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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第5章 俺たちは辺境諸侯を歴訪します
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151 俺たちはブルカ商館を制圧します


 兵は神速を貴ぶという言葉がある。

 その言葉について仲間たちに話したところ、雁木マリにこんな事を言われた。


「さしずめシューターは全裸を貴ぶのだったかしら」

「全裸は別に貴んでいないし。俺はいつだって苦戦の結果、全裸になってしまうんだ」


 とても悲しい気分になった俺は不平をひとつこぼしたけれども、仲間たちはそれで大いに笑っていたので戦の前の緊張は少しほぐれたかもしれない。

 釈然としないままではあったけれど、戦いははじまったのだ。

 

 リンドル市中にあるブルカ公商会の商館を襲撃する時刻は、夕陽の沈む閉店のころ合いと衆議によって決まっていた。

 作戦の事前行動は次の通りである。

 俺たちサルワタの野牛兵士たちと親善のため軍事訓練を行うという名目を隠れ蓑に、日中の内にオゲイン卿の率いる領邦の兵士一〇〇名あまりが郊外にまず進発した。

 これに呼応してタンスロットさんが率いる野牛の兵士、雇われの傭兵隊が同じく郊外を目指し、この中にニシカさんとけもみみも加わっていた。

 一方でマリアツンデレジアさんは城府に勤務する武官たちを集め、彼女の輿入れのために同行していた宮廷伯の兵とともに、まず城府内のブルカ辺境伯に繋がる文官や関係者たちの一斉検挙を行ったのである。


「み、御台さま。これは何事ですか?!」

「シェーンさまのご命令ですの。ジェイソンスコットミーの証言により、我がリンドル領内においてブルカ辺境伯ミゲルシャール卿に協力する不埒者たちを検挙しますの!」


 事実上、このリンドル城府の支配者であるマリアツンデレジアは、その一斉検挙を手際よく日中のうちに片づけてしまった。

 抵抗する者はほとんどおらず、事実いきなり何が起きているのかもわかっていない者たちが大多数だっただろう。

 何しろ、すべての人間が自分自身がブルカ伯のスパイを働いているという自覚ある者ばかりではなかったからだ。そういう意味において口で抗議する者たちは確かにいたが、さすがに白刃を突き付けられてまで抵抗をしようという気概は、文官たちの中には無かったのである。

 脱走者を城府から出す事も無く、捉えられたブルカ辺境伯に味方していた人間たちはリンドル聖堂の人間たちによってさっそく薬漬けにされてしまった。


 そして本命は夕刻の訪れを待って、ブルカ商館を襲撃する事である。

 サルワタでその名を知らぬ者のいない飛龍殺しの猟師ニシカさんは、郊外の演習予定地(という事になっている)の場所に向かうその直前に、ようじょ軍師に向けてこんなひと言を残していった。


「おいようじょ。可能なら鷹匠を手配しておくんだな」

「それはどういう事なのですニシカさん」

「お前ぇは聞いてねえか? ツダの村からゴルゴライに戻る途中、ハーナディンが魔法の伝書鳩の死体を拾ったという話を」

「覚えているのです。ドロシアねえさまとどれぇたちがツダの帰りに、鷹狩にあった伝書鳩の骸を拾ったのです」

「そうそれよ、敵がやる事はお前たちも利用してやればいいのよ。万が一にもブルカの商館から鳩を飛ばして領地なりアジトなりに情報が漏れた時の事を考えておくことだぜ。まあオレ様がその場にいるなら、弓の一射で撃ち落としてやるんだがね。残念ながらオレはこれからアジトに先行しなくちゃならねえ」


