169 俺たちは熊を狩ります 前編
短いですが、更新しました!
どれほどの間、悪夢の中をさ迷っていたのだろうか。
俺は控室の寝台に寝かされていたらしく、ニシカさんに手伝ってもらいながらゆっくり体を起こしたところでついつい安堵のため息が口をついて出た。
「シューター。あなたは今の状況を理解しているかしら?」
「俺の名は吉田修太、三二歳。賢くもようじょであらせられる偉大なる魔法使いッヨイハディ=ジュメェさまの忠実なる僕」
「成功なのです!」
自分で何を言っているのかさっぱりわからないが、脳みそのどこかがそういう風に言うべきだと告げていた。
わけがわからないね?
そして、そんな俺の明朗な回答を聞いたところで満足したらしい雁木マリが、ローブの様なものを差し出してくれた。
「何言ってんだ俺」
「お前ぇはようじょによって、あのデブが使っていた呪いの魔法と同じものを上書きされたんだよ。だから今のお前は呪術の力でようじょの奴隷に逆戻りってわけだ」
ようじょも雁木マリも真剣そのものの表情に安堵の色を浮かべているのに対し、妙にニヤニヤしながらニシカさんが俺を起こすのを手伝ってくれた。俺の頭の中は「?」である。
「大変だったのよ。シューターが暴れない様に鎮静ポーションと自白ポーションを交互にキめて大人しくさせて……」
自白ポーションだと?!
何という事をしてくれたんだ。だから俺は夢の中で苦しむ羽目になったんだな……
という事はニシカさんが言う様に、俺はようじょの奴隷になってしまったという事か。
いや仮にッヨイさまの奴隷に逆戻りになったとしても、今回は法的拘束力は何もない上に、一応は魔法だ。
魔法であるならばッヨイさまの良心に従って使役される可能性があると言うだけで、ようじょならば悪用する事がないから安心だ。安心か……? たぶん。
それにしても、
「自白ポーションとやらは、確か夢の中で本人がもっとも恐れているモノによって恐怖を植え付けられるんだったよな……」
驚愕の顔をした俺に向けてようじょや雁木マリ、ニシカさんが口々に釈明をする。
「おデブシュタイナーの呪いをどうにかするために、まどーしさんの協力でおデブ魔法をトレスしたのです。同じ魔法陣を作成して、どれぇに血を付着させて、それで呪いの言葉を……」
「しょ、しょうがなかったのよ。あなたに暴れられたら、取り押さえられる人間なんてあたしたちと、カラメルネーゼさんが一緒になってようやく、ってぐらい大変なんだから」
「そうだぜそうだぜ、お前ぇはミノの連中と闘牛した時だって大暴れしてオレ様をぶん殴りやがったからな。ポーションさまさまだぜ」
そうして、ようじょによる魔法の上書きとやらは成功したらしい。
今の俺はひとまず誰かに操られている様な感覚も無ければ、例によって急に背筋がビキビキと苦しむ様な事も無い。
「それはすでに上書きの儀式が完了しているからよね。そうだったかしらマドューシャ?」
「ええ、そうですね。サラマンダーの時は近付くと危険なので何度も何度もこの儀式を執り行ったんですが、今回は大使閣下さんの目の前で儀式をやったので、イッパツで成功したって事ですね。たぶんナメさんは、思う様に呪いをかけるのは上手くいかなくて、それで何度も大使閣下さんが苦しんだんだと思われますね」
女魔法使いはブルカ辺境伯金貨の枚数を数えて満足したところで、チラリと俺の方を見やりながらそう言った。
どこにいてもブルカ辺境伯の影が見え隠れしている。触滅隊を殲滅しても、デブが触滅隊やブルカと繋がっている事がわかったし、その女が数えている金貨も、ブルカ辺境伯の発行したものだ。
ブルカを打倒した暁には新しい金貨を鋳造しなくちゃいけないね!
