129 この先の峠には盗賊がいる 後編
本日二回目の投稿です、よろしくお願いします!
俺たちサルワタの外交使節団にセレスタで雇い入れた傭兵連中までも加えると、その総勢はいよいよ三〇人あまりに膨れ上がっている。
そんな連中が日暮れ時、思い思いにいくつかのキャンプファイアーを囲んで晩飯を食べていた。
出された料理は当然、野営での事なので簡単なものだ。
潰したトマトと芋にベーコンを入れたオートミール、それから根菜を煮込んだスープである。
根菜スープの方はセレスタで仕入れたハムがあったので、出汁がしっかりと利いて美味しかったね。
「あたしはさ、この世界に来て未だにここでの料理の味に馴染めないところがあるのよね」
ブツブツと不満を口にしながら雁木マリは木のスプーンでオートミールの粥をよそっていた。
確かにこの冬麦の雑炊は見た目がよろしくない。何というか子供の遊ぶ粘土みたいな色合いをしているので、食欲が大幅に減退するのである。
しかし住めば都というものもあって、俺はこのファンタジー世界に来て数か月も常食しているうちに「こんなもんだろ」と思う様になっていた。
もしも気にすることがあるのなら、未だもって馴染めない朝食抜きの生活である。
こうして旅をする様になってからは道中の手間を惜しむために、朝飯を食べて出発する事もままあった。今日なども同じ様にしてセレスタを出発したけれど特別の事だ。
長い時間、胃袋を空にしているのがどうにも体に馴染まないのである。
「お味噌と醤油が欲しいわね。シューターはどこかで見かけたことが無かった?」
「あるわけないだろう。俺が知っているこの世界は、サルワタの森の開拓村とその周辺、せいぜいブルカぐらいまでだからねえ」
「そうね、聞いたあたしが馬鹿だったわ……。あたしが知らないんだからあなたも知らないわね」
近頃は俺の事をお前と言わず、あなたと言ってくれるようになった雁木マリである。
どういう心境の変化かわからないけれど、ここまで丸くなったものだと嬉しい限りだね。けれどもちょっと俺が油断すると拳を握る事もあるので、そこは危険だ。
まだ時々この女をからかうと、平然と殴り飛ばしてくることがある。
まいっちゃうね!
「あのう、シューターさん。オミソとショーユというのは何ですか?」
するとカサンドラがおずおずと根菜スープをふうふうしながら質問をしてきた。
このファンタジー世界の住人である正妻にとっては未知の調味料だから当然だね。どう説明したらいいんだろう。
「お味噌と醤油というのは、豆を使った発酵食品という感じかな?」
「発酵食品じゃチーズやヨーグルトと間違われるかもしれないわ。調味料と言った方がわかりやすいんじゃないかしら」
「確かに」
俺たち元日本人がそんな会話をしていると「調味料ですか」とカサンドラが関心を示している。さすが我が家の内向き一切を取り仕切っている正妻さまさまだ。その辺りの聞きなれない調味料には興味津々なのだろう。
旦那の胃袋を握るのも奥さんの仕事だからね!
そしてようじょも興味津々だ。
「ッヨイも食べてみたいのです! どんな味がするのですかガンギマリー?」
「そうね、お味噌はやっぱり地域によって特色があるから一概には言えないわ。甘いもの辛いもの、合わせたのもあればまちまち。スープに入れたり、食べ物に混ぜたり付けたりして食べる事もあるわね」
「俺は酢味噌にしてハモやタコブツを食べるのが好きだったなあ」
「あんまりそんな事を言わないでよ、懐かしくなって泣けてくるじゃないの」
ますますカサンドラの興味を引いたらしい。
小声で「豆で作るのですか」と言って、根菜スープに浮かんでいたひよこ豆をじっと見ている正妻かわいい。
でもなあ、豆は豆でもひよこ豆ではなくて、大豆を使うのだから再現するのはたぶん難しいだろう。
とりあえずこのファンタジー世界では大豆に出会ったことが無いのだ。
ところでニシカさんは、視界の端でぶどう酒の瓶を口に運んでいる最中だった。さすがに道中の野営という事を理解しているのか勢いよくグビグビやりすぎる様な事はしない。
ぷはあとやった瞬間、ばるんぽよよん、ぼいんぼいんした。
その姿を凝視していた事が家族のみなさんに気付かれたのだろう、カサンドラと雁木マリが白い目を向けてきたような気がしたし、けもみみは唇に指をくわえて見ていた。
