117 往還の行路 前編
俺たち外交使節団の一行はゴルゴライを出発すると、朝陽を背景に草原の街道を行く。
ここから先の道のりは、俺も踏み入ったことがない地域だった。
ゴルゴライを発った直後はその風景も俺たちサルワタの森の開拓村周辺とさほど変わらないものだった。
草原地帯にまばらに広がるいくつもの畑。点在する小集落と行き来する農夫たちの姿。
たまに行商人と思われるロバや荷馬車を引くひとびととすれ違う。
「この辺りはずいぶんとひとの往来があるんだな」
「ブルカとリンドルへ繋がる往還だからよ。リンドルは鉱山都市として栄えている辺境でも有数の街だから、それは当然ね」
先頭で俺と並んで馬を走らせている雁木マリに質問すると、カッポカッポとリズムを刻んで揺れる馬上で小首をかしげた。
雁木マリは、まるで生まれてからずっとこの異世界の住人であったかの様に器用に馬の上でリラックスした姿勢だ。
俺の方はこの、馬の歩行に合わせて体を揺らす運動にまだ慣れていない。
「何となく俺の中のイメージでは、サルワタの開拓村に居た様なドワーフの親方みたいなのが、たくさん住んでいる場所なんだがな」
「そうでもないわ。もちろん人口比におけるドワーフ率は他の辺境諸都市よりは高いと思うけど、ドワーフの本場は何と言ってもリンドルの先にある岩窟都市だから」
「岩窟都市?」
「そうね。ドワーフの岩窟王が治める領邦の事よ。今回の歴訪の予定には組み込まれていないけれど、足を延ばして視察しておくのも悪くないと思うわ」
確かようじょがそんな事を言っていたのを記憶している。
「隣国の王と友誼を結んでおく事は悪くないな」
「実はあたしもリンドル地方には行った事がないから詳しい事は知らないんだけれど、リンドルほどでないにしても、いくつか古くからの鉱脈があるそうよ。今はリンドルの方がたくさんの鉱脈が見つかっているので、そこから岩窟都市に鉱物が供給されているの。岩窟都市の武器といえば銘品がいくつもあると聞いているわね」
「なるほど、ただの鉱山都市というわりにリンドルが栄えているわけだ。リンドルは岩窟都市との交易の窓口でもあるのか」
聞けば鉱山都市リンドルの人口は数千規模、周辺集落までを加えれば万にものぼるというからかなりの規模だ。
現在のサルワタの開拓村が一〇〇〇を号している(実際には村単体ならやや足りていない)ところをみると規模も五倍であるから、その繁栄ぶりもきっとブルカの街に比肩するものなのだろう。
はじまりは鉱山のひとつに寄り添うようにして人足街が発展したものだったけれど、次々に鉱脈が発見された事で、その規模は大きくなったのだそうだ。
「特にリンドル界隈は、周辺の集落と言ってもその辺にある農夫小屋の連なりを想像してもらったら困るわ」
マリは得意げになって俺に説明してくる。
「と言うと?」
「あそこは鉱山都市であると同時に、流通させるために地金の製錬や武器や防具の金型を作ったりもしているしね。だから農業集落だけでなく、職人集落もまた点在しているわけ」
「ほほう。岩窟都市に運び出されるだけじゃなくて、領内でも一部生産はやっているのか」
「リンドルの城下には大きな商会や組合が集まっているわ。それに鉱山採掘のための人足街もあると聞いたけど、職能集落に至っては市域の外にまで広がっているというはなしだから。きっとブルカとは違った意味で壮観に違いないわ」
だからそれぞれの職能集落で作られたものがいったんリンドルに集められ、最終仕上げの工程を挟んだり、素材としてひと纏めにされた後、ブルカの街を経由して本土やあるいは周辺の領地へと運ばれていくというわけだ。
「なるほどな。すると時折見かける荷馬車の隊列は、鉱物でも運んでいるのかな?」
「どうかしら。重量のかさばる鉱物資源は、たぶん川を使って運んでいるはずだから。馬車で運ばれているのは加工済みの商品なんじゃないかしら」
「まあそうだよな。それに貴重な地金を運んでいるんだったら、もう少し大規模で護衛ぐらいは連れている方がいいかもしれない」
「逆よ。装飾の施された工芸品の方が貴重な価値があるから、あたしが盗賊ならこちらを狙うわ」
物騒な事を言いながら剣の鞘を叩いて笑って見せる雁木マリである。