 鱗裂きのニシカさんの助言を聞いたようじょは、その言葉に素直に従う事にした。


「わかったのです。お城のしゅくせーを見届ける時に、マリアツンデレジアねえさまに相談してみるのです」

「おう、それが無理ならハーナディンに頼むんだな。オレ様より腕は落ちるだろうが、あいつも猟師上がりだそうだからな」


 ハーナディンはその時たまたま近くで水筒の水を飲んでいたのだが、いきなり自分の話題が飛び出してきたので水を盛大に口から噴き出した。


「ま、待ってください。僕はニシカさんほど腕はないので、やはり御台さまにご相談しましょう。そうしてください!」


 ハーナディンも空飛ぶ鳩を射かける自信がなし、さらにサルワタの仲間たちには鷹匠なんているわけがない。

 となれば大人しく、その点をただちにマリアツンデレジアさまに相談したのである。


 何でもモノの本によれば、中世だか近世だかその時代のイギリスではとても鷹匠が流行っていたらしく、王侯貴族から平民まで鷲鷹の親戚をそろいもそろって飼育していたらしい。

 このファンタジー世界でもすべてのお貴族さまがそんな趣味を持っていたわけではないが、領内の人間の誰かひとりぐらいは当たりが付くのではないか。

 そう思ってようじょはマリアツンデレジアにその事を話したのだけれども、


「僕の自慢のハヤブサを貸してくれよう。鷹狩は僕の日課の様なものだからな」


 とても横柄な態度をした早撃ちのシェーンが、自慢のハヤブサとやらを提供してくれる事を名乗り出てくれた。


「ありがとうございます、ありがとうございます。これで万が一、伝書鳩で情報漏れが発生する様な事があっても安心ですね」

「僕の事を家臣のみんなは早撃ちのシェーンなどと言っているだろう。あれは鷹狩の際に魔法で雉をとらえる僕の姿を見た農夫たちが、そう名付けたのだ。どうだ恐れ入ったか?」


 感謝の言葉を口にした俺に「ん?」と偉そうな態度を取るシェーン少年である。

 身長はまだまだ伸び盛り中頃で、俺より頭ひとつばかり小さな子爵さまだ。カサンドラとほとんど変わらない上背なので、どうしても俺の方が頭が高い事になる。

 これがッヨイさまなら俺がしゃがむなりしてニコニコするのだが、クソガキ相手にはそこまでしない。


「奇遇ですね。俺も夜のレスリングでは早撃ちなんて言われていたんですよ」

「よ、夜の? 何だそれは」

「大人の格闘技とでもいいましょうか、ようは男と女の決闘です。早いと評判で」


 よくわかっていないクソガキをそうやってからかっていると、後ろでカサンドラとマリアツンデレジアがコホコホと咳ばらいをしていた。

 残念でした。結婚するまでお預けね!


 こうした経緯があった後、リンドル城館を出立したマリアツンデレジア率いる戦力二〇名あまりが俺たちサルワタの関係者と合流した後に、夕陽に照らされたレンガ造りのブルカ商館を包囲したのだった。


     ◆


「これはこれは、御台さまではございませんか」

「館長はおられますの?」

「本日は当商館にわざわざお越しくださりまして、ありがとうございます。もちろん館長は在勤中でございますけれども、当商館はまもなく閉店でございまして……もし御用がございますなら改めて明日、館長が登城させていただく手はずを……」

「御託は結構ですの。みなの者、ただちにやっておしまいなさい!」


 空が茜色に染まる頃合いになって、ブルカ商館が店じまいに作業をはじめた時刻。

 マリアツンデレジアはハルバートを持った兵士たちを背後に従えて商館の手代らしき男に向けてこう言い放ったのである。

 彼女自身もアレクサンドロシアちゃんがそうしていた様に、豪華なドレスの上に胸当てと手甲を形ばかり着飾って、不慣れな長剣を引き抜いて完全武装の女騎士姿である。


 マリアツンデレジアの号令一下、ただちに剣を引き抜いた騎士装束の武官たちが強引に商館内に突入を開始した。

 ハルバート装備の兵士たちは商館の出入り口周辺を固める様に散らばる。ひとりも逃亡者を出さない構えで一部は裏口側や窓のある場所にも駆けていった。

 俺たちの仲間もこの包囲網に加わっている。


 側にはカサンドラが控えている。彼女は雁木マリが以前使っていた鉄皮合板の鎧を着こんで、その上から俺とお揃いの貫頭衣を被っていた。ついでに馬車の荷物の中にしまっていたらしい短弓と矢筒まで持っている。