カラメルネーゼさんは興味なさそうにしていた事と、ようじょと新参のベローチュは気が付いていなかったのがせめてもの救いだ。
「ん? どうしたシューター」
「いえちょっと美味しそうだなってっっ」
決しておっぱいエルフのたわわな果実の事ではないという風を装って、俺はいいわけめいた発言をした。
「このぶどう酒はなかなか美味いな。皮かすがないので、ずいぶん呑みやすいぜ」
「どれお味を拝見」
俺も瓶を受け取ってひと口呑む。そのままカサンドラに回してそれがさらに雁木マリに回り、けもみみが口に運んだ。
「なんだか渋いや」
「それがいいんじゃねえか。まァオレ様は今夜の酒はそのぐらいにして、先に失礼するぜ」
ニシカさんは意外にもアッサリと飲食終了を宣言すると、立ち上がって焚き火の側を離れていった。
やはり今夜何かあるかもしれないと、ニシカさんも警戒しているのだろうか。
酒は大好きだから飲まずにはいられないけれど、ベテランらしくこういう時はサッと引き際をわきまえているところが鱗裂きのニシカさんの信頼できるところだ。
などと感心していると。
同じ様に緊張した顔の雁木マリも、早々と食事を済ませてじっと地図に視線を落とす作業をはじめていた。
俺はあまり学の無い人間だから、軍事方面については専門家であるカラメルネーゼさんや修道騎士のみなさんの意見を尊重すべきだろう。
俺としては自分の役割を、戦闘時の駒なんだろうなと自覚してる。何せ事ある度に、やれ全裸を貴ぶ戦士だ、辺境一の戦士だと言われているからな……
ちょっと全裸の卿扱いが悲しくなった。とても悲しかったのでため息をこぼすと、カサンドラが微笑んでくれたので救われたような気分になった。
「交代要員と見張りの配置はどうしましょう? ネーゼ卿はご意見があるかしら」
「そうですわね。わたくしならこことここ、それからその先の草の背が高い当たりが気になりますわ」
「陽があるうちに刈り取ってしまった方がよかったわね……」
「それもどうかと思いわすわ。こちらにあまり備えがあるようでは、触滅隊も近付いてこないですわよ? そうすると予想外の動きをされてしまって、かえって打つ手が無くなりますわ」
「うっ、そうだわね……」
やはり俺のが口をはさむ余地は無いらしい。
最後に残ったぶどう酒の瓶を飲み干したところで、急に用を足したい気分になってきた。
完全に真っ暗になって不寝番が立つ時間になる前に、トイレを済ませておこうかね?
「ちょっとジョビジョバしたい気分なので、後の事は任せておいてもいいですかね」
「あっぼくも一緒に行くよ」
俺がひと事、声をかけて離脱しようとしたところ、けもみみも連れジョバを表明した。
女の子のくせにどうやって連れジョバするんだよと一瞬だけ考えたけれど、彼女には息子が付いているのだからそれも可能なハイブリッドである。
俺とけもみみはふたりしてみんなから少し離れた小川の川下近くにやってくると、俺はいそいそとズボンのひもを緩めるのだった。
「えへへ、一緒だね」
「うん……」
その一緒というのは、一緒に連れションが出来た喜びを差しているのか、付いてるものが同じと言う意味か。
どちらにせよ、喜ばれてもどう返事してよいものか微妙な気分である。
ふたり揃って恥ずかしがりやを並べて放水準備をしていると、チラリとエルパコのかわいらしい息子が視線に飛び込んできて、ついガン見してしまった。
人間、未知なものには興味本位になってしまうもんで、このけもみみの事を男の子だと思っているうちは自分と同じものが付いているのだからと、それほど熱心に見る事はなかった。
しかし実は女の子でしたダブルピースとわかった今では、ちょっとその差異が気になってしまう年頃なのだ。
……と思っていたのは、どうやら俺だけではなかったらしい。
けもみみが、マジマジと俺が手でつまんだ息子を観察しているので、ちょっと恥ずかしい。まだ白昼の事ですからね、こういう事はしっぽり夜のとばりで楽しみましょうやけもみみ奥さん。
などと馬鹿な事を考えながらジョビジョバった。
してみると、突然放尿をしながらエルパコが俺の息子から視線を外した。
「誰っ?」
けもみみは警戒レベルを上げながら俺とお揃いの腰の剣に手を掛けようとする。慌てているのか放尿しながらそんな事をするので、剣はもたついて抜けない。というか出すのか抜くのかどっちかにしなさい。あと腰を振ったら飛び散るのでやめなさい!
