162 それはタトゥーです!
1分遅刻マンです。ごめんなさい…orz
ダアヌ夫人が主催する晩餐会に出席する準備のため、俺たちは宿泊所に戻った。
すでに支度に時間のかかるご夫人がたは、リンドルに最初に泊まった宿の隣にある公衆浴場へと出かけていた。仮にもダアヌ夫人という前領主の第一夫人が主催するものだから、これは間違いがあってはいけないと気合の入れ様もすごいものだ。
最初の晩餐会がリンドル子爵の主だった家臣たちとの顔合わせだったのに対して、本日のお相手は市内に大店を出している商会の会頭たちが相手だった。その中には当然、オッペンハーゲン公商館の館長たちも含まれている。
サルワタ大使のカサンドラや、騎士修道会を代表する立場でもある雁木マリたちが相当の気合を入れているのも当然というものだった。
俺とようじょがニシカさんとともに女魔法使いの取り調べに当たった背景には、そういう事情もあったのである。
ちなみにエルパコはカサンドラがノリノリでおめかしを強要しているところがあるので、被害者と言えるのかもしれない。ただ本人も「ぼくに似合うかな……?」などと言いそうで、それほど悪い気はしていないと思う。
その点、賢くもようじょはお仕事優先で「取り調べが終わってから参加するのです」と、お人形さんにしておめかしさせようとしていた節のある奥さん連中を煙に巻いていた。
ニシカさんは、そもそも前回の晩餐会同様に男装スタイルでいくらしく、これもお仕事優先である。
「今日の晩餐会でメインにお話合いをしないといけない内容を、確認しておきましょうか」
「そうですねぇ、どれぇ」
「まず、オッペンハーゲン商館とは、この際ご挨拶をしっかりしておかないといけない。すでにカラメルネーゼさんが接触を開始しているけれど、折を見てマリアツンデレジアさんと俺とカサンドラ、それに雁木マリを交えて、ブルカ辺境伯の野望とそれにまつわる今後の対ブルカ同盟の趣旨、この辺りを刷り合わせておかないといけません」
いったん、執務室代わりに使わせてもらっている食堂の隅に俺たちは移動して、ようじょと着席する。
「誰がその盟主であるべきかまだ話は出ていませんけれど、どうするのですかどれぇ」
「今ここで切り出すと、醜い主導権争いになる様な気がするんですけれど、先延ばしにしても結局結果は同じになりそうですよね」
「そうなのです」
ふたりで顔を突き合わせて大きなため息をつく。
「ッヨイとしては、オッペンハーゲン男爵がやはり一番の適任なんじゃないかとは思うのですが、オッペンハーゲン男爵がどの様な人物なのかよく知らないので、適当な事が言えないのです……」
「そうなんだよなあ。しかしマリアツンデレジアさんではないが、領主の家格だけで見ればリンドル子爵がその盟主というのも筋が通っているんですよ」
「でも、リンドルは一枚岩じゃないので、シェーンさんに盟主になってもらうというのは危険なのです」
「とすれば、一番いいのは雁木マリかもしれないな」
「あいぼーですか?」
「そうですッヨイさま。マリはあれで騎士修道会の聖少女修道騎士さまだし、サルワタ領主の夫である俺の婚約者でもある。それぞれの領主たちの街や村にも聖堂や教会堂があって、それぞれが一定の関係を結んでいるわけでしょう。だからマリをその指導者として迎え入れるというのなら、ありかもしれませんよ」
俺がそんな事を言うと、かわいいかおに難しい表情を浮かべてようじょうがうーんと悩みだした。
「お貴族さまを盟主にするよりも、確かにあいぼーを指導者にした方が名目が立つかもしれないのです。ドロシアねぇさまはサルワタの騎士爵なので、爵位持ちのお貴族さまとしては最下層だから、サルワタの身内であるガンギマリーが盟主になったぐらいで、ちょうどつり合いが採れると言い訳が出来るかもしれませんねぇ……」
「そうですね、俺もそれぐらいがいいと思います」
「後はあいぼーが盟主になれば、騎士修道会も自分たちの味方だと領主たちが考えるかもしれないのです」
「そこは大きいですね」
ッヨイさまがようやく明るい顔を取り戻しました。
「たぶんガンギマリーはとても嫌そうな顔をすると思うのです」
「ちょっとずるいですが、それぞれの領主たちには、マリを盟主に押し立てるという事で根回ししておきましょう。彼女の説得は、婚約者として俺が責任をもって折を見て……」
「殴られない様にしてくださいね、どれぇ……」
辺境諸侯からすれば、どこの馬の骨ともわからない俺が盟主になるという馬鹿げた案を口にされるよりも、騎士修道会の聖少女さまを担ぎ上げた方がいいに決まっている。
「まあ、俺たちサルワタの人間という立場からすれば、アレクサンドロシアちゃんが盟主である事が一番いいんですけれどね」
「そこは別の考え方をすればいいのです。盟主はガンギマリーにして、実質的な指導者を領主の中から後日選べば、上手くいくのです」
これならオッペンハーゲン男爵がすぐれた人物なら任せられるし、それが厳しいならドロシアねぇさまが立場を乗っ取ってしまえばいいのです。
ようじょはそんな風に俺に小さな身を寄せると、ささやいた。
ッヨイさま、今とても悪い顔をしています!
