみなさんが知る事になるのです」
そうなんだよね。
別に束の間の平和を楽しんでいるだけ、というわけではないのだ。
わざわざひとつのグループで買い物をして回っているのではなく、俺たちチーム・サルワタと、チーム騎士修道会にわかれて買い物をしてまわっているのも、そういうわけがあったのだ。
「雁木マリたちはちょうどあの法衣を着て買い物をしているからな、たぶん騎士修道会の偉い尼さん御一行が、リンドルに布教と巡礼のために来ていると思っているだろう」
「シューターおめぇ、やっぱ学があるな」
「いや、言い出したのはッヨイさまとカサンドラですよ。俺は自分たちの宣伝をするにはどうしたらいいかと、ッヨイさまに相談しただけですから」
本当のところを言うと、俺はただ対ブルカ連合軍の同盟がこれから作られつつあるという空気というか噂を、街に広げておきたいと考えただけだからな。
具体的な事を指図しているのは賢くもようじょッヨイさまであり、たまたま正妻カサンドラが、いかにも奥さんらしい立場から提案をしてくれたのである。
買い物をすれば、当然届け先が必要になる。
俺とニシカさんがブルカにはじめて足を運んだ時の事を思い出してみると、当時は既製品の服を売っている安い店や古着屋ばかりを回って買い物をしていたものだ。
「お仕着せのシャツを行商人から買っていた時代が懐かしいぜ」
「それが今じゃ服は仕立て屋で買い物をするか、布屋で買って一括で作るんだからなあ。俺たちも出世したものです」
「わたしなどは、布は肌触りの悪い村の麻布しか知りませんでした」
感慨深い顔をしてサルワタ人たちがそんな事を言うと、お貴族さま出身のベローチュは変なものを見る様な視線を送って来た。
「おい、ひもぱん用の生地はこれでいいかカサンドラ」
「そうですねえ、黄金の絹なんてはじめて見ました。これでいいと思いますよ。ッジャジャマくんたち兄弟みんなでお揃いにしましょうか?」
「そりゃいいや。ッワクワクゴロの悔しがる顔が見れるってもんだぜ。ギャハハ」
やはり仕立ての注文をしたり、たくさんの買い物をすれば、当然それらは商会から買い物客の場所に届けてくれる事になる。
こういう仕立て注文をするのはお貴族さまか金持ちと相場が決まっていたから、サービスが利いているわけですよ。
そこで俺たちの肩書の出番だ。
「ところでオレ様は、サルワタ領の外交使節団の大使閣下シューターさまの一の子分だ。この金色の布でヒモパンを創りたいので、こいつをリンドル聖堂の宿泊所まで届けてくれ」
ニシカさんが偉そうに、ぱんつ用の黄金の布を指さしながらゴブリンの丁稚にそう命令していた。
「これっぽっちの布切れで、自分で持って帰ってくださいよ」
「ンだと? お客様は女神様の守護聖人だぞ!」
「わけのわからない事を言うと、衛兵を呼びますよ」
こらこら黄色い蛮族のお嬢さん。布切れ一反で大喧嘩をするんじゃありません!
サルワタの評判が台無しになるでしょ!!