「……オレだよ。ちょばっかけもみみお前こっちくんな!」
草むらの中から女の声がした。ニシカさんだ。
ちょうど俺たちの四、五歩先の背の高い草穂の間からちょっと恥ずかしそうにその声が聞こえてくる。
気配に反応してけもみみが飛び出そうとしたが、ニシカさんに制止されてしまった。当然だ、まき散らしながら前進してはいけません。
「何やってるんですかそんなところで」
「そんなもんウンコにきまってるだろ! オレさまは集中しないと出ないんだ、邪魔するなよな」
さすがベテランと思わせる余裕を持った体力温存のための行動……かと思えばウンコかよ。
全裸を見られても何とも思っていなかった様なニシカさんだが、ウンコを邪魔されるのは駄目なタイプらしい。俺はひとつ賢くなったので息子をしまい込みながら警告する事にした。
「えっと野営キャンプに戻る時は、大回りした方がいいですよ」
「何でだよ……」
「そりゃ俺たちがニシカさんの正面でおしっこをしたからですね」
「いいからあっちいけよ、集中出来ないだろ!」
俺とけもみみは追い立てられてしまった。
「あっすいません。お先に失礼しますッ」
「うるせぇ気が散る!!」
ぺこぺこ頭を下げてニシカさんから逃げる様に野営地に引き上げていく最中の事である。
いつもは無表情な顔をしているエルパコが珍しく笑った顔をして「ぼく、びっくりしちゃったよ」と俺の顔を見上げながら言った。
「あそこにニシカさんがいるのに気が付かなくって」
ニッコリしたけもみみはかわいいなあ。
してみると、けもみみどのタイミングでニシカさんがそこに居るとわかったのだろうか。
「エルパコくん、何の拍子に気が付いたのかな?」
「臭いだよ、風向きが変わったからすぐにわかったんだ」
途端に真顔になったエルパコである。
相手がベテラン猟師のニシカさんともなれば気配を消すのもお手の物だ。それを察知するのが得意なのもハイエナ獣人であるところのエルパコだが、さすがにニシカさん相手だとすぐに気配に気が付かなかったらしい。
しかし、いかに飛龍狩りの名人と言われた鱗裂きのニシカも、俺たちの風上でウンコをしていたのでは隠れきれなかったらしいね。
◆
さて、エルパコと並んで野営のキャンプファイアーまで戻って来る。
雁木マリとカラメルネーゼさんたちが話し合って決めた夜間当直と配置に従って、俺たちは就寝する事になった。
簡易テントは今回も女性陣が使う事になっているので、利用するのはカサンドラに雁木マリとようじょ、それにカラメルネーゼさんである。
仮にも騎士爵というお貴族さまに名前を連ねるカラメルネーゼさんであるから、露天下に寝かせるわけにはいかないと意見の一致を見た俺と雁木マリは、本人が「別に気にしていませんわ」と言うのをなだめすかして、お休みいただくことにしたぜ。
俺も今では大使閣下の身分だし、聖少女さまの雁木マリもまた、いつでも飛び起きられる状況にはしておきながら不寝番の交代見張り要員からは外れる事になった。
セレスタの傭兵たちがいるので、余裕を持った交代見張り員が出来るのもいいね。
そういうわけで雁木マリは簡易テントに、俺は豪華な馬車の豪華な長椅子に横になって寝る事にする。
本来はこの長椅子に座って大使閣下然と旅をすると思っていたのになあ。気が付けば慣れない馬に跨って、えっちらおっちらとセレスタ界隈の山中までやって来た次第である。
きっとこの長椅子でここまでやって来ていたら、それはそれでやれ乗り心地が悪い、サスペンションの発明が待たれると文句を言っていたような気がするなあと思いながら、やがて訪れる眠気に身を任せつつあったところ。
馬車の外から「シューターいるか」と言う声がして、返事をするよりも先に馬車の扉が開かれた。
首をもたげて俺を呼ぶのは誰だろうと確認したところ、果たしてそれはニシカさんである。
「おい、臭ぇぞ……」
ウンコから戻ってきたニシカさんは開口一番にそんな事を口にした。
ご自分の臭いかな? などと残念な事を考えていたら、ニシカさんが激怒するではないか。
「違うそっちじゃねえ!」
「なら何があったんですかね。ずいぶん長いウンコだったから、心配していましたよ」
ちょっとおちゃらけた返事を返すとすぐこれだ。
などとニシカさんの憤慨に悲しい気分になった俺だけれど、よくよくその表情を観察していると真剣そのもである。
俺は生唾を飲み込んでニシカさんの次の言葉を待った。すると、
「シューター、この野営は朝方たぶん襲われるぞ」
その言葉を口にしたニシカさんは、はじめて彼女をサルワタの森の開拓村で見かけた時と同じ表情をしていた。
傷を受けたワイバーンを追うべく、俺を抜け駆けに誘ったあの日の眼だったのだ。