「触滅隊の隠し財宝はどうしましょう」
「信用の出来る人間に、調査をしてもらいましょう。おっぱいエルフかどれぇのどれぇがいいと思うのです」
「長耳のみなさんは調べ物や隠密行動が得意だからな、よしそれでいきましょう」
そんな密談をやっているところに、ッジャジャマくんが風呂上がりのスッキリした顔で俺たちのところにやって来た。
上半身裸のズボン姿で、首から手ぬぐいをかけているというラフな格好である。
「あーいたいた。シューターさん、奥さまがたがお探しでしたよ。そろそろお着替えをなさらないと、晩餐会に間に合いません」
「おっと了解だ。いきましょうか、ッヨイさま」
「わかりましたどれぇ!」
先ほどまでの悪い顔など引っ込めて、天真爛漫な笑みを浮かべたようじょがそう返事をする。
駆けていくようじょの背中を追いかけようとしたところ、
「ところで奥さまがいっぱいいるシューターさん」
「嫌味な事を言う様になったじゃないかッジャジャマくん」
「そ、そうではなくてですね……」
悪魔面の猿人間がニヤニヤしながら手もみする。
何か有益な情報でも教えてくれるのだろうかと思った俺が馬鹿だった。何を言い出したかと言うと、
「僕もそろそろ奥さんが欲しいなと思っているところなんですよ。今度、女の子を口説く方法、教えてくださいよ。俺、この外交使節が村に戻ったら、嫁さん連れてもどりたいんですよね……」
女の子を口説く方法とか知らないよ!
期待の眼を向けられても何と応えていいのかわからない俺は、そそくさとその場を逃げ出した。
◆
「どうですかシューターさん。エルパコちゃん、とっても見違えたでしょう」
ッジャジャマくんを放置して宿泊所の寝室までやってきたところ、とてもうれしそうな顔をした正妻カサンドラが俺たちを出迎えてくれたのである。
「ど、どうかなシューターさん。ぼく、かわいい?」
「おおおっ、まるでエルパコが高貴な身の上のご令嬢みたいだ……」
先日は俺たちサルワタ外交使節の男性陣と同じ様な格好をしていた彼女だったけれど、今日はちゃんとしたドレス姿をお披露目である。
けもみみのパーソナルカラーというわけではないのだろうが、銀のショートヘアが映える様なピンク色のドレス姿が美しい。スレンダーな肢体にぴったりだね!
ありがとうございます、ありがとうございます。俺は心底かわいいと思った。
「さ、ッヨイもそんな恰好をしていないで、すぐに夜会の支度をしてもらわなくちゃいけないわ」
「シューターさんもお着替えをいたしましょう。新しい服も用意してもらっていますからね」
むかし俺はブルカの街で上等なおべべや高価な生地を大量に買い込んでサルワタの開拓村に戻った事があった。
けれども事ある度に戦闘によって上等なおべべやカサンドラが仕立ててくれた服をダメにしてしまったので、そろそろ替えの服が少なくなりつつあった。
このままではいけない。せっかく騎士さまになり、大使閣下となったのにまた全裸に逆戻りしてしまうのでは外聞が悪い。
というわけで、気の利く俺の奥さんたちが公衆浴場の帰りに、どこからかお仕着せの服を手に入れてきたらしい。
「あまり上等な服というわけではないそうですが、今回はこれで我慢してくださいね。旦那さま」
「ふ、服が着れるなら何でもいいよ。あまり貧相じゃなければそれで……」
雁木マリに引っ張られてお着替えに向かったようじょに手を振った後、俺はカサンドラから差し出された服に着替える。
ジロジロ見られながらの着替えはあまり嬉しくないのだが、どういうわけかカサンドラとけもみみだけでなく、気が付いたらベローチュまでやって来てこちらを観察していた。
「ベローチュくん」
「はいご主人さま、何でしょうか?」
「服を着かけの状態で放置して、こっちばかり見るんじゃないよ」
「そ、それは命令でしょうか?」
「命令? いや命令と思ってもらってもいいぜ。ほら、さっさと着替える」
「ですが……」
何と言おうともこちらを見続ける男装の麗人に俺は呆れた。いや、よく見れば先ほどまでニコニコしていたカサンドラやけもみみも、真顔で俺の方をじっと見ている。
何だろう。近頃の戦いの中でますます鍛え上げられつつある俺の肉体に興味津々なのかな?
「シューターさん」
「ん?」
「いつの間にその様なタトゥーを入れられたのですか?」
カサンドラがよく意味の分からない事を言いながら俺の背中を指さした。
タトゥー? 何だそれは。
俺はピアスだってこの世界に来てから奴隷堕ちした時におへそにしたのがはじめての男だぜ。
そもそもタトゥーなんてお肌に良くないだろうし、痛そうだからお断りだ。
「タトゥーとは入れ墨の事だよね、奥さん」
「そ、そうです」
「そんな痛そうなものは入れた覚えがないんだけど?」
「で、でも背中に何かの模様みたいなものが付いていますよ……?」
何だって?
俺はあわてて背中を必死に手でまさぐった。
ここからでは見えるわけがないので無駄な行いだったが、それをやっているところで雁木マリやようじょたちもこちらに集まって来たではないか。
少し離れていたところでお化粧に励んでいたカラメルネーゼさんまで気が付いて、あわてて姿見を持ってこちらに駆け走って来た。
「これですわ、シューター卿。ほら、背中に不思議な模様が……」
「?!」
「文字みたいなものが見えるのですどれぇ」
「な、何て書いてあるんだ」
「ちょ、勅令……と書かれているみたいね。あたしも聞いたことがない言葉だけれども……」
俺は必死に首をひねりながら自分の背中を見ようとした。確かに変な魔法陣みたいなものが浮かび上がっている。
「な、何だこれはぁ?!」
俺は意味不明な出来事に、たまらず悲鳴をまき散らしてしまった。




