160 女魔法使いの虜囚
触滅隊討伐作戦の中で得た捕虜の中で、ひとり興味深い人物が混ざっていた。
アジトの旧領主館でさんざん俺たちを相手に無双をしてみせた女魔法使いマドューシャである。
彼女マドューシャは触滅隊の一員ではあるけれど、正確には冒険者稼業をやっている人物で、触滅隊には金銭によって雇われた身分だったのだという。
その事が知れたのは、ある程度の治療によって主要な捕虜たちの尋問を開始してからの事だった。
「わたしは別に、触滅隊の連中に一生涯の忠誠を誓ったわけじゃないからね。金の切れ目は縁の切れ目というやつさ。金は次の作戦の分までしか貰っちゃいなかったんだ」
そうやって女魔法使いマドューシャは身の上話をしてくれた。
建前一辺倒の身の上話を聞いても意味がない。俺たちは洗いざらい、知っている事をぶち撒けてもらいたいんだがね。
「次の作戦というのは、どーいうものだったのですか、まどーしさん」
「知りたいの? わたしだって雇われた冒険者稼業でおまんま食べてるんですよ。ハイそうですかと何でもかんでも話すわけにはいかないんだよね、条件がねえ」
フフッと笑って見せた女魔法使いは、なかなかふてぶてしい態度で尋問を担当したようじょに向かってそう言い切ったのである。
ここはリンドル聖堂の中にある教化部屋と呼ばれる場所である。
もちろん教化部屋というぐらいだから、女神様に対する信仰を改めて教育するめの部屋だ。懺悔室と言えば俺たちの元いた世界にの宗教施設にも存在しているらしいが、似た様なものだろう。
いや、どちらかというと尋問を専用に行うための部屋と言った方がいいのかもしれない。
女神様に対して不敬にあたる行いをした人間を取り調べるという名目で、文字通り洗脳教化のための尋問でもしているんだろうが、詳しい事は知らない方が身のためである。
「それはお薬に聞いた方がいいという事でしょうか、どれぇ?」
あくまでも対価を要求している節のある女魔法使いの発言に、ようじょが俺に向き直って恐ろしい事を言って来たのである。
「ま、まってちょうだいな。わたしが言いたかったのは、今後も良好な関係を続けていくために、わたしの話に値段をつけてちょうだいって事だから!」
あわててそう返事をした女魔法使いに俺は呆れた。
指五本を立てて見せているところを見ると、金貨五枚を要求しているらしい。高い確信。
こいつは自分の立場がまるでわかっていないんじゃないかと当初は思ったけれど、そうではない。自分の持つ情報の価値をきっとよく知っているからこその発言だろう。
ッヨイとともに尋問に参加している俺の隣でニシカさんがニヤニヤした顔をしていた。ニシカさんはかつてッヨイさまについて「魔法使いは珍しいから貴重だ」という旨の発言をしていたことがあったはずだ。
魔法使いがこのファンタジー世界においても宝石より貴重な存在だという自覚があるからこその発言、というところだろうか。
「いいじゃねえか払ってやれよ。ケチ臭い事をやると後で恨まれても困るだろう。ん?」
「フフッ、女騎士さまはよくお分かりじゃないの。わたしとは仲良くできそうだわ」
「うるせぇ! この守銭奴がっ。金積んで裏切る様な真似をすれば、オレ様がどこまでも追いかけてブチ殺してやるからな!」
そんなニシカさんの言葉に気を良くしたのか、愛想笑いを浮かべて見せた女魔法使いマドューシャである。だが知った様な口を利かれたのが気に入らなかったのか、ニシカさんは恐ろしい顔をして女魔法使いの襟首を掴んで恫喝した。
さすがニシカさん、飴と鞭の使い分けが素晴らしい。
凄んで見せた彼女を前に女魔法使いは「ヒッ」という恐れの顔を浮かべて縮こまった。
◆
女魔法使いは次の様に語った。
「名前はマドューシャ、見ての通り魔法使いよ。出身は本土のブロッケン山の近くにある集落ね。触滅隊には金で雇われた身分というだけ。一回の報酬は決まってブルカ金貨で五枚。もともとは本土で冒険者稼業をしながら転々としていたけれど、気が付けばブルカに流れ着いてね。そこで触滅隊から接触を受けたの」
ブルカ辺境伯金貨で五枚と言えば、かなりの大金である。
物価の基準をどこに置くかにもよるけれど、ブルカの物価基準なら金貨一枚で二〇万円相当だと以前雁木マリが言っていたはずだ。逆にサルワタを基準にすれば五〇万円相当という話らしい。
「おう、ブロッケンてのは聞いたことがあるぞ。何だったかな……」
「ブロッケン山と言えば多くの魔法使いを生み出した有名な魔術の聖地なのです、ニシカさん」
「そうだ、魔法使いの都があるんだったっけか」
