108 その不安を俺の胸で抱き留めてあげるさ
蒼い瞳の奥を光らせた女村長は、それと対照的にひどく冷え切った声で俺にこう告げる。
「将来の禍根は断たねばならない。可能ならば一族皆殺しにしたい」
背筋がゾクリとする様な感覚に見舞われ、俺は目の前の未亡人に恐怖した。
仮にもほんの少し前に肌を重ねた相手だというのに、寝台に腰かけ乗り出していた身をたまらず引いてしまいそうになる。
だが、そんな俺をアレクサンドロシアちゃんは観察していた。
「お兄ちゃんにお願いできるかの?」
「命令じゃなくてお願いなんだね……」
「お兄ちゃんが望むのなら命令でも構わないが。そんなものは言葉遊びだろう」
嫌な事を女村長は簡単に言ってのける。
だがそれは事実だろう。今ここでゴルゴライと揉めなかったとしても、辺境を巻き込んだブルカ伯との対決が表面化した時、もしもゴルゴライが敵に回る様な事があれば、どのみち殺し合いを演じることになるんだからな……
「ゴルゴライを手に入れるためには大義名分が必要だぞ。アレクサンドロシアちゃんはそれを考えているんでしょうね?」
「そうだろうな、筋書きはこうだ」
ぷるんと下唇を歯ではじいて見せた女村長も、俺と同じように前のめりに身を乗り出してきた。
すると不謹慎にも熟れたたわわな胸の谷間が押し出されるので、俺はつい視線を落としてしまった。
これ、もしもわざとやっているのなら、俺が油断している間にわざと了承を取り付けようとしているんじゃないですよね?
「お兄ちゃんがフェーデの最中、不幸な決闘中の事故によってカフィアシュタイナーを殺めてしまう。当然、父親であるハメルシュタイナーは激昂するであろうから、その場は引き下がっても、謀を巡らせるのならわらわたちが村に滞在しているうちに仕掛けてくるだろう。けれどもそれはわらわたちに口実を与えるものさ」
「…………」
「だがしかし、わらわたちは武力解決手段によって正当な手段でこれに勝利したに過ぎない。よって復讐のために襲ってきた連中を排除する事は、何ら恥じる行いではないという事になるな」
俺は呆れた顔をして女村長を見返した。
「カサンドラの裸を覗き見していたナメルシュタイナーさんの弟を殺すという理屈と筋書きはわかった。けど、それは何も計画が決まっていないのと一緒じゃないですかねえ」
「それは確かにそうだ。お兄ちゃんに意見はあるか?」
「まず相手の兵隊の数とか、地理関係が無いと何とも言えないな。そもそも相手の助っ人が強力な相手だった場合は、事故を装って殺すなんて事は簡単にできないと思うんだけどな」
「ふむ」
「まずはこの村にどの程度の兵士と、武芸に秀でた有力な戦士がいるのかいないのか、調べてみることにします」
ひとまずどうするにしても調べてみない事にはどうにもならんな。
俺が了承して立ち上がると、つられて女村長も立ち上がる。
そうして胸の下で腕を組んだ彼女は、ゆっくりと俺の方へと近づいてきた。
「こんなお願いをするわらわを、お兄ちゃんは軽蔑するか?」
「いいや。物事はひとつとって善悪何かを決めるもんじゃないだろ。アレクサンドロシアちゃんは今そういう立場にいるから、こういう事を俺にお願いしたんだろ」
俺の胸に頭を預けて、アレクサンドロシアちゃんはひとつため息をこぼした。
そうしておいて首をもたげ不安げな相貌を見せてくれた。
「ハメルシュタイナーは欲深い男だ。生かしておけば後々になって必ずブルカ伯に付く事は間違いない。サルワタを餌にされて、ギムルに弓引く事になる前に討たねばならん」
「母心か……」
「せめても母から最期の贈り物だ。どうせわらわはもうすぐお兄ちゃんのものになる」
どうだろうな。むしろ俺が公私ともにアレクサンドロシアちゃんのものになると言った方がしっくりくるけれども。
「こういう時に頼りに出来るのは、お兄ちゃんだけだ。こんな顔は義息子の前でも、ましてや配下の前で出来るものではない」
「調子のいいことを言ったって、俺は出来る事をやるだけだぞ」
出来れば人殺しなんてものは誰だってしたくはないのだ。
だが、躊躇していたら殺しあう数が増えるというのならば、これは致し方ないのかもしれない。
◆
アレクサンドロシアちゃんの寝所を退出した俺は、ため息をこぼしながらカサンドラの待つ部屋に戻った。
してみると、寝台に座ったカサンドラとけもみみがいて、何やら武器の手入れをしている。
カサンドラは俺たち夫婦でお揃いの懐剣を、エルパコは俺とお揃いの長剣をである。
「シューターさん、村長さまは何とおっしゃっていましたか?」
「……今後の相談を少しね。えーと、ところで君たちは何をしているのかな?」
「決闘の結果、いざという時にいつでも飛び込める様に準備しています」
真顔で正妻がそう言った。
やめてくれ。うぬぼれているわけじゃないが、俺で太刀打ち出来ない相手に挑む様な事はしないでください!