 もちろんカサンドラに直接戦闘に参加してもらおうというつもりは俺にも作戦を担当したようじょにも無かったけれど、この正妻は自分も役に立ちたいという一心があるらしい。

 とても怖そうな顔をして、ぎゅうっと手を握りしめて事態を見守っていた。


「ハーナディン、念のために居住区の窓辺りに待機していて。飛び出してくる人間がいたら即魔法攻撃よ!」

「了解です、ガンギマリーさまはどうされます?」

「あたしはカサンドラ義姉さんとマリアツンデレジア卿の側を警戒するわ。ッヨイはベローチュの側を離れないでね。いくら魔法攻撃が得意と言っても、あなたの魔法じゃ強力すぎて街の中では問題だわ」

「わかっているのです!」

「シューターは、手ごわい相手が出てきたらよろしくね」

「応!」

「頼りにしてるんだからね」


 さすが戦場を知る聖少女修道騎士は頼もしい。

 そしてそんな頼れる歴戦の聖少女修道騎士に頼られるのはとても嬉しい。


 嬉しくなった俺だけれど、この調子で浮かれていては足元をすくわれてしまいかねない。

 商館の中では「大人しくしろ」とか「ご領主さまの命令だ!」という怒号と、「何事ですか」や「何の権利があって」などという悲鳴が錯綜している様だった。

 新調したばかりの装備の着心地を確かめつつ、緊張感でいっぱいの顔のまま現場を陣頭指揮するマリアツンデレジアを見やった。


「中で暴れる声がしていますね」

「その様ですのね……」

「やはり触滅隊の人間が商館内に潜んでいたのかもしれない」


 だとすると、一般の武官や兵士たちにはかなりの苦戦が考えられるかもしれない。

 その間にも「ギャー!」という誰かの悲鳴と金属がぶつかり合う音がしていて、これはうかうかはしていられないと俺も覚悟を決めた。

 腰の剣に手を掛けながら俺はカサンドラとようじょに向き直って、突入の意思表示をする。


「シューターさんお気をつけて」

「怪我しないようになのです、どれぇ」


 白刃を引き抜きながら無言でうなずいてみせた俺は、そのまま取り押さえられていたブルカ商館の手代さんの脇をすり抜ける様にして館内へと突入した。


 さながら気分は幕末だった。


 むかし俺は時代劇の斬られ役として、新選組の役に扮して斬り合いの演技をしたことがある。

 確かあれは有名な寺田屋襲撃事件のワンシーンだったはずだけれど、あの時は木っ端役をしていたに過ぎない。

 しかし今の俺は、この優しくないファンタジー世界の歴史の一部となって動いているのだ。

 