俺がそんな事を考えながら女魔法使いをジロジロ見ていると「も、もらったものは返しませんから」などと言いながらブルカ辺境伯金貨を懐にしまうのだった。
「ちなみにどんな悪夢を見せられたのかしら」
「元いた日本での日常かな。その後、カサンドラにめった刺しにされて首チョンパされた後、暗闇でデブとご対面したぜ」
「興味深いわね。カサンドラ義姉さんにめった刺しにされたというのは、シューターが最も恐れている出来事というところかしら。それとナメルシュタイナーと夢の中でご対面というのは何かしら」
文字通りあのデブが、何かの儀式めいた作業をやっている場所に俺が首だけで登場したのだ。
その夢の中で、俺の首から下はすでにあのデブによって支配されつつあるのだと説明した。
「ところがそのデブの夢の最中に、徐々に首から下が復活したんだ。そして全身を取り戻したところであいつをぶん殴ってやった」
あらましはそんなところだったが、最後の夢はちょっとリアルなものだったので、どう説明していいものか言葉を選んでしまった。
そんな俺の態度に、ふと何かに気が付いた様にニシカさんが反応する。
「おい女」
「あっハイ」
「この儀式は出来るだけ呪いの対象者のすぐ近くで術式をやんねぇと効果が薄いんだったな。サラマンダーん時ゃ何度もかけなおしたと言っていたな」
「そうね。同じ様に大使閣下さんの時も、何度も連続して苦しまれたのなら、何度も連続して掛けなおしていたんだと思います」
「って事はだよ、術者は出来るだけ近くで施術しようとしてたって事だよな」
「そうです」
俺もその点には思い当たるところがあった。
どうも夢の中で見たナメルシュタイナーは、騒がしい周囲を気にしていたのを記憶している。
足を踏みならす大勢の人間の気配、それと楽団の曲。
「デブの儀式の間に俺が召喚された時、足音と楽団の音を聞いた」
「ちょっと待って。という事は、この屋敷のすぐ近くにあいつがいるという事じゃない!」
そして俺の言葉に反応して雁木マリも立ち上がった。
「今から追いかければ間に合うかもしれないぜ!」
「そうね、あたしも……ッく」
今はドレス姿をしているので、すぐにも飛び出そうとしたところで思いとどまる。
「ガンギマリーは急いでけもみみを呼んでくれ。女、お前もオレ様に協力しろ。シューターは、」
「ああ、今は体の痺れも苦しみも無い。いつでも動ける」
そう言ってニシカさんに返事をすると、急いでひもぱんを履く。
長剣を持つと、まだ儀式を行った暗室にいるかもしれないナメルシュタイナーを追いかけようと、俺たちは動き出した。
◆
「おいババア」
「何じゃ、こなたをババアとは無礼であるぞ! 黄色い長耳の分際でババアとは。こなたはまだ年増で通るわ」
「うるせぇババア、質問にだけ答えやがれ。お前ぇの家臣の中に怪しい奴はいなかったか」
「こ、こなたの配下に怪しいものなどおらぬ」
控えの間から屋敷の廊下に出た俺たちは、ニシカさんと屋敷の主不完全ロリババアを先頭に屋敷の中を探索する。
「そうは言うがな、ツンデレのマリアのところはシェーンの坊やにある事ない事を言い含めるブルカに繋がった悪い連中がごろごろいたんだぜ。現実を見ろよ、な?」
「ぐぬぬ……」
仮にも前領主の第一夫人に向かってババア呼ばわりするニシカさんである。
けれどもマシェットを引っ提げて恐ろしい顔をしている鱗裂き相手に、この様な不測の事態で不完全ロリババアも押され気味だった。
鱗裂きのニシカというひとは、戦場やこういう場ではとにかく頼もしく、ついでにちょっとひとを寄せ付けないようなオーラを醸し出している。
たぶん、何でもない夜会の席でこんな調子ならそっこく無礼討ちにされていた気がする。
けれどこういう事態になって、ダアヌ夫人もかなり戸惑っているんだろうぜ。
混乱ついでに城府にいるマリアツンデレジア夫人のもとへッジャジャマくんを知らせに走らせた時は、さすがに嫌そうな顔をしていた。
自分の縄張りである居館に政敵を入れるのがよっぽど嫌だったんだろうな。
廊下を歩く列はこうだった。
ニシカさんとダアヌ夫人の後ろにローブ姿の俺とようじょ、それからけもみみ、そして女魔法使いだ。
「じゃあ別の質問だ。このお屋敷の中に、今は使われていない空き部屋の様のものはあるか。倉庫や納戸というものでもいいぜ、何なら離れの部屋でもいい」