ふたりを押しとどめようと俺が慌てると、
「ぼくは本気だよ」
「お、おう。俺が死んだら仇討ちは頼んだ」
つい気迫に押されてそう返事をしてしまった。
いかん。目的を忘れるわけにはいかない。
「カサンドラ。忙しいところ悪いんだが、アレクサンドロシアちゃんのところに行って様子を見てきてくれ。少し気分が優れない様だ」
「わかりました、シューターさん」
自分で命じておきながらも不安がっていた女村長の側に向かわせる。そしてけもみみには、
「エルパコ、君はこれから仲間を集めてきてくれ、俺からみんなに指示をする」
「うん、わかったよ」
俺たちは吊り床の雑魚寝部屋に移動すると、関係者たちを集めて車座になってもらった。
顔ぶれはようじょにニシカさん、エレクトラ、ダイソン、けもみみ、そしてッジャジャマくんである。
俺と顔見知りの野牛の兵士タンスロットさんを呼ばなかったのは、普通の村でミノタウロスがうろついていると悪目立ちするからである。
珍しいと言えばけもみみのエルパコも珍しいのだが、この娘はその性格からか、むしろあまり目立たない。
しかし、呼びもしないのにカラメルネーゼさんは、自分の愛用だろうか長剣を抱いて吊り床部屋の端に姿を見せていた。
状況を面白がっているのだろうか、あるいは女村長に対する友誼のつもりかね。
「何だシューター、むつかしい顔をして」
みんなを代表してニシカさんが俺に質問を投げかけてくる。
けれどもその顔は決して短くない関係から、何かを俺が言いだそうとしている事を察知しているものだった。
話が早いのはありがたい、さっそく俺は口を開くことにした。
「村長さまの命令だ、この村の地理的な詳細と連中の兵力を調べたい。万が一に、決闘の決着に納得がいかなかったゴルゴライの準男爵さまが俺たちに牙をむいた時のために、こちらが先に手を打っておく。いいな」
俺は仲間たちを見回してそう言った。
◆
それぞれの役割分担は簡単だ。
まず冒険者出身のエレクトラとダイソンのふたりには、この村の冒険者ギルドを探ってもらう。
冒険者ギルドの出張所があるのならば、村に滞在している冒険者はどれぐらいか、有力な人間はいるのかいないのか。
決闘の際に三人目の危険人物として出てくる可能性がある人間の情報を先に得ておきたいし、村で騒乱になって敵に回られるのもまずい。
街でも村でもどこにでもいるゴブリンという立場のッジャジャマくんには、さりげなく村のまわりをまわって厩の位置や鳩舎の有無を調べてもらうことにした。
怪しまれた時は手紙を故郷に送りたいからと切り返す。厩の時は武装飛脚、鳩舎の時は伝書と言えばいいわけが立つのがいいね。
武装飛脚というのは文字通り武装した郵便配達傭兵だ。たいがいは冒険者や行商人に手紙を預けて届けてもらうのが一般庶民だが、緊急時や危険を伴う際はこれを使う。
そして探索と隠密に優れている猟師出身のニシカさんとエルパコには、この村の界隈を探ってもらおうと思っていた。
特にニシカさんはベテラン猟師なので、領主の屋敷周辺を徹底的に調べてもらう。エルパコはその間、この村の兵士の数をざっくりと調べてもらう算段だ。
いざ決闘で俺たちが領主の息子を殺したとして、どれぐらいの数で襲ってくるのかは知りたい。
みんなは俺のお願いを聞き届けると、ぞろぞろと吊り床部屋を退出していった。
そして残ったのは俺とようじょとカラメルネーゼさんである。
何故かそこにいて微笑をたたえているカラメルネーゼさんはともかくとして、ようじょにはお願いがあった。
「ッヨイさまお願いがあります」
「あらたまって何ですかどれぇ?」
こんな事を賢くもようじょに問いただすのは気が引ける。
しかしッヨイさまはようじょ・ザ・ビヨンドだ。謀の相談をするならッヨイさましかいない。
「村長さまが今回のフェーデをきっかけに、このゴルゴライを簒奪しようと考えている事はもうお見通しでしょうか?」
「ねえさまが、意味深な視線を送りつけてきたのです。ねえさまはフェーデを利用して、ゴルゴライ領主のむすこを殺してしまうつもりのなのです。それで逆上したゴルゴライの領主に付け入る隙を作らせるつもりなのです。兵士の数と連絡手段がどうなっているか調べさせたのは、そのためなのです。違いますかどれぇ?」
違ってない。
さすが賢くもようじょさまである。大正解!