ニシカさんの疑問に答えながらッヨイさまが視線を女魔法使いに向けた。
「かなりの大金ですが、まどーしさんは触滅隊がブルカ辺境伯の手先として悪い事をしていたという自覚はあったのでしょうか?」
「知っていたわ。けれど金が必要だったからビジネスを受けたまでのはなしだわ」
悪びれも無くそう言ってのけるマドューシャである。
「どうしてそんな大金が必要だったんだ。見たところ金遣いが荒そうな外見もしていないし、せいぜいが食べていくだけならそんなヤバい仕事を受ける必要がないだろう」
「わたしは魔法使いだ。魔法使いになるためには師匠に付いて勉強しなくちゃいけないわ。そのための学費で随分と無理な借金を重ねていたのよ。だから金のためにやったまでだわ」
フフっと笑って見せた女魔法使いは俺に対してそう返事をした。
どれだけの金がかかったのかはわからないが、ブルカ辺境伯金貨五枚どころではないのは確かだろう。
「ところで魔法使いというのはどういうものなんですかね? 例えばニシカさんは風の魔法を得意にしているし、雁木マリやハーナディンは色んな魔法を使って見せるでしょう? けどニシカさんやマリたちの事は魔法使いとは言わない」
「そうですねー。どう説明したらいいのかわかりませんが、ただ魔法を使えるのと、魔法使いとでは決定的に違う事があります。魔法使いというのは、言わば魔法のプロフェッショナルなのです!」
「プロフェッショナル?」
「そうです。剣を使うのが巧いからと言って、誰でも戦士や軍人を名乗るわけではないのです。それと同じで、魔法が使えるからと言って、魔法使いを名乗るわけではないのです」
ほう。つまり自動車普通免許を持っているからと言ってプロドライバーとは言わない様なものなんだろうか。何だかこれでは雁木マリがよくやるたとえ話みたいだな。
「ニシカさんの風の魔法は、並の魔法使いが使う風の魔よりも、強力なものなのです」
「おう、よくわかってるじゃねぇかようじょ」
「けれども、ニシカさんは風の魔法しか使う事が出来ません。じゃあガンギマリーの場合はどうかと言うと、あいぼーは色んな魔法を使う事が出来るのですが、どれも威力はそれほどでもないのです。風の魔法もそよ風を吹かせる程度だし、ファイアボールは森を焼き尽くす威力も城壁を破壊する威力も無いのです」
確かに、ッヨイさまの使うファイアボールと雁木マリのそれとでは、大人と子供ほどの威力の差があるのは眼に見えてわかる事だ。
「ニシカさんとあいぼー、ッヨイとまどーしさん。どちらも魔法を使うという意味では同じなのですが、圧倒的な威力と複数の魔法を使いこなせる事が、まずもって魔法使いを名乗るための大前提なのです、どれぇ」
「つまり、ニシカさんは風の魔法だけなら魔法使い並の威力を持っているけれど、他を使いこなせないので魔法使いとは定義されないわけですね。マリも色々と通り一遍使いこなせるけれど、威力はさほどでもないのでプロフェッショナルと言えるレベルではないと」
「そうなのです。実用最低限のちからは持っていると思うのですが、より応用が可能な魔法とまではいかないのです。魔法使いは複数の魔法を使いこなし、その威力を高めるために早ければあかちゃんの時から、少なくとも成人したてのうちから長い訓練を受けてくるのです」
するとこの女魔法使いマドューシャも、あかちゃんの頃からとは言わないまでも長い訓練を受けてきたという事か。
「あんた、齢はいくつだ?」
「にっ、二三よ。女性に年齢を聞くなんて失礼だわ!」
「悪かった。では何年修行をしてきたんだ」
「そうね、十二で学費の頭金をとりあえず手に入れたから、それから十年ばかり師匠に付いて魔法塾に通っていたのよ。頭金とは別に毎年金貨八枚は納めてきたから、利息も合わせればたいへんな額になったわ」
そうして聞いてみると、確かに無理な借金をしてきたわけである。
奴隷としてようじょに売られた俺のお値段がブルカ辺境伯金貨で二〇枚に満たなかったことを考えると、サルワタ基準なら四〇〇〇万円もの大金を学費に納めたという事になる。とんでもないお値段だ、マンション買えちゃうぜ……
恐らく魔法使いという称号は国家資格の様なもんなのだろうな。医師免許とか弁護士資格とか。
「そこまでして手に入れた魔法のスキルを、どうして悪事になんか使っちゃうかなあ」
「しょ、しょうがなかったのよ。借金を返さないと生きてすらいられないじゃない! それに本土では下手を打っちゃってまともな仕事をとれなかったのよ……」
