127 街道の安全情報を聞き出します
「この街とリンドルの間にある街道は、基本的に山の谷間をぬう様に走っているのよう。だから昔からこの往来には野盗が頻出していたらしいのよねぇ」
セレスタ領主のオコネイル男爵は、街道の安全情報を必要とする俺たちの求めに応じてくれた。
応接セットのテーブルに広げた羊皮紙の地図を示しながら俺たちに説明をしてくれる。
俺たち一同がそろって地図を覗き込むと、全体を見渡す事が出来ないようじょが背伸びして、んしょんしょと頑張っていた。
ようじょを抱きかかえた俺は、だっこしながら見えるようにしてやる。
「どれぇ、ありがとうなのです」
「あらぁ素敵な義親子愛だわぁ……」
男色男爵がおかしな事を言っている。
とは言え説明の際に妻たちが養父養女と紹介をしたので、こういう発言が出たのだろう。傍らのカサンドラはそんな俺とようじょを見て微笑みを浮かべているけれど、いきなり養女と言われても俺はピンと来ないぜ。
改めて一緒に俺は養女のようじょと地図を覗き込んだ。
「ここがセレスタ、ここがリンドルよぉ。そしてここがゴルゴライ。ここからサルワタまでの一帯は今じゃドロシアちゃんの勢力圏ねぇ」
「ゴルゴライがサルワタの勢力下というのはわかりますが、その隣までですか?」
「そうよぉ。サルワタの隣村のひとつ、クワズはドロシアちゃんが最初に嫁いだ場所だものぉ。あそこの義弟とはサルワタに嫁いでからも頻繁に連絡を取っているとドロシアちゃんが言っていたわぁ」
クワズというどこかで聞いたことがある村の名前を耳にして俺が小首をかしげていると、傍らのカサンドラが「マイサンドラ姉さんの嫁いだ先の村です」と教えてくれた。
ああ、それで聞いたことがあったのか。
「それにその周辺の村々も、戦争を始められるほどの兵隊を持っているわけじゃないから、今のドロシアちゃんには逆らえないと思うわぁ」
「野牛の兵士もいるしなあ、確かに言われてみればその通りだ。その情報はすでに周辺の村々にいきわたっているのですかね」
「アタシはドロシアちゃんから伝書鳩で知らされたけれども、きっと行き来する行商人たちがぴいちくぱあちくさえずっていると思うわよぉ」
なるほど。今は伝播しきれていなくても、村々の領主たちに知られるのは時間の問題というわけだ。
するとアレクサンドロシアちゃんが野牛の兵士たちを率いている姿も往来で見ているし、ゴルゴライ奪取の事を知ればその軍事力を恐れて、恭順の姿勢まではいかなくても大人しくするだろう。
それにしても、問題はセレスタから先の道なりである。
山を示すこの土地の地図記号の間を、のたうち回る様に街道が走っているのだ。勾配もありそうだ。
「この先はずいぶんとクネクネした街道だな。セレスタとリンドル間の街道には小さな宿場しか見当たらない」
「村がいくつかあるけれど街は見当たらないのです。その村もほとんどは往還から枝分かれした先にあるのです」
してみると、山間に囲まれたこれらの蛇行した道は、いかにも道中の視界が遮られていて盗賊にとっちゃ身をひそめるのに格好のスポットと言えるんじゃないだろうか。
この分じゃ村落もこの辺りでは農業を中心としていると言うより、林業の方が盛んなんじゃないだろうか。確か運ばれる材木の荷車もセレスタの街の中で見た事がある気がする。
大きな開けた農業適地が少ないという事は、それだけ生活が苦しいという可能性がある。
という事は生活に困窮した人間が離農して盗賊に成り下るという図式も、元々この辺りではよくあったのかもしれないね。
野盗が多いのもうなずけるぜ!
「ッヨイならここで待ち伏せをしてたいしょーを襲いますね」
「そうだな、オレ様ならこの急カーブの手前に見張りを付けて、本体は曲がったところに伏せておくぜ。隊商はあえなく挟み撃ちだ」
ようじょとニシカさんが顔を突き合わせて悪い顔をしていた。ニシカさんの悪企みはいつもの事だけれど、
ッヨイさまにその顔は似合いません!