「入り口で固まるな! 商館長を探し出すんだッ」


 リンドル側の現場指揮官が叫びながら、次々に商館職員たちを押さえ付けて捕縛する部下に叱咤していた。


「まだ見つからんのですか」

「上が思いのほか苦戦していて、乱戦になっている様ですな大使閣下」


 短くその指揮官とやり取りをしていると「チェーイ!」などと言って突然エントランス脇の扉から飛び出してくる男がいた。

 このままいけば戦場に不慣れな現場指揮官が斬り伏せられそうになるところを、俺が肩で押しのけながら受け太刀してやる。

 そのまま勢いに乗って俺を押し斬るつもりの敵さんだったが、上手く勢いを逸らしてやってその背中を斬り伏せた。


「助かりました!」

「階上に行く。あんたも常に部下とペアで行動する事だ!」


 指揮官の言葉に叫ぶように返事をして、ドタドタと乱れる足の音を響かせる階段の上に向けて駆けだす。

 二階では武装した商館に雇われた傭兵らしい人間とリンドル武官たちが小競り合いをしていた。

 ほとんど戦闘というよりは剣先を付きつけ合って、互いにどうしていいのかがよくわかっていない有様だ。


「どけ、俺がやる!」


 言うが早いか飛び出した俺は、懐剣を突き付けて怯えた表情をしていた男に向かった。

 腰が引けているので、一撃で剣を巻き上げてやってしたたかに柄を顔面にぶち当ててやる。


「よ、よし。ひとつひとつ部屋をしらみ潰しにしろ。三階もあるぞ!」

「待つんだ、みんなで固まって行動しましょう」

「わ、わかりました」


 勇み足の男の肩に手を掛けて、とにかく落ち着いて集団行動しろと声をかける。

 怯えた表情は仲間も同じで、肩の筋肉もガチガチだった。


「いたぞ! 女どもが集まって隠れている。出て来い!」

「館長はどこに隠れている、隠し立てすると容赦ないぞ!!」


 方々でそんな声が聞こえていたけれど、まだ館長の姿は見つからない。

 またもどこかで剣を重ね合わせる激しい金属音が聞こえてきたけれど、今度は数の力で強引に押し切ったらしい。

 血まみれの男が腕を抑えながら出てきたかと思うと「治療を、修道騎士さまを!」と叫んでいるではないか。


「商館入口前に修道騎士がひとり待機している、誰か手を貸してやれ!」

「抵抗した男も怪我をしたが、こちらは重態で動かせないぞ!」

「修道騎士さまをお呼びしろ!」

「ギャー」


 今度は何だ、別の部屋から悲鳴が飛び出して来て、兵士たちは右往左往しながら剣を構える。

 中からはリンドル騎士の首に腕を回して剣を突き付けた男が現れた。

 斬り合いで負傷したのか脇腹が血塗られていて、土色の顔をしているリンドル騎士さまだ。


「く、来るな。俺は逃げるぞ! 来たらこいつも道連れだぞ」

「貴様、抵抗するという事はご領主さまへの反逆だぞ」


 何やら言い合いになりそうであったが、まだ商館長も見つかっていない状況で無駄な事はやっていられない。

 俺はそれを邪魔するように足を滑り出すとそのまま勢いを付けて白刃を突き出した。


「何だお前、俺の言葉が聞こえなかったのギャー!」


 人質をとっての抵抗は俺が強引に中断させてやった。相手が戸惑っている間に頸にひと突きだ。

 この世界の太い肉厚の長剣を刺し込まれては、どうやっても外す事はない。そのまま引き抜かずに横にスライドさせながら抜いたのでドバっと鮮血が噴出した。

 

「あんたら、野盗の捕り物もやった事がないのか!」

「あいにくリンドルは開墾以来大きな騒動もありませんでしたから……」

「荒事は誰が担当していたんですか」

「傭兵です……」


 脇腹を抑えた騎士に肩を貸しながら兵士たちが俺の側をすれ違っていく。

 俺に釈明をしたひとりの兵士は申し訳なさそうに頭を下げると、仲間たちと奥に奥にと隠れ逃げていた商館職員たちを引っ張り出す手伝いに走っていった。

 これは冒険者カムラぐらいの大物が出てくれば、このリンドルの人間には手出しができないんじゃないだろうか。

 そんな風に半ばあきれる思いを浮かべたところで、また新たなる悲鳴が聞こえてきた。


「うわあああぁぁ」

「ひいいい、腕が腕があああぁぁ!」

「くるな、くるなあああ!」


 今度こそ、ヤバいやつが出てきたのだろう。

 暑い晩夏の盛りの中で、額にほと走る汗を袖で拭いながら、叫び声がまき散らされる方向に慌てて駆けだした俺たちは、その声が三階に向かう階段の上から聞こえていることに驚いた。

 どこかの馬鹿が、俺の忠告も無視して先走りをしたらしい。


     ◆

 