「ッヨイはお母さまに魔法を教えてもらいましたけれど、普通の人間が魔法使いになるためにはお金がとっても必要なのです、どれぇ。だから普通の人間が魔法使いになるためにはお貴族さまか、おっきな商人の書生になる事が多いのです。それ以外でとなると、自分でお金を工面しないといけないのです」
「わたしだって、はじめはこんな事したくなかったわよ。でも、しょうがないじゃない……なかなか卒業が出来なかったのよ!」
ようじょが言うには、魔法使いになるのも大変らしいな。家族に魔法使いがいるという環境は大変恵まれているのだ。
それにしても、俺がこの女魔法使いと対戦してた時には恐ろしく強敵の魔法使いだった。それこそ挙動なんて読めないほど動きが早く、威力も圧倒的なものを連射していたぐらいだ。
であるのに十年も卒業させてもらえなかったって……
もしかするとこの女魔法使い、お師匠さんとやらに騙されて学費をがっぽり巻き上げられていたんじゃなかろうか。
それを言ったら哀れすぎるので、まだそれが確認できないうちは黙っておく。
「そ、そんな話はいいじゃない。お金の代価、知りたいんでしょ?」
「接触してきたのはどういう経緯だったのです?」
「……ブルカの冒険者ギルドね。単純に冒険者パーティーに強力な魔法使いが欲しいっていう募集だったのよ。これでもわたしは魔法使いだからね、仕事は選ばなければ幾らでもある立場なの。ダンジョン攻略に限ったって引く手数多だからねえ。けど、どこのパーティーもいち度一緒に仕事をすると引き留め工作が面倒でね。あなたも魔法使いならわかるんじゃなくって?」
ようじょの質問に女魔法使いはそう返事をした。
まあ、強力な魔法使いなんてのはなかなかお目にかかれるものじゃないし、お近付きになったのなら出来るだけ自分たちの仲間に引き入れたいというのが人情ってもんだろうな。
「そこはよくわかるのです。だから普通の魔法使いというのは、自分たちでパーティーを主催する側にまわるのです。ッヨイとあいぼーみたいに」
「なるほどです、だからッヨイさまはご自分で護衛の務まる奴隷を探していたのですね」
「そうなのですどれー」
そんな風に解説をしてくれたッヨイさまの頭をなでなでしてさしあげると、ようじょは「エヘヘ」と白い歯をこぼしてくれた。
「金貨五枚もいただけるなら、すぐにも残りの借金を返済出来ると思ったのよ。ふたつ返事で了承したのだけれども」
それで、マドューシャは触滅隊のスカウトマンと接触したそうだ。
話を聞いてみれば、とりあえず仕事はブルカではなく、辺境のあちこちで悪党働きをするというものだったらしい。
当初の話通りに一回の仕事は毎回金貨五枚。ただしこの仕事は不定期で、稼ぎの良さそうな情報が入り次第に、悪党働きに出かけるというものだったらしい。
「これでは思ったより稼ぎが出来ないかもしれないし、渋い顔をしたんだよわたしは。そうしたら、とりあえずアジトまで向かう前に支度金としてブルカ金貨を二〇枚前払いさ。気前のいい事で、わたしはふたつ返事で引き受ける事にしたのよ。フフっ。これでひとまず、残りの借金を完済出来るというものだわ」
そして核心の部分へとやって来る。
「悪党働きをしたのは、これまでに二回よ」
「それはこの地図で言うとどこですか、まどーしさん?」
「……そう、ここと、それからここね。覚えているわ、襲った内容は金貨と証文を運んでいるものだったはず。それから反物だったかしら。どちらも二回とも」
「それは今後、証言してもらう事になるかもしれないけれど、いいですか?」
「いいわよお嬢ちゃん。ただい、わたしをちゃんと庇護してくれるっていうならね。情報だけ取られて放逐されたんじゃ、触滅隊の残党なりブルカ伯なりに追っ手を差し向けられるから。その保証がいただけるならわたしは構わないけれど。それと、」
たぶん金だな。
「借金をあなたたちで肩代わりしてくれるなら、今度はあなたたちの味方になってもいいけれど。どう? わたしの強さは、そこのお貴族さまが一番よく知っていると思うけれど」
妙に流し眼を送って俺に自分を売り込んでくる女魔法使いに、ちょっと戸惑った。
その必死な色気攻勢に驚いたというよりも、どう扱っていいかわからなかったというべきかな。
「保留だ。金でころころ態度を変える人間を、おいそれと雇い入れるわけにはいかない。それからまだ聞きたい情報があるから、それをしっかりと精査してからだな」
「わたしはどうせ何もなければ殺されるんでしょう? それなら有効価値があると思うんだけれどもね」
なおも自分を売り込んでくる女魔法使いに、俺は辟易とした顔を浮かべるのだった。