「とにかく何にも地図に表記がない場所が続いているのです。どれぇ、この先は難所だょ」
「ッヨイ子ちゃんが言う通り、リンドルとゴルゴライの間には大きな交易の中継拠点と呼べる場所はここセレスタをおいて他はないわぁ」
ようじょの言葉を聞いた男色男爵はうんうんと向かいでうなずいていた。そして指で示しながら言葉を続けていく。
「ゴルゴライとセレスタの間に数村、セレスタとリンドルの間に数村あるけれども、これらは何れも軽輩領主の経営している村ねぇ。宿屋はあるけれども、利用するのは上りの行商人ぐらいなのよねえ。本命はこっち」
指で示したのは街道とは別ルートを走っているもの、つまり川だった。
視線でその川の上流をみんなが遡っていくと、リンドルにたどり着く。そこからさらにたどっていくと、岩窟都市と思われる表記のあるドワーフの王国の領内に伸びているではないか。
「川はどこまで続いているのですか」
「辺境の平野部に向かって伸びているけれど、セレスタの先で滝があるから、水運に使えるのはこの街までが終着」
「なるほどな」
「このリンドル川を下る水運が、鉱物や金属加工品、材木を運び出すために使われているルートのひとつなのよう。ただしこれが使えるのはブルカ方面に荷物を輸送する時だけ。上りはあまり使われていないわぁ」
「おねぇ、それは川を遡るのが大変だからですか?」
「背景的な原因はそれもあるわねえ。風の魔法が使える人間を用意するのは大変だし、ゴブリンの人足の数をそろえるのも難しいもの」
男爵の説明にようじょが質問すると、微笑を浮かべて返事をしてくれる。
するとニシカさんが俺に身を寄せて小声で自己主張をしてきた。
「やっぱりゴブリンの人足も使うんじゃねぇか。な、オレ様の言った通りだろ? ん?」
「それは当然そうなるわよね。風の魔法を使える人間なんてそんなに多いわけじゃないし、ニシカさんほどの遣い手ともなればなおさらね」
「だろうぜ。な、聞いたかシューター?」
雁木マリがニシカさんの言葉を肯定したものだから、ますますこのおっぱいエルフは調子に乗ってきた。
調子に乗っているのはその言葉だけではなく、言葉とともに暴れるけしからん胸のふくらみも同様である。
すごいでかい確信。
けれども周囲に女性陣の眼があるので俺は必死に冷静さを装った。
息子はよく耐えた。
「人件費のために上りの船便は輸送コストが跳ね上がっているから、使いたくても使えないんだな……」
「うんちんですか?」
「そうですッヨイさま、運賃です。下りは恐らく安いのでしょう。流れに任せて舵切りだけをしっかりしていればいいですからね。けれども上りは倍額とられるのかもしれない。だからあまり商人たちはリンドル行きの上り便を使っていないはずだ」
「なるほど、さすがどれぇなのです!」
ようじょが俺の頭をなでなでした。ありがとうございます、ありがとうござまいます!