「村長さまの計画に、どこか見落としているところはありますかね?」
「この計略が成立するのはどれぇが決闘に勝って、領主のむすこを殺す事が出来るかどうかなのです。武力解決手段を公平かつ正義のものにするためには、ズルはいけないのです」
ズルはいけないという言葉を聞いて俺はドキリとした。
やはりこういうやり方はようじょにとって許容しがたいものなのか……
「それは、アレクサンドロシアちゃんが悪い事をしていると……」
「違いますどれぇ。どれぇは絶対に決闘に勝つことが絶対条件なのです。相手の介添人がめちゃんこつよいひとだった時は、これができないのです!」
なるほど、言われてみればその通りだ。
「もしその時にみんなで加勢をしてしまうと、条件が破たんします。ッヨイたちはお手伝いできないのです」
「うむ。その通りですッヨイさま。こうして言われてみると、とても肩の荷が重くなった気がしました」
「肩もみしましょうかどれぇ?」
お気持ちは大変嬉しいのですが、今は必要ないです。
「他には?」
「そうですねぇ。フェーデでむすこを殺す事は大前提として、その時にゴルゴライの領主をしっかりと焚き付けておく事が肝要だと思います!」
「焚き付けておく?」
「そうなのです。フェーデの立会人は女神様の御子のガンギマリーがするのです。これを覆すという事は女神様のご意思に不服とするものだから、この決定には従う様にと強く、強く戒めておきましょう」
「そんな事をしたら逆効果じゃないですか?」
「大丈夫です。ッヨイにひとつ考えがあります!」
そう言ってようじょは周囲をキョロキョロ見回した後、俺に向かって背伸びをして見せた。
俺はすぐにも腰を落としてようじょに耳を差し出してやる。
「ガンギマリーが実はどれぇの婚約者だと、垂れ込みをするのです。そうすればゴルゴライの領主は必ず怒りん坊になります」
なんということでしょう。
こんな年端もいかないようじょの鑑が、戦記小説に出てくる軍師みたいな計略を口にするなんて。
「この武力解決手段が、はじめからドロシアねぇさまとガンギマリーのはかりごとだと知れば、むすこの恨みを果たそうと必ず思うはずなのです」
確かにその通りだ。
騙されたと知れば人間は瞬間的に激昂するはずだ。
「してみると、この宿屋は守るにはちょっと不便な作りだ。ニシカさんとエルパコあたりを外に伏せておくのも手ですかね」
「そうですねえ。ッヨイも魔法が使えるお外にいる方が、もしかしたらいいかもしれません」
こうして雁木マリと修道騎士ハーナディンが戻ってくるまでの間、俺と幼女は膝を突き合わせて計略の手順を確認した。
やる以上は絶対に失敗は許されない。
むかし俺がバイトしていた会社の青年役員が言っていた言葉、「ビジネスは段取り八割でプロジェクトが始まる前に大方の根回しは終わっているのだ」をまた思い出すのだった。
万が一にも失敗が無い様に、可能な手段は可能な限り打っておかなければならない。