元いた世界ならば今頃は女子大生でもやっていたであろう少女が、このファンタジー世界では殺しも辞さないという事を考えれば、いつだったか雁木マリの言ったこの世界は優しくないという言葉を思い出さないわけにはいかない。
けれど優しくないというのは俺や雁木マリの境遇の事を言うよりも、盗賊などに身をやつさないといけない連中の身の上だ。
生きるための手段がそれだけ限られていて、かつ背に腹は変えられない事情があるのがこの世界なのだ。
「頼もしい限りだが、この辺りは盗賊が出るのか?」
俺は記憶をたどりながらそんな事を聞いた。
ギムルと共にはじめてブルカを目指した時の話を聞けば、野盗の類はブルカと本土を繋ぐ往還にこそ出没するもので、辺境の片田舎の道になど出るものではないという話だったからだ。
マリもその事は知らないのか、振り返ると馬車の脇を守っていたお付きの修道騎士に向けて声をかける。
「どうかしら。ハーナディン?」
「何がです!」
「この辺りに野盗の類は出るのかどうなのか、シューターが確認をしてきたのよ!」
マリが語気を強めてハーナディンに聞き返した。
その声にやる気なさそうに豪華な馬車の上で胡坐をかいていた眠たげなニシカさんも視線を返してくる。
ハーナディンは自分に注目が集まったのを感じて、周りにも聞こえる様によく通る声で叫び返す。
「我ら女神様のご加護のある者たちが襲われたという話は聞いていません!」
つまり騎士修道会の関係者は今のところ何かちょっかいを出されたという報告は届いていないのだろう。
けれどもそれは単純に騎士修道会や聖堂会がたいした金目の物をもってこの往還を行き来していないというだけか、そもそも武装教団を襲っても目の敵にされたら困るかのどっちかだろう。
要するに答えになっていないのであるけれども、現実は情報を持ち合わせていないという事なんだろう。
「ま、安心なさい。あたしとシューターにハーナディン、それにカラメルネーゼさんに野牛の騎兵もふたりいるんだから。仮に襲われたとしても先攻出来るのなら問題ないわ」
「乗馬に慣れていない俺は員数に入れないでくれ。まあニシカさんとエルパコがいれば、ひとまずは安心だな」
ふたりの遠目であれば、どこかで待ち伏せをされても簡単に位置特定が出来そうだ。
しかも鱗裂きのニシカならば、通常の飛距離以上からの狙撃も可能というチートぶりである。
「よく言うわ。女神様の奇跡と言われているあたしより、シューターは強いんだから、頼りにしているわよ」
ふふっと笑った雁木マリは俺に流し眼を送りながら柔らかな笑みを見せてくれた。
確かに、ポーションで強化済みの雁木マリと勝負をして勝った事はあったけれど、あれは単純に試合形式だったからな。
実戦経験という意味で俺はマリに遥かに及ばない。頼りにされて悪い気はしなかったけれど、同時に俺自身もマリは頼りにしているのである。
まあお互いに頼れる仲間がいると認識している事は大事だ。
俺たちはダンジョンでもバジリスク討伐を共した仲だし、そして今では婚約者だからね。
「視界があまりよくない場所では注意するようにしよう」
「ええ、このあたりはまだ往来も多いし、村や街の距離がそれぞれ近いから安心ね」
「問題は野営をしなくちゃいけない時だな。出来るだけ避けたいが、そういう時は視界の広い場所でキャンプするのがいいか」
こういう時も、ニシカさんやエルパコたち猟師出身者に知恵を借りるのがいいかもしれない。
彼女たちは森の頂点捕食者として獲物たちを仕留めていた立場から、地形効果というものをよく理解している。
野盗も猛獣も猟師もまた、結局は獲物を狙うハンターというわけなので、そこは専門家に聞いておくのがいい。
「今日のところは予定通り休憩は無しだ」
「ええ、わかっているわ。セレスタの街までは何とか陽が陰りはじめるまでには到着したいものね」
出立も早かったしと雁木マリは微笑を浮かべながら腕をほぐす様な動きをした。
俺もケツが痛い。
長い間揺られっぱなしなので、尻の位置を調整したりしてみるが、どうにも股ずれがひりひりする。
俺が鞍の上でもぞもぞと股間をいじっているのを見ると、マリはとても汚らしいものを見る様な視線を飛ばしてきた。
「しょうがないだろ、痛いんだよ!」