そして、ようじょが次の質問をする。
「おねぇ、ブルカからリンドル方面に輸送される物品は、どういったものがあるのですか?」
「布類、絹類、それから紙類に貨幣かしらねえ。アタシの領内を通過する時に検問で調べたところによるとそういったものが多いわぁ。リンドルは岩窟都市との交易も盛んだから、決済のために準備資金がたくさん必要なのよぅ」
いかにも貨幣の輸送中の荷駄隊は襲われそうな気がするぜ。
これはこの先の街道で野盗が頻出しているというのもうなずける。
ようじょは俺と雁木マリの顔を交互に見て、男爵に質問するる様に促してきた。
「俺たちはこれからリンドルに入り、可能なら岩窟都市に向けて交渉を行おうと思っているんですけどね、盗賊についての情報は、この街の官憲はどの辺りまで掴んでいるんですかね?」
「そうね、考えられる障害について確認しておきたいわ。オコネイル卿、野盗の規模や繋がりについての情報、教えてもらえないかしら」」
俺と雁木マリが口々に質問をした。すると、
「出るのよぅ、おっきくてすごいのが、たくさん!」
男色男爵が身震いしながら悲鳴を上げた。
くねくねしながら言うものだから、何か卑猥な発想をしてしまいそうになるからやめなさい。
「うちのハーナディンが昨日の晩に冒険者ギルドで調べたところによると、セレスタのギルドでは街道の安全情報を告知しているらしいわね。妙に冒険者やゴブリンの傭兵たちの数が多いと思ったら、連中の大半が行商人たちのために道中の警備に雇われているんだと聞いたわ」
「えっとぉ……」
「ここまで徹底した安全情報を出すというのは尋常な事ではないわよ。大規模な盗賊団がいるという事なのね?」
念押しするように雁木マリが言葉を紡ぎ出したところ、男色男爵はとても嫌そうな顔をした。
どうやらそれは事実であるらしく、もしかすると男爵の頭を悩ませているのかもしれない。
「小さな盗賊の集団はいくつもあるのだけど、もっとも大きいものは触滅隊よぅ!」
何だその厨二病にかかったような触滅隊というフレーズは。盗賊団の名称かな?
俺たちが一斉に男爵の次の発言に注目すると、ハァとため息をこぼしながら言葉をつづけた。
「リンドルとセレスタ間ではあの地形でしょう? むかしから小さな盗賊団が跋扈していたのだけれども、アタシがこの領地に赴任して来たとたんに、やっかいな連中が住み着いちゃったのよぅ。おかげでアタシの自慢の妖精剣士隊も、一年駆り出されっぱなしだわぁ」
そのやっかいな盗賊団というのが触滅隊なのだとか。
その規模は、あれよあれよという間に元からいた弱小の盗賊団を次々に吸収合併しながら数十人規模の大きな組織に成長していったらしい。
どうもこの土地の盗賊崩れが頭角を現したというわけではなく、どこからか流れ着いたやっかい者が率いているというのだ。
「シューター卿ぉ、アナタが昨日揉めていたパンストライク一味というのがいたでしょう? あれも巷の噂では触滅隊に繋がっているという話なのよぅ。何人か捕まえた手下たちの話ではぁ、触滅隊がこの街にも悪の触手を伸ばしているのだわぁ」
くねくねびくびく、男色男爵は身震いした。
するとその直後に「誰かあれを持って来てちょうだい!」野太い声を上げたかと思うと、家令が飛び出していった。すぐにも戻ってきた家令の手には、安っぽい麻紙が握られている。
受け取った男色男爵は俺たちに麻紙を広げて口を開いた。
「見てちょうだい。これは触滅隊の一味が入れているという入れ墨の模様よぉ。とってもお下品な蛸なのよ! 連中の手下を何人か捕まえた時に、体からこんな模様が見つかったの!」
「ちょ、ちょっとお待ちになって。蛸がお下品とはどういう事ですの?!」
「ああん、ネーゼちゃんの事を言っているのではないわぁ。アナタはいい蛸足、コイツらは悪い蛸足なのぉ!」
そんな事はどうでもいいので俺は仲間たちを見回した。
カサンドラは何かを思い出しているらしい。
「あの、シューターさん。もしかしてマイサンドラ姉さんや助祭さまの時と同じで……」
「ブルカ辺境伯の放った手の者という事かな」
手口を考えてみればブルカ辺境伯ならいかにもやりかねない。教会堂の人員や冒険者ギルドの幹部、元村人とあらゆるところにスパイを潜ませている連中の事だ。