 そこにはデブがひとりいた。

 長短の双剣を左右に握って胸元で交差させた男。

 奥には別の無頼者らしい顔のヒゲ面と、また別の壮年の男がいる。

 たぶん無頼者は触滅隊の一味のひとりで、このリンドル市中に密かに隠れ潜んでいた人間だろう。そしてもうひとりの男がブルカ公商会のリンドル商館長なのだろう。

 してみると、目の前のデブは何者かという事になる。

 そして俺はその男を知っていた。


「おお、お久しぶりですねナメルシュタイナーさん。お元気そうで何よりだ」

「……お前がどうしてここにいる」

「あんたがリンドルの兵士をやったのか。相変わらず太っちょのわりにすばしっこい動きをしている様だ」


 女村長によって接収されてしまったゴルゴライ領主ハメルシュタイナー準男爵の嫡男である。

 かつて武力解決手段(フェーデ)によって瀕死の状況まで追い込んだものの、その後姿を晦ましていたはずの人物が、どういうわけかリンドルにあるブルカ商館に隠れ潜んでいたというのは驚きだ。

 関係の深いブルカではなく、リンドル方面に落ち延びていたのか。

 ブルカ方面の街道周辺で網を張っても、捜査網に引っかからなかったわけである。


 さらに。

 悪相の無頼者も商館長を背後に庇いながら剣を引き抜いて見せるではないか。

 ここは商館長の居住スペースらしく、他の小さな小割りにされた従業員たちの部屋に比べるとずいぶんと広かった。

 畳十八畳ぐらいはあるんじゃないだろうか。ついでに天井はさほど高くはない。

 たぶんこのすぐ上には屋根裏の隠し部屋か何かがあって、もしかするとその場所に、普段は街に潜伏している触滅隊の人間が生活をしているのかもしれない。


「ナメルシュタイナーさん、こいつと知り合いか」

「ああ、サルワタの片田舎からやってきた領主の夫だ。俺の家族を皆殺しにした憎い奴だ」

「じゃあアンタの仇ってわけだな。どうするよ、ここでぶち殺しておくかい」

「この男は生かしてはおけない。刺し違えても殺す……」


 丸い熊耳をひくつかせているデブが俺を見据えながらそんな風に凄んで見せた。

 こんなところでナメルシュタイナーに出くわすとは思わなかった俺である。ちょっと挨拶がてら声をかけてはみたものの、内心では何でブルカにいかずにここにいるんだと驚いていたところだった。


「た、大使閣下、どうなさりますか」

「天井が低い、剣は上に向かって振り上げずに脇に抱き構えろ!」


 俺とともにこの部屋に突入したリンドルの騎士がひとりに、兵士三人だ。

 正直この人数でただ商館長の前に立つ男とナメルシュタイナーの相手をするのは難しいだろう。

 デブの双剣が血塗られていたところを見ると、斬ったのはこいつだ。

 先ほどまで斬られてぎゃあぎゃあ叫んでいたと思われる男は、その地面に転がっている。俺たちが駆けつけるまでにサクリと斬り捨てられてしまったのだろう。


 ナメルシュタイナーの剣の腕前はどれぐらいだっただろうか。

 デブのくせにかなり動きがすばいっこい相手だったのはしっかりと覚えている。カラメルネーゼさんと互角の腕前で攻防をしていた記憶があるが、わずかに経験の差で押されていた気がする。

 多分、俺の実力でも油断さえしなければ、いける。

 問題は隣の無頼者だ。

 どうだ、顔色を窺うと腰は低くよく鍛えている下半身という感じがした。

 剣の構えもかなり様になっているところを見ると、軍隊で正規の訓練を受けている人間が遣う、本物の戦士の気風じゃないか。

 うわあ、とっても強そうです。


「こ、こんな事をしてブルカ辺境伯さまが知れば、外交問題になるぞ!」

「残念でした、あなたは外交官ではなくてただの商人だ。しかもリンドル城府の中にスパイを多数送り込んで情報漏えいをさせていたという事実は、すでにスパイが白状したんですよねぇ」