「そうじゃのう。こなたの一族は辺境でも名の知れた分限者であった故、屋敷の規模はリンドルの城府と比肩するほどのものじゃ。三四はあろうかという部屋の中で今は使われていないというのじゃったら、いくつじゃろうか」
指を折りながら廊下をずんずんと進む不完全ロリババアと、呆れた顔をするニシカさんである。
こうして、いくつかの空き部屋を回って息を潜めながら中を探ってみたけれども、残念ながらそれらしい部屋に行き当たる事は無かった。
痺れを切らしたニシカさんは不機嫌そうに俺たちを見回したのだった。
「おいシューター、どんな部屋で野郎とご対面したんだ?」
「あくまで夢の中ですよ。本当にあったわけじゃないんですけどね」
「構わねえから言ってみろ。おいようじょ。夢の中、心の中で相手と顔を合わせるという事は魔法の力だか呪いの力だかで、可能なんだろ?」
「ガンギマリーの話によれば、女神様と心の中で対面したというむかしの偉いひとの話が残っているのです。魔法の力でも呪いの力でもないですけれど。ただ、ガンギマリー本人はそういう経験をしたことがないそうなのです……」
ようじょが小首をかしげながらそう言うと、
「あのお方は聖少女さまという事だったじゃろう。聖少女さまと言えば女神様がこの世にお遣いになさった代理者なのじゃ。してみると、考え様によっては聖少女さまは女神様ご本人ともいえるのじゃのう」
「フン、つまりガンギマリーは特別で、そういう事はあるんだな」
だそうだぜ、とニシカさんが俺によく思い出せと催促した。
もう一度整理してみる。
大勢の人間が足踏みする音と、楽団の演奏だ。それから、
「部屋の中は薄暗かった。最初は倉庫かと思ったが、それにしては部屋はがらんどうだったな。蝋燭に、よくわからない魔法陣の布の上に俺の首。あと、行李があった」
「どれぇ、今、行李と言いましたね?」
「ええ。行李です」
「大人数の足音がしたという事は、このお屋敷の大広間の近くと考えがちですが、もしかしたら違うかもしれないのです」
「?」
「例えば、このお屋敷で大人数が集まっている場所はどこでしょうか」
うーんと考え込むようじょに、俺たちは考える。
「それなら、食事の用意をしている場所なんかどうだ。炊事場は今頃も大勢が夜会のためにつまみものや酒の手配をしているはずだ」
「なるほどそれは考えられるのです! このお屋敷の炊事場はどこでしょうか、ダアヌおばさま」
ニシカの思い付きにようじょがハっとして、不完全ロリババアに質問した。
その言葉に、こっちじゃと俺たちを引き連れて炊事場に向かう。
炊事場とひとくちに言っても大きな屋敷にある台所なので、来てみると確かに十人以上の人間がドタバタと忙しなく温かい食べ物を運び出そうと走り回っていた。
この屋敷の主のダアヌ夫人が顔を見せると、みんなあわてて手足を止め平伏する。
「よいのじゃ。みなの者、この辺りで行李が放り出されている空き部屋はないか」
そんな質問をするけれど、誰もが首をかしげるばかりで答えは出ない。
するとひとりの男が伏し目がちなままする、する、と後退する姿が見えた。
目ざとくそれを見つけたニシカさんが、
「動くな!」
そう叫んだ瞬間に走り出した。
ニシカさんはおもむろに腰に挟んだナイフを引き抜くと、逃げる男の背中に向けてそれを投げつける。
男の背中にブスリとそれは突き刺さったが、それでもなお悲鳴めいたものをまき散らしながら男は走って逃げだした。
「ドンピシャだな! オレ様の勘はどんなもんだッ」
逃げ出した男の前に地面の土がぬるりと動き出して次々に男の前に柵が突き出される。台所の地面が土間だったので、即座に反応したようじょの魔法が妨害したのだ。
ヒッと背中の傷をためらいなが振り返ったところに、気が付けばすでに駆け出していた俺の跳び蹴りが飛び込んだ。
したたかに土の柵に体をぶつけた男に向かって、いつの間にか駆け出していたエルパコが次の一撃を蹴り込んでいた。
いい連携だぜ。
「ぐべらぁ!」
「殺しては駄目なのです! 居場所を聞き出しましょう」
恐らく、ナメルシュタイナーに通じている人間だろうな。
俺たちはようじょの指示に従って、背中から出血する男を強引に起こすと「キリキリと白状してもらうのです」とようじょが悪い顔を浮かべた。
「おデブシュタイナーはどこにいるのか、聞かせてもらうのです」