言われてみればいかにも、
「ねえさま。いかにも怪しいのです」
「確かに、一番に怪しむべきはブルカ辺境伯ね」
「俺もそう思う」
「おう、オレ様も最初にそれを思いついたぜ」
ようじょの言葉に俺たちが賛意を表すと、男色男爵はたいへん難しい顔をして俺の奥さんたちを見比べた。
「ブルカ辺境伯が背後で触滅隊を操っているという事かしらぁ?」
「そうですねえ。そういう可能性は十分に考えられると思いますよ、俺たちの村では街からやって来た冒険者ギルドの幹部立ち上げ要員まで辺境伯の息のかかった男でしたからね」
「そ、それは本当? その幹部はどうなったのかしらぁ」
「俺がこの手で仕留めました。かなりやっかいな実力者で、下手をすれば俺は死んでいたと思いますね」
そういう連中をブルカ伯は送り込んでくるのだ。
してみるとこの街の冒険者ギルドの運営形態にも疑問が沸いてくるのだ。
ハッとその点に思い至った俺と雁木マリは顔を見合わせる。
「シューター、もしかして?」
「ああ、そうだよな。同じ手口をブルカ伯がやっているかもしれない。オコネイルさん、この街のギルドはブルカ冒険者ギルドの出張所という形になっているのですか?」
「それはそうよぉ。アタシたちは一応、ブルカ辺境伯の寄騎なのだから当然よぅ」
「それじゃあ間違いないわね。もしかしたら触滅隊が襲う相手を選びながら尻尾を掴ませていない理由というのは、この街のギルドから情報が流出しているのではないかしら……」
するとふたたび男色男爵が「何ですって?!」と野太い声で吼えた。
太い、太いぜ。
「それじゃあ何? アタシが王都から引き連れて来た精鋭・妖精剣士隊を使って追撃をしても、いつも空振りに終わっていたのは、アタシの領地に裏切者が紛れ込んでいたからというの?!」
「そういう事になるのです、おねぇ」
あくまでも可能性だが、それは十分にありえるというわけだ。
ようじょの言葉に男色男爵はわなわなと震えていた。
「ベローチュ!」
「は、はいここにッ」
「アンタは何があってもシューター卿の身をお守りしなさい。絶対にサルワタ大使閣下御一行をリンドルまで送り届けるのよぅ。ここでシューター卿に誓いなさい!」
「イエス・マーム! 自分の体はすでにシューター卿に捧げると心に決めていました。この命令、謹んでお受けしますッ」
褐色長耳の主従がそんなやり取りをすると、男装麗人のお姉さんは俺に向き直り膝を付いた。
「このベローチュ。例えこの命が尽きようともシューター卿の御身をお守りし、生涯にわたり奴隷となる事を誓います!」
誓うなよ。
いきなりベローチュがそんな事を言い出したので俺が困惑の表情を浮かべたけれど、肝心の元主君である男色男爵が手を叩いて大喜びしていた。
ニシカさんは「何だよオレにはくれないのかよ」と言っているし、ずっとぼけーっと突っ立っていたけもみみがこの時ばかりは「それはぼくの役目なのに」と恨めしそうにつぶやいていた。
「あの、勝手に話を進めないでくれませんかね……」
「よかったですね、シューターさん」
「いや普通に困るんですけど……」
いつもならこういう時にとても嫌そうな顔をしていた正妻カサンドラが、極上の笑顔で祝福してくれた。
ただし眼は笑っていなかった。
「アナタたちも気を付けないといけないわぁ。連中は換金が面倒な絹や織物なんかにはひとつも眼もくれず、貨幣を輸送している隊商や、自分たちの慰み者にできる奴隷隊商ばかりを襲うんだからぁ」
奴隷を連れていると襲われるんだったら、なおさらこの褐色お姉さんはいらない。
しかもうちは女子率がとても高いので襲われるんじゃないかと、この先の道程がますます不安である。
「ご安心くださいシューター卿。彼奴らめが自分の様な奴隷を慰み者にするというのでしたら、奥様たちにかわってこの自分を身代わりに差し出してください。そうすれば奥様方の安全を守れます!」
女子を身代わりに差し出すなんてやったら、奥さんたちから大ひんしゅくを買うに決まっている。
それに俺たちには頼りになる偉大なる魔法使いようじょも、聖少女修道騎士も、飛龍殺しの鱗裂きだっている。
触滅隊とやらの裏をかく事が出来れば、きっと無事にこの先の往還を突破できるはずである。
悲しい未来なんてご免被るぜ!