「そ、そうだぞ! すでに御台さまによる取り調べでこの事は白昼の下にさらされている。聖堂の司教さまによる尋問もすでに行われているぞ!」


 実際に尋問をしたのは雁木マリであるけれど、壮年の男が震えながら無意味な苦情を口にしたところ、リンドル騎士が言い返してくれた。

 この際は誰が拷問をしようが尋問をしようが関係ない。ポーション自白でこいつらがスパイを送り込んでいた事はわかりきっているのだ。


「わ、わたしを助けるのだ」

「館長さんよ、そいつはちっと難しい。情報だけは持って、誰かひとりはブルカにもどらなきゃいけないんだが、あんたは年寄りの爺さんだ。ちょっと難しいだろう?」

「が、頑張ってみるぞ」

「無理だと思うがねえ、無理ならここでひとりでも道連れにするだけだ。なァナメルシュタイナーさんよ」


 無頼の男は背後に庇う館長さんに苦笑を浮かべながらそんな事を言っていた。

 デブはその言葉に無反応で、交差させた長短双剣をカシャリと鳴らして構えを改める。

 この無頼、いつぞやの峠で出くわした口のくさい男と比べると、まだオーラまで飛び出していないのが幸いだ。しかし、背後に控えているリンドルのみなさんがあまりお役立ちにならない事を考えると、かなり気が滅入るところである。


「さあ来いよ、ここでお前も異世界までの片道旅行の道連れにしてやるぜ」

「勘弁してもらいたいものですねえ、俺はもうすぐ婚約者と結婚する予定があるんですよ。四人目の妻ですがね」

「チッ、相変わらず殺してやりたいヤツだ。どこまでも俺を馬鹿にしやがって……


 ジリジリと足を開きながら俺がぐっと剣を脇に立てて構えた瞬間。

 デブと無頼が同時に駆け出してきた。

 ふたり同時に俺かよ!


 まずデブか双剣を重ねてダブル斬りをしてきたので側面へ跳んで避けた。

 するとそこに無頼が剣を振り抜いて俺に迫る。

 冗談じゃない! 他にも兵士はいるじゃないか!!

 あわやというところでおれが避けたものの、サーコートはサクリと捌かれてしまった。

 だがまだ鎧がある。


 背後に飛び込んだデブに向かって兵士たちが斬りかかったけれど、あっさりふたりがデブの舞でわずかに血を散らした。

 かすり傷程度だろう、まだ叫んではいるが腕か脇のどこかを剃られた程度だったらしい。


「うぎゃあ!」「いでぇ!」


 あわてて助けようとしたところを、今度は無頼が俺を妨害する。

 どうするんだ。まるで連携が取れないリンドルの騎士と兵士を連れていては勝てないぞ!


 デブが身をひるがえして俺にまた剣を刺し込んできたと思うと、呼応してまた無頼が斬り付けて来る。

 ひらりとかわすには限界があって、腕を双剣が腕をかすめて袖を引き裂き、新調したばかりのブリガンダインに無頼の剣が傷を入れる。

 俺も負けじとすれ違い様にデブに体当たりをかましてやって吹き飛ばして見せたが、今度は無頼が剣を突き込んできたので、剣を撃ち落としてやった。

 しかしそのまま勢いのある突きだったために、股下を剣先がかすめやがった。


 埒が明かない! どうすんだよこれ!


 その時だった。

 バリンと高価なガラス窓が破られたかと思うと、白刃をひっさげた女騎士装束の蛸足の麗人が窓からあらわれたのだ。


「おーっほっほっほ、お困りの様ですわねシューター卿!」

「段取りが違いますよカラメルネーゼさん」

「そうは言いますけれども、苦戦をされている様ですから是非もない事ですわ!」


 カラメルネーゼさんは屋根伝いに脱走されない様に待機していたはずだったが、折を見て飛び込んできてくれたらしい。


「助かった、デブは俺がやるので悪い顔のおっさんを頼みます!」


 これで勝つる。デブをトンカツにしてやる。


次回「双剣のデブ」ご期待ください!

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